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小さな迷子
「まぁ、可愛い…!」
ふと立ち寄った村の外れにある小さな森。
昼食後にほんの好奇心からそこにやって来たティアは、目の前にいる小さな生き物を思わず抱き上げてその目を見つめた。
「あなた…お名前は何て言うの?」
「キュイ?」
彼女は赤い瞳をしたその生物――ドラゴンの雛に向けてそう問いかけるが、言っている意味が分からないのか、雛は不思議そうに首を傾げる。
「うーん、迷子になってしまったのでしょうか…お父さんもお母さんも、きっと今頃心配してるはず…」
そう言って辺りを見回してみるものの、この雛の親になるようなドラゴンは存在せず。
しばらく付近の森の中を散策してみたものの、やはり見つけることは出来なかった。
「もう日が傾いてきた頃ですし、ここはやっぱり一度ロランさん達に相談して…」
「おい、そこのお嬢さん」
「!」
突然かけられた男の声に、ティアは思わず振り返る。
「アンタ、その腕に抱えてるのは竜の雛だよなぁ?悪いことは言わねぇからそいつをこっちに寄越してくれねぇか」
男が下卑た笑いを浮かべると同時に、彼の後ろから何人かの男達が現れて徐々にこちらへとにじり寄ってくる。
――山賊…!
彼女はギュッと雛を引き寄せると、彼らとは逆の方向へと駆け出した。
だがすでに囲まれてしまっているのか、逃げ場は全て無くなっていた。
「別に取って食おうって訳じゃねぇんだよ。ドラゴンの雛は高く売れる、だからちょっと渡して欲しいだけなんだ」
「だ、駄目ですよ!この子にはお父さんもお母さんもいるんです!だからあなた達には渡すわけにはいきません!」
ティアの意志は固まっていた。
――絶対にこの人達には渡してはいけない!
しかしそんな彼女の反応が気にくわなかったのか、恐らくリーダーであろう男の顔から笑みが消える。
「せっかくさっさとドラゴンだけ奪ってずらかろうとしたのによぉ…それなら力づくで奪わせてもらうぜ!」
「きゃあ!」
そう彼が言うと同時に、山賊達が一斉にティアに向けて飛びかかってきた。
そしてまさに彼らの手が彼女に触れようとしたその時。
突然ティアの目の前に誰かが現れ、手にした剣を振り回して山賊達を蹴散らしたのだ。
「ティア、大丈夫か!」
「ろ、ロランさん!」
助けに来てくれた仲間の登場にティアは思わず叫び、彼の後ろに隠れる。
「あまりにも帰りが遅いから心配して見に来たんだ。しかしまさかこんな事態になってるとはな…」
ロランは頼もしそうにそう笑うが、確かに彼の言う通り、相手の数があまりにも多すぎる。
「ここはティア達だけでも逃がすか…」
そう彼が呟いた時だった。
「な、なんだあれは!」
山賊のうちの一人が驚いたような声を上げ、上空を指差し尻餅をつく。
それにつられてその場にいた全員が上を見上げ、同様に声を失った。
「あれは…ドラゴン!」
「キュイー!」
赤い瞳をした二匹のドラゴンが、その巨大な翼を広げてこちらへと向かって来たのだ。
ティアの腕の中の雛が興奮していることを見るからに、恐らくこの二匹が親なのだろう。
するとそのうちの一匹が口から高温の炎の固まりを吐き出し、山賊達を追い払うようにしてその周りを飛び交い始めた。
さすがにこの二匹のドラゴンを相手に勝つのは不可能だと悟ったのか、彼らは慌てて武器を捨てると、そのまま山奥へと逃げ去ってしまった。
「凄い…これがドラゴンの力なんですね…」
ティアがそう呟くのと同時に、雛が彼女の腕から抜け出し、パタパタとまだ頼りない羽ばたきをする翼を広げて親の元へと飛んでいく。
二匹のドラゴンは無事に帰ってきた自分の子供に慈しむような視線を向けると、地上にてこちらを見上げるティアとロランを一瞥し、そのまま空の彼方へと飛び去ってしまった。
「今、もしかして、お礼…言ってたのかな」
「あぁ、きっと子供を守ってくれてありがとう、て言ってたんだよ」
ロランはそう言うと「さぁ、俺らも帰ろうぜ」と言って先に歩き出す。
しかしティアは何か言いたいことがあるのか口をパクパクと動かすと、意を決したのか大きく息を吸った。
「あ、あの、ロランさん!」
「あぁ?」
「さ、さっきは…危ないところを助けてくれてありがとうございました!」
彼女がペコリと頭を下げると、ロランは照れたようにして顔を赤らめ「当たり前だろ」と自分の胸を叩く。
「だって俺達は、大切な“仲間”なんだからな!」
「!…はいっ!」
ティアは大きく頷くと、彼の隣に並んで共に歩み始める。
「私、本当にロランさん達と冒険することが出来て良かったです!」
今回の一件を得てほんの少し、これからの冒険がまた楽しみになったティアなのであった。
Fin...