改札口を出ると同時に降りだした雨。ああそういえば天気予報では降水確率は60%を越えていたか、と隅に追いやった記憶を手繰り寄せる。
今日に限って傘は持ってきていない。濡れて帰るか、それとももう少し此処で雨宿りするか。しかし、雨宿りをするにしても何時止むのか分からない雨を待つのも如何なものか。家では腹を空かせた煩い男達が待っている。
仕方ない。スーツは駄目になるが走るか。そう思い、鞄を頭上に掲げた瞬間。
「吉良さーん!」
「…ナマエ?」
此方に駆け寄ってくる見慣れた姿に思わず目を見張った。見間違う筈がない。ナマエだ。
「何故此処にナマエが…」
「傘を届けに来たんです。吉良さん忘れていったでしょ?さ、一緒に帰りましょ」
「態々すまないね」
「いえいえ」
「ところで、ナマエ。私の傘は?」
「え?」
ナマエが持っている傘は、今彼女が差してきた一本だけ。私の傘を隠し持っているようには見えない。
「あれ?あれェ〜!?」
「もしかして忘れたのか」
「…みたいです。靴履く時に置いてそのまま忘れていました…」
と言うことは、家から出してすらいないと。
溜め息しか出ない。呆れた。何の為に来たんだか。まあ、それがナマエらしいと言えばそうなのだが。
「はは、忘れたものは仕方ないですよね。相合い傘しましょう」
「まったく。傘は私が持つよ」
「えっ」
いいえ、私が悪いし私が持ちますよ!と譲らないナマエの手から傘を奪い取る。
「少しは大人に甘えなさい」
「じゃあお小遣い、」
「それとこれとは話が別だ」
「……ぐ、」
ナマエと帰路を歩む。
彼女は遠慮しているのか、あまり私の方へは寄ってこない。傘からはみ出した肩が濡れてしまっている。
「ナマエ、もっと此方へ寄っても良いんだぞ?」
「それじゃあ吉良さんが濡れちゃうじゃないですか。私は平気ですよ。若いし」
「若い以前に君は女性だ。体を冷やすのは良くない」
此方へ引き寄せようと彼女の肩を抱くと、ピクリと反応を示したものの特に抵抗は無く。それを合意と取って良いのかは分かり兼ねるが、腕に力を込めた。
触れ合う肩。ナマエは少し頬を赤らめている。
「…今更ですけど、こういうのって小っ恥ずかしいですね」
「そうか?私はそうでも無いが」
「吉良さんは何度もやってるからじゃないですか?流石イケメンは違う」
「ああ、まあ確かに"カノジョ"とやってはいるな」
「…聞かなきゃ良かった」
雨だからなのか、普段は人通りが多いこの通りも今は通行人がちらほら居る程度。その中に目立つこと無く紛れ込んでいる。彼らには私達は動く風景程度にしか見えていないのだ。それに深い安堵を覚える。この傘の中はまるで二人だけの世界のようだと、柄にも無いことを思った。
「これが透明の傘でなければ良かったのにな」
「?、どうしてですか?」
「此処でキスしてもバレないだろう?」
「…うわあ、何ですか今の台詞。ドン引き」
本気で侮蔑する目で見られ、私は静かにキラークイーンを出した。
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吉良にキス云々の話をさせたかっただけ。おっさんに寒い事を言わせたかったんです。そして案の定夢主に引かれるという。
131007
アンダーワンアンブレラ