荒木荘 | ナノ
ディエゴくん、プッチさんの二人と地獄のような土産処から戻ってきてすぐに、DIOさんの提案により温泉に入りに行くことになった。
所謂裸のお付き合いってやつをして、二人の仲が修復されると良いけれど…。今の様子を見てる限りじゃあ望みは薄そうだ。

「どんな温泉なんでしょうね。やっぱり広いんでしょうか」
「貸し切りだ」

吉良さんが当然の如く放った言葉に度肝を抜かれた。か、貸し切り!?

「ええっ!?本当に貸し切りですか!?」
「ああ、所謂家族風呂だよ。大浴場とは違いそこまで広くはないが、まあ家よりは遥かに広いのだし構わないだろう。それに、ナマエも一緒に入れるぞ」

えっ。

…と言うことは、混浴…?無理無理、そんなの絶対有り得ない。

「…いや、それはちょっと…。私は大浴場の方へ行きますから…」

ほら、男の人が入ったお風呂には抵抗有るって言うか…あと恥ずかしいですし…。と言い訳を並べて、一緒には入りません作戦を企てたものの、吉良さんからは「君、いつも私達の後でも平気で風呂に入っているし、それに何よりバスタオル一枚でも普通に出てくるだろ」との指摘を頂き、敢えなく不発に終わった。
どうやら一緒に入るのは強制事項らしい。鬱。


***


バスタオルを体に巻き、いざ浴場へと足を踏み入れる。家ではこのくらい何とも無かった筈なのに、何故だろう、今は無性に恥ずかしくて堪らない。温泉という特別な場の空気がそうさせているのだろうか。

「遅かったな、ナマエ」
「ナマエさんも一緒に浸かりましょうよ。気持ちいいですよ」

悠々と温泉に浸かったディエゴくんと、いつの間にディアボロさんからチェンジしたのかドッピオくんが手招きしている。当たり前だが、二人とも大事な所を隠しただけの全裸に近い格好である。何処を見てもそんな格好の男性しか居ない為、目のやり場にとても困る。
吉良さんとプッチさんは此方に背を向けてシャワーを浴びているが、プッチさんのタオルがずれてお尻が見えかかっているし、DIOさんとヴァレンタインさんは浴槽の縁に腰掛けて「これは湯加減を間違えてるんじゃあないのか」「冷水を入れるか?」なんて大股を開いて話している。此方からタオルの中は見えないから良かったものの、女の私への配慮というものを持って頂きたい。そんな中で唯一、カーズさんだけは普段褌一丁ということもあり、全く違和感が無かった。慣れとは斯くも恐ろしい。
もしもこの風景を描くとしたら肌色が真っ先に無くなるなあ、なんて馬鹿な考えが浮かんだ。

「ナマエ?どうしたんだ?君も早く入れよ」

ディエゴくんが促してくる。
逃げたいが逃げれない。入らずに逃げ出した瞬間に首根っこを引っ掴まれそうだ。
…ええい、こうなったらもうどうにでもなれ!
洗面器一杯に汲んだ湯を自分にぶっかける。ダイナミック過ぎるかけ湯にカーズさんから「それはいくら何でもやり過ぎだ」と目で訴えられたが、そんなのは百も承知なのだ。こうして気合いを入れないとやりきれないのだから仕方が無い。

「お、お邪魔しま〜す…」

恐る恐る湯の中に身を沈めていく。
少し熱すぎるくらいのお湯が丁度良かった。あまり長く浸かると逆上せそうではあるが。

「はあぁ、きもちい〜」
「僕、温泉なんて初めてですけど、気に入りました。タトゥーをしていたら入れないと吉良さんに聞いていたので、一時はどうなるかと思いましたが…」
「貸し切りだからだろうねえ。他のお客さんが居ると、怖がったりするだろうから」
「ああ、だから大丈夫だったんですね!」

にこにこと輝かんばかりの笑顔を浮かべるドッピオくんに「良かったねえ」と返しつつ、手で作った水鉄砲で湯を飛ばす。

「隙有りだよドッピオくんっ!」
「えっ…うわっ!?」

勢いよく飛んだお湯は不意をついたことにより、見事ドッピオくんの顔面に命中した。ドッピオくんは目を真ん丸にして私を見たと思ったら、次の瞬間――

「どうやるんですかそれ!?初めて見ました!是非教えてください!」

凄い凄いと目を爛々と輝かせ、教えを乞うのだった。
てっきり怒られるものと思っていたから、この反応は意外である。だが、断る理由も無い訳で。

「じゃあ、まずは右手の人差し指と親指で輪を作って…」
「こうですか?」
「そうそう」
「次は、残りの3本の指を左手の親指と人差し指で掴んで、両掌で潰すようにして水を飛ばすの」
「うう、難しいですね…」

上手く指を組めず、悪戦苦闘するドッピオくんに、傍らで見守っていたディエゴくんが救いの手を差し伸べた。

「ドッピオ、それだと只指を組んでいるだけになる。左手の親指を右手で作った輪の下に来るようにして…そう、そんな感じ…水を入れて押し出してみろ」
「こ、こうですか?」

ちゃんと水鉄砲の形にはなったものの、初めてでは上手く水が飛ぶ訳もなく。飛ぶというよりは、漏れると形容した方が近いであろうその水鉄砲に、ドッピオくんはガックリと肩を落とした。

「こんな事も出来ないなんて…僕、ボスに捨てられるかもしれません…」
「(予想以上に重い)そ、そんな事無いよ!大丈夫、練習すればちゃんと飛ぶようになるし!ね、ディエゴくん!」
「あ、ああ。それにディアボロが君を捨てるなんて天と地が引っ繰り返っても有り得ない話じゃあないか」

だって、一人の人間だしなあ…。
ドッピオくんを慰めていると、湯船に浸かるのは諦めたのかヴァレンタインさんが此方にやって来た。

「ナマエ、すまないが背中を流してくれないか」
「あ、はい」

まるでお父さんみたいな事を言うのだなと微笑ましく思いながら、シャワーの前へ移動する。

タオルに泡を立て、ヴァレンタインさんの背に滑らそうとしたところであるものに気付いた。彼の背に刻まれた痛ましい傷痕である。

「…いつも思ってましたけど、この傷…痛くないんですか?」
「痛くない、と言えば嘘になるな。いまだに疼く。だが、もう慣れたよ」
「そうなんですか…。あの、凄く失礼な事だとは分かっているんですが、その傷が出来た理由を聞いても…?」

今まで聞こうとも思わなかった。私みたいな子供が聞いても良いような話では無いと思っていたから。でも、この場で凄惨な傷痕を目の当たりにしてしまって、無意識に口が動いていたのだ。
ヴァレンタインさんは私のその失礼極まりない質問にも怒りは見せず、一呼吸置いてから語り始めた。

「この傷は…戦争へ行った時に受けた拷問の古傷だ。私が敵には決して屈しなかった証だよ。私の父も拷問にかけられたが、決して口を割らなかった。私もその誇り高き父と同じ様に、命を懸けてでも我が国を守りたかったのだ…。それが我が愛する祖国の幸福に繋がるのなら、私は喜んでこの命を差し出すつもりだった」
「………」

ああ、この人はやはり偉大な人なのだと、自分とは生きている世界がまるで違うのだと、そう思わされた。私みたいなちっぽけな人間とは大違いだ。彼は大いなる使命と、それに伴う苦を背負い生きているのだ。私には真似出来ない、素晴らしい生き方だと思う。

「…私、歴代の合衆国大統領の事はテレビで見たことしかないからよく分かりませんが、ヴァレンタインさんはその誰よりも素晴らしい大統領なのだと思います。きっと国民の皆さんもそう思っていますよ」
「…有難う、ナマエ」

ヴァレンタインさんはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
しかし、そのすぐ後に「背中だけではなく"前"も洗ってくれ」なんて空気ぶち壊しの発言をするものだから、呆れ返ってしまった。私の感動を返して欲しい。

「前はちゃんとご自分で洗ってくださいね」
「後ろも前も一緒だろう」
「そう思うんなら背中もご自分でどうぞ」

熱いシャワーを頭からぶっかけてやった。


ヴァレンタインさんが終わったと思ったら、今度はカーズさんである。
「ナマエ、髪を洗って欲しいのだ!」と来た。彼らは私を召し使いか何かと勘違いしているのだろうか。

「それくらい自分でしてくださいよ」
「…ヴァレンタインは良いのにこのカーズは駄目なのか」
「ああ、もう、分かりました!やりますよ!」

ギロリと睨み付けられては逃げる訳にもいかず。何故なら後が怖いから。
無駄に毛量が有る髪にシャンプーを施していく。余談だが、これがカーズさんの初シャンプーである。ただ単に牛乳石鹸が無かったから仕方無くシャンプーを使っているだけだが。

「(ワンちゃんを洗ってるみたい…)」
「ンンン、中々上手いではないか」
「そうですか?有難う御座います」
「次は俺が洗ってやろうか?ナマエの体を」
「遠慮しときます。自分で洗えますから」
「そう遠慮するな。隅々まで余すとこなく綺麗に洗ってやるぞ?」
「その発言超最低ですね。シャンプー目に突っ込みますよ」

カーズさんの髪の毛を泡立てながら、こんなのもたまになら悪くないかも、なんて。気持ち良さそうに目を細めているカーズさんを見るていると、満更でもない気分になるのだった。

「…はい、終わりましたよ」
「うむ、さっぱりしたのだ!」
「それは良かったです」

カーズさんの髪も洗い終わり、漸く自分に時間を割ける。…と思っていた、ら。

「なあ、ナマエ」

今度はDIOさんに話し掛けられた。

「…何ですか」
「私も髪を洗ってほしい」
「お断りします。どんだけやらせようとするんですか」
「そう言うな。減るものでも無かろう」
「いいえ、私の貴重な時間が減ります」
「良いから洗え」
「だから嫌ですってば!」

洗え、嫌ですの問答を何度か繰り返した所で、もう逃げた方が早いとDIOさんの前から去ろうとしたら、咄嗟にバスタオルを掴まれてしまった。

「ぐっ、離してくださいよ…!」
「このDIOの髪を洗ってからなら離してやらんことも無い」
「いい加減怒りますよ!?」

それからまた洗え、嫌ですの押し問答。ただ、先程と違うのはDIOさんにバスタオルを掴まれた儘だという事。引っ張られれば外れるという当たり前の事を失念して無理に歩き出そうとしたものだから、結果はお察しの通りだ。

バスタオルがはだけ、それにより全員の前で裸体を晒すという失態を犯してしまった。

「っきゃああぁぁ!!?」

しゃがんで体を隠したものの、バッチリ見られていたらしい。ドッピオくんはディエゴくんに目隠しされたから見られる心配は無かったが、ヴァレンタインさんからは「ほう…」なんて声が聞こえてくるし、吉良さんは何故か噎せるしで、恥ずかし過ぎて大声で泣き出したい気分だ。穴があったら入ってそのまま死ぬまで引き篭もっていたい。
取り敢えずこの状況を作り出した野郎に制裁を加えねば、と手近に有った洗面器をDIOさんの顔面に向かってぶん投げておいた。


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このお話がこのサイトの中で一番長いと思われる。色々詰めに詰めて読みづらくなってて申し訳ないです。でもドッピオに水鉄砲教えたかったし、大統領に背中の傷について喋って欲しかったし、カーズの髪の毛洗って欲しかったんです…!

最後は有りがちなオチですが、このオチが書きたかった…!
ヴァレンタインの「ほう…」は、『脱ぐと結構…』って意味の
『ほう…』です。

余談ですが、タトゥー有りでも入れる大浴場がある旅行宿も存在するみたいです。気になる方は探してみてね。

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