Novel
飴玉ころころ

「ごめんくださぁい」

とある場所のとある町にある、静かな静かな駄菓子屋に声が響いた。

「はーい」

その声に応える女性の声は、とてもだるそうだ。
しばらくすると、ところ狭しと並んでいる駄菓子たちのそのまた奥から一人の女性が姿を現した。この駄菓子屋の主人であるミミだ。

「あ!また来てくれたの!?」

ついさっきまでのだるそうな彼女は何処へいったのか。その視線の先にいる『彼』を見た瞬間、彼女の声はとても明るくなった。

「はい。また来ました」

そう答えた彼は相変わらずの無表情で。

「ちょっとは笑って見せてよ、フレイリィ」

フレイリィと呼ばれた、そんな彼の様子に不満なのかミミは頬をふくらませた。




ここはあやかし町。
あやかし町というのは皆がそう呼んでいるだけで、正式な名ではない。 その名が呼ばれるようになった理由はただ単に『妖怪』と呼ばれる者たちが住んでいるからである。
そして本来、この町は人間に干渉されずにひっそりと存在している。

はずなのだが、

はぁ…とフレイリィは大きなため息をついた。(あくまで心の中で)
その原因は、今自分がいるこの場所だ。

(また来てしまった)

この場所、というのは今までで聞いたことも見たこともないキッカコウジと呼ばれた場所のダガシヤというこれまた慣れない単語が使われた、店だ。

ここに来てしまったのは、これで何回目だろうか。
フレイリィはそう考えながら指をおった。

五回目。

これで、この見知らぬ場所に来てしまったのは五回目だ。

この場所に来てしまうときは、いつでも目を閉じたときだ。目を閉じ、そして開ければいつの間にかここにいる。
その繰り返しだった。
だから、これは夢かもしれないし、もしかしたら何かの拍子に魔法にかかり幻覚を見ているのかもしれない。
それもそのはず、再び目を閉じ、そして目を覚ませば何事もなかったかのように自分の見慣れた風景が広がっている。

「フレイリィー」

自分を呼ぶミミの声に我に返った。

「はーい」

慌てて返事をする。

目を覚ませばまた戻れる。
そう確信した彼は、呼ぶミミの所へ駆け寄った。



***

「これなーんだ」

そう言うミミの片手に握られた、小瓶の中身にフレイリィは目を輝かせた。

小さな丸い色とりどりの物体が、小瓶の中で踊るように転がっている。
透明感のある『それ』は乱反射し、爛々と輝いていた。

「それは…何?」

つい漏れてしまった言葉だった。

そんな様子のフレイリィに、ミミは頬を緩めた。

「ふふふ…よくぞ聞いてくれたフレイリィ君よ。これは君の為だけに作った手作りの駄菓子だよ」

ミミはカランカランと小瓶を振った。

瞬間的にフレイリィは食べたいと思った。
その物体を食べたい、と。

「食べたい?」

ミミは悪戯に笑みを作る。
迷わずフレイリィは首を縱に振った。

ミミから貰った赤色の物体を口にほうばる。
口の中で転がせば、それはふわぁっと溶けた。

すると何故だろうか。
何だか懐かしい感じがした。

目を閉じれば、脳裏にうつる過去の光景。

家族
友人
住んでいた町。
そして、
過去の自分。

もう思い出さないと誓ったのに。
もう感情を表さないと誓ったのに。

涙が滲む。

口の中の物体がすべて溶け、脳裏にうつる過去の光景が消えた。

「……何を、食べさせたの」

ミミを睨み付ければ、ミミは何も隠さず話した。

「私の作る駄菓子には不思議な力が宿るの。食べた人に未来を見せたり、気分を落ち着かせたり…。あなたには、『自分と向き合う力』が宿る飴玉をあげた」

よくはわからなかったが、何か魔法の一種なのだろうと思った。

「フレイリィは、何か隠し事してるでしょ。私にも、そして、『あっち』の世界の人にも」

ミミはすべてを見透かしたように言った。

「あなたは一体、なんなんだい?」

「フレイリィこそ」

フレイリィは焦り、ミミは笑う。
その笑顔が余計怖くて、言葉を失う。

たった五回会っただけだというのに、隠している過去まで見透かされてしまった。

恐い。

しばらく続いた沈黙をミミは破った。

「私はただの妖怪で、そしてただ駄菓子屋よ」

嘘つけ、フレイリィはそう思った。

「だからね、フレイリィ。みんなに嘘をつくのは止めて。自分と向き合って」

ミミの一言一言が頭の中をぐるぐると回る。
嘘…か。
その通りかもしれない。
だけど…だけど。

だんだんと、瞼が重くなってきた。
こんな中途半端なときに別れが来るのか。

「…もうお別れ?……ばいばいフレイリィ。また会いましょう」

遠のく意識の中、ミミの声が聞こえた。

もう、あなたには、会いたくないです

フレイリィは皮肉を込めてミミに言った。


ミミは相変わらず悪戯な笑みを浮かべていた。

***

目が覚めた。
予想通り、目の前に広がる世界は紛れもなく見慣れた世界だ。

嫌な、それでも何だか優しい時間だった。

「……ん?」

ふと、自分が何かを抱いていることに気がついた。
それを見た瞬間、顔がひきつる。

ミミが片手に持っていた、飴玉が入っている小瓶が今、自分の手の中に。

小瓶には『自分と向き合え、嘘はつくな』と手書きで書いてあった。

「とんだお世話だよ」

鼻で笑う。

ふと、いい考えが思い付いた。

後で、あの風の民の少女に分けてあげよう。
でもあの娘は自分と向き合っているだろうから、ただの飴玉に過ぎないだろうけど。

フレイリィは服で隠れた口元を緩ませた。

やっぱりあなたには、会いたくないです。
ミミ。



小瓶の中の飴玉が綺麗に輝いた。




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