妖精さんの件が解決してから数日。あたしと宗くんはますます仲良くなった。気がする。仲良くなった、というより、愛が深まった。なんて自分で言って照れるけど。
そんな中、IH予選も無事終了して、もちろんウチの学校はIH出場を決めた。本戦は夏休みだし、毎日応援いけるね!なんて浮かれていたのも束の間。待ち受けていたのは愛の試練だった。





いってらっしゃい






宗くんは広島へ行くらしい。
どうしてかといえば、もちろんIHのため。
どうやらIHの会場は広島らしい。根拠もなく勝手にIHの舞台は関東だろうな、とか決めつけていたあたしにとってそれは衝撃的だった。
だって神奈川から広島とか…遠すぎる!!行けないよ。いろんな意味で。お金ないんだもん。ああもうこんなことなら夏休みにガッツリバイトしようとか思わないで、前からやっとけばよかった。今いくら持ってんのあたし。そう言えば前、機嫌良く酔っ払って帰って来たお父さんからお小遣い、って5000円もらったじゃん。それがある。やった!…って嘘だよ。おとといお菓子とジュース2000円分買いだめしたんじゃん。忘れてた。…ていうかお菓子とジュースで2000円ってどんだけだよあたし。
そもそも5000円手付かずで残ってたとしても、それで広島行けるか、って言ったら、どうだろうか。いや、行けないよね。だって交通費だけじゃないでしょ。まさか広島日帰りでなんて行かないでしょ。…ってなったら泊まる場所とかお金かかるでしょ。それに泊まりってなったら多分お父さんとお母さんが黙っちゃいないよ?いやお父さんは、どうだろうか。


「…ってわけなんだけどね?」


夏休み前の定期テストが終わり、そのテストの返却期間ということで学校が午前終わりだから、あたしはサワと一緒にマックでお昼ご飯中。正面でチーズバーガーを黙々と食べているサワに、IH応援に行く気満々だったあたしを襲ったまさかの真実を話すと、サワは視線をチーズバーガーから少しもそらさずにあっさり、


「それじゃ諦めるしかないね」


そう言ってのけた。そうなんだけど!諦めるしかないんだけど!!でも、こう、IHで頑張る宗くん見たいな、とか、頑張ってる宗くんを応援したいな、とか、とにかく宗くん見たい、応援したいっていう欲が湧いて湧いて。


「…それは、わかってるけど、さー…見たいし、応援したいし…」


あたしはいじけながらシェイクをストローでぐりぐりかき回してそうつぶやいた。諦めの悪いあたしをよく知っているサワは、そこでようやくチーズバーガーからあたしに視線を移して言う。


「気持ちはわかるけどさ、さすがに広島は厳しいよ?」
「…うん」
「それにさ、応援なんてどこにいたってできるよ。大切なのは応援する気持ちでしょ?IHの間は毎日応援メールするとかさ、あるじゃん方法」
「…うん」
「IH見たいっていうのは…まあビデオとか録ってきてって頼んで、それで我慢するしかないかな」
「…うん」


良いお返事はしたものの、やっぱり残念な気持ちは残る。でもサワの言うとおりだよね。応援に大切なのは応援したいって気持ちだし。何か、良い方法はないかな。せめて気持ちだけでも宗くんの近くだ、って思える方法。
ぐりぐりストローでシェイクをかき混ぜながら考え込む。何か、プレゼントしたいな。あたしの代わりに宗くんと一緒にIHに行く分身みたいな、そんなの。…そうだ!


「ね、サワ、この後暇?」
「え、暇っていえば暇だけど…」
「買い物付き合って」
「…いいけど、何買うの?」
「ふふふー。内緒!」
「…(まあ行きゃわかるか)」


良いことが思いついたあたしはお昼ご飯を済ませてからサワを連れて普段はめったに行かない手芸屋さんへ向かった。


+++


そして迎えた宗くんの広島出発の朝。広島までは行けないからせめて駅のホームまで見送りに行こうと思って、あたしは集合場所へ向かった。ウチの学校のバスケ部の集合場所だから、バスケ部の人たくさんいるだろうけど、この際気にしない。ちょっとだけだから許してね。


「宗くん!」


聞いていた集合時間より30分も早いのに、すでに集合場所には何人かのバスケ部員がいた。おそるべしバスケ部。そんなバスケ部員の一人の宗くんの背中を見つけて声をかけると、宗くんはあたしの方に振り向いた。


「なな?どうしたの?」


ビックリした様子でそう言う宗くん。そりゃそうだよね、だって見送りに来る、って言ってないんだもん。言っておこうかなとも思ったんだけど、びっくりさせたいな、って思って、結局、昨日メールで集合場所と時間だけ聞いて言わなかった。


「お見送りに来たんだよ!」


あたしが元気にそう答える。


「え、わざわざ?」
「うん!それにね、渡したい物があって…」
「渡したい物?」


不思議そうにあたしを見る宗くん。あたしは鞄の中からとっておきの物を取りだすと、


「宗くん、手、出して?」
「手?」


そう言って出された宗くんの手に、とっておきの物を置いた。フェルトで出来た小さい宗くんのユニフォーム。この前サワに買い物に付き合ってもらった時に買ったフェルトで手作りしたそれは自信作だったりする。なんたって同じの6つ作ったからね。7つ目のこれが一番上手にできたんだから。


「…これ…」


てのひらに置かれたその小さなユニフォームをじっと見つめたまま宗くんが呟く。


「宗くんがIH頑張れますように、って思って作ったお守り!」


あたしがそう言うと、宗くんは視線をそれからあたしに移して言った。


「俺がもらっていいの?」
「もちろん!宗くんのために作ったんだもん!!」


寧ろ、もらってください。そう言ってあたしがにっこり笑う。すると宗くんはまたじっとてのひらの小さなユニフォームを見つめて、それから、照れたように笑った。


「…ありがとう」


そう言われて、あたしも少し照れくさくなって、ふふふ、と笑った。


「宗くん、がんばってね。広島までは行けないけど、こっちで応援してるから」
「うん、ありがとう。がんばる」


ガッツポーズを作ってそう笑う宗くん。そうこうしている間に次々と部員が集まって来て、とうとう集合時間になった。部員もそろって、団結式みたいなのが始まったから邪魔にならないようにあたしは少し離れたところからそれを見ていた。さっきノブくんにIHのビデオを頼んでみたところ、どうやらノブくんも試合に出るらしくビデオは無理だそうだ。そう言われてみればIH予選も試合出てたね。うっかりだった。でもノブくんに、バスケ部の方で研究用?にビデオを録るらしくて、それで良かったら見せるから勘弁して、って言われたからまあいいや。
なんて考えてるうちに団結式っぽいのは終わったらしく、部員たちがぞろぞろ電車の中へ乗り込んでいた。え、宗くんは!?慌てて宗くんを探すと、ちょうど電車に乗ろうとしているところで、


「宗くん!!」


あたしはそれを大声で呼び止める。宗くんがあたしに気づいて振り向いてくれたのを確認して、あたしは言葉を続けた。


「吉村ななはバスケを頑張る宗くんを全力で応援します!!」


ホーム中に聞こえたんじゃないか、ってくらい大きな声でそう言った。バスケ部の人たちの視線はもちろんのこと、一般の人たちの視線まで、みんなの視線があたしに向けられて、おまけに宗くんの後ろに並んでたノブくんが『ななさん何すか今の!?なんかのCMのキャッチコピーみてー!!』とか言ってギャーギャー笑っているのとか聞こえてきた。ノブくんうるさい!言っちゃってから自分でも今のないわ、って思ったんだからほっといて!
でもそんなノブくんにかまってる時間がもったいないから、あたしはまた宗くんに向かって大声で叫んだ。


「いってらっしゃい!」


すると宗くんは、さっきあたしが渡した小さなユニフォームを右手に持って掲げながら、


「いってきます」


そう言って穏やかに笑った。
バスケ部の乗った電車の扉がしまり、電車が走り出す。電車が見えなくなるまであたしはずっとホームに残って、見送った。
宗くん、頑張れ。
あたしもこっちで、全力で応援するよ。



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