入学したばかりの頃、あの体育館ではじめて出会ったあの日から、ずっとずっと好きだったの。 いつもいつもあなたのことを考えていたの。 今日はおはようが言えた。今日は三回も目が合った。今日はバイバイ、また明日ね、って挨拶された。 そんな風に毎日毎日そんなちっぽけなことがすごくすごく幸せだったんだよ。 恋した背中 ほんとのこと 「神くんっ!!」 そう大きな声で呼びかけると、こちらへ振り向いた神くんはあたしを見てびっくりしたような顔をした。そりゃそうだよね。だってあたし今パジャマだし、さっきまで具合悪くて寝てたんだから。まさか追いかけてくるなんて思わなかったんだろうな、と思った。 そう思いながら、あたしは乱れた呼吸を整えて、神くんに言った。 「神くんはずるいよ、どうして理由もわかんないのに『ごめんね』なんて言えるの?あたしが、どうして神くんのこと避けてたのかわかるの?あたしが、神くんにどうしてほしかったか知ってるの?あたしが…っ」 あたしが、ずっと神くんのこと好きだったこと、気づいてるの?気づいてて、あたしに会いに来たの?ごめんね、って言ったの?あたしは、神くんに謝ってほしかったんじゃないって言ったのに、どうしてまた『ごめん』って言うの? 「…あたしは、話してほしかったんだよ。神くんに、彼女できたって、神くんから話してほしかったよ」 そこまで言うと、散々泣いたのに、また涙が出て来た。パジャマの袖を引っ張って少し乱暴に流れる涙を拭く。一生懸命、これ以上涙が出てこないように堪えていると、 「…そのことなんだけど」 黙っていた神くんが口を開いた。 「吉村さん、何か誤解してない?」 その神くんの言葉の意味がわからなくて、あたしは俯いていた顔を上げて神くんを見る。すると神くんは困ったような顔で信じられないことを言った。 「俺、彼女いないよ」 衝撃で涙が引っ込んだ。 嘘、何それ?どういうこと?あたしは確かにノブくんから神くんに彼女いるって聞いたのに。 困惑しているあたしを見ながら、神くんは言葉を続ける。 「さっきのメモに書いた『ゴメン』っていうのは、なんか吉村さん、俺に彼女いるって誤解してたみたいだったから、誤解させて『ゴメン』って意味だったんだけど……っていうか、俺に彼女いるとか誰から聞いたの?」 「…ノブくん」 「ノブ?………あ」 誰から聞いたの?っていう神くんの質問にあたしが素直にノブくんから聞いたことを教えると、それを聞いた神くんは何かを思い出したような表情をした。その後、一人でうんうん、って何か納得したような様子ですっきりした顔をする。だけど、あたしは全然わけがわからないし、納得も出来ないから相変わらず困惑したまま、眉間にしわを寄せる。 「俺、ノブに嘘ついたんだ」 そんなあたしに神くんは言った。 「確か朝練の時だったかな?朝練終わって着替えてる時ね、俺の携帯が鳴って…」 「?うん」 「ノブが『携帯鳴ってますよ』って教えてくれて、俺が『電話?』て聞いたら『メールっぽい』って言うから」 「…」 「俺、『ライト何色?』って聞いたんだ。そしたら『赤』って言われて、そっかーって思ってたらノブがね、『メールの送り主、もしかして彼女ですか?』とか言ってきて…」 「……?」 「『そうだよ』って答えちゃったんだよね」 「え!?」 え、え、何それ。今の説明意味わかんないんだけど!! つまり、ノブくんに”彼女いる”って言ったのは冗談ってこと?っていうか何?それじゃ、神くん本当に彼女いないの?冗談なら冗談って何でノブくんに説明しなかったの?ノブくんもどうして神くんの言葉が嘘か本当か確認しないであたしに教えてくれちゃったわけ?もう、今までのあたしの悲しみとか何だったんだろう。 そんな風にあたしがぐるぐる考えていると、困ったように笑っていた神くんが言った。 「吉村さんからのだったから」 突然。 そう突然あたしの名前が出てきて、意味がわからなくて、あたしが思わず、え、って聞き返すと、神くんは言葉を言いなおした。 「その時俺の携帯に届いたメール、吉村さんからのメールだったんだよ」 あたしからのメール?そう言われて、きょとんとあたしは神くんを見る。確かに、あたし、ノブくんから神くんに彼女いるって聞く前までは頻繁に神くんにメール送ってた。朝もおはようメールしてた。でも、さっきの神くんの話だと、メールが来たって教えてくれたのノブくんなのに、誰からのメールとか、聞いてないのに、どうしてあたしからのメールだってわかったんだろう。不思議に思って、それを神くんに聞くと、神くんは少し恥ずかしそうに答えた。 「ライトが赤だったから」 「ライト?」 そういえば、さっきの神くんそんなこと言ってたな、と思いだす。神くんは続けた。 「吉村さんからのメールはライトを赤に設定してたんだ。他の人からのは全部白なんだけどね」 その言葉を聞いた途端、あたしは心臓がドキドキした。他の人からのメールは全部白いライトなのに、あたしだけ違う色とか、そんなこと聞いたら、期待しちゃう。あたしだけ特別とか、どうして?ドキドキ、ドキドキ高鳴る胸のあたしを無意識に手で押さえながら、あたしは神くんの次の言葉を待った。神くんは少し間をあけて、それから言葉を続けた。 「前にも言ったけど、俺、吉村さんとメールしたり、話したりするの好きなんだ。だから、ノブに『彼女ですか?』って聞かれた時、『そうだよ』って嘘ついた。」 「吉村さんが俺の彼女だったら良いなって思って」 それを聞いてあたしは、自分の体中の血液が全部顔に集まってきたんじゃないか、ってくらい顔が真っ赤になった。と、思う。多分、今、あたしの顔だいぶ赤い。さっきからドキドキドキドキ落ち着きのなかった心臓はさらに落ち着きをなくして、神くんにも聞こえちゃうんじゃないか、ってくらいうるさくなった。 ねえ、神くん。それって、期待しちゃっていいのかな。あたしからメールが来た時、あたしだけ特別で、あたしとメールしたり、話したりするのを好き、って思ってくれてて、あたしが彼女だったら良いな、って。 「神くん、」 赤い顔のまま、あたしが神くんに呼びかけると、神くんは恥ずかしそうにあたしからそらしていた視線をあたしに向けた。目が合うと、また、ドキドキした。 「あたし、神くんが好きだよ…っ」 入学したばかりの頃、体育館で、バスケしてた神くんにはじめて会ったあの時から、ずっと、ずっと、好きだったの。 いつも、いつも、神くんのこと考えてたの。目が合って、声が聞けて、姿が見られて、それだけで幸せだったの。アドレス交換できて、毎日くだらないことでもメールして、すごくすごく幸せだったんだよ。 うそつきとか、いっぱいいっぱい酷いこと言って、ごめんね。 でもね、あたし、神くんが好きなんだよ。 「ずっと、ずっと、はじめて話した時から、好きだったよ」 バスケが好き、って笑った神くんが。 「神くんが好きだよ」 言いながら、どうしてか泣きそうになった。それを必死にこらえながら、あたしはずっと、ずっと、何よりも神くんに伝えたかったこと、伝えなくちゃいけなかったことを伝えた。 あたしの告白を聞いた神くんはビックリしたように目を丸くして、それから、 「俺も、吉村さんが好きだよ」 バスケが好き、って言ったあの時と同じ笑顔でそう言った。 100523 back |