荒木荘 | ナノ
数時間続いた昼下がりのサスペンスドラマの再放送も、いよいよ佳境に入ろうとしていた。
刑事が犯人の女性を追い詰める。女はどうにかして言い逃れようとしていたが、刑事が提示した証拠によりそれも無駄な足掻きに終わってしまった。
ぽつりぽつり、と女が殺人に至った動機を語りだす。男が憎かった、から入り、男が今まで行った悪行三昧を述べる。そして最後に、今回の犯行に至った重要な動機を述べようと口を開いた。
…と同時に部屋一杯に響いた叫び声に、テレビの声は掻き消されてしまった。今の声はディアボロさんだが、どうかしたのだろうか。

「良いところだったのに…」

テレビに別れを告げてディアボロさんの方へ振り返った。
私がテレビを見る後ろでパソコンをしていたようだが、何をしていたのやら。

「ディアボロさん、どうかしました?」
「あぁぁ……」

随分と焦っているようだ。唇を戦慄かせて顔を真っ青に染めている。

「ナマエ!どうすれば良い!?やってしまった!!」
「落ち着いて下さい。やってしまったって、一体何があったんですか?」
「いや、些細なことだが、事が事なのだ…。吉良の本に珈琲を溢してしまった…」
「本当に些細なことですね」

幾ら吉良さんが相手だとは言え、あの人も鬼ではない。本に珈琲を溢しただけならば、弁償すれば許してくれると思うのだけど…。本くらいならそんなに高くはないだろうし。何なら私のお小遣いだって差し出す。

「弁償すれば良いじゃないですか」
「弁償?そんな簡単な問題ならば俺とてこんなに慌てない。問題はその本だ」
「本?」
「ああ。よりにもよって吉良が気に入っている本に珈琲を溢してしまったのだ…。しかも、弁償しようにも絶版になっていて手に入らない…」

ああ、成る程。
それは一大事だ。吉良さんの大切にしている本を汚したとあってはディアボロさんの命が幾つ合っても間に合わない。きっと彼が何度死んだとしても爆破、爆破、爆破の嵐だろう。それは私としても是が非でも避けたい。

「俺は何回爆破されるのだろうな…」
「諦めるのはまだ早いですよ!私も一緒に謝ってあげますから、気を強く持ってください。ね?」
「ナマエ…」

流石に怒り心頭の吉良さんでも謝っている人間を片っ端から爆破はしないだろう。…多分。

「死ぬ時は一緒だな」
「洒落になら無い事言うのやめろ」


***


二人で怯えて待つこと数時間。
ガチャリ、玄関の扉を開けて見慣れた背広姿が入って来るのが見えた。
吉良吉影のご帰宅だ。

「ただいま…何だ、二人して正座して…。腹が減ったのか?だが、もう少し待ってくれ。帰ったばかりだから少し休憩したい」
「違うんです。私達吉良さんに謝りたくって…」
「謝る?何を」

俯いたまま押し黙るディアボロさんを肘でつつく。

「ほら、ディアボロさん。頑張って」
「う、吉良…。その、本を…」
「何だ?はっきりしないな」

要領を得ないディアボロさんに対して、吉良さんの苛々が増していくのが手に取るように分かる。
このままでは不味い。本題に入る前にディアボロさんが爆破されかねない。ここは私が説明した方が良さそうだ。

「ディアボロさんが吉良さんの本に珈琲を溢してしまったんです。でも、わざとでは無いですし、それに気付かなかった私も悪いですからディアボロさんだけを責めないであげて欲しいんです。連帯責任で私も罰を受けますから」
「ナマエ、お前…」
「ふうん?私の本を…。何故かな?」
「珈琲を置く台代わりにして…すまん、吉良…」
「(そら溢すわ…)」
「台、ねえ…」

どす黒いオーラを背負った吉良さんの目の前へおずおずと本を差し出す。見事に茶色に染まったそれは、中まで珈琲まみれで紙もふにゃふにゃの見るも無惨な姿になっていた。

「…この本は私が気に入っていると知っていたはずだよな?ディアボロ」
「い、いや、だがわざとでは…!」
「故意だろうが偶然であろうが関係無い。問題は結果だ。君が珈琲で私の本を駄目にしたという結果だけが重要なんだ」
「あ、あの、吉良さん。ディアボロさんも反省してるんです」
「ナマエ、君は直接関与していないのだろう?なら、どうしてそこまでしてディアボロを庇うんだ」

どうしてと言われれば理由は単純だ。目の前でディアボロさんが爆死されるのを見たくないから、である。ディアボロさんが死んで欲しくないというのも有るが、人が木っ端微塵になるというのは惨たらし過ぎて夢に出るレベルなのだ。あんなものを間近で見せられた日にはご飯だって喉を通らなくなる。
その旨を伝えようとビクビクしながらも吉良さんに「ディアボロさんが殺されるのは見たくないんです…」と言うと、彼は幾分か表情を和らげてこう言った。

「君は一体何を心配しているんだい。本一冊でディアボロを殺しはしないよ」
「…!」
「ほ、本当か吉良!」

よかった!やっぱり吉良さんも何だかんだで優しいのだ。
…と、安心したのも束の間。

「…ただ、半身は吹っ飛ばすがね」
「それ直接手を下さずとも死ぬってことじゃないですか!」

文字通りの爆弾発言にディアボロさんと二人で後退る。ますます不味い。吉良さんはきっと本気だ。

「そ、それの半分くらいの罰って駄目なんでしょうか。その残り半分は私が受けますから…」
「…ふむ、半分か。そうだな、それじゃあ、ナマエの手を私にくれないか。利き手じゃ無い方の手で構わないから」
「えっ」

それは吉良さんが構わなくとも私が構う。利き手じゃ無ければ良いってものではないのだから。
しかし、ここで断ってディアボロさんを引き渡しても良いものか…。だからと言って、自分の手が千切れるのもなあ…。

うん、ここはディアボロさんには申し訳ないけど…。

「ディアボロさんを献上します」
「ナマエーッ!!?」
「ごめんなさい、ディアボロさん…。私、手は失えないんです…。ディアボロさんの事忘れません!」
「今日でお別れみたいな事を言うな!」
「ナマエ、見たくないなら風呂場へ行って耳を塞いでいなさい」

全力で頷き、私は急いで風呂場へ駆け込んだ。半泣きになりながらも、目を瞑り、耳を塞ぐ。断末魔の叫びが聞こえた気がするが、気のせいだと自分に言い聞かせた。
ごめんね、ディアボロさん。今度死んだ時はちゃんと看病してあげるから!


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女神かってくらい優しい夢主が書きたかったのです。最終的には裏切ったけど。でもこればかりは自業自得なので仕方ありません。

131201 珈琲ぶっかけ事件
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