「ヴァレンタインさん、映画観に行きませんか」
それは突然の申し出だった。
一体どういう風の吹き回しなのか。ナマエが自分を映画に誘うとは。二人で何処かへ出掛ける事はあっても、映画に誘われるのはこれが初めてだ。
聞けば、友人と行く筈がその友人が急遽キャンセルになった為に、替わりに私に声を掛けたのだと。そうナマエは言った。映画のチケットは友人が懸賞で当て、自分は行けなくなったお詫びにとナマエにくれたものだそうだ。
最初から私と行きたいという訳じゃあ無いことにショックではないと言えば嘘になるが、それでも私を選んでくれた事実が素直に嬉しかった。
「何の映画を観に行くつもりかな?」
「恋愛ものです。今凄い人気なんですよ!」
「ほう。それを男の私と観ようとは」
「えっ、あっ、いえ!そんなつもりじゃないんですよ!?本当に!ただ、ヴァレンタインさんと映画が観たいなって思っただけで…だから、深い意味は無いんです!」
慌てて弁明するナマエの顔は見事に真っ赤に染まっていて。笑いそうになるのを何とか堪えながら、「からかってすまない」と謝罪の言葉を口にすれば、ほんとですよ!と赤い顔を更に赤くして怒られてしまった。
***
映画館の座席にナマエと隣り合って座る。ナマエは未だからかった事を根に持って拗ねているようである。それがまた加虐心を煽ると彼女は知っているのだろうか。
「…やっぱりカップルが多いですね」
「恋愛ものならば当然の事だ」
「そうですよね、」
でも、居心地はあんまり良くないです…。ナマエは気まずそうにシートに沈んだ。
「傍から見れば私達もカップルに見えていると思うが?」
「えっ」
ついつい意地悪をしたくなり、「そうだろう、ダーリン?」とナマエの顎を掬ってやると、彼女はまたもや顔を赤らめながら「からかわないで下さい!」と小さく叫んで私から距離を取った。
「ヴァレンタインさんとはもう映画観に来ません…」
「そう拗ねないでくれ。からかい甲斐がある君が悪いのだからな」
「それこっちの身にもなって下さいよ…」
そうしてナマエと喋っている内に劇場は暗くなり、映画の上映が始まった。
スクリーンに写し出されるのは在り来たりでチープなラブストーリー。それでもナマエはスクリーンを食い入る様に見詰め、楽しそうに目を輝かせている。
…そんな顔、私に対しては一度たりとも見せてはくれないじゃあないか。
その顔を私に見せて欲しくて、その瞳に私を映して欲しくて、ナマエの手を取って彼女の指と、己の指とを絡ませた。すると、ナマエは思惑通りに私だけをその瞳に映し、驚いた顔で此方を見ている。優越感。今は私だけがナマエを独り占め出来るのだ。
「ヴァレンタインさん…?」
面白いくらい戸惑っているナマエの頬へ不意打ちでキスを一つ送れば、彼女は一瞬固まった後、頬を抑え、餌を欲する魚の様に口をパクパクさせた。
ああ、ナマエ…君は何てカワイイんだ。その表情、凄く良いぞ…。そんな反応されるともっと苛めたくなるではないか。
「映画は観なくても良いのか?良いところだぞ?」
「…ヴァレンタインさんのせいでそれどころじゃ無くなったんですが…」
どう責任取ってくれるんですか。
恨みがましいナマエの視線を真正面から受け止める。
「どうすれば機嫌を直して貰えるだろうか?」
「ヴァレンタインさんがもうからかわないと誓ってくれさえすれば」
「出来ない『誓い』は立てない主義だ」
「それ遠回しにまたからかうって言ってますよね…もう」
ナマエはそう言ったきりスクリーンに視線を戻した。ただ、繋いだままの手は離さずに。それがナマエの優しさからなのか、それとも自惚れても良いことなのかは分からないが、どちらにせよ私もこの手を離す気はない。一層強く指を絡ませ、離れないようにと彼女の手を握り締めた。
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大統領とイチャイチャ。大人の余裕を出したかったのですが…。
夢主と喋るときは大統領夫人と会話するときの様にと意識しました。気持ち口調優しめのつもり。でもキャラが掴めてなさすぎてただの似非になってしまいました。もしかしたら消すかもです。
130923
シネマティック・ロマンス