水滴が垂れることも気にせずにナマエはバスタオルを巻いただけの姿で風呂場を飛び出した。後で床をしこたま濡らした事について吉良に怒られようが、関係ない。今、この時ばかりは、後々から襲い掛かってくる恐怖を超越する程に腸が煮えくり返っていたから。
「ちょっと!誰ですか!シャンプーを使いきったのにボトルを洗わなかった人はッ!」
ナマエは怒声と共に、ババーンッ!とシャンプーのボトルを六畳一間に集まった住人達の前へと突き出した。テレビを見ていた吉良はナマエの姿を目に留め、ため息混じりに「ナマエ、年頃の女の子がバスタオル一枚ってのは…」と漏らした。
「吉良さん、そんな事言ってる場合じゃないんです!シャンプーを使おうとしたら無かったんですよ!?その気持ちが分かりませんか!?それに、私の体なんかで喜ぶ人なんて此処には居ないでしょう!?」
「いや、少なくとも私は興奮してきた…よし、ナマエ。バスタオルを取れ…」
「てめえは黙ってろロリコンクルクルクソ野郎」
「何だよその無駄な語感の良さ!」
「Dioは黙ってなさい」
欲情したらしいヴァレンタインに、ナマエから辛辣な言葉という名のナイフが飛んだ。それに透かさず明後日からの突っ込みを入れたディエゴを吉良が黙らせる。余計に話がややこしくなるのだ。
「シャンプー一つで煩い女だなア、貴様は」
今度はカーズが嘲笑気味に吐き捨てた。ナマエがムッとしたのは言うまでもない。
彼女にとってはたかがシャンプーされどシャンプーなのだ。これだけは譲れない。何故なら最後に使いきった人がシャンプーボトルを洗って詰め替えるという決まりなのだから。
「お言葉ですけどね、私は今まで色々我慢してきたんですよ!?だから、これぐらい言ったって構わないでしょう。ディエゴくんを除いて、オッサンやお爺ちゃんや老人に囲まれて暮らしてきたんですよ?シャンプーを共同で使うのだってそうだし、洗濯物が一緒だったり同じ部屋で寝るのだって今まで文句一つも言ったことないんですから。それに加齢臭してても黙ってたんですよ」
「ナマエ、そこまで言わなくていい。て言うか文句言ってるじゃないか!」
「おい、お爺ちゃんって私のことか」
「DIOよ、貴様はまだマシだろう。このカーズなんて老人なのだぞ。そこまで来ればお爺ちゃんで良かろう!?」
存外酷い言われ様にDIOとカーズは何とも言えない気持ちになった。同じDioでもディエゴとは大違いだ。
「もうこうなったら何がなんでも犯人を見付けて土下座させますからね!」
土下座はやり過ぎじゃあ…と思う荒木荘の面々だったが、ナマエの気迫に押され、何も反論は出来なかった。
こうして、ナマエの尋問が行われる事となったのだった。
「ナマエ、その前に着替えてきなさい」
「はぁい」
***
「じゃあまずディアボロさんからね。ディアボロさんが最後にシャワーした時、シャンプーはどうでしたか?」
「いや、俺は一昨日入ってから一度もシャワーを浴びていないから何とも…艦これが中々止めれなくて」
ディアボロがそう言った瞬間に傍に居た吉良とカーズがさっと離れた。
「薄汚いカビが…近寄るんじゃあないぞ」
「穢らわしい…これだから下等生物は…」
しっかり貶すのも忘れず。
「ち、違っ!あっ、昨日だったかもしれんな!そうだ、シャワーは昨日だった!」
慌てて弁明するディアボロだったが、吉良の「それでも汚いものは汚い」という言葉に撃沈した。
「…じゃあディアボロさんはシロって事ね」
「ナマエまで鼻を摘まむ事は無いだろう!?」
「良いからシャワー浴びて来いや!!」
ディアボロは切れたナマエに一喝され風呂場へと追いやられた。
「じゃあ、次はカーズさん」
「俺はシャンプー等と言う低俗極まりない液体は使わないのだ。モーモー石鹸で十分」
「今まで同居してきたけど、カーズがシャンプーを使っていないとは知らなかったよ」
「それよりも牛乳石鹸をモーモー石鹸も呼んでいる事の方が驚きだ」
此所の住人達の誰よりも長い髪を持つ(女のナマエよりもだ)カーズがシャンプーを使っていない事に驚くプッチと、どうでも良いことに驚くDIOだった。
「…じゃあ、カーズさんも違いますね。DIOさんは?」
「餌の女の家でシャワーを浴びたから此処のは使っていない」
「それじゃあ、DIOさんも違う…プッチさんは?」
「私は見ての通りそこまで髪の毛が長くはないから、量も必要ない。だから、私が使った後はもう一人分くらいは残っていた筈だ」
「じゃあ、プッチさんの後にシャワーを浴びた人が犯人って訳ですね!」
良いとこまで絞れてきた!とナマエは喜色をあらわにした。プッチの後に入った人間を割り出せれば良いのだから、後はトントン拍子に事が進みそうだ。但し誰かが嘘をついているという可能性も有るのだが。
「それじゃあ次はディエゴくん」
「俺はジョニィやジャイロと銭湯に行って、ジョニィのシャンプーを借りたから此処のは使ってないぜ」
「じゃあディエゴくんも違うね。残りは吉良さんとヴァレンタインさんですね。どちらかが犯人って事ですが…」
几帳面な吉良やそこそこしっかりしているヴァレンタインに限って、どちらも洗い忘れるという事は無さそうなのだが。
「私も違うよ。第一、私ならちゃんと洗っておく」
「そうですよね。吉良さんに限って忘れる事無さそうだし…じゃあ、ヴァレンタインさん?」
「私も違う。私はプッチの前に入ったからな」
「ええー、それじゃあ犯人が分からないじゃないですか」
やはり誰かが嘘をついているのか?では誰が?
「ナマエ、君はどうなんだい?」
「え?私ですか?」
プッチに自分はどうなのかと問われ、ナマエは昨日の記憶を手繰り寄せてみた。
昨日…そう、確か昨日はプッチに「空いたよ」と声をかけられてから風呂場へ向かった。そしてシャンプーをしようとして、もうシャンプー液が無いことに気付く。丁度自分で終わったのだ。だから、風呂場から出る前にシャンプーボトルを洗っておこうと思って…思って、
そのまま忘れていた。
「………」
意外な形で犯人を見付け出したナマエはしかし犯人を言えないでいた。あれだけ啖呵を切って土下座をさせるとまでのたまったのだ。言える訳がなかった。
「ナマエ?どうかしたか?」
黙ったままのナマエにヴァレンタインは態とらしく気遣わしげに声をかけた。
「ぁ、いや、えっと…お腹が痛くなってきちゃいまして…おっかしいなあ、冷えたのかなあ?すみません、私もう寝ますね」
「…犯人はもう良いのか?土下座させるんじゃあなかったのか?」
DIOのその言葉にビクリと肩を震わせつつナマエは「もう良いんです…よく考えたら土下座させるなんて最低ですよね、たかがシャンプー如きで。ははは、は…」
蚊の鳴くような声で呟いた。
そして急いで布団を敷こうと立ち上がった…のだが、瞬間カーズに取り押さえられ、体をひょいと持ち上げられ、気付けばカーズの膝の上に乗せられていた。ナマエの背に冷たいものが伝う。これは不味い。非常に不味い状況だ。後ろにカーズ、そして前にも目をぎらつかせた男達。逃げられない、絶体絶命のピンチである。
「あれだけ威勢が良かったのにどうした?ンン?何か不味い事でも有るのか?…例えば、犯人が分かった・と・か?」
「(ヒッ!)」
ナマエの耳元でカーズが囁く。それもナマエが耳が弱いと知っていながら、態と吐息がかかるようにしているのだから質が悪い。ナマエは体がビクつかない様抑えるのに難儀しなければならなかった。
「へえ、犯人が分かったのか。それなら是非とも教えて貰いたいね」
「言いたくないなら無理に言わなくても良いけどな。俺が言いたくなるようにしてやるから」
顔は笑っているのに目が笑っていない吉良、そして物騒な物言いのDioに挟まれナマエは最早生きた心地がしなかった。大きな瞳にはじんわりと涙の膜が張っている。
「…ご、ごめんなさい…」
「何故謝るんだ?ナマエは何も悪いことしてないだろう?」
「……うぅ、」
ナマエが本気で怯えている様子を見て、荒木荘の面々は少しやり過ぎたかと反省した。彼女の自業自得と言えばそれまでだが、それでも子供相手に大人が寄ってたかって意地悪をするのは誉められたものではない。
「ナマエ、悪かった。私達は、」
怒ってないから大丈夫だよ、と続く筈だった吉良の言葉は途中で途切れてしまった。ナマエがカーズの膝から抜け出したからだ。
彼女の向かう先は、シャワーを浴び終わって体を清めたディアボロの胸の中だった。突進にも近い形で飛び込んだナマエの体をディアボロはよろめきもせず受け止める。"元"とはいえ、ギャングのトップなだけはあった。
「ナマエどうした?…まさか、泣いているのか?」
言外に不潔と扱われ、シャワーを浴びて出てみると、何とまあ美味しい状況ではないか。
鋭い視線が突き刺さる中、ディアボロは勝ち誇った笑みを浮かべながらナマエを優しく抱き締め返したのだった。
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最初のお話なので、キャラ設定代わりに夢主とキャラとの関係を書くつもりでした。結果あまり絡ませる事が出来ませんでしたが、雰囲気だけでも掴んでいただけると嬉しいです。
130916
バイバイシャンプー