彼のことは昔から知っていた。
でも話すことも無いし、関わりもあまり無かった。

東東京第2中学校普通科を卒業し、同じ高校に入学した。
日東学院高等教育課程だ。彼は法学部の法律学科を選んだが私は学芸部の家政科だった。料理や裁縫などの家庭的なことを学ぶのに対して、彼は頭のいい選ばれた人しか入れない科だ。

成績でもいつも2番目で私なんか下から数えた方が早いほう。


真面目で頭もよい。おまけにかっこいい。女の子達はみんな彼を気にしていたけど人と関わりたくない雰囲気をいつも出していて誰も声を掛けられなかった。

何よりも父親が潜在犯だという噂が近寄りがたさに拍車を掛けていた。



「宜野座くん、あのさ」



放課後の教室はまだ人が疎らだった。端の席で彼は勉強をしていて夕日が少しだけ彼の机を照らしている。


「何だ」

「・・・私、知ってると思うけど頭良くなくて・・・えーと、勉強教えて欲しいんだ」

「・・・・・」


彼は不思議そうに真っ直ぐ私を見つめていた。そりゃそうだ。まともに話したことも無い人にいきなり勉強を教えろなんて驚くに決まってる。


「わ、私のこと知ってるよね?中学一緒だったけど」

「知ってる」

「あ、ほんと」

「家政科に入ったって聞いた」


私のことを知っているなんて驚いた。それに科まで知っていてくれたなんて嬉しい。ん?嬉しい?


「料理も全然出来ないけどね」

「ふーん」

「あの、それで勉強・・・」


宜野座くんはタブレットノートをずらして私が置けるだけのスペースを用意してくれた。それを肯定と取って私は椅子を持って来て数学の教科書を置いた。


「ありがと!」

「いや・・・」

「数学全然出来ないんだ。この前の中間考査も30ポイント行かなくて」

「それは本当か?」

「うん。宜野座くんは?」

「俺は一問だけ間違えた」

「えー!嘘?!どうやったら頭良くなるの?すごいね!」


下校のチャイムが鳴るまで私達はずっと話していた。問題はほとんど解かないで二人で中学の思い出や、大変なことを話して少しだけ距離が近くなった気がした。

多分私達の関係はここから始まったのだと思う。
今までしなかった挨拶も多くなった、勉強を教えてもらう事も多くなって、一緒に下校する時もあった。






でもある日、私はたまたま窓の外を見下ろした。
芝生が生え揃い建物のせいでその中庭は日が当たらない。そこに数人の男子生徒。一人を囲むように男が四人。

真ん中には宜野座くんがいた。この光景を見るのは三度目だ。彼の父親が潜在犯だからという理由を付けて、頭脳明晰で容姿端麗なことに文句をつける連中だ。声は聞こえなくとも言っている内容は大体分かる。

一度目も二度目も最終的にはあの社会科の生徒が助けに来ていた。でも今日は来ない。宜野座くんが生徒に胸倉を掴まれて壁に突き飛ばされていた。私は思わず身を乗り出す。何とかしないと、本当に怪我をしてしまう。

でも女が出て行って出来る事なんて限られてる。私は視線を廊下に動かした。そして水道を見て、口角を上げる。





「親父が潜在犯なんだろ?」
「頭良くても潜在犯じゃなー」
「あれって遺伝するんだろ?」
「こえぇー」


狡噛にやられてくせに懲りない奴らだ。
これで何度目なんだ。本当に飽きた。いっその事気が済むまで殴れば良いのに、こうやって言葉で責める。

何でこんな奴らの色相がクリアで親父は――。

悔しくて拳を握る。


「こらーー!いじめはダメーー!!」


その時だった。何処からかそんな大きな声が聞こえて視線を泳がした。
上を見上げると見たことも無い量の水が降ってきた。


「うわあああ!」
「何だよ!コレ!?」
「信じらんねぇ!クソっ!」


目の前の生徒は頭から大量の水を浴びてびしょ濡れだ。
俺はギリギリ濡れなかったけど制服の裾に少しだけ飛び散っていた。もう一度見上げるとあの女がバケツを持って見下ろしている。

俺は思わず噴き出した。笑いそうになるのを堪えて女に手を振った。








それからだったかな。
私と宜野座君が仲良くなったのは。付き合うとか、考えなかったわけではないけれど友達というラインは超えることは出来なかった。
互いに卒業してそれぞれの道を歩んでいった。彼は公安、私はバイオ製の食品を加工する会社に入った。


「あ、あれ、宜野座くん?」

「・・・・・五十嵐?」


夜の街中ですれ違った男の人に声を掛けた。
黒いスーツを着て前髪は顔に掛かるほど伸びていた。でも面影はそのまま残っている。



まるであの時の事を思い出すかのように私の心は再び火を灯す。







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