あたしが神くんに『好きだよ』って言ったら、『俺も、吉村さんが好きだよ』って言ってくれた。
ビックリして、でもそれ以上に嬉しくて、そう言われた直後は自分でも引くくらい泣いた。その後はドン引きするくらいうかれた。うかれているのは現在進行形。
そんなあたしだけれど、ついさっき、大事なことに気がつきました。





あたしだけの呼び方






「呼び方!!」


朝っぱらからそう言って盛大に机を叩くあたし。


「…呼び方が何なの?ていうか、なな声でかい。うるさい。迷惑」


そんなあたしを見て、サワは心底面倒くさそうな顔をして言う。…っていうか何もそこまでコテンパンに言わなくてもいいじゃん…!
そうひそかにショックを受けつつもあたしは少し声を抑えて言った。


「あたしと神くんね、付き合い始めて一週間経ったんだけどね、お互いに呼び方が付き合う前と一緒なの!」


神くんと付き合い始めて一週間経った今でも浮かれ気味で、最近サワから若干引かれてるそんなあたしが気づいた重大な問題。それはまさに今言ったとおりのことだった。
あたしは神くんのことを”神くん”って呼ぶし、神くんはあたしのことを”吉村さん”って呼ぶ。付き合う前と何も変わってない。
けれどもあたしが、ほらね、大発見でしょ?と言った風にサワを見るとサワは意味がわからないと言った風な顔であたしを見て言った。


「それ、何か問題あること?」
「あるよ!問題大アリ!!付き合ってる男女がお互い名字呼びとか…〜なんか距離感じる!!」
「そうかな?付き合ってるけどお互い名字呼びの人たちなんていっぱいいるでしょ」
「!…そうかもだけど、よそはよそ、うちはうちです!」
「ごめん、ちょっとわかんないわ」


あたしの力説はどうやらサワには伝わらなかったらしく、サワは少し呆れたようにそう言った。そんな…。
でも、”付き合っているんだから、呼び方を変えたい”というあたしの考えは伝わったみたいで、


「でも、だったらさ、変えればいいじゃん、呼び方」


あっさり、サワはあたしにそんなことを言う。確かにその通りなんだけど。何と言うのか、タイミングが、難しいと思うんだ。あと、変えるにしたってどんな呼び方がいいのかな、とか。
せっかくだから、他の誰も呼ばないような、あたしだけの呼び方がいい。
”宗一郎”…は多分ご両親が呼んでると思うし、”神くん”だと今までと一緒だし、それを変えたいわけだし、”宗一郎くん”…も、ちょっとなぁ。


「…なんて呼ぼう?」
「私に聞かないでよ」


なかなかしっくりくる呼び方が思いつかなくて、目の前のサワに救いを求めるものの、サワは我関せず。助けて。へなへなと机に倒れてほっぺたを机にくっつけた。
どうしよう。何か素敵な呼び方ないかな。なんか、こう、彼女っぽいの。そんな風にあたしが一生懸命考えていると、廊下の方を見ていたサワが『あ』と何かを見つけて、それをあたしに報告する。


「あんたの彼氏が来たよ」


サワのその言葉にあたしは勢い良く起き上がり、それから、そのせいで少し乱れた髪を撫でつけながらサワの見てる方を見た。基本的に神くんは結構早い時間から学校に来ているけれど、大体朝練に行っているから教室に来るのはいつも朝のSHRのちょっと前だ。
教室に入って来た神くんはまっすぐ自分の席まで行って鞄を置く。するとクラスメイトの男の子たちが神くんの周りに集まってくる。いつもの光景。神くんは人気者だ。そして神くんはその男の子たちと楽しそうに一言二言交わして、それから窓際の一番前の席にいるあたしの所まで来てくれる。


「神くんおはよ!」
「おはよう吉村さん」


元気よくあたしが挨拶すると、神くんもにっこり挨拶を返してくれた。今日もかっこいいなあ。なんて。


「水沢さんもおはよう」
「おはよう。…神も毎日朝練大変だね」
「そんなことないよ」


サワと神くんの会話をBGMに神くんをじっと見つめていると、そんなあたしの熱い視線に気づいたのか神くんがこっちを見た。


「吉村さんと水沢さんはほんと仲良いよね」


唐突に神くんがそんなことを言うから、あたしとサワはきょとんとお互いに顔を見合わせる。仲良いとか、改めて言われるとなんか変なかんじ。


「中1からずっと一緒だもん、ね、サワ」
「そうだね」


あたしとサワが神くんにそう言うと、神くんはふと思い出したように言う。


「…そういえば、何で水沢さんって”サワ”なの?」
「それはね、神くん。”水沢”の”沢”から取って”サワ”なんだよ。あたし名付け親なの!」


神くんの質問に得意げにそう答えたあたしははっとひらめいた。
すごい、やばい、めちゃくちゃしっくりくる!あたしってば天才!!なんて、そんな風に頭の中で自分をいっぱい褒めてあげながら、あたしは自分的にはすんごいと思う目力で神くんを見る。


「神くん!」
「?どうしたの?」


その目力で神くんを見つめたまま神くんを呼ぶと、神くんは不思議そうにあたしを見た。そんな神くんにあたしは大事な提案をする。


「呼び方変えよう」
「呼び方?」
「そう。あたしも神くんもお互い呼ぶ時名字でしょ?なんかちょっと距離感じるっていうか…」


さっきまであんなに言うタイミングが難しいとか思ってたけど、なんか意外にあっさり言えてしまった自分にちょっとビックリしながら神くんの返事を待つ。
すると神くんは、


「そう言われてみるとそうかもね。…じゃあどうしようか?」


ちょっと考え込むようにしてそう言った。すかさずあたしは、ついさっきひらめいた呼び方を挙げる。


「宗くん。宗一郎だから、宗くん。…だめ?」


そう言ってあたしは神くんをうかがうように見る。あたし的にはすごくしっくりくるんだけどなあ。だめかな。
けれど、そんな心配はいらなかったみたいで、神くんはにっこり笑って、


「いいよ」


そう言ってくれた。そしてその後、


「それじゃ俺は”なな”って呼んでいい?何のひねりもないんだけど…」


そう少し照れた風に言うからあたしもつられて照れてしまった。というか、好きな人に名前呼ばれるのってこんなドキドキして、恥ずかしくて、でも、嬉しいんだ。初めて知った。


「うん、いいよ」


あたしがそう言うと、神くん…宗くんははにかむような笑顔を見せた。その笑顔が可愛くて、胸がキュンってなる。


「宗くん」
「なに?」
「ううん、なんでもない。呼んだだけ」


早速あたしだけの呼び方で呼んでみたくなって呼んでみた。すると宗くんは『なに?』ってこたえてくれたけど、あたしは呼んでみたくて呼んだだけだったから、そう言ってふふふ、と笑う。


「なな」
「なあに?」
「呼んだだけ」


すると今度は宗くんがあたしを呼んだから、『なあに?』って聞いたら、宗くんもさっきのあたしみたいに『呼んだだけ』って笑った。
今日から”神くん”は”宗くん”。”吉村さん”は”なな”。
なんだかまだお互いに呼び慣れないからか、ちょっと照れる。


「宗くん」
「なに?」
「なんかちょっと照れるね」
「そうだね」
「…どうでもいいけど、よそでやってくれないかな」


あたしと宗くんが二人でクスクス笑っていると、そんなあたしたちにドン引きしたサワがそう言った。



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