愛してる分だけ沢山(馬岱)
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※現パロ



お日様が顔を出し始めた朝の少し早い時間。優しい朝日が射し込むバスルーム。ぬるめのお湯をはったバスタブ。海の香りがする入浴剤で爽やかな気分に浸りながら、半身浴を満喫する。ゆったりとしたこの癒しの時間は休日の朝だからこそできる贅沢だ。
電気を点けずに、お日様の光だけでバスルームの中が十分明るいというのは、なんだか新鮮で、清らかで、健やかな気分になる。きっと、こんな明るい時間からのんびりお風呂に入るなんて滅多にないから。


それから30分近くお風呂を満喫し、バスルームを出ると、大好きな柔軟剤の香りを纏ったフワフワなバスタオルで肌の上の水滴を拭う。濡れた髪が絡まないように、傷まないように、丁寧にタオルドライしながら、ドライヤーを取り出して、コンセントに繋ぐ。そこでふと、バスルームからそう遠くない寝室でまだ眠っているだろう旦那様の存在を思い出した。ドライヤーなんかつけたら音で起こしちゃうかもしれない。そう思って、私は一度繋いだコンセントを引っこ抜くと、ドライヤーを片付けた。代わりに乾いたフェイスタオルを1枚首から下げて、水滴が床を濡らさないよう、念入りに髪を拭きながら、脱衣場を出る。あまり大きな音をたてないように気をつかいながら、最愛の旦那様がまだ眠っているであろう寝室へ向かい、静かに寝室のドアを開けた。
ダブルベッドの上の大きな膨らみは規則正しく上下していて、彼がまだ眠っていることを示している。寝室の壁の時計を見ると、時刻はまもなく8時を回るところだった。確か私が目覚めてお風呂に入ったのは7時前だったから、そうなると、ずいぶんと長い時間お風呂にいたんだなぁ、私。なんて、そんな風に思いながら、8時ならそろそろ起こしてもいいかな、と、そろりそろりとベッドに歩み寄る。すぐそばまで来ると、まだ眠っているらしい旦那様の寝顔を覗きこんだ。
瞼を縁取る長い睫毛に高い鼻。いつもニコニコ笑っている彼は、どうやら眠っている時も笑っているようで、その口元は緩やかに笑んでいた。その穏やかな寝顔に、思わず口元が緩む。起こしてしまうのがなんだか少し忍びないけど、いくら休日だからと言ってズルズルと惰眠を貪るのも勿体無い。それに、今日はとても良いお天気になりそうだもの。


「馬岱さん、」


ベッドの縁に左手をついて、空いた方の右手で軽く、眠っている彼の肩を揺する。すると、長い睫毛がピクリと震えて、緩やかに笑んでいた彼の口元が僅かに動いた。もしかして、起きてる?だけど、目を開ける様子はない。寝てるふり、かな。お茶目な彼の事だから、もしかして、もっと私が近づいて起こそうとしたら、わ!って、脅かそうとしているのかもしれない。


「馬岱さん、起きて」


それならそのイタズラ計画に付き合ってあげよう。でも、残念ながら彼が私を驚かそうとしていることに気づいてしまったから、彼の期待通りの反応を、私はもう返せないだろうけど。残念でした。なんて、そんなことを考えながら、彼の肩をさっきより少しだけ強めに揺すりながら呼び掛ける。すると、突然、布団の中から腕が伸びてきて私の右手を掴んで引っ張った。バランスを崩した私の体は、その伸びてきた腕に引っ張られるまま、寝ている彼の胸の上に倒れこんだ。
ああ、やっぱり。起きてたんだ。わかっていたのに、私の心臓はびっくりしてドキドキしていた。まさか引っ張られるとは思わなかったから。すると、倒れこんだ彼の胸がクツクツ震えて、堪えきれていない笑い声が聞こえてくる。


「おはよう、名前」
「…おはよう、馬岱さん。起きてたんだね」
「うん。君のこと、驚かそうと思って。びっくりした?」


馬岱さんのその問いかけに、私が一度だけこくりと頷くと、堪えるのをやめた馬岱さんがケタケタと満足そうに笑った。どうやら私は彼の期待通りの反応を出来てしまったらしい。なんか恥ずかしいような悔しいような。馬岱さんの胸の上に倒れこんだ体勢から少しだけ上体を起こしながら、複雑な気持ちになる私に気づいているのかわからないけど、馬岱さんはごく自然な流れで、さもそうすることが当然かのように、私の頭の後ろに手を添えて引き寄せると、一度キスをした。所謂おはようのキス。(もしかしたら、驚かせてごめんね、のキスかもしれない。)
そういう類のキスをされるのは別に初めてではないけど、そういうことはいつまでたっても慣れないもので、また、びっくり。


「あれ?名前、顔真っ赤だよ」
「う、…ほっといて下さい」
「それに、なんだか良い匂いするね」


馬岱さんは、恥ずかしさで顔を真っ赤にする私を見て愉快そうに笑うと、今度はその高い鼻をクンクンと私の半乾きの髪に埋める。なんだかくすぐったくて身をよじると、馬岱さんは髪から離れて、言った。


「髪が濡れてるね。シャワー浴びてた?」
「ううん、お風呂」
「そっか。でも髪、濡れたままじゃだめだよ。なんで乾かしてないの?」
「ドライヤーの音で、馬岱さん起こしちゃったらかわいそうかな、って。…でも、こうして起こしたんだから、意味無かったのかもだけど」
「俺を気遣ってくれたの?優しいね」


そう言って馬岱さんは、くるりと私ごと体を反転させて(押し倒されたみたいな体勢になった!)今度は口じゃなくて、私のおでこにキスをした。それから目尻と頬、鼻の頭にチュッ、と小さくリップ音を響かせながらキスの降らせる。馬岱さんのキスは、私をドロドロに甘い気分にしてしまう。神経を鈍らせるその甘い痺れのようなものに呑まれまいと、口を開く。


「これから朝御飯作るから、その間に馬岱さん、お風呂入る?栓抜いてないから、まだ入れるけど…」
「うーん。じゃあ、入ろうかな」


私の提案に頷いた馬岱さんは、最後にチュ、と一度私の唇にキスをして、のそのそと起き上がると着替えを持ってバスルームへ向かう。私はその背中を見送って、ベッドから起き上がる。鏡に映った顔は赤かった。


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トースターに入れていたパンが香ばしいにおいをさせながら焼きあがったのと、タオルで少し乱暴に濡れた髪を拭きながら馬岱さんがお風呂から出てきたのはほぼ同時だった。


「おいしそうな匂いだね」


そう言って自分の席に着いた馬岱さん。私は、彼の前にお揃いのマグにいれたコーヒーと、焼きあがったばかりのパンを置きながら礼を言った。馬岱さんは、いつも私の作った料理を誉めてくれる。(それがどんなに簡単な物であっても。また、それほど味が良くない物であっても、だ)
だから、馬岱さんためにご飯を作るのは、とても好き。
サラダとトースト、スクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコン、デザートにはミックスベリーとヨーグルト。そして、色違いのマグに入ったコーヒー。朝食のメニュー全てがテーブルの上に並んでいるのを確認すると、私も馬岱さんの向かい側に座る。それから二人でいただきますをして朝食をとる。
テーブルの中心にはいろいろな種類のジャムの瓶が並んでいる。定番のいちごジャムは勿論、マーマレードに、ブルーベリー、アプリコットに林檎ジャム。ピーナッツクリームまで揃っているというのに、私も馬岱さんも、二人揃って同時に手を伸ばしたのはいちごジャムだった。


「馬岱さん、先どうぞ」
「名前が先に使いなよ」
「いいよお。私譲り合いの精神持ってるし」
「俺だって持ってるよー」


お互いに一歩も譲らない譲り合いっこになんだか可笑しくなってしまって、私がふふふ、と笑うと、馬岱さんも私と同じ風に感じたのかクスクス笑った。それから結局馬岱さんは、『レディファーストで』といちごジャムの瓶を私に譲ってくれた。今度は私も素直にお礼を言って自分のトーストにジャムを塗る。譲ってくれてありがとう、の気持ちをこめて馬岱さんの分のトーストにもジャムをたっぷり塗ってあげた。


「俺のまでありがとう、名前」
「いいえー」
「でも、ちょっとこれ塗り過ぎじゃない?」


いちごジャムがたっぷり塗られたトーストをお皿の上から持ち上げると、苦笑交じりにそう言った。そんな彼を見ながら、私は自分の分のトーストを一口齧って笑う。


「ふふ!愛だよ、愛!馬岱さん大好き、って分だけ沢山塗ったの」
「愛、ねえ。それじゃあちょっと少ないかな」
「ええ?」


愛してる分だけジャムを沢山塗ったと言った私に対して、それじゃあ少ない、と不満そうに口を尖らせて見せる馬岱さん。その様子がまるで小さな子供みたいで、可愛らしくて、こんなやり取りがやっぱり楽しくて。愛の分だけジャムがたっぷり塗られたトーストを齧って、コーヒーを飲んで、サラダを食べて、フワフワのスクランブルエッグをぱくり。スクランブルエッグはいつも以上にフワフワで、私の気分もフワフワ弾んだ。


「馬岱さん、今日すっごく良い天気になりそうだよ」
「そうだね。こんな日はどこかに出かけたくなるよね」
「うんうん」
「どこか行こうか」
「えっと、それじゃあね…」


テーブルいっぱいに並んだご飯を食べながら、このあとの予定を話し合う。朝ごはんを食べ終わったら、二人で仲良く洗い物をして、どこかへお散歩に行こう。今日も馬岱さんと一緒、楽しい一日になりそうだ、と私はにっこり笑った。




140820


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