バスケ部のIH予選が始まった。ウチの学校のバスケ部は強豪で、毎年県1位でIH出場を決めているから、予選ではシード扱いで試合はまだ先らしいけど、部活の練習は今まで以上に白熱していて、宗くんは毎日大変そうだ。でもそれ以上に楽しそうで、そんな宗くんを見ていると、あたしも楽しくなる。
そんなわけで、宗くんが部活に燃えてる放課後は、愛用のカメラを片手にあたしも部活(非公式)に燃えていた。





かわいいあの子




「あの…」


しゃがんで校門近くにある花壇のお花を撮っていると、後ろから少し控えめなきれいな声が聞こえた。あたしは写真を撮るのに夢中になっていたから、カメラを構えたまま振り向いて、フレーム越しに今自分に声をかけたであろう人物を見る。そこに居たのは見たことのない可愛い可愛い女の子。まるでこの花壇のお花の化身…っていうよりまさに妖精?
それくらい可愛いその子を前にし、カメラを構えたままポカンとしていると、


「?…あの?」


目の前の妖精さんが困ったように再び呼びかける。それであたしはハッと我に返って、慌てて構えたままだったカメラを下ろした。


「は、はい!なんでしょう?」


そう言って勢い良く立ち上がる。すると妖精さんはあたしのその勢いに驚いたのか一歩分後ろに下がった。ちょっとショック。
なんて反省しつつ、様子を窺うようにあたしは妖精さんを見つめた。それにしても肌白いなぁ。睫毛長っ!あれ、マッチ何本乗るんだろう?顔も小さいし、腕も細い…。それにあの制服、近くの女子校のだよね。あの学校の子みんな可愛いって噂本当だったんだ。
すると、困ったように両手をもじもじさせていた妖精さんが、さっきの、これまた外見通りのきれいな声で言った。


「…男子バスケ部、って、どこで活動…してますか?」


その言葉にあたしはきょとんと小首を傾げ、


「男子バスケ部?」


そう聞き返すと、妖精さんは一度だけこっくりと頷く。それを見てあたしは体育館の方を指差しながら、


「男子バスケ部なら、あっちの体育館だけど…もし良かったら案内しようか?」
「えっ…でも、」
「ちょうどあたしも体育館の方へ行こうかな、って思ってたし…そうしよ!」


名案!とばかりにあたしがそう笑うと、困ったように両手をもじもじさせ眉をハの字にさせてた妖精さんは、はにかむように笑った。うわ、笑顔も可愛い!!


「…ありがとう」
「どういたしまして!じゃ、行こ!!」


そう言ってあたしはカメラをカメラケースにしまって、妖精さんと体育館へ向かって歩き出した。



そういえば、妖精さんは男子バスケ部に何の用なんだろ?IH予選の為の偵察…なわけないし。だって妖精さんが着てる制服女子校のだし。


「男子バスケ部には何の用事なの?」


ひとりであーでもないこーでもないって考えてても埒が明かないと思ってあたしは彼女に直接聞くことにした。すると妖精さんは、『え!?』と少し気まずそうに、恥ずかしそうに、顔を赤くさせる。それを見てピーンときた。


「わかった!彼氏でしょ?」


あたしがそう言うと、妖精さんはさらに顔を赤くして、


「そ、そんなんじゃない、です!」


顔の前でブンブン両手を振ってそう言った。それから今度は少し寂しそうな表情で、言葉を続ける。


「…今は、ただ、私が一方的に好きなだけで…」


『今は』?ってなんか変な表現。だってそれって、『今』じゃない時はそうじゃなかったってことでしょ?…ということは。


「もしかして、元カレ?」


あたしがそう尋ねると、妖精さんはコクリと頷いた。やっぱり!!


「…どうして、別れちゃった、の?」


出会ったばかりの人にこんなこと聞かれて、良い気分しないと思うけど、自分が失礼なことを聞いているのは分かっているけど、すごく気になってしまって、我慢できなくて、あたしは思わずそう尋ねてしまった。だって、こんな可愛い子が片想い、とか、どういうこと?って思うよ。普通。
すると、妖精さんは少しの沈黙の後、あたしに事情を話してくれた。


「彼とは中学の時一緒で、彼はバスケ部で、私はマネージャーをしてたの。彼はよく私の仕事を手伝ってくれて、…練習とか大変なのにね。それで、私、彼のそんな優しいところに惹かれて…私から告白して、付き合うようになったんだけど、彼はやっぱり部活が忙しくて、バスケが一番で…それが寂しくて、別れようって私から…。
私から告白したのに、勝手だよね。…その上、別れようって言ったのは私なのに、やっぱりまだ好きなんて、ずるいよね」


そう言うと妖精さんは黙ってしまった。その彼女の横顔は凄く切なそうで、見ているあたしも思わず切なくなるほど。
中学生の頃の彼氏、か。バスケ好きで、優しい、とか。宗くんみたい。
なんて、そんな風に思ったらなんだか他人事には思えなくなって、あたしは妖精さんから視線を地面に落として言った。


「その気持ち、あたし、わかるよ」


あたしのその言葉に妖精さんは小さく『え?』と驚いて、あたしを見たのが気配でなんとなくわかる。だけど、あたしは視線を地面に落としたまま続けた。


「あたしの彼氏もね、バスケ部なんだけど、やっぱりその人もバスケ大好きで、部活忙しくて、だから、あたしも寂しいな、とか思う時あるよ」
「………」
「…でもね、あたしは『バスケが好き』って言った彼を好きになったから、バスケを、好きな事を頑張ってる彼をかっこいいな、って思うから平気、っていうか、それでいいや、って思える」


視線を地面から、隣を歩いている妖精さんに移す。すると、不思議そうな、戸惑っているような表情の妖精さんとぱっちり目が合った。あたしがニッコリ笑って、


「大丈夫!ちゃんと伝えれば、きっと妖精さんの気持ち分かってもらえるよ!!」


そう言うと、それに対し、妖精さんは何度か目をぱちぱちさせて、


「(妖精さん?)…そう、かな?」


不安そうにそう尋ねてきた。


「大丈夫!自信もって!!」


そう言ってあたしがガッツポーズを作ってみせると、妖精さんは、『ありがとう』とそう言って、ふにゃりとはにかむように笑った。



熱気が篭もりまくった体育館に到着すると、換気と温度調節のために開けっ放しにされたドアの前で中の様子を窺う。すると、ちょうど笛の音が鳴って、休憩時間に入ったところだった。ナイスタイミング!さすがあたし!!あたしは心の中で自分を褒めながら宗くんを探した。
大好きな宗くんを探すのに、あたしがそう手間取るはずもなく、すぐにコートの中をコートの外へ向かってノブくんと楽しそうにお話しながら歩いている宗くんを見つける。こっち見ないかな。気づいてくれないかな。大きな声で、宗くん、って呼んだら気づいてくれると思うけど、そんなことをしたら凄く目立つだろうし、恥ずかしい。だから、宗くんがあたしに気づいてくれないかな、ってそう思ってじぃ、っと熱い視線を送る。
だけど、そのあたしの熱い視線に気づいたのはノブくんだった。ビクリと身震いして勢い良くこっちを見たノブくんは、あたしを見るなり『あ!』って顔になって、宗くんの肩を叩いてこっちを指差す。ノブくん、人を指差しちゃダメなんだよ、って後で注意しとこう。
まぁ、でもとりあえず、これで宗くんに気づいてもらえたし、良かった、なんて思ったんだけど、こっちを見る宗くんの表情がなんか、変なものを見る目っていうか、おばけでも見ているみたいな感じで、あたしは首を傾げた。なんかついてるのかなと思って頭とか触ってみたけど、別にいつも通りだし。不思議に思いながらも手を振ってみると、宗くんはゆっくりこっちに近づいてきた。ノブくんもついてくる。


「お疲れ様、宗くん。ノブくんも」


目の前までやって来た宗くんとノブくんにあたしがそう言うと、ノブくんが元気に返事をしてくれた。けど、宗くんは相変わらず様子がおかしい。


「宗くん?」


窺うように宗くんを見る。宗くんの視線を追うと、そこにはあたしが連れてきた妖精さんがいた。ああ、そっか。あたしが知らない、それも他校の子と一緒にいるから不思議だったんだ。そう思ってあたしが妖精さんのことを紹介しようとした時、


「…田中さん」


ずっと黙ったままだった宗くんがポツリ。
『田中さん』?
あたしは聞き覚えの無い名前に首を傾げた。すると今度は後ろから、


「…えっと、久しぶり、神くん…」


妖精さんがそう言った。
え、え?何それ、どういうこと?宗くん、妖精さんと知り合い?
状況についていけなくてオドオドと宗くんと妖精さんを交互に見る。すると、同じく状況についていけていないらしいノブくんがキョロキョロ、宗くんと妖精さんを見て、その後あたしを見た。そのノブくんの顔には『これ、どういう状況ですか?』って書かれているけど、それを聞きたいのはあたしの方だから!


「どうして田中さんがななと一緒にいるの?」


わけが分からずオドオドしてるあたしとノブくんにはお構い無しに、宗くんは妖精さん(田中さん?)に尋ねた。すると妖精さんはどこか少し緊張気味に答える。


「あ、えっと彼女には、校門の近くで会って…それで、案内してもらったの…ここまで」


『ね?』と妖精さんに同意を求められ、慌ててあたしは何度も頷く。…っていうかなんであたし慌ててるんだろ?


「えっと、宗くんは彼女と知り合い、だったの?」


そしてどういうわけか悪いことをしてしまったような気分になってしまっているあたしが恐る恐るそう尋ねると、宗くんは気まずそうに頷いて、


「…中学の時、田中さんはバスケ部のマネージャーだったんだ」


その宗くんの言葉は聞き覚えがあった。それもそのはず。だって、さっきここへ来る途中に聞いた妖精さんの話と同じだったから。
でも、え?ということはもしかして、この雰囲気的に、妖精さんの元カレ、ってもしかして…。
まさかと思ってこっそり妖精さんに尋ねてみると、彼女がコクリと頷いたものだから、あたしは、


「えーっ!?」


思わず大声でそんな風に叫んでしまった。その声が体育館の中いっぱいに響き渡って大注目を浴びたけど、目立って恥ずかしい、とかその時のあたしにそんな事を感じる余裕なんてあるはずもなく。そんなあたしの様子で宗くんは、あたしが妖精さんに何を確認したのかを察したらしく、ますます気まずそうに視線をそらし、妖精さんは恥ずかしそうに俯いて、あたしは口をあんぐり開けたまま。そんなあたし達の中で一人だけ状況をつかめていないままのノブくんの『何、何なんスか!?』ってそんな戸惑ってる声が空しく響いた。



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