「日曜日も出勤なんて大変ですね」
「仕方がない。これも会社員の宿命ってやつさ。行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
ある日曜日、ナマエの朝は吉良を送り出すことから始まった。急に上司に呼び出しを食らったという吉良は、本来は休日である筈の日曜日に出勤を命ぜられたのだ。これも給料の為だと腹を括り、普段ならばゆっくりと新聞を読んでいるであろう時間に出て行く羽目に。
ドアノブを回したところで吉良は「あ、ナマエ」と声を上げた。そうしてからまたナマエに向き直る。
「何です…、!」
「これで今日も頑張れるよ。それじゃあ」
ナマエをきつくその腕に抱き留めてから、今度こそ吉良は出ていった。
いきなりハグ(但し随分一方的な形だが)をされると思っていなかったナマエは、行き場の無い気持ちを誤魔化すかのように恥ずかしそうに髪の毛を弄った。
「…あれ?ディアボロさんもお出掛けですか?」
「ああ、まあな」
今度はディアボロが出掛け支度を済ませ、玄関へとやって来た。あの何がなんでも外へ出ようとせず、引き込もってばかりのディアボロにしては珍しい行動だ。そこまで彼を掻き立てる何かがこの扉の外にはあるのだろう。それはナマエの知る由も無かったが。
「珍しい事もあるものですね」
「何だ、俺が出掛けるのがそんなにおかしいか」
「いえいえ、そういう訳では…」
苦笑するナマエに近付き、ディアボロは腕を広げた。
「?、何ですかディアボロさん?」
「どうした、吉良にはしただろう?」
それは先程のハグの事だろうか?だとすれば、"した"というよりも、"された"という方が正しいのだが。しかしそれを言ったところで一蹴されて終わりだろう。
ナマエは苦笑を張り付けたまま、ディアボロの腕の中に飛び込んだ。ディアボロの脇の下から背に腕を回し、ぎゅっと抱き着く。ディアボロも同じようにナマエをきつく抱いてからすぐに解放した。
「行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
ディアボロを送り出してすぐ、今度はディエゴが転がるようにして玄関へとやって来た。
「ディエゴくんもお出掛け?」
「ああ。俺とした事がホット・パンツと約束していたのをすっかり忘れていた」
「デート?」
「いや、そういうんじゃあない」
言いながらディエゴは靴を履いた。そして吉良やディアボロと同じようにナマエに向き直って、彼女をその腕に閉じ込めた。
「わ、」
「不思議だが、君をこうして抱き締めていると気持ちが安らぐんだ」
「そうかな?ありがと」
誉められて悪い気のする人間など居るのだろうか?居るとすれば少数派だろう。勿論ナマエもその少数派ではなく、大多数の中の一人なので、素直に礼を述べた。
「じゃあ行ってくる。夕飯はいらないと吉良に伝えておいてくれ」
「了解。いってらっしゃーい!」
ディエゴを送り出し、さてこれで漸く畳部屋に戻れると思った矢先――
「ぎゃっ!」
「おっと…大丈夫かい、ナマエ?」
プッチの厚い胸板に鼻をしこたまぶつけてしまった。前をちゃんと見ていなかったが為に上手く対処しきれなかったのだ。
「あいたた…大丈夫です」
「前はちゃんと見ないといけないよ。でないと、こんな風に男の胸の中に飛び込む事になるからね」
「ええ、次からは気を付けます」
悪戯っぽく微笑むプッチにナマエも笑みを返した。
「今から教会ですか?」
「いや、本屋に行こうかと思って。この間ナマエが貸してくれた本あっただろう?あれ、面白かったから続きも読んでみようかと」
「そうでしたか。お気を付けて」
「ああ、読んだらまた貸してあげるよ」
「わあ、有難う御座います!」
「それじゃあ行ってくるよ」。プッチはナマエを一度抱き締めてから頬に唇を寄せた。
「―!」
頬に手を当てて口をあんぐりと開けるナマエを残し、プッチは上機嫌で玄関の扉を開け放ち出ていった。
プッチを送り出し、ナマエは一息ついた。どうして今日に限って皆出ていく時間がこうも被るのか。送り出す側というのも結構疲れる。
「…あれ、DIOさんもお出掛けなんですか?こんな時間に?まだお日様が照ってますよ」
「ああ…」
お次はDIOのお出ましだ。彼もまた何処かへ出掛けるつもりらしい。吸血鬼の彼が日中起きているというのすら珍しいのに、外へ出ると言うのだから明日は雨かもしれないとナマエは思った(ちなみに天気予報では晴れだった)。
「ジョジョに呼び出されてな…仕方なくだ。眠くて叶わん」
「どのジョジョですか?」
「このDIOがジョジョと呼ぶのは一人しか居ない。ジョナサン・ジョースターただ一人だ」
まったく、吸血鬼を何だと思っている……ブツブツと溢すDIOに、ナマエはまるで息子を送り出す母親のような気持ちで「ちゃんと日焼け止めクリームは塗りました?」と尋ねた。日光に弱い吸血鬼の身を案じての発言だ。ちょっと外出しただけで灰になって無言の帰宅をされては洒落にならない。
「塗った」
「予備の日焼け止めクリームも持ちました?」
「子供じゃあるまいに。そんなに心配するな。お前を残して自殺だけはしない」
DIOは口の端を上げてニヤリと笑みを作り、ナマエを抱き上げてその場でくるっと回った。ナマエは驚きつつも、しかし声を上げて楽しそうにきゃあきゃあと笑った。
「…さて、ナマエとこうして過ごすのも悪くはないが、そろそろ行くか」
「帰ったらまた相手してあげますよ」
「随分と偉そうじゃあないか。いつからこのDIOよりも偉くなったんだ?ンン?」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、ナマエは擽ったそうに笑い声を上げながらも「髪の毛ぐしゃぐしゃになるじゃないですか」と抗議するのだった。
同居人五人を一気に送り出し、残りはあと二人。
カーズとヴァレンタインの二人もこの時間に外へ出ていくのだろうかと疑問に思っているところへ、意中のカーズが現れた。何時もの裸同然の格好ではなく、きっちりとコートを着込んでいる辺り彼もまた外出予定らしい。
「カーズさんもお出掛けなんですね。どちらまで?」
「なに、エシディシに会いに行くだけよ…そう大した用事ではない」
「そうですか、お気を付けて」
「それはこちらの台詞だ。俺達が居ない間、知らない人間を家へ上げるなよ」
「私をいくつだと思ってるんですか…それくらい分かってますよ。ほら、行った行った」
カーズの背中を押し押し、外へと追いやる。これも自分を子供扱いした罰である。
しかしカーズは玄関を一歩踏み出してから、何かに気付いて「忘れていた」と引き返してきた。
「?、何か忘れ物ですか?取ってきますよ」
「いや、此処にある」
「此処?」
カーズの忘れ物など何処にも見当たらないが…。そもそも、カーズが何か形ある物を所持していたのかどうかさえも怪しいところだ。彼の所有物など褌以外は見たことがない。
「カーズさん、無さそうですけど…何を忘れたんですか?」
「お前のことだ、ナマエ」
「え?」
ついにボケたか、と失礼極まりない考えが浮かんだ次の瞬間に、ナマエは"忘れ物"の正体を知ることとなる。カーズがナマエのか細く小さな体を抱き込んだことによって。
そこで漸く忘れ物は『ナマエ』という意味を理解した。わざわざハグをしに戻ってくるなど意外にも律儀だなと思いながら、ナマエもカーズの背に腕を回して抱き締め返した。
カーズも送り出し、残りはヴァレンタインただ一人。
ナマエが畳部屋に戻ると、ヴァレンタインが身なりを整え終わったところだった。これから合衆国に帰るらしい。
合衆国と日本には時差がある為、日本では朝でも合衆国ではまだ夜だ。故に一番最後に出ていったところで十分間に合うのだろう。
「私もそろそろ行くとしよう」
「もう帰っちゃうんですね。今度はいつ来れそうですか?」
「そうだな…ナマエが望むならば、いつ何時(なんどき)でも此処に来れるよう手配しておこう。私には君が必要なのだ」
「またまたぁ」
「そういう事誰にでも言ってるんでしょ」。自分の好意を冗談と受け取り、何なら突き返してきたナマエにヴァレンタインは苦笑いを浮かべた。鈍感なのかそれとも業となのか、それは神とナマエのみぞ知るところだ。
「ナマエ、最後にハグをしてくれないか。お別れだ」
「はい。ヴァレンタインさん、いってらっしゃい。お気を付けて」
「ああ」
お互いに体を抱き締め合った後、ヴァレンタインは笑顔を残して布と床に挟まって消えた。
最後に一人残されたナマエは、静かな部屋にぽつねんと佇んで首を傾げた。さて、これからどうしようか。あの大所帯に慣れてしまうと、一人では何をすれば良いのか分からない。
ナマエは暫し考えてから一つの答えを導き出した。
「掃除でもしよっと」
////
頂いたネタで書かせて頂きました。ネタ提供有難う御座いました!
いってきますのハグを求める、との事だったのですが…ボス達の個性を出したいが為にあまりハグとは言い難い仕様に…。ボス達の夢主好き好きっぷりを書けたのは良かったですが。
130114
いってきますの儀式