The night which did not get used to Santa Claus(三井) +++ 冬は寒い。なんて、そんなことわざわざ言うまでもない、当たり前のことだとはわかっているけど、寒いものは寒い。何が、って心が。本当なら今ごろ彼女とイルミネーションでも見ながら過ごしていたはずだったというのに、なんだって一人部屋でクリスマス特番のバラエティーなんか見ながら過ごしているのか。 俺はテーブルの上に出しっぱなしにされた、普段と代わりない部屋の中では場違いな程クリスマスを主張しているラッピングされた小さな箱を横目にため息を吐いた。 その直後のことだった。ノックも無しに豪快に部屋のドアが開け放たれた。と、同時にパーンと耳をつんざく破裂音が響きわたる。 「メリークリスマース!イブ!!」 そしてその破裂音に負けず劣らずの大声でそう叫びながらやって来たのは見慣れた幼馴染みだった。彼女の手には使用済みのクラッカー。そしてその足元にはそのクラッカーから飛び出した紙くずが散らばっている。一体誰が掃除すると思ってんだこいつ。 「メリークリスマスじゃねーよ。何の用だよ」 「何その言い方可愛くない。あんたがクリスマス前に彼女にフラれて一人寂しくイブを過ごしてるだろうと思って遊びに来てあげたっていうのに」 俺の反応が気に入らなかったのか、名前はブー垂れて手に持っていた使用済みのクラッカーを俺に投げつける。投げんなばか。あとフラれたとか、気軽に俺の心の傷口抉るんじゃねえ。 というか、なんで名前がここにいるのか。 「遊び来たって、お前他校の野郎共と合コンとか言ってなかったか?」 「うん、クリパね。カラオケ行ったんだけどさ、なんかイマイチ盛り上がんなくて、その上一人めっちゃ空気読めない奴が居てさ。めちゃくちゃナルシっぽくて歌い方ねちっこいし、歌う時目つぶって自分に酔っちゃってる感じで、勘弁してって感じね。しかもそれが何曲も続くわけ。お前の単独ライブかっての。もうシラケて帰って来ちゃった」 そう言いながら名前は遠慮無しにずかずか部屋に進入すると、当然のように俺の座っている場所の斜め向かいに座った。 「テレビ、何か面白いのやってる?」 「微妙」 「ですよねー…ってなにこれ?」 そう言って名前が指差しているのはテーブルの上に出しっぱなしされた小さな箱だった。 「あ、わかった!彼女にあげるはずだったプレゼントだ!」 「…だったらなんだってんだよ」 「なんでこんなところに置いてあるの?もしかして浸ってた?」 「浸ってねーよばか」 「キレるなばか。…ね、開けていい?」 「だめって言っても開けるんだろうが」 「そのとーり。じゃ、失礼しまーす」 名前がガサガサ包装を解いて包まれていた物を取り出す。その様子を見ながら、俺は今日もう何度目か分からない溜息を吐いた。 「わ、ブレスだ!しかも可愛い!寿のくせにセンスいい!」 「”くせに”ってなんだ」 「これどんな顔して買ったの?想像出来ないんですけど」 「想像しなくていいんですけど」 しばらくの間、わーわー楽しそうにプレゼントになるはずだったブレスレットを眺めていた名前だったが、突然何を思ったのか神妙な顔をして、取り出したブレスレットを箱に戻し始める。一体何事かと様子を窺っていると、先程までの能天気なものとは打って変わって真面目な声で名前は言った。 「なんか、残念だったね」 「は?」 突然何を言い出すのか。 「せっかくこんな準備してたのに」 「…」 「今年こそ彼女とクリスマスの筈だったのにね」 「…」 いやいやいや。何突然この辛気臭い雰囲気。確かについさっきまで、名前が現れる前、俺が部屋で一人だった時はこんな雰囲気だったけど。というか、さっきまで気軽に傷口抉ってたくせに、突然何なんだ。からかうつもりなら最後までそうしてくれないと、こっちも反応に困る。暗い雰囲気やめろ、本当に暗くなるから。 急にらしくもなくしょんぼりしている様子の名前に、なんと言葉をかけたら良いものか。そもそも”残念だったね”なんて言われても”本当にな”としか言えないんだけど。 「…名前、」 「でもま、しょうがないか!寿にはまだ”彼女とクリスマス”は早かったんだよ」 「はあ?」 どうやら辛気臭い雰囲気は3分と保てなかったらしい。呆気なく先程までの能天気モードに戻った名前は、ばっさりとそんな失礼な言葉を言い放った。俺にはまだ早かったとか、何だそれ。お前だって今年もクリスマス彼氏居ねえじゃねーか。なんて、言い返してみれば『私は良いんです。別に焦ってませんから』なんて可愛くねーこと言いやがる。ばかやろう、それを言うなら俺だって別に焦ってねーから良いんだよ。 一体何が楽しいのかケラケラ笑っていた名前はクラッカーと一緒に持って来たらしいコンビニの袋に入った菓子類をばさばさテーブルの上に広げながら炭酸飲料の入ったペットボトルを一つ寄こして言った。 「私はねえ、寿くん」 「何だよ?」 「毎年変わり映えないけど、こうやって寿とダラダラ過ごすクリスマスが、実は嫌いじゃないんだよね」 「…そうかよ」 「寿は?」 「どうだろうな」 「ほんっと、可愛くないなあ」 そう言うと名前は、やっぱり俺のその反応が気にいらなかったらしくテーブルの上に広げた菓子をひとつつまんで俺に投げつけた。だから投げんなって。俺は投げつけられたそれを拾うと封を開けて口にほうった。コーラ味の飴だった。その様子を見ていた名前は気を取り直して言葉を続けた。 「”恋人とクリスマス”なんてさ、きっとこの先いつでも出来るじゃん。それまではこういうゆるいクリスマスを満喫するのも悪くないと思うんだ」 「へえ」 「寿はどう思う?」 そう聞いておきながら俺の反応を特に気にする風でも無く、名前はテーブルの上の箱の菓子を手に取ると、ガサガサ封を開けて口に運んだ。その後、当然のように『寿も食べなよ』と、その箱ごと俺の方に寄こす。いつもと変わらないこのやり取り。毎年変わり映えのないクリスマスなのにクリスマス要素がまるで無いお決まりの光景。クリスマスの前、まだ付き合っていた彼女と別れる前に想像していたクリスマスと比べたら緊張感も、期待感もまるでない。だけど、なんだろうこの安心感。 変に気張る事もなく、普段通り過ごせるクリスマスにどこかホッとしている自分に気づいた時、先程の名前の失礼な言葉が頭に浮かんだ。”彼女と過ごすクリスマス”が俺にはまだ早かった、ってのもあながち間違いじゃないのかもしれない。 「…まあ、悪くねーかな」 ”彼女とクリスマス”も勿論魅力的だが、”遠慮の要らない幼馴染とクリスマス”っていうのも悪くない。 (20131222) +++ Merry Xmas!! |