世界で一番大好きな宗くん。とっても優しい宗くん。バスケが上手でかっこいい宗くん。
そんな宗くんの元カノは、まるでお花の妖精なんじゃないか、ってくらい可愛い女の子だった。





あの子のきもち






妖精さんと宗くんが再会した日の翌日のお昼休み。
あたしはサワと二人教室のベランダでお弁当を食べながら昨日の出来事について話した。ちなみに宗くんもノブくんもお弁当の後すぐ練習があるから部室の方でお弁当を食べるらしい。だから今日は、ポカポカお日様に当たりながらガールズトークというわけだ。と、言っても主にトークしているのはあたしだけどね。


「神の元カノかぁ…」


あたしが昨日の出来事を一通り話し終えると、サワは紙パックのレモンティーを飲みながらそう言った。あたしも紙パックのいちごみるくを飲みながら頷く。


「それも、かーなーり!可愛いんだよ」


それからあたしがそう補足するとサワが『それはもう何回も聞いたよ』と少し呆れたように言った。しょうがないじゃん、だってすごくすごく可愛いんだもん。
それにしても、まさか妖精さんの言ってた『今は片想いの元カレ』が宗くんだっただなんて。”バスケが好き”で”優しい”とか、後から考えてみると、めちゃくちゃ宗くんの特徴出てたんだけどな。なんで気づかなかったかな、あたし。それどころか、気づいてなかったからって、あたし…


「でも、知らなかったとはいえ、敵に塩を送るなんて…さすがななだよね」
「!」


あたしの思考とサワの言葉が見事にシンクロしていて、あたしは思わず飲んでいたいちごみるくを噴出すところだった。噴出さなかったけど。
『敵』というのは何だか大げさな気がするけれど、まあ間違いではない、のかな?
妖精さんは宗くんの元カノで、今でも宗くんが好きで、あたしは宗くんの今カノで、もちろん宗くんが大好きで。つまり、あたしと妖精さんは恋のライバルだ。多分。
そしてあたしは知らなかったとはいえ、そんな妖精さんの恋にエールを送ってしまったわけで。


「敵…っていうか、ライバル、になるの、かな?」
「『かな?』じゃなくて、ライバルでしょ」


正直、妖精さんが恋のライバルだなんて認めたくなくて出たあたしのその言葉をあっさりサワの言葉が切り捨てる。
…妖精さんがライバルとか。


「…ライバル超強敵だよー…ラスボス並の強さだよー…」


はぁ、と溜息を吐きながらそう言ってあたしはうなだれた。
白い肌。マッチ何本乗るの?ってくらい長いまつげ。小さい顔に、守ってあげたくなっちゃうような細い腕。声もきれいだし、まさにお花の妖精のような彼女。同じ女の子のあたしでさえドキドキしちゃう可愛さを持ってる妖精さん。もう溜息しか出ない。
そんなあたしを見てサワはさっき紙パックのジュースを買いに行った時ついでに売店で買った二枚入りのチョコのラスクを一枚あたしのお弁当箱の蓋に乗せて、


「でも今カノはなななんだから、自信持ちなよ。…っていうかさ、神のこと信じてやんなよ。私が思うに、神、あんたのことそーとー好きだよ」


励ますようにそう言うサワに、あたしはうなだれていた顔をサワに向ける。サワが神様に見えた。


「ほんと?」
「ほんとほんと。…そういえばさ、神は元カノの件について何て言ってんの?」


サワのその質問にあたしは黙り込む。紙パックのいちごみるくを持つ手にギュウ、と力が入った。


宗くんと話をしていない。昨日も、今日も、話をしていない。
おはよう、とかそんな挨拶とか、宿題やってきた?とか、次教室移動だよ、とかそういう日常的な会話はするのに、”その件”についての話だけはしていない。
だって、宗くんが何事もなかったみたいにしてるから、全然、いつもどおりだから。
あたしも、宗くんみたいにしてればいいのかな、いつもどおりにしてればいいのかな、って思ってたけど。
宗くん。
やっぱり、あたし、気になっちゃうよ。


キーンコーンカーンコーン…


モヤモヤしたあたしの頭の中は、予鈴が鳴ってもちっともスッキリしなかった。


+++


お昼休み後の最初の授業5限目の世界史は担当の先生の都合で自習になった。世界史の教科委員の子が黒板に”自習”と文字を書いた途端に教室の中はざわめき出して、あるグループは机の上に数冊漫画本を出して回し読みをはじめ、あるグループは机と机をくっつけてお菓子を広げて楽しげにおしゃべり。ぽつぽつ何人かは机に突っ伏してお昼寝の体勢。ウチのクラスは自習となると、最近いつもこんな感じ。あたしは制服のポケットから携帯を取り出すと、メール画面を呼び出した。コチコチ親指でメールを打つ。


『宗くん。聞きたいことがあります。』


送信。
送信完了の画面が出たのを確認してから携帯を握り締めたまま、机にコツンとおでこをくっ付けた。目を瞑ると、ガヤガヤした教室の中の音がやけに大きく感じた。こんなうるさいのに、寝てる子、すごいなあ、とかそんなどうでもいいことを考えていると、ブブブ、と携帯が震えた。開くと、宗くん専用フォルダに新着メール1件。


『何?どうしたの?』


その返事に対して、また、コチコチ親指でメールを打つ。


『昨日のことだけど』


それだけを打ったそのメールを送信して、間もなく。あたしの席の前までやって来た宗くんは、そのままそこにしゃがみ込んだ。


「…昨日のこと、ってさ」


しゃがみこんで、顔は下を向いて、ポツリと呟くように言った宗くんの声は、ガヤガヤと騒がしい教室の中で、目の前のあたしだけに聞こえるくらいの小さな声だった。あたしがじっと宗くんを見つめていると、宗くんは徐に顔を上げて、言葉を続ける。


「田中さんのことだよね」


『田中さん』。
宗くんの口から妖精さんの、元カノの名前が出ただけで、胸のあたりがモヤモヤした。いやだな、と思った。そう思ったことが、また、いやだった。
携帯を握り締めたままだった手に力が入る。宗くんの言葉に頷いたあたしを見た宗くんは、視線をまた下に向けて、さらに言葉を続けた。


「ななは、もう知ってると思うけど…中学生の頃、俺、田中さんと付き合ってたんだ」


宗くんの口から『付き合ってた』と、それを聞いた途端、胸のモヤモヤが大きくなった。いやだな、って気持ちも、どんどん強くなる。モヤモヤモヤモヤ、いやだな、って気持ちでいっぱいになってく。
この感情、何て言うのか、あたし知ってる。
嫉妬だ。


「…でも、もう関係ないから」


下を向いたまま、宗くんが言う。”関係ない”って宗くんはそうかもしれないけど、あの子は?彼女は”関係ない”なんて思ってないよ。だってわざわざ宗くんに会いに来たんだよ。今も、宗くんが好きなんだよ。
だから。


「…関係、なくないよ…っ」


あたしがそう言うと、宗くんは顔を上げて、あたしを見た。一瞬目が合ったけど、今度はあたしが視線を下に向けてしまった。なんとなく宗くんの顔が見れない。あたしの頭の中には、昨日の妖精さんの切なそうなあの横顔が浮かんでいた。


「だって、あの子は宗くんが好きなんだよ?今も、宗くんが好きなんだ、って、だから会いに来たんだ、って、あたしに言ったんだよ!?」


思わず語尾が強くなってしまったけれど、ガヤガヤガヤガヤ、相変わらず教室の中は騒がしくて、あたしのその声は目の前の宗くんにしか届いていないようだった。宗くんは、今、どんな顔をしているんだろう?こわくて、宗くんの顔が見れない。


「…なな、」


しばらくの沈黙の後、静かに、宗くんがあたしを呼んだ。それから机の上で携帯を握りしめたままのあたしの両手に宗くんの大きな手が優しく重ねられて、


「俺は、ななのことが好きなんだよ」


さっきよりも近くで、宗くんの声が聞こえた。顔を上げると、宗くんの顔がさっきよりも近くにあった。宗くんは少し困っているような表情で、あたしを見ていた。


「だから、気にしないで」


あたしの目をまっすぐ見つめてそう続けた宗くん。その言葉に、今度はあたしが困った表情をすると、それを見て、宗くんはあたしを安心させるように、少し笑って、


「…ね?」


あたしを納得させるように、そう言った。
宗くんが、まるで、何事もなかったみたいにしてたのは、いつも通りにしてたのは、あたしに、気にしないでほしかったから?
あたしに、気にしないでほしいから、あたしが安心できるような言葉をくれて、安心させるように笑ってくれるの?
そんな宗くんの気遣いを無視できなくて、あたしは一度だけ宗くんの言葉に頷いて見せた。


でも宗くん。
あの子は今も宗くんが好きで、宗くんに会いにきたんだよ。
だから、あたし、気にしないでいるなんて、きっと、できないよ。



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