裸を見られるというハプニングは有ったものの、吉良さんやディエゴくんから慰めて貰い(「あまり見えなかったからそこまで気にしなくとも大丈夫だよ」「そこまで悪くなかったから自信持てよ」…あれ、二人ともちょっと矛盾してるな…)、何とか立ち直る事が出来た。しかし、DIOさんの事は当分許せそうにないので、帰ったら彼の棺桶にニンニクと十字架と聖水をぶちまけてやろうと思う。例え効果が無くともだ。
***
それから温泉を存分に満喫し終わり、部屋に帰る途中の事。風呂上がりで着崩れた着物に、薄く色付いた肌の色気二割増しの男性陣は旅行客のお姉さん三人にとっ捕まってしまった。つまりは逆ナンである。イケメンしか居ない集団なのだし、そりゃあお姉さんだってお近づきになりたいのだろう。今更ながら、そんな彼らとお近づきになれている事に密かに優越感を感じた。でもまあ、お姉さんからしたらそんなのはどうでも良い、関係の無いことなのだろうけれど。
女の私は元より度外視されているし、あとは見た目が幼いドッピオくんも残念ながら見向きもされていない。隅の方で二人身を寄せあって「凄いね」「凄いですね」なんて話すだけだ。
「DIO、君が断れよ。こういうのは得意分野じゃあないのか」
「しかし、勿体無いではないか。あわよくば我が血肉と出来るやもしれん」
「馬鹿言え。後が面倒になりかねん。良いから断ってこい」
こそこそと小声で話す吉良さんとDIOさんの会話が聞こえてくる。吉良さんは目立ちたくない一心で、対するDIOさんはこのチャンスを利用して自分の腹を満たしたいらしい。どちらにせよ、私達には関係の無いことだ。
「ドッピオくん、私達は先に帰ってよっか……ドッピオくん?」
隣に居た筈のドッピオくんがいつの間にかお姉さんの傍に歩み寄っている。何をするのだろうと不思議に思っていると、彼は徐に口を開いてこう言った。
「この旅館にやって来た時に、何か運命めいたものを感じました。…それがたった今分かりました。貴女方に出逢う為に僕は此処に来たのだと…」
!?
…いやいやいや、嘘でしょ。
あのドッピオくんが歯の浮くような甘ったるい台詞を吐くなんて!
「き、吉良さん!今の聞きました!?」
「あ、ああ…」
どうやら信じられないのは私だけでは無かったようだ。吉良さんやDIOさんも私と同じ様な顔―つまりは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔である―をしている。しかし、お姉さん方は違った。ドッピオくんのクサイ台詞で、今の今まで眼中に無かった彼に興味が沸いてきたようだ。黄色い声を上げてキャーキャー言っている。
「貴女方のように美しい天使が居ると、神も仕事が手に付かない為に休暇をお与えになったのですね」
ドッピオくんの口から出てくるのは、聞いている此方が恥ずかしい台詞ばかり。よくもまあそこまで歯の浮くような台詞を吐けるものだと関心するくらいだ。次から次へと女性たちを褒め称える言葉が溢れてきて止まるところを知らない。
私達はその様子をただ呆けて眺めていた。間に入る余地すらない。イタリアではナンパが義務教育にでもされているのだろうか。
ドッピオくんの砂糖菓子よりも甘い言葉の数々にお姉さん方はあっという間に虜になり、今度は残った男性陣が放っておかれているという真逆の状態になってしまった。
最後まで女性達を良い気にさせておいて、ドッピオくんはお姉さん達に別れを告げた。ちゃっかりメアドを渡されている辺り、相当気に入られたようだ。恐るべきはそのポテンシャルの高さといったところか。
「お誘いを断りました。これで良かったんですよね?」
「あ、ああ…」
先程のやりとりなど無かったかのようにケロッとするドッピオくんに、吉良さんは表情を堅くしたまま答えた。
「ドッピオくん、凄かったね…」
「そうですか?あれくらいイタリアなら普通ですよ」
「わあ、イタリア怖すぎ」
***
その後は旅館の豪勢な料理に舌鼓を打った訳だが、この辺はあまり思い出したくない。
オッサン共が酒を浴びるように飲んで、べろんべろんに酔っ払ったからである。あれは本当に悪夢のようだった。思い出すだけで腹が立つ。
カーズさん、ヴァレンタインさん、DIOさんの三人には酒を注げと命ぜられるわ、あの吉良さんですらべろんべろんに酔っ払って口移しで酒を飲ませてくるわ(私、未成年なのに!)、これまたべろんべろんに酔っ払ったディアボロさん(気付けばまたチェンジしていた)にセクハラされるわで堪ったものじゃなかった。プッチさんとディエゴくんに助けられたからまだ救いがあったものの、二人が居なければと考えるだけでぞっとする。
「はあ…どうして男の人ってこうも馬鹿騒ぎ出来るのか理解できない…。まさか口移しでお酒を飲まされる日が来るとは思わなかったし…」
「おいおい、俺達をアレと一緒にするな」
「プッチさん、どうにか出来ませんか?」
「残念だが、今の彼らに何を言ったって無駄だよ」
はあ…。三人分の溜め息が重なった。
飲めや歌えのどんちゃん騒ぎは時間を追うごとに酷くなる一方で、手も付けられない有り様であった。突然一発芸大会とか始めちゃうし…。ヴァレンタインさんが大統領らしかぬ缶ビールのイッキ飲みを披露した辺りで盛り上がりは最高潮に達した。
「良いぞ、ヴァレンタイン!もっとやれ!」
「では声援に答えてもう一度見せてやろう!ナマエ!そこの缶ビール取ってくれ」
「(無視)」
無論両隣の部屋から苦情が来たのは言うまでもない。
私達が就寝する前でもそのお祭り騒ぎは収まらず、睡眠妨害も甚だしかった。頭から布団を被り、耳を手で覆ってやっと眠りにつける有り様で、リラックス状態とは程遠い睡眠だ。
一夜開けてからは天国かと思いきや、どっこい第二の地獄の始まりであった。
浴びるように酒を飲んだディアボロさんと吉良さんが見事に二日酔いを発症したのだ。
旅館の外にも土産物屋があるみたいだし、チェックアウトする前に行こうかと思っていたのに、彼らがトイレに駆け込んで胃の中の物を吐き出すのを背を擦って手伝ってやらねばならなくなった。
プッチさんが無慈悲にも「ではここからは別行動で」なんて私を置いていこうとするものだから、慌てたの何のって。しかもだ、一緒に土産物を見ようと約束していたヴァレンタインさんにすらあっさりと裏切られた。
「ナマエ、二人は任せたぞ」
「いや、任せたって何ですか!ヴァレンタインさん、裏切るんですか!?」
「裏切るも何も、最初から約束などした覚えは無いが?」
「いや、だって昨日『お土産一緒に見ましょうね』って言ったじゃないですか!!」
「ナマエが一方的に、な」
飄々と言ってのけ、ヴァレンタインさんは部屋から出ていった。
「信じられねえあのオッサン!!!」
憤りを抑えられずに半ば怒鳴るように吐き出せば、二日酔いの頭には響いたらしい。吉良さんとディアボロさんが同時に顔を歪めた。
昨夜、散々な目に遭わされた二人の面倒をこのまま見るのも癪だったし、いっそ無視して私も外に出てしまおうかとも考えた。だが、いざ二人を置いて行こうとすると、チワワみたいな目をして口を揃えて「ナマエ、置いていくな…」なんて言うものだから、放っておけなくなってしまうのだ。私も存外甘い。
他の皆がぞろぞろと出ていく中、結局私は二日酔いのオッサン二人と留守番になってしまった。
ついでに言うと、帰りの電車やバスの中でもそれは続いた。
両隣から吉良さんとディアボロさんに凭れ掛かられたのだ。成人男性二人からのサンドイッチ状態に鍛えてもいない女子高生が耐えられる訳がない。やや生命の危機を感じた。あともうちょっとで圧死するかもしれない、とも思った。だが、誰かに助けを求めようにも、DIOさんは面白がって私のスマホでその様子を写真に納めまくっているだけだし、ディエゴくんは疲れて寝ちゃってるし、プッチさんとヴァレンタインさんは二人で話し込んで二人の世界に入っちゃってるし、カーズさんは行きと同様流れる景色に釘付けでてんで宛になら無いし。この場に誰一人として使える人間が居なかった。
「…う、頭が割れるようにいたい…」
吉良さんがボソリと呟くように言った。それなら私の肩だって潰れそうだ!
「自業自得ですよ!大人なんですから、ちゃんと自分でお酒の管理くらいしてくださいよ!」
「返す言葉が見付からない…」
もう、本当に男の人って馬鹿なんだから!
***
「ナマエ、悪かった…君に喜んで貰いたいが為に旅行へ行ったのに、こんな事になってしまって…」
「この通りだ。許してほしい…」
「知りませんっ!!」
温泉旅行から帰ってきた次の日、私の前には珍しく素直に頭を下げる大人二人が居た。言わずとも分かるだろうが、吉良さんとディアボロさんである。
自分達の二日酔いのせいで折角の旅行を台無しにしてしまったことをいたく反省しているようだった。
本当のところ、もう許しているんだけれど、面白いから怒った振りをしてこのままにしている。
最後はあんな感じになってしまって少し残念ではあったが、それでも私にとっては楽しく、忘れ難い初めての旅行になった。皆と行けたから、というのが大きいのかもしれない。吉良さんには感謝してもしきれない思いで一杯だ。最高の思い出を有難う、…なんて照れ臭くて口には出して言えないけれど。
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これにて終幕です。最後は駆け足になってしまって何だかあんまり温泉を満喫出来ていない感じですが…。あまり長くするのもどうかと思ったので、纏めてしまいました。それでもグダグダに変わりはないけど。
ドッピオの甘い台詞でかなり手間取りました。時間を掛けて考えたのですが、その割には甘くない……。ちなみにネットから探したものをベースにしております。ああいう台詞を考えるのが何よりも苦手です。
就寝前にディエゴと定番の「好きな奴居る?」トークを繰り広げるという流れも考えてたのですが、入れられませんでした…。
夢主に「ディエゴくんは好きな人居る?」と聞かれ、勇気を出して「目の前に居る」と答えたら夢主寝てて「そんなアホな!」ってオチも考えてたんだけどなあ。
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温泉へ行こうC