飽和感情 | ナノ
 



今日は4月1日。
年に一度、嘘を吐いても許される日だ。


「ずっと君の事が好きだったんだ!付き合って下さい!」

「……おう。付き合うか」


だから、この告白が本気だったなんて思わなかった。



エイプリルフールの悪ふざけだと思ってその日だけ適当に一緒に過ごすだけの筈がコイツは本気だった。
つか本気の告白をエイプリルフールにしてんじゃねぇよ。
普通しねぇだろ。
俺は男に興味ねぇし先ず有り得ねぇから。
男同士なんて気持ち悪ぃだろ。
そう言っても俺頑張るからとか言って毎日弁当を作ってくる。
勘弁しろよ。


「まさか、あの女泣かせの鞍田 智輝(くらた ともき)君がねぇ。眼鏡の地味系、武藤 創(むとう はじめ)君となんて。いやぁ、エイプリルフールに感謝感謝」

「金野(かねの)、テメェ消えろマジで」


この事を金野に知られてしまったら終わりだ。
コイツは学校一情報通で口が軽い。
今となれば付き合うまで秒読みカップルだと学校中の噂になった。
コイツマジで消してぇっ!!


「男同士でもいーじゃん。金野のクラスにも男同士の公認カップルがいるんだし?それに武藤君かわいーし」

「ミカ、何処がどう可愛いか言ってみろ」

「一途な所がよ。今時アンタみたいな顔だけのヤリチンを一途に想ってくれる子居ないわよ?」

ミカは楽しそうに笑いながら教室のドアの方を指を差す。
そこには弁当らしきもんを抱えた武藤が居た。

「また来たのかよ…帰れっ!俺がテメェみたいなホモを好きになるわけねぇだろっ!」

席から立たずに大声を上げたら後頭部を思い切り叩かれた。
いってぇ…

「武藤君、気にしなくて良いわよ。早くおいでおいでっ」

怒鳴ったからか身構えたまま武藤が俺の席に来て弁当を置いた。
ミカが睨んでる上に金野も楽しそうに笑ってやがる。
今日も弁当を食うしかねぇ。

「ど、どう…?」

「……」


今日も俺の好物ばかりが入った弁当。
何も言ってねぇのに武藤は嬉しそうに笑ってる。
気持ち悪ぃ。
ミカが殴ってくるから食ってるだけだ。


「……おら、さっさと消えろ」

食い終わった弁当を突き返して追い払った。
アイツは何であんなに嬉しそうなんだよ。

「やっぱり武藤君は一途で健気だねぇ」

「ホントにね。指に絆創膏貼っちゃって…弁当作る時にうっかり怪我したのよ。初々しさが溢れて可愛いわぁ」

「何処がだよ。気持ち悪ぃ」

そういや指に沢山絆創膏巻いてたな。
下手なら作らなきゃ良いだろ。
でも、アイツの弁当はぶっちゃけ美味い。
食いもんを餌に釣るつもりか。
俺はそんな単純に釣られねぇぞ。
明日こそアイツの弁当は食わねぇ。

そう意気込んだのに、急に次の日から来なくなった。
たまにはそんな日もあるだろうと思ったけどそれが一週間続いた。



「あぁっ、智輝ぃっ!ねぇねぇっ、今日はアタシとご飯食べよぉよぉっ」

授業が終わって真っ先にクラスの派手な女に声を掛けられた。
誰だったっけ、こいつ。
制服のボタンを開けて胸をちらつかせて寄ってくる。
女に引っ張られて席を立った。

「ちょっと!武藤君が来たらどうすんのよっ」

「何で俺があんなホモを待たなきゃいけねぇんだよ」

俺を呼び止めるミカを睨むように見下す。
アイツが来なくなったなんて良い事じゃねぇか。
苛々する。
アイツが来ねぇからとかじゃねぇ。
勝手に押し掛けて勝手に来なくなった自分勝手さに苛ついてるだけだ。




「あー、あれ、智輝に弁当運んでた地味ホモじゃないー?」

「あぁ?」

女が指を差した方に視線を向ける。
そこには確かに武藤が居た。
更に金野も一緒に。
金野は手に弁当を持ってる。

「……そういう事か」

アイツは俺から金野に乗り換えたのか。
金野はアイツに優しいからな。
一途なんかじゃねぇ。
どうせ男なら誰でも良いんだろ。


「……飯は良い。空き教室でヤんぞ」

「うんっ。智輝なら大歓迎」


女の手を引いてどうしようもない苛つきを解消するように昼休みが終わってもヤり続けた。
でも、苛つきが止まねぇ。
何でだよ。



その日の放課後、ミカが一緒に帰るって言ったから椅子に座って待ってる。
昼休みの武藤の顔が頭から離れねぇ。
胸糞悪ぃ。
アイツは金野にも、俺と同じように笑ってた。

「く、鞍田君」

名前を呼ばれて視線を向けた先には武藤が居た。
そんな嬉しそうな顔するんじゃねぇ。
気持ち悪ぃ。

「ひ、久し振りだね。元気に…ッ!!」

体の中の熱が一気に下がっていくのが分かる気付いた時には近付いてきた武藤の胸倉を掴んで荒々しく机に押し付けた。

「いッ…く、鞍田、君…?」

怯えた目で見上げてくる武藤を見ても怒りが込み上げてくるだけだ。
掴んだ手に自然と力が篭る。

「お前さぁ、気持ち悪ぃんだよ」

「くら、た…く…」

「もう俺の前に姿見せんなホモ野郎」

低く静かにそれだけ言って武藤から離れ教室から出た。
やっと言えた。
今までずっと言えなかった突き放す言葉。
これでもうアイツは関わらねぇだろ。
なのに、心に穴が空いたみたいだ。




「智輝っ!教室で待っててって言ったのにっ!探したじゃないっ」

後ろから走ってきたミカが睨んでくる。
別に俺が何処に居ても良いだろ。

「アンタ、武藤君知らない?」

「知るわけねぇだろっ!」


今1番聞きたくねぇ名前に声を上げてしまう。
あんなホモ、俺が知るわけねぇだろ。

「…あのさ」

「あぁ?」

「…武藤君さ、アンタを好きな女子に虐められてんのよ」

「はぁ?」

いきなりの言葉に眉間に皺が寄る。
何だよそれ。
それがどうした。
女に虐められるとか情けねぇ。

「武藤君が気に入らなくて毎日作ってるアンタへの弁当に絵の具かけたり荷物の至る所に剃刀を仕込んだり…あの指の傷、剃刀で切ってたのよ。」

「何だよ、そんな話…」

「因みに本当の話だからね。金野がとっておきの情報の代わりにその弁当見せてもらって話聞いたって言ってたし確実」


何だよそれ。
じゃああの時の弁当は俺のだったのか?
ずっと俺に作ってたのかよ。
また食えなくされんの分かってて。
それなのに…



「ちょっ、智輝!何処行くのよっ!」

何処に行くかなんて知るか。
足が勝手に走り出した。







「いい加減目障りなのよっ!このホモ!」

「男なら誰でも良いんでしょっ?これ以上智輝に迷惑掛けないでよっ!」

教室にはもう居なくて校舎裏の方を探してたら声が聞こえた。
あそこに武藤が居る。

「オイッ!何やってんだっ!」

「っ!?と、智輝っ…これは智輝の為にっ」

「あ゙ぁ?いつ誰がテメェみてぇなブスに頼んだ?消えろ!」

「ッ!!」

武藤を取り囲んでいた女共が走り去った。
取り残されたのは俺と校舎に凭れて座る武藤。
いつも掛けてる眼鏡が足元に落ちて割れている。
顔は頬が腫れて引っ掻かれた傷がある。
服装もボロボロだ。


「…ごめんね」

暫く見つめ合っていたが沈黙を破ったのは武藤だった。
ただ俺を見上げて無理に笑ってる。

「…あの日、フラれたらエイプリルフールって事で誤魔化そうと思って、それなのに鞍田君が1日付き合ってくれて…嬉しくて、諦められなくなって…」

笑ってんのに目には涙が溜まってる。
震える指先が絆創膏だらけで痛々しい。
ずっと合わせてた視線が伏せた。
一粒、雫が地面を濡らす。

「でもやっぱり、迷惑だったよね。こんな事にもなっちゃって本当にごめんね。もう、付き纏わな「武藤」

言い終わるよりも先に呼んで言葉を遮った。
しゃがんで武藤を見つめる。
無意識に手が伸びて優しく腫れた頬を撫でた。

「……とっておきの情報」

「え?」

「金野から聞いたとっておきの情報、って何?」

驚いたように目を見開かせて直ぐに視線が泳ぐ。
そんなんで誤魔化させたりしねぇ。
少し間を空けて観念したのか俺に視線を戻した。
触れてる頬が熱い。

「…く、鞍田君がその…他の子からは弁当を貰ってもいつも残してるって…」

「そんな事かよ」

「そんな事じゃないよっ!だって鞍田君のタイプはっ…」

「料理が上手い子」


コイツは何で俺に弁当を作るだけなんだと思ってた。
普通は一緒に帰ろうとかアピールすんのにコイツは本当に弁当を作るだけ。
しかも弁当の中身は全部俺の好物。
好みも好物も金野のやつが教えたんだろな。

「だからその…俺のは綺麗に全部食べてくれてるから、弁当渡してる子達よりは…こ、好みに近いかなって…思って…それに弁当を食べてくれるなら、それだけでも良いかなって…」

顔を伏せてボソボソ言ってる。
絶対今顔が真っ赤だ。
俺の手まで熱くなってきた。


「なぁ、俺の好みにはもう1つ条件があるんだけど知ってるか?」

「えっ、ど、どんな子?」


まだ顔を赤くさせたまま不安そうな目でじっと見つめてくる。
同じ男がそんな顔しても気持ち悪いだけだ。
それなのに…俺は毒されてしまったらしい。

「毎日弁当駄目にされてもめげずに弁当を作ってくる馬鹿な程健気で一途な子」

「え…」

「今度から聞きたい事は金野じゃなく直接俺に聞け。それが付き合う条件だ。あと、ちゃんとお前の事も教えろ。俺はお前のクラスすら知らねぇぞ」

「うっ、うん!」

お前、なんて顔してんだよ。
嬉しそうに笑いやがって…
その笑顔だけで、心の穴が塞がっていく。



「つー訳で金野、明日朝一に学校中に武藤は俺のだって言い触らせよ?どうせミカとそこで聞いてんだろ」

「アハハ、やっぱりバレてたか」

「武藤君おめでとうっ!でも先ずは手当てしなきゃね」


校舎の影から金野とミカが姿を出した。
そうだ、先ずはコイツを手当てしないと。


「く、鞍田君…お、降ろして…」

「あぁ?何でだよ」

「智輝、流石にお姫様抱っこで運ぶのは恥ずかしいわよ」

「ミカちゃんちょっと離れて。写真撮って新聞部に号外出してもらうから」



結局は食い物に釣られて武藤と付き合う事になった。
まぁそれだけじゃなくて一途な所にも惹かれたんだけどな。
でもコイツは?

「なぁ、何で俺が良いんだ?見た目か?」

「ちっ違うよっ!…鞍田君の優しい所が良いんだ。前に、廊下で課題プリント落とした時、鞍田君だけ嫌な顔せず拾うのを手伝ってくれたから」

「……そうか」


そんな事したの覚えてねぇけど…今まで辛く当たった分も優しく甘やかしてやるか。


「あー…今更だけどよ、俺と付き合ってくれるか?」

「よ、喜んで!毎日美味しいお弁当作るねっ」



今までの理想はエロくて可愛くて料理が上手い小悪魔な女を嫁に貰う事だったのに、現実は地味で健気で料理の上手い一途な男が恋人になった。
理想とは違う結果だけど、今までに感じた事が無い幸せで満たされている。
ホモになったわけじゃねぇからな。コイツだからだ。
コイツが居ればそれで良い。




2011/04/01
予想以上に長くなってしまった…
今回も仲良くしていただいてる、えいりさんからネタをいただきました。
エイプリルフールネタでホモ受けを気持ち悪がるノンケ攻め→ハッピーエンドを書きたかったのですが…ホモ受けらしくないと言う。
因みに、金野君は座席シリーズにも出てきたあの金野君です。


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