※喧嘩して仲直りする話。時系列などあまり深く考えずに、モブ♀ありです。憂太が少し粘着質で重いかもしれません。








話せば長いが、元を辿れば実にくだらない話である。


発端は真希たちが二年に進級した時、乙骨憂太も四級から特級に返り咲いた時期である。
冬が終わり春が来るのを告げる暖かさがようやく顔を出した頃だ。そして真希と憂太の交際が始まったのもちょうどこの頃である。

「真希ちゃん、乙骨くんの連絡先教えてくれない?」

ほとんど交流のない一学年上の先輩術師だった。
階級は多分自分よりは上。真希はどうしたって万年四級から這い上がることが出来ないからだ。

「な、なんでか聞いてもいい、ッスか」
「なんでって、」

その先輩ともう一人女の先輩がいた。
女性というよりも、在籍している生徒数は極端に少ない学校だ。真希は彼女たちと合同で任務に当たったことはないし、彼女たちの階級も知らない。
しかし先輩に歯向かって無駄に敵を作るような真似はしない。パンダや棘にも釘を刺されているからだ。

「夏油傑の百鬼夜行事件で助けてもらってるし、特級術師の乙骨くんには私達二級術師は色々教えて欲しいことあるんだ。ね?」
「うん」
「はあ、」

彼女達は二級らしい。
少しだけ含みを持った言葉に真希は曖昧な返事をして交わそうとした。

「ライン知らない?」
「知ってますけど」
「教えてあげて」

一人はかなり押しが強い。知りたがっているらしいもう一人は、「やっぱりいいよ」と友達を押さえながらも満更ではないようだ。

「―・・・個人情報だし本人の許可を取ってからでもいいですか」
「うん、もちろん。いつ聞いてくれる?」
「今やります」

先延ばしにしても面倒だし、どうせ直ぐに返事なんて来ないだろうが真希はスマホを取り出して憂太にメッセージを送った。
時差のある海外にいながらも、すぐに既読がついて返事が来る。

"なんで?"
"特級術師さまに色々教わりたいそうだ"

彼女が本当はそれが目的じゃないこともよく分かっている。
しばらく沈黙が続いたあと、"いいよ"と返事がくる。
本人の了承を得た真希は憂太のラインのIDと電話番号を彼女に渡した。憂太は自分と違って人当たりも良いから、彼女を傷つけたりすることはないだろう。

「よかったね」
「やった」
「真希ちゃん、サンキューね」
「っス」

先輩がなぜ乙骨憂太の連絡先を知りたいのか、真意は分かっていた。
憂太にアピールしても将来会いに行く婚約者と、今生で交際している彼女がいるから無駄だと言ってやりたかった。
それを留めたのは何だったのか真希はまだ知らない。




それから一週間程経った夜、真希の部屋に訪問者がいた。
0時を回りそうな夜更けのことだった。
ノックが三回、真希がゆっくりとドアを開けると乙骨憂太が制服を着た姿で外に立っていた。肩には愛刀をぶら下げたままだ。

「いつ帰ってた?」
「入ってもいい?駄目でも入るけど」
「は?」

憂太は表情が豊かだ。嬉しいとき、悲しいとき、そして機嫌が悪いとき。
今はすこぶる機嫌が悪そうだ。
真希が口汚く相手を罵るよりもずっと恐怖を煽るときがある。部屋への入室の有無を聞くよりも前に憂太が靴を脱いで上がり込んできた。

「おい!」
「もう寝る準備してた?」
「そうだよ、だからなんだよ」
「あのさ、真希さん。僕のこともう飽きたの?」
「はぁ?」

深夜にいきなり上がり込んできて苛立ちながら憂太はそう絞り出すようにその言葉を吐いた。

「今日だって本当は通話する約束の日だったのに連絡がなかった」
「ああ・・・」

忘れていた。
メッセージのやり取りだけじゃなく、毎日通話で互いの声を聞く。憂太がそれをやりたいと言って始めたものだった。最初はそんな甘酸っぱいこと出来ないと拒否していたが憂太のお願いに負けて、せめて週に一度日にちを決めてやっている。
今日はすっかりそのことが頭から抜けてしまっていた。

「それにこの前から先輩とラインのやり取りしてるけど、真希さん、分かってて僕の連絡先教えたの?」
「―・・・・」
「真希さん」
「っ、るせーな。知りたいって言うから教えてやったんだよ」
「なんで知りたいか知ってたんじゃないの」

いつも以上に、いや異常なまでの追及に真希は顔を顰めて憂太を睨み付けた。

「特級術師なら教えてやれることあんだろ。四級はお呼びじゃねぇよ」

憂太は首を傾げた後、真希の方にゆっくりと近づいてきた。いつもと違う空気に数歩下がると背中が壁に触れた。
それでも近付いてきた憂太の胸板を押し返すように手を突っ撥ねると、手首を取られてそれもまた壁に押し付けられた。思いの外強い力に真希は顔を少しばかり歪めた。

「本当にそう思ってる?」
「何がだよ」
「先輩が僕に術師として何か教えて欲しいって、その為に連絡先を聞いてきたと思う?真希さん」
「―・・・・」
「毎日毎日、好きなタイプはどんな子かとか、自分の趣味の話とかしてくるんだ」
「そうかよ」
「知ってて教えたよね。どういうつもりなの。彼女が自分の彼氏に好意を寄せてる他の女の子紹介するって」

真希は数秒程、憂太を睨み付けたものの目を逸らした。

「真希さんらしくないよね、その態度」

手首を握る力も自然と強くなると真希が顔を歪めた。
大切な人は傷つけたくない、普段ならすぐに手を解放し謝罪していただろう。だが憂太はずっとずっと怒っていた。

「うぜぇ」
「なに」
「お前が私以外の女と連絡取ってたって興味ねェよ」
「―・・・ナニそれ、本気で言ってるの」

一度口に出した言葉はもう取り消せない。
今の嘘だとふざける性格でもない。

ずっと負かされるだけの憂太が、いつの間にかずっと遠い存在になっていた。
彼の名は特級被呪者としてではなく"特級術師"として一目置かれている。そしてそれは憧れの対象ではなく一人の男として魅力的だと感じるものがずっと増えたのだ。
もう憂太は真希や棘、パンダたちの同級生だけではなくなった。
それが少しだけ寂しかった。

「真希さんは僕が他の女の子のところに行っちゃってもいいの?」

顔を背け続ける真希の横顔を見つめ、憂太は徐に顔を寄せた。
風呂上がりのほんのりと温かい肌、シャンプーの香り、日に焼けても綺麗な首筋に顔を埋めた。

「ゆっ、」

普段きっちりと着こまれた制服からは肌はあまり露出していない。
眼下にあるのは寝間着のTシャツから覗く形の良い鎖骨と首。
吸い寄せられる虫のように鎖骨辺りに唇を寄せた。ちゅと音を立ててキスをすると分かりやすく抵抗が始まった。

憂太が押さえ付けていられるのだから、それ程力も入っていない。

「ちょ、っと、ふっざけ、」
「真希さん、ここでするのとベット行くのどっちがいい」
「離せよ。マジで。蹴り上げんぞ」
「いいけど。多分、リカの方が速いと思うよ」

リカと里香の違いは真希は知らない。
自分の術式をベラベラと喋るようなタイプでもないし、真希も根掘り葉掘り聞いたりしない。だが憂太が攻撃を受ける時には以前のように"リカ"は発動するらしい。

「やめろって、憂太、」

鎖骨や首筋に唇が押し付けられながら、時折軽く歯を立てられる。痛みの中に巡る快感。
まだ付き合って期間も短ければ体を重ねたのも片手で数える程しかない。
だが真希の首筋に埋める憂太の頭。ワックスで黒髪を整えている中で、彼の匂いとそれが混ざり合っている。その香りは真希の鼻腔から脳天へ直撃する。

「謝ったら許すよ」
「は、」

顔を上げた憂太に見下ろされる。
両手は相変わらず壁に強く押し付けられたままだ。
同じ程の背丈だった筈の彼、いつの間に自分を追い越してしまったんだろう。真希はそんなことを頭の隅で考えた。

「なんで謝らないといけねぇんだよ」
「この流れならどう考えても真希さんが謝るべきだと思う」
「チッ、男のくせにちっちぇーんだよ」
「こういう話に男も女も関係ないよ。もう一回聞くね、真希さん。僕が他の女の子と連絡取ってその子にいっちゃってもいいの?」

そんなの聞かなくても分かり切った答えだ。
真希はずっと実家の男達に冷遇されてきた、実の父親にもだ。男を素手で圧倒出来るだけの力とプライドを持つ真希が唯一身も心も任せられる乙骨憂太という存在はどういうものか互いに理解している筈だ。

「ちゃんと言葉にして欲しい」
「―・・・・」

真希は唇を噛んで下を向いた。
こういう時、自分の素直さが足りないところが憎い。
でも憂太なら言葉にしてなくても分かってくれる。真希の性格を分かっている。いつも口喧嘩をしても折れるのは憂太で、最後には「ごめんね」と謝ってくれる。

ふいに痛いほど拘束されていた手首が解放された。

「ゆう、」
「もういいよ」

彼は床に倒れていた自身の愛刀を再び肩に引っ掛けると真希に背を向けて靴を履いていた。

「憂太」
「おやすみ、真希さん」

一度も振り返らず憂太は部屋を出て行った。
真希はしばらく木製の扉を見つめた後、弾かれたように部屋を飛び出した。裸足だったことなど気にも留めず薄暗い廊下を見渡すともう憂太の気配は消えていた。

部屋に戻ると妙に高鳴る心臓を落ち着かせるように服を掴んだ。
憂太が触れた首筋や手に、重ねるように真希は触れた。
そしてすぐ側のベットに腰掛けるとそのまま枕にぽすんと倒れ込むと顔を埋める。


自分は悪くない。術師として成長したい女子が特級の彼と連絡を取ることを望んだだけだ。
憂太が怒るのは大袈裟だ。絶対、自分は悪くない。







"昨日かな。憂太、帰って来てるよ"

パンダは早朝、五条悟に会った。
夜蛾正道に呼ばれたパンダは校舎内の学長室へ歩みを進めていた。学長室から出て来たのは一年の時の担任である五条悟だった。

"びっくりしたよ。帰って来るって僕は聞かされて無かったからさ、憂太すっごい不機嫌で今にもリカを呼び出しそうな顔してた"

それは冗談抜きで手に負えないだろう。
アハハハー、と新しい玩具でも見つけたようなテンションで五条はパンダと別れたが、昼頃になってその意味がようやく理解した。




「めんたいこ」
「ああ、そうだな」

棘の目がきょろきょろと左右に動く。
共有スペースで膝に乗せたノートパソコンで海外先での報告書を打ち込む憂太、週刊誌を物色している真希。二人は会話するどころか目も合わせない。
互いの存在は視界に入っている筈だ。

「こんぶ、おかか」
「うんうん」

パンダは頷いた。

いつもなら真希の姿を見つけると駆け寄っていく憂太。うっとうしい、と悪態をつきながらも自身のパーソナルスペースに入って来る憂太を拒絶しない。
そしていつも憂太は真希の部屋に転がり込んでいく。

だが今は棘の言うように、「二人とも絶対なにかあった」である。

「今朝、悟が言ってた。憂太は不機嫌なんだと。真希だな」
「ツナマヨ?」
「そうだな。きっと喧嘩だな。でもきっと痴話喧嘩だ」
「こんぶ」
「夫婦喧嘩は犬もなんたら、って言うからな。すぐに仲直りするだろ。折れるのはいつも憂太だ。きっと今回も」

そこで鋭い刺すような視線を感じパンダは顔を上げた。
パソコン越しに憂太がパンダと棘のいる方をじっと見つめていた。それはまさに彼が転入した日、里香を背後に携える被呪者さながらであった。

(怖ェ、やっぱり人間ってきもちわりー)

その間も真希はいくつか雑誌を手に取ると三人には一瞥もくれることなく、自分の部屋に戻って行った。
その背中をじっと憂太は見つめていたが声を掛けることなく、憂太もパソコンを閉じて部屋を後にした。






「本日の任務はなんと久々!!真希、憂太ペアでやってもらいやす!!テンション上げて!!」

パチパチと手を叩くのは五条だけで目の前に立つ二人は心底嫌そうな表情のまま立ち尽くしている。

「テンション上げてよ・・・・」

二人は互いにそっぽを向いたまま悟の方すらも向こうとしない。
高専の前に停まる車の前で悟は小さく溜息をついて、腕を組み任務の内容について話そうと口を開いた。

「ランクが違い過ぎんだろ、どんな任務だよ」
「ん?」
「特級と四級だぞ。ありえねぇ組み合わせだろ。特級呪霊でも祓いに行くのか?私はこいつのサポートか?それとも私のランクに特級様が合わせてくれんのかよ」
「それは行ってからのお楽しみだね」
「冗談じゃねェよ。っとに」

週末明けの任務だ。
憂太が特級に返り咲いてから同じ任務に就いたことはない。特級にはもっと次元の違う任務がある。
これは目の前にいるバカ目隠しこと、五条悟が仕組んだ任務だろう。だがそれを拒否する権利は高専生には当然ない。

「僕はどんな任務でも文句言わずにやるよ。呪術師なら任務の大きさはランクで判断することはないと思う」
「よゆーだな。さすがは特級。私は特級呪霊なんかとごめんだね。底辺四級には荷が重いわ」
「真希さんならどんなに強い呪霊でも立ち向かえる人だと思ってたよ」
「お前が私のなにを知ってるっつーんだよ。死ね」

憂太が口を開くより前に割って入ったのは悟だった。

「はいはーい!喧嘩はそこまで!これから任務なんだから喧嘩はなしなし!」

二人は黙り込んだが依然として互いの不機嫌なオーラは消えることはない。


これは元々パンダと棘からの相談だった。
珍しく憂太と真希が喧嘩したから仲直りしてほしいのだと。真希はいつも以上に体術の授業や組手で容赦ないし、憂太は彼から醸し出す負のオーラに押し潰されそうになるのだという。

若者たちからの可愛らしい願いに応えてやらない五条悟ではない。





二人が補助監督の伊地知と共に送られたのは住宅街の空き家だった。
使われなくなって大分経つのか一戸建ての割には老朽化し、白い壁には長い蔦が絡まり一面には背の高い雑草が生えている。

「この辺では有名な心霊スポットで、土地の持ち主が失踪したり若者が行方不明になったりと曰く付きの家ですね。お二人がいればそこまで心配はありませんが念の為用心を怠らぬようお願いします」

二人が敷地に入ったところで帳が降りる。
辺りは太陽が差し込まない薄暗い異空間となっていく。二階建ての民家とはいえ、鬱蒼とした木や雑草に壊れかけのドアや窓。立ち入り禁止と書かれた看板は錆びついて地面に倒れている。
まさに呪霊が好みそうな場所だった。

「僕が一人で行くから真希さんは待ってていいよ」
「はあ?ふざけんな、ナメんじゃねーよ」

かつては小学校に入ることすら怯えていた憂太らしからぬ発言だった。
真希はわざと憂太の肩に体をぶつけると先頭を切って民家の中に入って行く。その後を憂太が追い掛けた。


呪霊の祓いが終わるのはやはり早かった。
憂太の呪力に圧倒されてか当初は姿すら見えなかったものの、真希が別行動を取ったことで姿を現した。女の呪霊だった。
ホラー映画に定番の長い黒髪の呪霊、だがそれに怯える真希ではない。
階級は二級以下。真希はすぐにそれを祓い終えると一階にいた憂太と合流した。

「終わった?」
「ああ。楽勝だった」
「男じゃなくて女性相手に出て来る呪霊だったんだよ、きっと」
「お前の呪力にビビってただけだろ」
「違うと思う」

憂太がリビングの本棚にしまわれていた本を指差した。
この民家は廃屋に近いというのに生前の家主が残した生活品が多く残されていた。こういう場所を心霊スポットとして面白おかしく探検したがる若者はきっと多いのだろう。
憂太は抵抗なくその本を手に取ると一枚目を捲る。

「アルバムか」

家族の写真がたくさん貼られていた。両親と子供一人。
思い出の貴重なアルバムすらも残してしまった理由はなんだろう。伊地知からは"空き家"としか聞いていなかった。
捲り続けていくと両親のうち、父親が写真から消えて行き母と子だけになる。そして子供が小学生に入学した写真以降は何も貼られていない。
そして一番最後のページ、少し大きめの封筒が挟まれていた。

「お前、よく平気で開けられるな」
「呪霊はいないし問題ないよ」

表情一つ変えずに茶封筒の中身を出す。
書類が数枚と写真が大量に出て来た。床に落ちた一枚を真希は手に取り、裏返って写真をひっくり返す。
暗い夜道で男と女が手を繋いでいた。
憂太が写真を捲り続けるとその男女はそのままホテルのロビーへと消えていく。真希は誰に説明されずとも意味を理解した。この男の方は、アルバムの中にいる父親であると。

「探偵に依頼したのかな」
「―・・・・別れたから母子家庭か。そりゃ女が憎いわな」

あれがそういう類の呪霊なら、この民家では何が起きたのだろう。小学校の入学以降の写真はない。子供の行方もアルバムでは分からない。
パタンと憂太がアルバムを閉じる。

「浮気は最低だよね」

真希は答えなかった。

「戻ろうか」

伊地知は待っているだろう。きっと悟から自分たちが不仲であることは知らされいているはずだ。
特級術師が四級と任務を組むことは異例だからだ。

民家を出ると帳はまだ上がっていなかった。
真希が不思議に思いながらも帳に触れると波紋を浮かべるだけで反応がない。

「んだよ、これ」

同じようなことを憂太は棘と経験していた。
伊地知の帳の上に更に帳を二重で掛けられていた。その彼は特級で、伊地知よもずっと呪力が強かった。
そして憂太は帳に触れるとそこから感じる呪力に溜息をついた。

「時間が経てば勝手にあがるよ。それまで待ってるよ」
「そうだけど」

待つにしては、その時は永遠のようにも感じそうだった。
憂太は民家の玄関に繋がる石で出来た階段に腰を下ろした。真希は民家の壁に寄り掛かり目を瞑った。
一秒が一分が遅く感じる。スマホは帳のせいで圏外で時間を潰せる手段がない。少し離れたところにいる憂太が動く度に聞こえる音に嫌に耳が反応してしまう。

(さっさと上がれ、マジでムカつく。あいつが来る必要なんか無かったじゃねぇか、くっそ。ぜってぇバカ目隠しに仕組まれた)

真希は苛立ちでどうにかなりそうだった。
いつ上がるか分からない帳に変化はなく、まるでこの世界に二人だけが取り残されたかのような空気すら感じた。

ゆっくりと真希は階段に座る憂太の方に視線をやった。
すると彼も同じように真希を見ており、慌てて目を逸らす。

「真希さん」
「なんだよ」
「座りなよ」
「遠慮する」

再び沈黙が降りた。
すると階段の方から憂太が動く音が聞こえ、パンパンと制服に着いた汚れを払っているようだった。そしてやはり憂太は壁に寄り掛かる真希の側にやって来た。
真希は憂太のいる反対側の方にそっぽを向いたままだ。

「きっと五条先生の仕業だよ」
「ンなもん言われなくても分かる」
「パンダくんと狗巻くんが五条先生に相談してるの前に聞いたんだ。僕たちはともかく二人には悪いことしたよね」
「―・・・・」
「ねえ、真希さん」

憂太と話すのは嫌だった。
謝りたいと思ったが持ち前のプライドが邪魔をして言い出せなかった。喧嘩してから一週間だ。一週間も憂太と話さないことはなかった。
もし謝って、彼の言うようにもう他の子のところに行くと言われたらきっと泣いてしまう。
そんなことすら考える自分が情けなくて恥ずかしかった。
だから真希は憂太の話す、その先を知りたくなんてなかった。




「ごめんね」

真希は思わず憂太を見た。

「あんな風に怒ってごめんね。でも真希さんにはもっと自覚してほしいんだ。僕たちが付き合ってるってこと」

真希は顔を俯かせた。

「あの時はあんな風に言っちゃったけど考えてみたら先輩からのお願いを断るわけにはいかないもんね。で、でも僕だったらどうやって断ろうかな。もうずっと一緒にいられるわけじゃないから僕だって真希さんが心配だよ」
「なんだよ、それ」
「え、ごめん、やっぱり駄目?この前のことは、帰って来て疲れてるっていうのもあって、その」
「なんで先にお前が謝るんだよ」

今度こそ真希は泣きそうだったがぐっと堪えた。
男の前で泣くのはプライドが許さないが、憂太の優しさに涙が出そうだった。

「真希さんは悪くないよ」

"そうやって憂太が真希を甘やかすからワガママになるんだぞ。たまには突き放さないと将来尻に敷かれるぞ"

パンダの忠告はもうとっくに意味を成さない。
憂太は真希を甘やかして自分だけを見て欲しいし頼って欲しい。
だから尻に敷かれる以前の問題だ。でも欲を言えば少しだけ自分に素直になって欲しい。

「―・・・最悪だ」
「え?」
「バカ目隠しにお膳立てされて、お前に先に謝られて」
「真希さんがずっと僕のこと気にしてたの知ってたよ。だって真希さん雑誌はいつも定期購読してるから共有スペースのなんて普段読まないし、学校も僕より早く来てたでしょ。あれって謝るタイミング探してたよね」
「なっ、」
「分かってたから無視してたけど」
「お前そんな性格だったか・・・?」

憂太は、「誰かに似たんだよ」と笑って言った。
真希は壁を伝いそのまま地面に腰を下ろす。憂太も同じように膝を着き壁を背にして座り込んだ。

「仲直りでいい?」
「―・・・ああ、悪かっ、た」

再び顔を背けた真希の耳はほんのりと紅く染まっていて、やはりその素直じゃないところは彼女の可愛いところでもあると分かる。
憂太は真希の耳朶に触れ、「真っ赤だね」と言った。膝の上に置かれた真希の手が拳を作る。

「そういえば、真希さんタイツ履いてるんだね」
「お前が履け履けうるせーからだよ」
「膝悪くしたら困るし怪我したら大変だから」

理由はそれだけじゃない。
憂太の手が真希の膝の上に乗った。思わずびくっと体が反応してしまった。

「変態め」
「なにが?」
「別に」
「―・・・だって真希さん、近接戦闘タイプなのにスカート履くのは譲らないから」
「私がなに着ようと勝手だろ」
「だからせめてタイツは履いてよ」

所構わず胡坐を掻いたり、上の学年との訓練でアクロバットな体術を披露して相手を制圧するのだ。いくら下着の上にもう一枚履いてるからと言い訳されても彼氏としては不安は拭い切れない。

「見えちゃうって」
「だからそれ気にするのお前くらいだから」
「ははは、それはどうかな」

真希は自分の容姿に自覚ないらしい。
生徒数も少なく、呪術のみが評価の対象となるこの学校では仕方ないかもしれない。憂太のように一般的な学校を経験している身分からすると真希は一級品に美しく、近寄り難いオーラがある。
憂太は自分が真希と恋愛関係にあることが、夢のようで、それ故に不安になり縛り付けたいと思うのかもしれない。

「真希さん、もうちょっと近寄ってもいい?」
「お、おう」

少しの距離が、一気に0距離になった。
じっと自分を見つめる憂太の視線に気付き、真希は恐る恐る彼を見上げた。憂太の手が真希の肩に回りぐっと引き寄せられた。緊張で強張った体、そして頬に手を添えられたことで一層顔も同じく強張っていく。

「真希さん。緊張してるの。かわいいね」
「ゆっ、」

殴りつけたい拳を憂太の白い制服の袖を掴むことで耐えた。
あと少しで久しぶりのキスが出来る、そう思った時だった。

「やーやー!お二人さん!無事仲直り出来たみたいで一件落着!!」

帳が一気に上がって行き静寂を切り裂く陽気で軽快な五条悟の声が響いた。

「おーっとお邪魔だったかな。いいねぇ、青春だね!」
「先生・・・」

憂太の冷めた視線が悟を射抜いた。
「憂太顔怖いよ」とケラケラと笑う悟に対して、ゆらりと起き上がったのは真希の方だった。

「おい、貸せ」

真希が差し出した手に憂太はなんの疑いもなく愛刀を手渡した。乙骨憂太とリカの呪力がたんまりと込められたまさに特級呪具である。

「死ね!!バカ目隠し!!」

それを振り下ろし悟を追い掛ける真希の姿はまさに特級術師のそれであった。







やり方は癪だが仲直り出来たのは事実である。
そして憂太は明日また地方の任務へ出発することが決まっている。自室で荷造りをする憂太のもとに、コンコンとノックをする訪問者がいた。

「真希さん」
「おう、入っていいか」
「もちろんだよ」

髪を下ろしシャツとハーフパンツというラフな格好だった。呪力の篭った眼鏡もどうやら部屋に置いてきたらしい。
真希はベットの端に腰を下ろすと荷物を詰める憂太の背中を見つめていた。海外ではなく地方ということで水色のボストンバッグに詰めているが、慣れたもので荷造りは早々に終わったらしい。

「何時に起きんだよ」
「6時くらいにはここ出るから5時には起きるつもり」

真希は壁に掛けてある時計を見上げた。

「ならまだ時間あんな」
「ん?」

真希の方に近づいてきた憂太の手を引いた。
少しだけ前屈みになった憂太の首に腕を回したことで、ほんの少しだけ動揺した声が上がった。「ヤるぞ」と言った真希に驚きながらもそれに期待していた自分もいたので拒絶はしなかった。

「仲直りのやつ」
「うん、いいよ」

真希の瞳の中にいるのは自分だけだ。
啄むようなキスをしてゆっくりとベットの上に倒した。シーツの上に散らばる緑の黒髪、この瞬間がたまらなく好きだった。
数日後に真希のいないシーツの上で切れた長髪を見つけた時、ここに彼女がいたのだと実感する。

「っ、は、しつけぇ、よ」

非難めいた視線と台詞に反省する気もない憂太は、無防備な白い首筋に唇を落とし舌を這わせ、そして歯を立てた。

「痕つけんなよ」
「それは真希さん次第だから」
「はっ、やっぱ待て、」

ぐっと強い力で型を押し返された。
まさか帰るのかと思い、憂太は真希の手首を強く握った。

「帰らねぇよ、違う、お前今日下な」
「え?」
「私が上。お前が下」

キョトンとした顔の憂太が真希を見上げていた。そんな憂太の肩に力を入れてベットに倒すと真希が腹の上に馬乗りになった。

「こういうことだよ」
「え、ええっ、ま、真希さん、そんなっ」
「なんだよ。たまにはいいだろ」
「た、たまにはって初めてだよ!」
「文句言うなよ。そんなんだと帰るぞ」
「いや、それはちょっと」
「今日は特別。次はやんねーよ」

真希の顔が徐々に赤くなっていく。羞恥心は多少あるのだろう。
もしかして"特別"というのは彼女なりに喧嘩のことを気にしてのサービスなのかもしれない。だとすれば無碍にするのは彼女の気持ちに傷をつけてしまう。
憂太は馬乗りになった真希の腰辺りに手を添えて、「お、お願いしようかな」と言った。





視覚的、性の暴力。
まさに特級。
憂太は恋人の顔と胸を交互に見ながら唇を噛んだ。

「うっ、あっ、はぁっ」

狭い部屋で互いの荒い息遣いとベットが軋む音。時折混ざる水の音がやけによく聞こえて来る。
それは体を重ねる上で少しずつ慣れたものだというのに今日ばかりは憂太自身の耐性の限界というものが試されていた。

「ど、どうなんだよっ、ゆうっ、アッ」

どうもこうもいいに決まってる。
憂太は言語にすることは出来なかったが真希の細く締まった腰を掴んだ。彼女が動く度に豊かな乳房は上下に激しく揺れ、背中を反らすと結合部が丸見えになる。
きゅきゅと程良く締まる膣に憂太はいつ達してもおかしくはなかった。

「ちょ、ちょっと、もうムリかも」
「なんだよ、もうバテたのかよっ」

憂太は正直に「うん」と頷いた。
行為に及んだのはちょうど五回。今日で六回目。今までずっと憂太が上で、見本みたいなセックスばかりで真希はほんの少しだけ他のことにも興味があった。

「よく、ねぇの?」
「い、いや、よすぎてこまる」
「ふぅん」

見下ろす憂太は任務帰りによく見る死んだ魚のような目になっていた。良過ぎて困る、という割には随分な反応だなと感じ首を傾げた。
憂太の腹の上に手を付いて腰を動かすと、「う゛」という呻くような声が真希の耳には届いた。真希の中にあるものは確かに大きく硬い。
正常位よりも体重分ぐっと深く挿入されている気がして気持ちが良かった。

「なあ、手ぇかせよ」

真希の腰を必死に掴む手は徐々に爪が食い込み始めて痛かったのだ。憂太の手を掴み豊満な乳房に触れさせてやった。

「触れよ、憂太」

裸で羞恥心もクソもあるか、と真希は思い切った行動だった。
十代にしてはカサついた剣だこのある自分よりも一回り大きな手。それが真希の許可を得たことで乳房を鷲掴み乳首をきゅっと抓った。

「んっ、あっ」

勢いよく起き上がって来た憂太が真希の乳房を口に含んだ。

「ちょっ、なに、」

逃げ腰になった背中と腰に手を添えて憂太は中途半端な欲を吐き出すことに専念した。
恋人の魅力的な腰遣いもお預けされているようで良かったが、"仲直りのセックス"をするならもう少し激しい方が好みだった。

「あっ、あっアッ、まっ、ゆう、た、」

下からぐっぐっと何度か突き上げられて真希の背中が反った。
憂太がぬいぐるみでも抱えるように軽々と持ち上げ、その手が尻と背中を抱えた。真希は腹の上にいた筈だがいつの間にか膝の上で抱えられるような体勢になっていた。

「いい?真希さん」
「っ、るせぇ」

(ああ、かわいいなぁ)

言葉とは裏腹に目はとろんとして快楽に負けそうだった。

「かわいいね」

心の中の呟きを留めることが出来ず言葉に乗せて真希にふりかけた。
ほんのりと紅く染まったと思うと憂太の頭を抱えた。もう限界らしい。それは憂太も同じだった。
何度か真希の最奥を突くと、くぐもった声を出しながら憂太の背中に爪を立てた。
そして脱力する真希の体を抱えながら憂太はシーツの上にばたりと倒れ込んだ。




(これが仲直りセックス・・・・)

また一つ大人の階段を登ってしまった。

電気の落とした部屋の天井を眺めながら憂太はこの高専に来てからの人生の変わりように驚いていた。

(今日の真希さんは大胆でセクシーだった。すごいヨカッタ、はい)

恥じらう彼女も良いが、大胆な彼女も良い。
どちらも併せ持つなら尚良し。自分には贅沢過ぎる恋人だ。いつもは嫌がる腕枕も今日ばかりはそこでぐっすりと眠っている。

枕元の時計の針は丑三つ時をとっくに回り、あと数時間で憂太は起きなければならない。


「真希さん」


さて、喧嘩の理由はなんだったかな。
ただ君に僕をずっと好きでいて欲しいだけなんだ。



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