名字を重ねて(神田)
+++
※現パロ


「神田ー」


昼休みまであと数分のオフィス。午前中の仕事を区切り良く終わらせる為にラストスパートをかける社員もいれば、すでに一段落ついて早々にデスクを片付け昼食の準備を始めている社員もいる中、私はといえば前者の方でさっきからずっとパソコン画面とにらめっこしている。予想外に進んでいない作業に、こんなはずでは…!と焦る気持ちとは裏腹に、キーボードを叩く指は完全に固まってしまっていて。どうしよう、この広告のデザイン今日中にあげないといけないのに!


「おい、神田!」
「…名前、呼んでるよ」
「!え、あ、はい!?」


隣の席の同僚に肩をトントン叩かれ、ハッと画面から顔をあげると、感じる重い視線。その視線の元を辿るとそこには呆れ顔の上司がいた。あ、そういえばさっきから上司の声してたような。おい、誰か呼ばれてるぞ返事しろよ、とか思ってたら呼ばれてたの私かよ!
やばい、と思いながら立ち上がり上司の元へ向かう。


「シカトとはいい度胸じゃねーか神田」
「ええっと、シカトというか、そんなつもりはなかったんですけど、呼ばれてるの自分と思わなくて…」
「この部署にお前以外に“神田“いねーだろーが」
「そうなんですけど、えっと、まだ呼ばれ慣れてなくて、“神田“って」
「呼ばれ慣れてなくて、ってのろけか」
「そんなつもりは、」
「…」
「…えっと、すみません」


ゲンドウポーズの上司のじとりとした視線(なんか底無しに呆れていらっしゃる)に、のろけなんてそんなつもりないですよ、なんて言葉は最後まで言えずに途中で引っ込んだ。代わりに出てきたのはよくわからないけど謝罪の言葉だった。えっと、なんか、のろけてませんけどのろけてすみません。


「営業のエースくんと結婚したのいつだったっけ?」
「えっと、3ヶ月前…で、す 」
「…3ヶ月も経ってんならいい加減慣れろよ」
「はぁ、すみません」
「まぁ、もういいけど。それより今日までの広告、今どんな感じ?」
「どん、な…」
「…」
「……今日中には必ず」
「頑張れ」


+++


「…という、やりとりがあったんだよねぇ」


なんとか勤務時間内に無事広告をあげられて、残業を免れた私は、同じく残業を免れた旦那様のユウと一緒に帰宅中。帰宅ラッシュのすし詰め状態の電車から解放され、自宅最寄りの駅から自宅へ向け歩きながら、今日の出来事を報告する。神田って呼ばれ慣れなくて、って言ったらのろけか!って突っ込まれちゃったんだよ参ったね!なんて、そんな私の話を聞いたユウはお昼の上司と同じような呆れ顔をした。


「3ヶ月経つんだからいい加減慣れろよ」
「うわ。ユウ、上司と同じ事言ってる」
「うわ、じゃねえ」
「すみませーん。以後気をつけます」


上司と全く同じ事を言ってるユウに少しびっくりしながら、でもまぁ、ごもっともだなぁ、なんて思ってみたり。慣れないとなぁ。照れ臭いんだけど。だって好きな人の名字を自分が名乗るとかさ、凄くない?学生時代めちゃくちゃ妄想してたよ。ノートの端っことかに好きな人の名字に自分の名前合わせて書いてニヤニヤしてたもん。それが、今は現実なわけで、妄想じゃないわけで、しあわせ過ぎてにやけるよね。間違いなく。神田名前…きゃー!


「何ニヤけてんだよ」
「!」


頭の中で名字と名前を重ねて、照れくさくなって、思わず両手で頬を押さえると、そんな私の様子を見ていたユウは少し意地悪な顔をしてからかうようにそう言った。うわ、にやけてたか案の定!
今度はその指摘に恥ずかしくなって頬を押さえ、たった今私をからかった隣を歩くユウを弱く睨むと、ユウはよりいっそう意地悪く笑った。憎らしいのに、その顔も物凄くイケメン過ぎてにやけてまうのが悔しい。
にやけて緩む頬を必死に押さえていると、ユウは私に向けていた視線を前に移して思い出したように言った。


「そういや俺も今日言われたな、同僚に」
「?何を?」


唐突な言葉に私が首を傾げると、ユウは続けた。


「今日は出先から会社戻って昼食ったから、その時弁当見られて、『なんだ愛妻弁当かー』って」
「…それでユウ、なんて言ったの?」
「そうだ、羨ましいか。って」
「え?」
「したら、『のろけか』って言われたから『悪いかよ』って言ってやった」
「ええ!?」
「なんだよ」
「いえ、別に」


ユウの性格的に、そんな風にからかわれたらめっちゃ機嫌悪くなって舌打ちで終了だと思ってたから、まさかユウがそんな風に返すなんてびっくりだった。


「恥ずかしいとか、無い?」
「は?」
「私が作ったお弁当」
「なんでだよ」
「いや、なんとなく。ユウ、今までコンビニのお弁当とかだったのに、いきなり手作りのお弁当になったらそんなふうにからかわれたりして、さ」
「…んな事思わねーよ。味もうまいし、助かってる」


そう言うとユウは、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。少し乱暴だったけど、でもなんだか、ありがとう、と言われてたような気がして、しかもあのユウが『のろけか』っていう同僚の冷やかしにそれを肯定するような言葉を返していたことを聞いて、なんだか、すごい愛されてるなぁ、なんてしあわせに感じたりして。ああもうユウ大好き。


「ユウ、私明日からも頑張ってお弁当作るね!」


しあわせいっぱいに笑って私がそう言うと、ユウはさっきの意地悪なものとは違う、柔らかい表情をして笑った。




「あ、そういや卵買って帰らなきゃ!明日のお弁当の玉子焼きが作れなくなっちゃう!」
「…名前」
「ん?」
「その玉子焼きなんだが…」
「うん?」
「ハート型にして弁当に入れるのは勘弁してくれ」
「…」
「…さすがに、恥ずかしい」
「…えっと、すみません」


140730


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