旅館に着き、すぐにチェックインを済ませて予約しておいた部屋へとやって来た。何人かに別れて泊まるのかと思いきや、そうではなく。吉良さんが用意していたのは、私達全員が泊まれるくらいの広さが有る和室一部屋だった。その広さ足るや我が家とは比べ物にならない程だ。それこそ雲泥の差というぐらいに。
「ナマエ、見ろよ!部屋が広い!」
「凄いねディエゴくん!目一杯枕投げが出来るよ!!」
無駄にハイになったテンションでディエゴくんと部屋の真ん中に寝転がる。畳からはい草の良い匂いがした。
「ナマエ、ディエゴ。あんまりはしゃぐんじゃあない。他の客の迷惑になる」
「俺のせいじゃないぜ、ナマエが最初に騒ぎだしたんだからな」
「えっ。いや、…え…?」
最初は間違いなくディエゴくんが騒いだんじゃないか…!
ディエゴくんを見ると、さっと目を逸らされた。こ、この野郎…!!
…いや、いかんいかん。此処で喧嘩して場の空気を悪くするのはいけない。帰ったら嫌がらせとして彼の布団に生魚を仕込むことにして、気を取り直した。折角此処へ来たからには楽しまなくては。
頭を振って、苛々を追い出していると、カーズさんが「なあ、ナマエ」と此方に近付いてきた。
「これはどう着るのだ?」
カーズさんが持ってきた物は、この旅館の浴衣だった。
そうか、カーズさん含め殆どが日本暮らしがそこまで長い訳ではないし、浴衣を見たことは有れど着付け迄は分からないのだ。
「私が着付けてあげますから、服脱いでください」
「服を脱げとは…今日は随分と積極的なのだなあ?」
「普段から褌一丁の癖して何言ってんですか。いいからさっさと脱いで下さいよ」
冗談も通じんとはつまらん女め…。ボソボソ言いながらも、素直に服を脱いでくれるカーズさん。最初から黙って脱げ。
自分でコーディネートしたというカジュアルな服の下からは何時ものあの褌が現れた。何とも異様の光景だ。
「本当に着付けられるのか?」
カーズさんの服装に少し引いていると、ヴァレンタインさんに半信半疑という面持ちで話し掛けられた。だが、侮るなかれ、これでも日本人なのだ。浴衣の着付けの一つや二つくらい余裕である。…と、胸を張って言いたい所だが、実際はそうでもなく。
「以前友達の着付けを手伝った時に調べたから大丈夫だと思います」
「ネットの知識か」
ヴァレンタインさんに呆れられたが、現代人に何を求めているのだろうか。
「脱いだぞ」
「はいはーい、じゃあまずは袖を通して下さいねー」
***
それから吉良さんと協力して外人組に浴衣を着付けて回った。
吉良さんは流石と言うべきか、卒無くてきぱきと、しかも一切の妥協を許さず完璧に仕上げていく。一方私はと言うと、やはり実際やるのと知識を仕入れるのとは大違いで、予想以上に苦戦した。安請け合いした事に若干後悔しつつ、それでも時間を掛ければ何とか見れる程度にはなった。
「皆よくお似合いですね」
お揃いの浴衣姿という出で立ちの、中年(ディエゴくんは除く)とは思えない半端ない色気の男達。顔が良いだけに何を着ても似合うようだ。実に羨ましい。中々に眼福だったので、一人一人写真を撮らせて頂いた。スマホの壁紙にしようと思う。
「ナマエも浴衣に着替えたらどうだ?」
言ったのはディアボロさん。長い髪を一つに束ねてアップにした髪型が浴衣にマッチしている。本人には言えないが、女の人みたいだ。
「そうですね、着替えて来ます」
「手伝わなくても大丈夫かい?」
吉良さんが気を利かせてくれたが、下着も取らなくてはならないし、それを男性の吉良さんに見られるのは少し恥ずかしいからその旨を説明して丁重にお断りした。
陰になっていて丁度皆からは見えない位置で手早く着替えを済ませ(何人も着付けていたものの、自分となると苦戦した)、着なれない浴衣姿を皆の前に晒す。すると、ヴァレンタインさんや吉良さんからは「可愛い…実にカワイイ」「似合っている」等の優しいお言葉を、そしてDIOさんからは「馬子にも衣装だな」との有難いお言葉を頂いた。一応は誉めてくれているのだろう、嫌味ではなく。そう思いたい。
「ああ、そうだナマエ。着替えた事だし、一階に土産処があったんだが、見に行かないか?」
「良いですね。此処にずっと居るのも暇だし、行きたいです。ディエゴくんも行く?」
「そうだな、俺も買わないといけないし…行くよ」
プッチさんのお誘いを快くお受けし、私達は土産処へ向かうことにした。他の皆にも行かないかと声を掛けたが、今日宿泊するこの和室の方に興味を奪われたらしく、誰一人として来る気は無いようだった(ちなみに吉良さんはお守りである)。
***
「俺はあっちの方見てくる」
「うん」
土産処に着いてすぐ、ディエゴくんはジョニィくんとジャイロさんに持っていくお土産を選びに行った。ではプッチさんはと言うと。
「ナマエ、お揃いで何か買わないか」
やたら女子力の高い発言をかましていた。
彼の方が私よりもよっぽど女の子しているのではなかろうか。
「良いですけど、何にしましょうか?ストラップにでもします?」
「定番だし、それで良いと思う。…これなんかどうだろう?」
数ある中でプッチさんが選び出したのは、二つ合わさると一つのハートになるどう見てもカップル向けに作られたストラップだった。可愛いけど…可愛いんだけど、これはどうなのだろうか。
「…本当にこれにするんですか?」
「嫌?」
「いえ、嫌では無いんです。ただ、これってカップルとかが付けるものなんじゃないかなあって思って…」
「それじゃあ、なるかい?カップルに」
「はっ!?」
この人はさらっと何を言ってるんだ!?冗談だとしても笑えない!まずプッチさんは聖職者という身分なのだし、そういう冗談もどうかと思うし…。だから、そんなに見詰められながら手を握られるのは物凄〜く困るのだ。どう反応すれば良いのか。…ああ、顔が赤くなってやしないだろうか。
「おい、こんなとこでナマエを口説くな」
一人悶々としていると、真横から掛けられた声。条件反射で肩がビクリと跳ね上がった。慌ててプッチさんの手を振りほどき、そちらを見ると、お饅頭の箱とクッキーの箱を持ったディエゴくんが立っていた。
「今のはほんの冗談じゃあないか。本気で口説くなら、此処じゃなくてもっとロマンチックな場所で口説くよ」
「どうだかな。あんたじゃ此処でもやり兼ねない」
「あ、あのう…」
「男の嫉妬とは醜いと思わないか、ディエゴ」
「嫉妬?そんなものじゃあないぜ。聖職者であるあんたが道を外れないよう正してやってるだけだ」
おおう…。間に挟まれて凄く気まずい。プッチさんもプッチさんなら、ディエゴくんもディエゴくんだ。こんな所で言い合いは止して欲しい。しかも、たかが冗談の会話如きで。
そろそろ周囲の目も気になり出してきたし、私が何とかしなくてはならないのか…。
「ディ、ディエゴくん、お土産もう買ったの?」
「…まだだ。饅頭でも良いんだが、このクッキーとも迷ってて…ナマエはどっちが良いと思う?」
腰に手を回され、引き寄せられる。ディエゴくんはプッチさんから離してくれたつもりらしいが、これはこれで恥ずかしいし、何よりプッチさんの目が怖い。事態を良くしようとしたのが間違いだったのだろうか。
ディエゴくんには蚊の鳴くような声で「く、クッキーが良いと思う…数が多いしお得…」と答えておいた。
その後も二人の間の空気は険悪そのもので、間に挟まれた私は生きた心地がしなかった。
プッチさんとは先程のストラップを買うことになって、それにより何故か関係の無いディエゴくんの機嫌が悪化するし、「俺ともお揃いの物買おう」とか言い出す始末だし。
帰るまでが"遠足"ならぬ、"地獄"状態で私は静かに縮こまっている事しか出来なかった。
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結構何でも出来る万能な夢主。ボス達の浴衣姿は物凄いと思います。後光が差してそう。
二次創作の良いところって、原作では絡みのないキャラを存分に絡ませられる事ですよね。ディエゴとプッチの夢主の取り合いの場面は書いてて楽しかったのなんのって。
ディエゴとお揃いの物は一体何を買ったんでしょうね。
ちなみに、この温泉旅館ですが、実在する温泉旅館をミックスした架空の旅館となっております。吉良が予約したのは恐らくそこそこ良い旅館。
131115
温泉へ行こうA