「あのう、吉良さん…お願いがあるんですが…」
ゲヘヘヘ、と手揉みしながら近付いてきたナマエを吉良は汚いものを見るかの様な目付きで見た。ナマエが改まって『お願い』だなんて悪い予感しかしないのだ。嫌でも対応はこうなる。
「聞くだけ聞いてやる」
「ははあ、光栄です!…あの、実はその…」
「はっきり言わないか」
「お小遣いを前借りしたいんです」
「却下」
ピシャリ。取りつく島もないとは正にこの事だ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「いいや、待たない。ナマエ、君は今日が何日か分かっているのか?まだ13日だぞ!?一体何に使ったんだ!?」
「あう、耳が痛い…だって友達と遊んでたら知らない間に無くなってて…」
「そりゃあ遊びに使っていたら無くなるだろうな」
「自分が悪いのは分かってるんです!でもどうしても必要なんです!読みたい本が出るので!」
お願いします!とナマエは吉良の腕を掴み、懇願した。吉良の良心に訴えかける作戦である。
「…はぁ…、そんなに必要なのか」
「はい!」
まさか、やったか…?チョロいな…。
ナマエは心中で悪い顔をしながらガッツポーズをした。
「今月の分はもうあげた訳だから、タダという訳にはいかないが…ナマエ、君は私に何かしてくれるのか?」
「お手伝いを今までの倍致します!」
「それじゃあとてもじゃないが足りないな。…そうだな、足りない分はナマエの体で払ってもらおうか」
「…へっ?」
今、吉良さんは何と言った?体とか何とか言ってなかったか?
ナマエが先程の吉良の言葉をそんな馬鹿な、と必死に反復している間に、吉良の大きな手はナマエのカッターシャツに伸びていた。プチン、プチンとボタンを一つ一つ丁寧に外していく。
胸元が露になったところでナマエは漸く自分に起きている事態に気が付いた。
「ちょっ、吉良さん何してるんですか!!?」
「何ってナマエの体に払ってもらおうと、」
「むっ無理です!私初めてですし、お小遣いの為だけに体を開くだなんて出来ません!」
「…君は我が儘だな。何かを得るにはそれ相応の代償が必要だとは思わないのか?小遣いを前借りしたいんだろう?」
吉良は財布から一ヶ月分の小遣いである5,000円札を取り出した。それをナマエの目の前で左右に振れば、彼女は面白いくらいに反応を示す。まるで犬や猫が餌に釣られるかの様に。
「ぐ…、ほ、欲しい、ですけど…でも体で払うってのは……もう少し軽めのお願いできませんか」
「仕方ないな。じゃあキスでいいよ」
「それもあんまり軽くないって言うか…」
「これ、渡さなくても良いんだが」
「わ、分かりましたッ!!やります!」
どうしても本が欲しくて、その為の資金が必要なナマエは渋々提示された条件を飲んだ。
キスくらいならどうって事は無い。場所は指定されていないのだし、頬にすれば良いだけなのだから。
「恥ずかしいから、目瞑ってくださいね?」
「ああ」
吉良が完全に目を瞑ったのを確認し、背伸びをしてゆっくりと顔を近付ける。後少しで頬に唇がつく―というところで吉良が「あ、」と声をあげた。
「言い忘れていたが、唇以外の場所にしようものなら来月分の小遣いも無しだからな」
「…えっ」
ご丁寧に逃げ道を塞がれて、これで強制的に唇同士のキスということになってしまった。
ナマエは迷った。
此処で止めれば前借りは無くなるものの、ちゃんと来月分の小遣いは入ってくる。しかし、本を買うのは当分先になるだろう。発売日に買って読みたいナマエからすると、来月では遅すぎるのだ。
だが、キスというのもたかが唇が触れ合うだけの至極簡単な儀式なのだが、中々どうして、実際にやれと言われれば出来そうにない。キスをするのが初めてだという訳ではないが(但し相手は父親だけである)、それでも吉良相手となると話は別で。
ううむ、とナマエは唸った。
キスと小遣いを天秤に掛けてみる。天秤はややあって小遣いに傾いた。やはりどうしても発売日に本が読みたいのだ。
キスは恥ずかしいものの一瞬で済む。それに、体の事を考えると遥かにマシだと言えた。
故に、ナマエは吉良にキスをすると腹を括った。
「吉良さん、目瞑ってますよね?絶対に開けちゃ駄目ですからね?」
「分かった」
もう一度ゆっくり背伸びをして、吉良に顔を近付けていく。
唇を掠めただけの、触れるだけのキス。一秒もついていなかったであろう唇は、それでも温もりや感触を残すのには十分過ぎる程だった。
「じゃッじゃあ貰っていきますねッ!」
ナマエは真っ赤になった顔を隠すようにして吉良の手の中から5,000円札を奪い取り、脱兎の如く逃げ出した。
「………」
残された吉良は口に手を当て、ニヤけそうになる口角を必死に抑えていた。
その日、彼はいつになく上機嫌で一日を過ごしたという。
////
吉良がセクハラをするだけのお話です。そしてまさかのお小遣い制。バイト出来る年齢の夢主ですが、実は面倒だという理由で働いていなかったりします。ニートしか居ない。
130918
わるいおとな