荒木荘 | ナノ
ディアボロはここ数日の間、まるで"絶頂"だった頃の時分に戻ったかのように、成すこと全てが上手く進んでいた。
何をするにも失敗というものが伴わなく、おまけにレクイエムの効果すら発動しない。つまりは危ない目にも遭わないし、死ぬことすら無い。
最高だ。そう感じずにはいられなかった。

一方ナマエは、ここ数日の間不幸続きであった。
街を歩けば頭頂部に鳥の糞を落とされ、知らない人に絡まれて怖い思いをし、数歩歩いただけで何かに躓き、挙げ句に財布を紛失。今も見付かっていない。ナマエが何かをしようと思い立てば邪魔が入り、何もかもが失敗ばかり。
良いことなんてちっとも有りやしなかった。しかも家の中でも安全とは言い切れないので、気の休まる暇がない。昨日なんて鋏で深く指を切ってしまい、あわや流血沙汰にまで発展した。
最悪だ。そう感じずにはいられなかった。

この数日で真逆の人生を歩むことになった二人。しかし、理由は分かっていた。
ナマエが人の不幸を吸い取り、逆に吸い取った人間に幸運を与える体質になってしまったからだ。それも何の前触れもなく突然。
人に幸運を与え、不幸を無かったことにするという運命にも逆らうその力には、勿論代償も伴う。それがナマエの不幸の原因だった。つまるところ、不幸が全てナマエ自身に跳ね返ってくるのだ。無論、ディアボロだけではなく住人全員分。
これを最悪と言わず、なんと言おうか。


「ナマエが居てくれて本当に助かった。お陰でまた絶頂へと戻ることが出来る」
「はあ、良かったですね」

ズズッ、お茶を啜る。火傷した。

「だが、これでもナマエに降りかかる不幸には申し訳なく思っている。嘘ではないからな」
「…良いんですよ。ディアボロさんが死なないんならそれで。私のはすぐに治るものばかりだし」

火傷した舌をもごもご動かすナマエを見て、ディアボロはその健気さに胸を打たれた。なんという素晴らしい、自己犠牲精神の持ち主なのだと。

「ナマエ、舌を出しなさい」
「ん、」

吉良がナマエの舌に氷を乗せた。それを口に含み、口内でコロコロと転がす。火傷した部分に当てると、痛みが少し引いた。

「ナマエは俺の女神かもしれんな」
「随分都合が良い女神が居たものだな。こんな時だけナマエを女神呼ばわりか」

吉良の棘を含んだ言葉がディアボロに刺さる。

「いや、そうじゃあない。常日頃から思っていた。ただ、ここ数日に関してはより強くそう感じたというだけで…」

身ぶり手振りで弁明を展開するディアボロを吉良は侮蔑を含んだ表情で見た。

「まあまあ、二人とも。私は良いんですよ。私が不幸になる代わりに誰かが幸せになれるなら。それがディアボロさんなら結構なことじゃないですか。何時も嫌な目に遭っているんだし、たまにはこんな事があっても良いと思うんですよ」

なんだこの男らしさは。
不覚にもディアボロの胸が高鳴った。それと同時に自分の幸運はナマエの不幸の上に成り立っているのだと思うと、胸がちくりと傷んだ。
俺は、吉良に言われた通りこんな時だけナマエを都合の良い女神呼ばわりして、最低な男じゃあないか。
だが、例えナマエを不幸にしてでもこれを利用しない手はない。みすみす手放すには惜しい力だ。
ディアボロの脳内で天使と悪魔が鬩ぎ合いを繰り広げていた。最終的には僅差で悪魔が勝ってしまうのだが。

「…よいしょ、」
「トイレへ行くのか?」
「やだ、ディアボロさん着いて来ないで下さいよ?」

立ち上がったナマエを目で追うディアボロ。本音を言えば片時も離れたくない。離れている間に幸運が逃げていきそうな気がして。
しかし、離れたくないからと言って、トイレの中にまで一緒に入る訳にもいくまい。そこまで変態に落ちぶれたつもりはないし、まず吉良が許さないだろう。

「…うッ!」

トイレの扉にガツンと頭をぶつけつつ、中へと消えるナマエを見送り、ディアボロは吉良の方へ向き直った。
彼はディアボロのパソコンを使い、何かを調べているようである。手元には十枚の宝くじ。どうやら当選結果を見ているらしい。

「それ、どうしたんだ?買ったのか?」
「いや、貰い物だよ。同僚からのね」
「ふうん」

どうせ当たる訳無いだろうけど、一応確認はしておかなくてはね。
吉良はそう言ってパソコンに映し出されている当選番号と宝くじとを照らし合わせていく。
一枚目、はずれ。二枚目、はずれ。三枚、四枚とはずれの枚数が増えていく。やはり早々当たらせてはくれない。
そうして最後の十枚目の確認に差し掛かった頃、ナマエが用を足しトイレから戻ってきた。
ナマエの片足が濡れているが、そこはあまり追求しない方が良いだろう。と言うか、大体想像がついた。ディアボロが思っていたよりもナマエに降りかかる不幸は酷いようだ。

「た、大変だ……」
「ん?」
「え?」

吉良がポツリと呟いた言葉にディアボロとナマエは器用に片眉を吊り上げて反応を示した。

「どうかしました?」
「…た、宝くじが当たった…」
「えっ」

ディアボロとナマエは顔を見合わせた。
またまたぁ、そんな冗談を言うなんて吉良さんも人が悪い……えっ、本当なの?

「ひゃ、100万円…だ……」
「ひゃく、まん、えん……」

ナマエはサーッと血の気が引いていくのを感じた。
なんという幸運が舞い込んだものだ。これが本当にただの純粋な幸運だったらなら、ナマエも万歳三唱をして喜んだだろう。しかし、もしもこれが自分が吸い取った不幸のお陰だとしたら……。

とてつもない不幸がやって来る前に此処から逃げなくては!…いや、ちょっと待てよ。一体何処へ逃げるのが良いのだろうか?何処かへ逃げたところで、本当に不幸な運命からは逃れられるのか?それも付いて回るんじゃないのか?

「ナマエ、上!」
「えっ?」

吉良の慌てた声に思考を一時中断させ、上を見上げるナマエ。その頭上すぐそこまでDIOの棺桶が迫っていた。

「!!?」

全てがスローモーションに見える。
立てていたDIOの棺桶が何らかの拍子に倒れてきたらしい。それだけならばまだ良かった。問題はその軌道だ。このままではナマエが押し潰される事必至である。
棺桶の中には眠ったままのDIOが入っているから、棺桶とDIOの100キロオーバーの体重が相乗した重さと、そして下に働く重力。そんなものに押し潰されては……。ああ、考えたくもない。

「ひっ…!!」

急いで逃げなくてはならない。だが、逃げようも足がすくんで動かない。スローモーションの世界で、棺桶はナマエを狙って倒れてくる。
―もう駄目だ!
ナマエは恐怖から目を堅く瞑った。


…そろそろ潰された頃だろうか。
しかし、待てども待てども衝撃は襲ってこない。
不思議に思い、ナマエが恐る恐る目を開くと、棺桶はナマエのすぐ側に佇んでいた。そして倒れた棺桶の下には血を流したディアボロの姿。棺桶内でDIOが身動いだ為に、ナマエに一直線だった筈の軌道が逸れ、ディアボロの方へ倒れたらしい。正に間一髪であった。

目の前のピクリとも動かないディアボロを呆然と眺め、ナマエは漸く自分が不幸から解放された事を悟った。不思議な力を身に付けた時と同じく、あんまりにも唐突な幕切れである。

「ん?もう朝か…?」

寝惚けたDIOの間延びした声だけが、静寂に包まれた部屋を満たした。


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頂いたネタで書かせて頂きました。いとさん、2つもネタ提供有難う御座いました!

素敵なネタだったのに、あんまりネタに添えていない形で申し訳ありません…!自分が書きたかったことを書いただけみたいな形になってしまいました。
夢主を利用しようとする割りとクズめなディアボロを書けて満足です。夢主は大事だけど、やっぱり絶頂には変えられない。
オチは安定のボスのレクイエムエンドです。結局、何故夢主があんな力を身に付けたのかは分かりません。

131230 アンラッキーデイ
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