荒木荘 | ナノ
ナマエが風邪を引いた。
帰宅時の手洗いやうがい、日々の食生活にも気を配っていたつもりではあったが、何処からか貰ってきたらしい。
朝一番に近所の内科へナマエを連れて行き、そこで風邪だと診断された。
そこまで熱は高くないものの、辛そうなナマエを一人残しておくのも心苦しく、吉良は大事をとって会社へ有給を申し入れた。


「ナマエ、食欲は?お粥なら食べられそうかい?」
「…はい、」

布団の上に身を横たえ、弱々しく返答するナマエ。その傍らに座っていた吉良は「じゃあ作ってくるよ」と、立ち上がろうとした。しかし、それはナマエが吉良の服の裾を掴んだ事で叶わなくなる。

「ナマエ?」
「…やっぱり、お粥はいらないので、傍に居てください…」
「しかし、腹に何か入れないと薬も飲めないよ」
「それでも良いです…だから、何処へも行かないで…」

潤んだ瞳に上気した頬。それだけで吉良の中の雄が首をもたげるのには十分だったが、いかんいかん、と良からぬ考えを脳内から追い出す。相手は病人だ。弱っているところを襲う真似は出来ない。

「ナマエ、私は君を置いては何処へも行かないよ。お粥を作ってくるだけだ。此処から私の姿は見えるだろう?すぐに戻ってくると約束するから、手を離すんだ」
「…………」

ナマエはまだ何か言いたそうにしていたが、それでも大人しく手を離した。「良い子だね」ナマエの額に口付けが一つ落とされた。

元来、ナマエという人間は非常に活発な性格であった。それがこうまで弱々しい姿を人前に晒すというのは、非常に珍しい光景である。体調不良から来る人恋しさだと重々に承知していたが、自分を求められるのに悪い気はしない。
穴が開くほどの視線を背に感じ、吉良は口元を綻ばせた。

「…吉良さん、まだですか」
「後少しだ」

もしかするとナマエは、今は居ない実父を自分と重ねているのかもしれない、と吉良は思った。
彼女が弱っている時だからこそ、父親のように接してやりたい気持ちは大いに持ち合わせていたが、しかし吉良自身父親がどういうものなのかよく分かっていなかった。見習うべき筈の自分の父は、世間一般で言うところの"良い父親"とは言えなかったから。
母から愛情という名の虐待行為を受けていた時も、父は助けもせずにただ自分を見ているだけであった。霊となった父親が自分の前に現れた時も「今更何のつもりだ」と憤った記憶が有る。最も救いを求めた時期に手を伸ばしてもその手は振り払われ、今更救いの手を差し伸べてくるなんて虫が良すぎるんじゃあないか、と思わずにはいられなかった。故にその父親像を参考にナマエに接してやるのが良いのかと問われれば、答えは間違いなくノーだ。
あれから数年が経ったが、父親の全てを許したと言えば嘘になる。しかし、もう過ぎ去った過去の話だというのも確かで。少年時代を引き摺って父親を恨み続けるにしては自分は年を取り過ぎていた。


「…ナマエ、出来たよ。起き上がれるか?」
「だい、じょうぶです…」

げほげほと空咳を繰り返しながらも、ナマエはゆっくりと上体を起こした。その背を吉良が支えてやる。

「さあ、口を開けて」
「…あの、そこまでして頂かなくても…」
「いいや、君は普段滅多に私達に頼ろうとしないだろう?だからこそ、今だけでも私に世話を焼かせて欲しい」
「……分かりました」

ナマエは観念したように小さく頷いた。

匙に掬った粥に息を吹き掛けて冷ましてやる。それを口元に持っていくと、ナマエは恥ずかしそうにしながらも口を開いた。
ナマエがゆっくりと粥を噛み締める様は何処と無く小動物に似ている。「美味しいです」と小さく溢すナマエを吉良は知らず知らずの内に柔らかい表情で眺めていた。


「…ご馳走さまでした」
「食べ終わったら今度は薬だな」
「…えー…」

嫌そうな顔にありありと『薬は苦手です』と書かれている。吉良とてナマエの嫌がる事は極力したくは無い。だが、これは別であった。飲まなくてはナマエ自身が辛いままなのだ。

「何なら口移しで飲ませようか?」
「…それは、良いです…」

ごほこほと咳き込みながらも、ナマエにしっかりと断られてしまった。それを残念だと思いながら、水と飲み薬を渡す。
ナマエがちゃんと服用したのを確認してから、吉良は洗い物を済ませてしまおうと立ち上がった。しかし、本日二度目のナマエからの「行かないで」コールによりまたもや阻止されてしまう。

「やだ、吉良さん、行っちゃ駄目です…」
「しかし、洗い物が…」
「…それは後でも良いじゃないですか……わたし、吉良さんが居ないと、その…寂しいんです…」

布団で顔の半分を隠しているものの、その顔が真っ赤に染まっているのはすぐに分かった。何も熱のせいだけでは無さそうだ。
ナマエが控え目ながらも自分に甘えようとしているのだし、先程自分が言葉にして伝えた手前、無下にも出来ない。元よりナマエからのお願いを拒むつもりは無かったが。

「(洗い物は後回しでも構わないだろう…)」

吉良は全てを放棄してナマエの傍らへと腰を据えた。そして服の裾を掴んだままのナマエの手を優しく取り、握り締めた。それが今の吉良に出来る精一杯の父親らしい愛情表現であった。


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書いてみたかった看病ネタ。
何だかんだで良い父親してる吉良。無意識な為、自分では気付いてません。父親らしさってなんなんだろうと悩みながら夢主に接しております。但し、それも本日だけだったり。普段は一人の男として夢主に接しているので。
ちなみにですが、実のところ夢主は吉良に父親ではなく母親を重ねております。なのでどれだけ父親らしくなろうとしても意味ないってオチ。

131109 吉良吉影は思い悩む
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