貴方に何が分かるのよ――!


投げつけられた花が床に散った。
涙を溜めて睨みつける彼女の元へ何度も通い続けた。いつか自分に心を開いてくれると信じていた。

その怒りも悲しみもぶつけてしまえばいい。












「宜野座くんのこと?」


唐之杜志恩は煙草を指先に挟みながら振り返った。この分析室には常守と唐之杜の二人だけだ。いつもいる六合塚は非番で休みを取っていた。


「珍しいわね」


「いや今までは気が付かなかったんですけど、水曜日と金曜日は定時に上がってるなと思って」


「あぁそのことね」


思い当たる節があるのか、唐之杜は視線を上に上げて何かを思い出していた。


「何だと思う?」


「さぁ全く検討が付かなくて・・・直接聞くのも気が引けるし狡噛さんに聞くのも、何だか」


「ふふ、実はね女の子に会ってるのよー」


「えぇ!?宜野座さんって彼女いるんですか!?」


「そうねぇ、見えないわよね。でもね宜野座くんにとっては大事な子なのよ」


長い付き合いの彼女は宜野座の色々なことを知っているだろう。常守の瞳は生真面目な上司の意外な素顔を見れるのではないかと期待に満ちていた。


「宜野座くんには言っちゃ駄目よ」


「は、はい」


「そうね、あれは一年ちょっと前かしら。ある家でね殺人事件があったの。男の人と女性が被害者で、男の人は亡くなってたわ。女性は一命を取り留めたけど手酷く犯人に暴行されててね。サイコパスも真っ黒、数値は上がっていく一方で回復の見込みはゼロだったわ」


あの日は雨が降っていた。寒くて冷たい。残忍な事件に似合いの天気だ。

被害者の女性は五十嵐雪。狡噛が毛布に抱き抱えて連れて来た彼女の目は何も映していなかった。

宜野座は被害者の事よりも犯人確保を優先に考えていた。当然シビュラの監視システムを騙せるわけも無く二日後にはエリミネーターでこの世から抹殺された。
窃盗、殺人、婦女暴行と前時代的な犯罪だった。報告書を書いて終わるはずの宜野座の手はなかなか前に進まない。

五十嵐雪は父子家庭だった。ごく一般的な良好な家庭だ。母との死別を除いては。


唐之杜からの報告よれば犯人は彼女を父の前で暴行した後に、父を殺した。極めて悪質で性質の悪い犯行だ。

被害者は施設に送られたままサイコパスの回復は見込めないと医師から診断を受けている。


宜野座の足が施設に向いたのはそれが理由だったからか。いくつもの犯罪被害者を見て来たが、その後のメンタルケアを気にしたことはない。

面会を許され、彼女に花と果物を差し出した。俯いたままの彼女は宜野座を睨みつけて開口一番にこう叫んだ。


帰れ、顔なんて見たくない。同情なんていらない。


床に散らばった花と果物。


彼女は全てを失ったのだ。父も、女としての矜持も。可哀想にと言う者達が彼女にとっては憎くてたまらない。


宜野座は彼女へ掛ける言葉が見つからない。


気持ち分かるよ。


貴方に何が分かるのよ――!


俺も父を失ったから。


初めて視線が絡んで顔を見ることが出来た。悲しい目、本当は泣いてしまいたい。誰かに助けて欲しい。


俺は、分かるよ。君のこと。





「宜野座くんが毎日通ったおかげで奇跡としか言えないような回復を見せた。今は施設を出て普通に暮らしてるはずよ」


常守は黙り込んだ。
彼の意外な過去。それは言葉では形容しがたいものだ。


「でも定期的にメンタルケアを受けてるみたい。だから会えるのは週に二日だけ。宜野座くんが早く帰るのはそれが理由じゃないかしら」


「そう、だったんですか」


常守が思うのは自分の人生だった。甘い人生なのだろうか。そう、何度も振り返る。公安に入ってからまずます自分の居心地の悪さを感じてきた。

次に宜野座に会った時には、あまり警戒せずにしよう。彼のことを、もっと知りたいと思う。人間的な彼のことを。



















被害者に入れ込むのはタブーだ。
それは百も承知だった。いちいち気にしていてはキリが無い。だから線引きをしていたはずなのに。


「のぶ、ちか・・・」


熱の篭った声で名を呼んだ事の褒美に彼女の綺麗で滑らかな背中にキスをした。柔らかいベットの上にゆっくり隣りに寝転がるり強く抱きしめた。


「さっさと寝ろよ」

「うん」


雪は裸を見られることを嫌がる。あの事件の傷を見られたくない、と。泣いて嫌がったこともある。

彼女の過去ごと全てを愛したいと思った宜野座にはあまり関係の無いことだった。


「数値は問題ないのか?」


「もう安定してるみたい。伸元のおかげだね」


「お前が乗り越える努力をしたからだ」


互いに向き合い、宜野座は雪の髪を一房取った。
暗闇でも分かる綺麗な肌触り、そして視線。


「まだ足りないって顔してるな」


「え、そう・・・見えるの?」


「なんとなく、」


「考えすぎだよ。伸元だって明日早いのに、ダイムだって一人にしたら可哀想だよ」


足元で眠るダイムは少し前まで部屋から出されていた。飼い犬にも見られたくない事をしていたからだ。


「家ね、取り壊すんだ」


「そうか」


「うん。忘れたいの。大事なものは皆持って来たから・・・後はみんな消してしまいたいから」


お父さん何て言うかな、と小さく呟いた。それは宜野座に尋ねているのだろうか。


「お前の幸せを願ってるはずだ」


「そうだね」


雪は毎日のように思う。
彼がいなかったら私は今頃どうなっていたのだろうか、と。あの真っ白な病棟の中に閉じ込められたまま廃人のままか。

記憶を消すことは出来ない。夢の中に現れる悪魔を追い出す術を雪は知らない。悪魔は懇願する父の前で私を何度も辱めた。そして最後に一刺し。父と私を。


「雪・・・」


「ん」


「変なこと考えるな」


「うん・・・」


優しい声で呼び戻される。
彼の声は神様なのかもしれない。一瞬で現実へ戻してくれる。
私は彼に依存している。彼が居ないともう駄目だ。
















最近よく夢を見るんです。
暗い場所に私が座ってると声がして歩いていくんです。そこには伸元・・・今の恋人が居て私の手を取って一緒に連れて行ってくれるんです。
明るい場所に。街や、違う世界に。



犯罪係数:25
色相:パウダーブルー

五十嵐雪、ここ三ヶ月のメンタル良好。ほぼ回復。異常なし。






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