Novel
思い出

「…ずるい」

腹ごしらえに旅の途中に立ち寄ったレストラン。
用意された椅子に座り、頼んだサンドイッチを両手で頬張りながらシェイドは呟く。
その呟きを聞いたクロイツは何のことだと怪訝な顔を見せる。

「クロ君に抱き着いても怒られないセティアちゃんが羨ましい…でも、セティアちゃんに抱き着かれるクロ君も羨ましい!」

シェイドは向かいの席に座る二人を羨みの眼差しで見つめる。
クロイツとセティアは一つの椅子を二人で使っていた。
そう、セティアがクロイツに抱き着くという形で。

「椅子が足りなかったんだから仕方ねぇだろ」

「だったら僕とクロ君で座ってもいいじゃん」

「断る」

「じゃあ、僕とセティアちゃんは?」

「こ と わ る !」

セティアの名前が出た途端、先程よりも声を荒げて否定するクロイツ。
シェイドからセティアを守るかのように、セティアを抱きしめながら、じとりとシェイドを睨みつける。

「…ふ、うふふふ」

突然、腕の中のセティアが笑い出す。
クロイツにしがみつきながら、セティアは楽しげに笑っていた。

「セティア?」

どうしたんだ、と自分の顔を覗き込むクロイツにセティアは明るい笑顔を見せる。

「嬉しかったの」

「嬉しい?」

「クロとシェイド君とアタシの思い出がね、また増えたから」

そう言うとセティアはぎゅっと先程よりずっと強くクロイツを抱きしめる。

「アタシには思い出が無かったから、思い出が増えていくのが、嬉しい」

「セティア…」

セティアには過去の記憶が無い。
いわゆる、記憶喪失だった。

「…また…忘れちゃったら、やだな」

クロイツは震えるセティアの頭を優しく撫でる。
セティアが顔をあげると、セティアの大好きな優しい眼差しでクロイツは微笑んでいた。

「…そしたら、俺が思い出させてやる」

「本当?」

「ああ」

クロイツの答えを聞いたセティアは嬉しそうにぱあっと顔を輝かせる。
そうしてまた、クロイツを強く抱きしめた。



「…やっぱり、ずるい」

いつの間にか蚊帳の外になっていたシェイドは、すっかり二人の世界に入っているクロイツとセティアを見て膨れていたとか、いなかったとか。


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