『気にしないで』って、君が言うから。あたし、一生懸命、気にしないでいよう、って自分に言い聞かせてたんだよ。 でもね、あの子の気持ちを知ってるの。 あの子がどれくらい宗くんを想ってるか、知ってるの。 好きで、好きで、寂しい気持ちとか、あたし、わかるの。 だから、やっぱり気になっちゃうんだよ。 恋した背中 彼と彼女とあたし IH予選が始まってからしばらく。シード扱いだったウチの学校もだんだん試合が入ってきて、今日は学校の休みと試合の日がちょうどかぶったから、あたしはサワと二人でIH予選の会場に来ていた。 考えてみると、宗くんがバスケの練習をしている姿はよく見ていたけれど、こういうちゃんとした試合を見るのは初めてだ。なんだかドキドキするし、ワクワクする。客席についてからもソワソワと落ち着かないあたしを見て、サワは呆れたような顔をしていたけど、あたしにそれを気にする余裕はなかった。 宗くんは今どんな気持ちだろう。緊張してるのかな。なんて、そんなことを考えていたら、ちょうど、コートの方に選手達が出てきた。勿論あたしが一番に探すのは宗くん。あ、いた!6番のユニフォームを着ている宗くん。いつも練習の時はTシャツとか練習着だし、ユニフォーム姿を見るのはこれが初めてなあたしは、すごくドキドキした。何を着ても宗くんは似合っちゃってかっこいいんだろうけど、ユニフォーム姿はなんかすごく特別のように見える。言うまでもなく、あたしの視線は宗くんに釘付けだった。 そんなことをしているうちに選手達が整列して試合が始まる。笛の音が会場中に響き渡って、ボールが宙に浮いた。 結果は勿論ウチの学校の勝ちで、その日のウチの学校の試合は無事終了した。バシバシ得点を入れてく宗くんは本当に輝いて見えて、かっこよかった。さすが宗くん! 「神に会いに行かないの?」 試合も終わったし、帰ろうか、ってことになって席を立つと、思い出したようにサワがそう言った。それに対し、あたしはきょとんとサワを見た。『会いに行かないの?』って言われても、会えないんじゃないの?ってあたしは思っていたものだから、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。 だって宗くんは多分、今、選手控え室?とかそんな所で反省会とかしてそうだし、そういう所って関係者以外立ち入り禁止でしょ。帰りは学校の方でバスケ部用の送迎バスとか用意してるだろうし、今日は会ってお話はできないだろうな、って思ってた。なんて、そんなことをサワに話すと、 「でも少しくらいなら平気じゃない?とりあえず行くだけ行ってみたら?」 そうサワが勧めるから、じゃあ行くだけ行ってみようかな、なんて思ったりした。客席から出て、はて、控え室はどっちかな?なんて考えていたら、後から出てきたサワがスタスタ会場の出口の方へ向かって歩いて行ってしまったから、それを慌てて引き止める。 「サワ、どこ行くの?」 「え?」 「一緒に宗くんのとこ行こうよ」 あたしがそう言うと、サワは苦笑いしながら、 「いいよ。私、先外出てるから」 そんなことを言うから、あたしは不思議に思った。 「なんで?一緒に行こうよー」 「ななと神の邪魔しちゃ悪いでしょー」 あたしの誘いも空しく、サワはそう言うと、出口の方へ歩いて行ってしまった。別に全然邪魔なんかじゃないんだけどなあ。なんて、そんな風に思いながらも、先に外へ行ってしまったサワを長く待たせるわけにはいかないから、あたしは近くにいた警備員さんっぽい人にウチの学校の控え室の場所を聞きだすと、そこへ向かって駆け出した。 自動販売機が2台並んでいる所を右に曲がってまっすぐ、という警備員さんの言葉を頭の中で繰り返し唱えながら駆けていると、多分その自販機らしきものが見えてきた。あった!自販機2台!じゃ、ここを右だね。そう思って右に曲がりかけたその時。あたしの目に飛び込んできた信じられない光景に、あたしは思わず足を止めてしまった。 そこにいたのは、宗くんと、妖精さんだった。 泣いている妖精さんの肩に、宗くんの手が乗ってて、二人は向かい合ってて、その光景はあたしの頭の中をグチャグチャにかき乱した。 何してるの?どうしてあの子がここにいるの?どうしたの?どうして二人でいるの? そんな疑問で頭の中がいっぱいになった頃、泣いている妖精さんに視線を向けていた宗くんが、ふと、あたしの方を見た。 「…なな」 どうして、ここにいるの?って、そんな風な表情であたしを見る宗くん。あたしの名前を呼んだ宗くんにつられるように、泣いていた彼女もあたしを見た。涙に濡れた瞳が驚いたように大きく見開かれる。二人の視線があたしに向けられる。 やだ。やだ。やだ。 見ないで。何で。やだ。なんで、そんな目でみるの? 宗くん、その手、はなしてよ。 なんで? どうして、あの子がここにいるのか、どうして、二人でいるのか、頭の中をグチャグチャにする『やだ』っていう気持ちとか、もう、わけが分からなくなって、あたしは二人の視線から逃れるように顔を背けると、来た道を戻るように走り出した。 やだ。やだ。やだ。 走ってる間も頭の中を『やだ』って気持ちがグチャグチャにかき乱す。脳裏に浮かぶさっきの光景も、あたしの中をめちゃくちゃにする。あの子の肩に触れていた、宗くんの手。 すごく、すごく、嫌だった。 「…ななっ!」 突然、後ろから強い力で腕を引っぱられて、立ち止まる。振り返るとそこには、宗くんがいた。 「…なんで、追いかけてきたの?」 腕をつかまれたまま、あたしは俯いてそう尋ねる。 「なんで、って…」 「あの子は?置いてきたの?泣いてたのに?」 どういうわけか自分でもよくわからないけれど、頭の中はグチャグチャなのに、口をでる言葉は信じられないくらい冷静な気がした。 「あたしのこと、気にしないでいいから、あの子のとこ戻んなよ」 そんな、思ってもないこと、言って。あたし、混乱してる。モヤモヤしててドロドロした嫌な感情で頭が、心が、いっぱいでどうしたらいいのかわからない。 「戻らないよ」 すると、そんなあたしに宗くんは真剣な声で言った。 「なな、俺の話、聞いて?」 「…聞きたくない。もういいから、」 「よくない。聞いて」 あたしが、あたしの腕を掴む宗くんの手を振り払おうと腕を捩ると、そうはさせまいと、宗くんの手の力が強くなる。あたしの腕を掴む宗くんの手を見ると、さっきの光景が浮かんで、『やだ』って気持ちがより一層強くなった。 触らないで。だって、さっきその手で、あの子に触れてたのに。 「…手、離して」 「なな、」 「…っ痛い!離してよ!!」 そう叫んで、あたしが力いっぱい掴まれている腕を振ると、ようやく宗くんは手を離した。掴まれていた腕を見ると、手首のところが指の痕がつくくらい赤くなってて、ズキズキ痛かった。 いやだった。もう。やだ。 『俺は、ななのことが好きなんだよ』 『だから、気にしないで』 宗くんは、そう言ってたけど。それじゃあ、なんで?なんであの子と二人でいたの? 「気にしないで、って…言ったじゃん。あたしのことが好きなんだ、って言ってたじゃん。…なのに」 掴まれてた腕が痛い。頭が痛い。心が、痛い。 「どうして、あの子といるの!?腕だって、あんなに強く掴まなくたっていいじゃん。あたし、宗くんがそんな人だったなんて思わなかった!」 宗くんはいつだって優しくて、かっこよくて、だから、そんな宗くんが『気にしないで』って言うから、そうしよう、ってがんばろう、って思ったのに。 「勝手に決めつけるなよ!」 すると、宗くんがあたしにそう怒鳴った。 宗くんがはじめてあたしに怒った。 ショックで固まるあたしに宗くんは続ける。 「ななが何を考えてるのかわかんないけど、俺の話、聞こうともしないで、そんな風に勝手に決めつけるなよ!」 宗くんが、初めて、怒った。 いつだって優しくて、あたしのことを考えてくれてた宗くんが、怒った。 そのショックと、腕の痛みと、心の痛みとがあたしの中でグルグルごちゃまぜになって爆発する。 もうやだ。 もう。 涙が出た。痛くて、悲しくて、切なくて、寂しくて、涙が出た。 気づけば、あたしはまた走り出してた。なな、って、宗くんの呼ぶ声が聞こえたけど、構わず走った。しばらく走って、出口の近くまできて、そこでようやく立ち止まる。後ろを振り返ってみた。宗くんは追いかけてはこなかった。あの子のところへ戻ったのかな?そうするように言ったのはあたしだけど、実際に宗くんがそうしたのかと考えると、いやだった。 じわり、涙で視界が歪む。会場の外へ向かって、あたしはトボトボ歩き出した。 「なな、何、どうしたの?」 外へ出ると、あたしより先に外へ出てあたしを待ってくれていたサワが、泣いてるあたしに気づいて慌てて駆け寄ってくる。そんなサワの声を聞いた途端にたまっていた涙がボタボタあふれ出てきた。 「…もう、やだ…」 どうして、こんなことになってしまったのか。 どうして、二人でいたのか。 宗くんを怒らせてしまったことも、とにかく、全部全部が嫌だった。 100825 back |