「あー…前髪伸びてきたなあ…。切らなきゃ…」
溜め息と共に漏れた独り言。それを耳聡く聞いていたらしいヴァレンタインさんが此方にやって来て一言。
「私が切ってやろう」
正直、気持ちは嬉しいがあまり喜べる申し出ではない。
「えーでもヴァレンタインさん、人の髪の毛切ったこと無いですよね」
「何事も経験だ、そう思わないかね?」
「人の髪で経験値上げないで下さい」
とりあえずヴァレンタインさんに任せるのだけは無しだな。彼に任せるくらいなら自分で切る方が遥かに安全だ。
さて、鋏、鋏と…。
ごそごそとヘアカット用の鋏が仕舞われている所定の位置を漁るも、おかしい。一向に見付からない。
「ナマエ。君が探しているのはこの鋏か?」
「!、いつの間に…!」
道理でいくら探しても見付からない筈だ。だってヴァレンタインさんが持っていたのだから。
いつの間に取ったのかは知らないが、これは少しばかり不味い状況になった。彼はこのまま鋏を手離す気はないのだろう。私の髪をカットする迄は。だからと言って無理矢理奪う訳にもいかない。単純に力負けしてしまうからである。では、どうするのがベストか?
こうして脳をフル回転させている間にも、ヴァレンタインさんが鋏を片手ににじり寄ってくる。
「大丈夫だ。私に任せておけば万事上手くいく」
「いやでも万が一ってこともありますし…!」
「どうせすぐに生えてくる」
「失敗を前提とした言い方はやめてくださいよ!」
「往生際が悪いな…D4C!」
「それ反則ゥーッ!!」
背後から現れたヴァレンタインさんのスタンドD4Cさんに体の動きを封じられ、身動きが取れない。万事休す。
「ほ、本気なんですか…ヴァレンタインさん…」
「ああ。そのまま動かないでくれ。誤って君を傷付けたくはないのだ」
此処まで来たらもう観念するしかないようだ。
私は大人しくヴァレンタインさんに身を委ねる事にした。
「…切るぞ」
鋏が前髪に当たる。
ジョキ、ジョキと鋏が髪をカットする音。そして前髪が床に落ちていく。…ああ、前髪を切られる度、何か大事なものを失っていく気がする。
「…あの、眉毛が隠れるくらいの長さにして下さいね」
「分かった」
「鏡見ちゃ駄目ですか」
「駄目だ」
「今どうなってます?」
「少し静かにしてくれないか」
「…はい」
今まで見たことの無いようなヴァレンタインさんの真剣な眼差し。不覚にもドキリと心臓が跳ねた。
こうして近くで見ると、ヴァレンタインさんってとても48歳には見えない。肌も綺麗だし、きめ細かくてスベスベだ。少し嫉妬。ほんと外人さんって眼福だなあ。たまにならこうやって切って貰うのも有りかもしれない。
…そう思っていた時期が私にもありました。
「…良いぞ」
「どうなりました!?」
髪を切り終わって、渡された鏡を覗き込んでみると……
「ガッタガタじゃないですか!!!」
見事にガタガタの前髪が出来上がっておりました。
眉毛が隠れるようにと頼んだのに、眉毛より上だわ、斜めになってるわ、アシンメトリーだわではっきり言って良いところが一つも無い。
やっぱりね!!思った通りだよ!だからヴァレンタインさんに切られるのは嫌だったのに!!端から期待はしてなかったけど、でもこれ酷すぎだろ!?
「ちょっ、どうしてくれるんですか!?これじゃあ恥ずかしくて学校へ行けませんよ!」
「…お洒落と言えば何とか…」
「ならねえよ!!」
「ナマエはどんな髪型でも似合うと私は思うが」
「誉めたって機嫌直りませんからね!!」
ああぁ……ほんとどうしよ…。
この数時間後、のそのそと起き出したDIOさんやカーズさんに前髪を指差され爆笑された。
二人の嘲笑に耐えながら(「醜い前髪だなア、ナマエ?」「このDIOの生まれた時代にはそこまで酷い人間は居なかった」)、吉良さんに何とか前髪を整えて貰い、まだ見れるようになった(それでも違和感があるし、かなり短くなった)。
これに懲りた私はもう頼まれても、何されてもヴァレンタインさんにだけは絶対に髪の毛を切らせないようにしようと誓った。
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大統領はカット下手だと良い(願望)
夢主が前髪と共に失ったものは女子力とかそんなんです。
ちなみに、拙宅では大統領は48歳設定です。43歳説もあるみたいですが、#64 チョコレート・ディスコその@で書かれていた年齢でいかせて頂きます。
131003
なんちゃって美容師