小説 | ナノ


▼ 秘密の抜け道

※ホテルパロ。義炭♀




「教育担当の冨岡義勇だ」



夏前から始めたホテルでのアルバイト。
仕事はドアマン。竈門炭治郎は少し前に友人からこのホテルでのアルバイトに誘われていた。本当はハウスキーパーを第一希望としたが、「体力、向上心、接客共に自信あり」と面接時に答えた所ドアマンに決定したのだ。
アルバイト初日、同期達と会議室で待機していると教育係としてやってきたのが冨岡義勇と言う男前の先輩だった。
それが最初の出会い。


同期の友人が辞めたのはそれから数週間後、彼はフロントスタッフだった。所詮はバイトであり、勤務時間も少なかった。それでも外に立ち続けるドアマンよりは室内で働ける彼の方が楽そうに見えたが実際はそうでなかったらしい。
「もうとにかく冨岡さん怖くて無理」
感じ悪いし、喋んないし、怒る時だけ喋る、だから冨岡さんが喋り出すと怒られると思って気が抜けない
彼はそんなことを炭治郎に語っていた。

炭治郎は「冨岡さんね、そうなんだ。そんな人なんだ」と言う薄い印象しか思い出せなかった。ドアマンが立つエントランスからフロントはよく見える。
だから冨岡義勇の姿もよく見える。
臙脂色の制服に袖は派手な黄色と緑の格子柄。このホテルは日本式と西洋式を取り入れてるから制服にも和柄が使われている。特に、冨岡はフロントスタッフ兼マネージャーである事からそれを示す派手な柄の着用も認められている、とかなんとか。

だが結局は他人の部署だ。
炭治郎が所属するドアマンスタッフはみんな気さくで感じが良い。業務内容もしっかりと教えてくれる。この前はタクシーの手配の仕方や、警備スタッフも紹介してもらえた。
大学を卒業して実家のパンやを継ぐまでの期間のアルバイトだったが、パン屋が休みの日はシフトインしてもいいかもとさえ思えてきた。


そんな余裕を持った頃のことだ。

「この子が私の荷物を落としたのよぉ、大事な荷物だって言ったのに!中の荷物壊れてたらどうするのよ」
「す、すみません、中を確認して」
「やめてよ。色んな所触った汚い手で人の鞄触らないでくれる」

そんな!貴重品は入ってないって言ってたくせに!
炭治郎は内心目の前の女性をそう批判してやりたくなった。
年配の女性はこれでもかと炭治郎を真っ直ぐ睨み付け、炭治郎の次の言葉を待っている。炭治郎からは「申し訳ありません」の言葉を言う以外思い付くものは無い。
するとフロントから揉め事を聞きつけたスタッフがエントランスに向かって駆け寄って来た。

「あら!冨岡さん!」

女性の表情はコロリと変わり炭治郎から冨岡に向き直った。
般若の面が、七福神の恵比寿天に早変わりだ。ふくよかな体形の年配の女性は冨岡を手招きして「この子がね」と盛りに持った告げ口をし始めた。言い掛かりにも等しいような物言いに、正義感の強い炭治郎は言い返したくもなったが唇を噛んで我慢した。
そして最後には冨岡が「申し訳ありません。再度、私から教育し直します。お部屋には私が案内します」と言って、冨岡はその女性の荷物を持ってエントランスから消えた。

残された炭治郎は再度頭を下げて自分の業務に戻る。
エントランスから外へ出て生温い初夏の風が吹く外で下を向いたまま立った。自分は何度も「貴重品はございませんか」とタクシーを降りた彼女に尋ねた。スーツケースはかなり重たかったからだ。
彼女は仏頂面で「無い」と答えた。
そしてベルボーイが来る前にカートに乗せてしまおうと持ち上げた時、ふいに彼女がカートに手を付いて寄り掛かった。それでカートがずれてトランクが大理石の床にガツンと当たった。
そうすると彼女は目を見開て「落としたわね!」と騒いだのだ。
それでもスタッフが悪いのだろう。ちゃんとカートを支えていなかったから、幸い冨岡が来てくれたことで事なきを得た。
「冨岡さん」と呼んだと言うことは常連のお客様に間違いない。

「はあ、」

炭治郎は帽子を深く被って溜息をついた。

「竈門」
「っ、は、はい!」

顔を上げると真横に冨岡が立っていた。

「う、あ、と、冨岡さん!さ、さ、先程はすみませんでした!俺の不手際で、ご迷惑を、あの、でも、俺はお客様にちゃんと尋ねました!カートにも乗せようとしたんですけど、でも、あの・・・・すみません・・・・」
「分かってる」
「え?」
「最初から見てた。だから気にするな」
「え、え?」

冨岡はポケットから紙パックのジュースを渡して来た。「一日分の野菜」と書かれた野菜ジュースだ。
炭治郎は数秒間それを凝視した後、ゆっくりと手に取った。

「あの、」

動揺を隠せずに炭治郎は冨岡にどういう事なのか尋ねようかとした時、彼は踵を返してエントランスに戻ってしまった。
炭治郎は野菜ジュースを手に疑問と動揺を抱いたまま一日を過ごした。結局冨岡から貰った野菜ジュースは何故か手に付けることが出来ずに自宅の冷蔵庫にしまっている。あの時、冨岡からは怒りや不満の匂いはしなかった。
炭治郎が嗅ぎ分けたのは優しさの一点だけだった。





「炭治郎くん、冨岡クラブの会長にやられたんですか?運が悪かったですね」
「と、とみおかくらぶ?」

あの事件から三日後。
休憩室で会った胡蝶しのぶに開口一番そう言われた。

「冨岡さん顔だけは良いでしょう?常連のお客様の何パーセントかは冨岡さん見たさでいらっしゃる方多いんですよ?変わってますよね」
「へ、へー、そうなんですか」
「特に炭治郎くんが目を付けられたあの女性。一番よくいらっしゃる方で、月に三度も宿泊しに来るんですよ?変わってますよね。その度に女性スタッフに嫌がらせをするんです」
「しのぶさんも経験が?」
「ええ!もう、こうして、こうして、こうしてやりたい位ですよ!」

しのぶは拳を何度か振り上げては下げるを繰り返した。

「だから気にしちゃだめですよ?」
「あ、はい!冨岡さんにも同じことを言われました!そっか、あれってそういう意味だったんですね。ジュースまで貰っちゃって励ましてくれてたんでしょうか」
「え?冨岡さんが?」
「はい!その女性に怒られてるとき走って助けに来てくれて、その後もすごい落ち込んでしまって、そしたら「最初から見てたから気にするな」って言って下さったんです!ちゃんとお礼言えば良かった。俺びっくりして何も言えなくて」

するとしのぶは顎辺りに指先を当てて考えるような仕草をした。

「冨岡さんが―・・・」
「ん?はい、俺、なにか」
「いいえ!冨岡さんも後輩の為に一肌脱ぐこともあるんですね!感心感心!」

しのぶは「私は業務に戻りますね」と言って席を立った。
炭治郎に見送られながらしのぶは一つ冨岡に関する面白い話を聞けたことで上機嫌だった。厨房係の蜜璃に話をしてみよう。
一年程前、炭治郎と自分が全く同じ立場になった時があった。フロントデスクで例の女性が、しのぶの「ペンの渡した方が気に入らない。冨岡さんはもっと優しく渡してくれる」と大騒ぎした時だ。
あの時―・・・、裏にいたにも関わらず一度も顔も見せず知らぬ存ぜぬを決め込んで副支配人とセキュリティに丸投げした時と随分態度が違う。
その後もしのぶや不死川、伊黒に礼や謝罪を述べる訳でもなく「俺は関係ない」と言って三人を怒らせたのは最早飲み会で毎度語られるネタだ。

そうだ。やはり蜜璃ではなく不死川と伊黒にしよう。しのぶは足を厨房ではなく警備室へ向けたのだった。




仕事を三ヶ月程続けていると大分周りの客や同僚たちが見えて来る。
しのぶの言うように、「冨岡義勇目的」の女性客は一定数存在するらしい。エントランスに立っているとホテルから出て来た女性客たちが「今のフロントの人ヤバくない?」「眩し過ぎて直視出来んかったわ」と熱く語り合っていた。
そしてやはり、あの年配の女性は月に二、三度泊りに来るのだ。一度牽制を掛けられた炭治郎には見向きもせず真っ直ぐ義勇のフロントデスクにやって来る。

(まあ、確かにかっこいいけども)

加えて優しいと来た。
非の打ち所がないが無いようにも思う。だがフロントスタッフはあまり長続きしないらしい。それは冨岡先輩が怖いから、と口を揃えて言う。
炭治郎は夏真っ盛りの外の暑さに耐えられず、お客様がいない事を確認してエントランスに体を滑り込ませ冷風を浴びた。生き返るような涼しさに深呼吸して額にうっすらと浮かべた汗を拭った。

「出たり入ったりは体を壊す」
「あっ、す、すみません!直ぐに持ち場に」
「お客様がいなければ中で待機してていい」
「え、そ、そうなんですか?でも」
「倒れられては困る」
「そ、そうですよね!じゃあここで待機を」
「うん」

いつの間にか真横に来ていた冨岡がそれだけ言うとデスクに戻っていく。
足音も匂いもせずに近づくなんてすごい人だと炭治郎は感心した。その日から冨岡に言われた通り、日中の最も温度が高い時間はエントランスのドアに近い場所で待機することにした。
そうするとフロントデスクがよく見える。
炭治郎が「冨岡さん、お疲れさまです」と言うと冨岡は小さく手を挙げて返事をしてくれる。


噂よりも全然いい人だな、と炭治郎が思い始めた時だ。フロントスタッフの生き残った同期から飲み会の誘いを受けたのだ。
総勢二十名以上、東京都内の飲み屋にそれぞれの部門のスタッフたちが集まった。一律3,500円の飲み食べ放題の居酒屋の二階。ほぼ貸し切り状態の空間に一際密集している箇所がある、冨岡義勇の席だ。

「女性スタッフはみんな冨岡先輩目当てだからな」

目の前に座っている同期の玄弥がそう言った。彼はセキュリティスタッフ志望だったが、なぜかハウスキーパーに回された。掃除が得意で細やかな事に気付くからだ、という兄からの強い要望があったらしい。
玄弥や他の同期達とその席を覗くと、確かに彼の両隣、前、斜め左右に全て女性が座っている。

「人気だね」
「独身だし、彼女もいないってさ。若いのにマネージャー任されてるし、将来は外国のホテルに支配人として転勤されるんじゃないかって話だぞ」
「玄弥、なんか詳しいね」
「あ、兄貴が言ってた。ほら兄貴と冨岡さん一応同期だから」
「なるほど」

この飲み会を期にもう一歩冨岡と仲良くなれるかと思ったが、あの空間に学生の自分が踏み入れるのは不可能だ。

(圧に圧倒されて近付けない・・・)

飲み会が始まって早々、この有様だ。
炭治郎はほんの数秒間冨岡を見つめた。そして視線に気付いた冨岡が炭治郎の方を見て、しっかりと目が合った。思わず炭治郎は逸らす。
目の前の甘いカクテルを口にしてもう一度ゆっくり視線を動かすと、やはり目が合った。

(見てる、すごい見られている・・・)

それから炭治郎はなるべく冨岡の方を見ないよう努めた。
切れ長の、だが深みのある青い瞳に見つめられると心臓を掴まれたような感覚になる。炭治郎は目の前にいる玄弥やカナヲたちの仕事の愚痴を聞きながら、冨岡から感じる鋭い視線には気付かないフリをし続けた。


「二次会行く人ー!!」

メンバーの半分程が手を挙げた。
スタッフたちは二十代と三十代、まだまだエンジンが掛かったばかりの者達が多く飲み足りない。すると一人のスタッフが「あれ!冨岡お前行かないの!?」と叫んだ。
すると数人の女性の手が下りた。

「俺は行かない」
「行こうぜ?どうせ明日は休みだろ?」
「行かない。明後日は早出だから」
「いや、お前が行かないと女の子付いてこないんだよ、頼むよ」

男は小さく冨岡の耳元で囁いた。
「行きましょうよ、先輩」「そうですよ!冨岡さん行きましょう!」と女性たちから誘われるも冨岡は首を横に振った。

「―・・・竈門は、二次会行かないのか」
「え、お、俺ですか?」

冨岡からの突然の振りに炭治郎は驚いた。皆の視線を一気に集める。

「俺は、」
「学生はダメ!いくら成人してても親預かりの君たちはここまでです!」
「は、はい、俺は帰ります」
「竈門は成人してるのか」

冨岡の肩に腕を回した男は「竈門は行かないけどみんなは行くもんなぁ」と、おそらく自分が狙っている女性たちに向かってそう言った。

「俺は行かない」

先輩の腕から抜け出して冨岡は輪から離れた。「えー!」という大勢からの非難を受けつつ、冨岡は炭治郎のもとへ近寄ると自分よりずっと低い背丈の彼女を見下ろした。

「行かないんですか?二次会」
「ああ」
「やっぱり疲れちゃいますよね。休みの日はゆっくりしたいし、冨岡さんはきっと」
「この後飲み直すか。二人で」
「え?」

冨岡はぐっと距離を詰めて花札の耳飾りが揺れる炭治郎の耳元に唇を近付けた。
職場の騒がしいグループの輪からは僅かな距離。誰かに見られたら冷やかされてしまうような恐怖も感じた。

「来るか?俺の家」
炭治郎はゆっくりとあの深い青色の目を見た。
すん、と炭治郎の鼻が鳴る。夜の繁華街から匂ってくる下水と酒と食べ物の匂い、それよりも強い熱と混ざった欲の匂い。それはこの男が放つものだ。
そしてそれは自分に間違いなく向けられていた。




結局、炭治郎は冨岡の誘いを受けてしまった。
つまりあの後彼のマンションに付いて行き関係を持った。
炭治郎は朝目が覚めてから昼過ぎまで彼の布団から出ることが出来ないでいる。閉め切ったカーテンの足元からは太陽の光が差し込んでおり、エアコンから送られてくる冷たい風に身を委ね続けていた。
ごろりと寝返りを打ち、自分の体よりも一回り以上大きいスウェットの裾を引っ張った。

(勢いって怖いぞ。素面だった、どっちも。どうしよう。やってしまった。若気の至り)

職場であるホテルから数駅にある住宅街。炭治郎の自宅からは一時間程離れている場所だ。駅近のワンルームマンションだと言う。冨岡の家に向かって歩ている時、二人は無言だった。
そして彼の家に上がり風呂を済ませてお茶を飲んでいると、そう言う雰囲気でもないのにそうなった。冨岡から借りたグレーのスウェットはどこか煙草臭かったが嫌では無かった。服に顔を埋めて吸い込むとお日様の匂いを嗅いでいるような感覚にさえなった。
キスも初めて、男の人の家に行くのも初めてだ。

「俺でいいのか」

と、終始尋ねられたが炭治郎はその度に頷いた。
六人姉弟の長女で、小学校から今に至るまで男っ気なし。実家に就職すれば出会いもより減っていくだろう。母に孫の顔を見せるのは自分より下の子達で充分だ。
自分に出来る親孝行は健康第一で竈門ベーカリーを継ぐこと。
だからこれは最初で最後のチャンスだ。
その最初はこんな美しい男なら申し分ない。むしろもったいないくらいだ。
炭治郎は昨晩、自分の全てを冨岡に捧げたのだった。
今寝ている布団の上で。




「はああああぁぁぁー」

深い深い溜息を吐くとガチャとドアノブが回り家主が帰って来た。
顔だけをそちらに向けるとコンビニの袋を持った冨岡がキッチンに向かう所だった。

「体は」
「痛いです・・・」
「次のバイトはいつだ」
「金曜だから明後日です」
「それまで寝てろ」
「いやそういう訳には」

冨岡はマグカップに冷茶を注ぎ炭治郎のもとへ持って来る。
リクエストしたサンドイッチと味噌汁も彼の手の中にあった。体を起こした炭治郎は昨夜以来の食事に戸惑いなく口に含んだ。

「冨岡さんご飯は?」
「俺は大丈夫だ」
「そうですか。そういえば冨岡さんのお部屋綺麗にしてるんですね」
「普通だ。別段綺麗でもない」
「男の人の一人暮らしってもっとこう、不潔かと」
「姉が綺麗好きだから俺もそうなった」
「お姉さんいるんですか?冨岡さんのお姉さんならきっと美人でしょう!」

冨岡は「さあ」と肩を竦めた。
食事をしている時も冨岡はいつものように炭治郎をじっと見つめて来るものだから居心地が悪い。

「良かったか?その、俺と、初めては」
「え!?そ、そ、そ、それは、まあ、初めてで分からない事ばかりでしたけど冨岡さんは優しくご指導くださって」
「やめろ。こっちが恥ずかしい」
「聞いたのはそっちです!冨岡さんは俺なんかを相手にして良かったんですか?他にも綺麗な人たくさんいたのに」
「ああ」

冨岡はお茶を飲み真っ直ぐ炭治郎を見た。

「お前が良かった」

この日から二人の秘密の関係が始まった。






職場の社会人の先輩とセフレになったのは大学の夏休みが入って直ぐの事だった。
飲み会でお持ち帰りされたことを改めて考えると自分は随分大胆なことをしてしまったんだな、と炭治郎は何度も考えた。

「昼の2時頃に香港からの団体のお客様60名と、バス3台が到着予定。ロビー含めエントランスがかなりの混雑とパニックが予想される。セキュリティとスタッフを増員するから声掛けと、お客様への配慮も忘れずに。竈門と水川はサポートしつつ、他のお客様への対応を中心にして欲しい。香港の団体客は俺等がやるから」

ドアマンチームのマネージャーがそう告げたのは12時前だった。
だが予定より早く着いた団体客たちはロビーで大騒ぎ、広東語を使えるスタッフを配置したもののホテル側の言うことを大人しく聞くような人数でもない。結局炭治郎も同期の水川という青年と共に団体客のサポートに回った。

「休憩取れんかったな!」
「だね。すごい圧倒された」
「先輩たちの顔もだんだん笑顔が無くなっててちょっと怖かったな」
「うん。自分の力不足を感じたよ。言われなきゃ動けなかった」「フロントの冨岡さんも嫌そうな顔してたな。面白かった」
「え?そうだったか?」
「ああ!」

ケラケラと笑う水川は空になった缶コーヒーを揺らしながら隣りにいる竈門炭治郎を見た。ドアマンに配属になって2ヵ月弱、同じ学生で同じ時間帯にシフトインする彼女をなかなか気に入っていた。

「そういえば今日は珍しくスカートだ」
「ああ、パンツの方がまだ乾いてなくて」

パンツよりスカートの方が僅かに色が淡く作られている。スカートは完全女性用の為、可愛らしいサーモンピンク。パンツの方は臙脂色に近く色も濃い。
短髪で男らしい喋り方をする炭治郎は遠目から見れば少年にも見えるが、こうしてスカートを履くと女らしさが際立っている。

「この前の飲み会でさ、竈門、お前、冨岡さんと何かあった?」

それは唐突に歯切れ悪く尋ねられた。

「なっ、な、なにも」
「気が付いたら冨岡さんと竈門がいなかったって、みんな言ってた」
「帰る方向が一緒だったから途中まで一緒に帰った!」
「そうなんだ」

炭治郎の顔は妙に上に引き攣っていていつもの可愛しい顔が台無しだ。

「冨岡さんはモテるのに彼女作らないって有名らしいぞ」
「・・・・・・」
「彼女以外は山ほどいたりして―・・・」
「彼女以外・・・・」

分かりやすく落ち込んだ表情で缶ジュースを眺める炭治郎を見て水川は「どうやら二人は何かあるらしい」というのを読み取った。
水川からすれば無口で無表情の退屈そうな男より、愛想よく気配りの出来るバーテンの宇随の方が余程いい男だ。だが世の女性たちは「無口」と「寡黙」と呼び、「無表情」を「神秘的」と呼んで持て囃す。
そんな彼があの飲み会の日、大胆にも年下の後輩を持ち帰った。
本人の手前、少々言葉は濁したがこの件はスタッフの間で専らの噂だ。耳に入っていないのは本人たち位だ。

「竈門は彼氏いんの?」
「え?い、いないよ」

水川の統計上、ギャルっぽい子よりこういう大人しい子の方が裏で遊んでいたりするものだ。油断ならないタイプ。社会人の先輩の家にホイホイと付いて行くような子だったりする。

「じゃあさ、今度俺と」
「竈門」

水川の言葉を遮るように現れたのは噂の男、冨岡だ。

「奥田が呼んでる。客の荷物が外のエントランスに置いたままだ」「え!?そんな!ちゃんと確認しましたよ!」
「俺は知らん。早く行け」

缶ジュースをゴミ箱に捨てて炭治郎は休憩室から慌てて走り去って行った。
残された水川は冨岡に向かって「お疲れさまです」と目だけで挨拶をした。だが彼は一瞥だけくれると返事もなく休憩所を出て行く。

(感じ悪ーっ!マジであんなののどこがいいんだよ。就職まで我慢我慢。どうせ俺はドアマンだから関係ねぇし)

エントランスに慌てて駆け込むとマネージャーの奥田が立っているのが見えて傍に駆け寄った。

「あ、ああ、あの!お客様の荷物外に置きっ放しだったって」
「え?いつ?どこで?」
「え!?今、冨岡さんから言われて戻って来たんです」
「冨岡?荷物?特にそんな話はあいつにしてないけど」

二人はしばらく見つめ合うと互いに首を傾げた。
上司である奥田に「まだ休憩時間だから戻っていいぞ。冨岡には俺から聞いとくから」と促され再びバックヤードに戻る。
納得できないまま炭治郎は一人歩いていると「竈門」と何処からか名を呼ばれて立ち止まった。数歩下がると廊下の影から冨岡が手招きしていた。

「冨岡さん!あの!さっき言われてマネージャーの所に行ったんですが、そんな話は聞いてないって」
「こっちだ」

手を引かれて炭治郎は冨岡と共に重たい鉄の扉を潜った。
埃臭く湿った空気が狭い室内を漂っている。巨大な鉄の塊である変圧器やパイプが壁や天井に巡っており薄暗い室内で炭治郎は冨岡を見上げた。彼は突然炭治郎を抱きしめて鉄の塊に体を押し付けてきた。

「と、冨岡さん!?」
「義勇でいい。何度も言ってる」
「あ、ああ、あの!今は仕事中で」
「俺もお前も休憩中だ」
「でも!」

炭治郎は冨岡の体を押し返したが寧ろ強く引き寄せられ一呼吸する度に冨岡の香りに包まれることになった。

「制服よく似合う」
「そ、そうですか?いえ!というか」
「パンツの方はうちに取りに来ないと」
「そ、そうですよ・・・困りますよ。勝手に洗濯しちゃうなんて」

関係を持ったあの日、断りもなく炭治郎が鞄に詰め込んでいた制服を勝手にクリーニングに出していた。

「炭治郎」
「え、あ、」

炭治郎は思わず冨岡の制服の裾を掴んだ。

「ん、」

重なった唇から逃れようと顔を背けようとしたが大きな冨岡の掌が炭治郎の後頭部を包み込み動けなくなった。その間も冨岡の唇は噛み付くような荒々しい動きで翻弄して来る。
押し付けられた鉄の壁で逃げ場がない。

「ん、ふぅ、や、いや、」

ちゅちゅと時折吸い付く音を立て捻じ込まれた舌に炭治郎が驚き冨岡を掴む掌に力が入った。炭治郎の頬を手袋越しに熱い手が触れた。
湿気の多い冷たい電気室の中ではその手が心地よかった。

「あっ、んぅ、んっ」

口内で舌が絡まった。分厚い男のざらついた舌と吐息、そして生暖かい唾液が注ぎ込まれると炭治郎の体はガクガクと震えが止まらなくなった。あの夜を思い出すのだ。
優しいキスから始まって最後には膝が震えるほどのキスを教えてくれた。
冨岡の手が制服のスカートの中に差し込まて黒いタイツ越しに足に触れてきた。

「だめ、あぅ、ダメです!」
「炭治郎」
「だめです、仕事中、だめ」

今度こそ顔を背けた。そして冨岡の体を強く押し返した。
冨岡は自身の腕時計を見て頷いた。あと少しで休憩時間が終わる。自分はともかくアルバイトの炭治郎は戻してやらないと上司に怒られるだろう。
だが、その前に―・・・。

「やらしい顔をしている」
「えっ、」

冨岡は炭治郎の腕を掴みその手に何かを握らせた。
手の中には小さな銀色の輝く鍵だ。

「うちの鍵だ。先に帰って待ってろ」

炭治郎は掌に乗った鍵を見つめた後に、冨岡の顔を凝視した。

「俺に・・・?」
「ああ。俺は仕事に戻る」

襟や袖を正した冨岡は一足先に電気室を出て行ってしまった。
一人残された炭治郎は急激に熱を持ち始めた己の頬に触れて首を横に何度も振った。ひんやりとした小さな鉄の塊を握り締め、炭治郎は彼の真意が分からないまま高鳴る胸を抑えられずにいた。






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