ジェノス君の手はもちろん金属でできています。カーボンとかニッケルとか色んな金属の超合金だそうです。あ、超合金といってもロケットパンチは標準装備ではないんだって。飛んでっちゃったら困るからだってさ。へえー。
 そんな手が真冬の外気温にさらされていたのでした。


「手を繋ぐのはちょっと……」


 とお断りしたらジェノス君はそれはもうあっからさまにしょぼくれられました。なにも黒い白目ひん剥くほどショック受けることないと思います。

 口数まで少なくなってしまわれたジェノス君に申し訳ない気持ちも起こりましたが、なにぶん私も冷え性です。凍傷とか勘弁。

 でもジェノス君が落ち込むのは、もっと勘弁。







「というわけでジェノス君これをあげます」
「手袋?」
「手編みですよ」
「お前が編んだのか!?」
「他に誰が」


 何度も編み直してごわごわで不格好な青い手袋は、繋いだ記憶を頼りに作り上げたのでややジェノス君の手よりも大きいようでした。
 我ながらへったくそなてぶくろです。みっともない。
 だというのにジェノス君はびっくりしたような笑顔で機械の手に毛糸の手袋をはめてくれました。手をぐーぱーさせる様子は子供のようでかわいらしいです。なんて、巨悪に対峙するS級ヒーローに、おかしいですね。


「……大事にする」


 きっと本当にそうしてくれるんだろうなと信じられる、もういっそ切実な口調でした。

 たいしたものじゃないのに。いいのに。
 嬉しい。

 久しぶりに繋いだ手は手袋越しでも相変わらず固くて冷たいのが伝わってきました。
 とはいえ。
 満足です。







 なんて感じで距離が縮まったかと思ったのもつかの間でした。

 最近ジェノス君は私を放置プレイです。

 ならばこっちから出向いてやろうと思った次第です。サイタマさんちのインターフォンをぴんぽん鳴らします。とっとと出てこいやあ。

 そっと扉が開きました。サイタマさんであれば私に対する罪悪感とか欠片もないはずなのでもっと無警戒にばしーんと開くはずです。

 案の定、ものすごくしょぼくれた顔のジェノス君がそこにいました。
 おいこら目を合わさんかい。


「……すまない」
「いきなり謝られても」
「お前に合わせる顔がない」
「……別れ話ですか」


 ジェノス君はばっと顔を上げて、


「違う!」
「じゃあどうします。顔を合わせるのが嫌なら電話かメールにしますか」
「そういう意味じゃない」


 はあと吐いた息が空気中で綿飴のように白くなって散っていきました。


「……寒いよな。入れ」
「おじゃまします」
「おいコラ当然のように呼び込んだな。俺んちだぞ」
「はっ! すみません先生! 悪いが外で話すぞ」
「ちょちょちょちょっと待てって。そんな意地悪言う気じゃねえから!」


 招かれた室内はまあ冷暖房封印されているので暖かくはありません。風がないだけまし程度です。しかしそんなこたあどうでもいい。
 私たちは勝手知ったるサイタマ先生のお宅で正座で向かい合います。


「なぜ私を無視するんです」
「無視したわけではない」
「嘘です。一週間も電話も出ずに」
「……」


 だんまりですか。そうですか。
 サイタマさんがお茶を出してくださったのでありがたくちょうだいします。

 ジェノス君が重ったるい口をゆっくりと開きました。


「大事にすると、言ったろう」


 向かい合う私たちの間、レフェリーのような位置へサイタマさんがさも当然のように腰を下ろしました。いえ家主様ですしどこへいようと勝手ですが。


「……間違って燃やした」


 すまない、と消え入りそうな声とともにジェノス君はうなだれます。
 まったく。


「バカなんですかジェノス君は」
「すまない」
「どこに行くにも身につけてったとかそんな所でしょう。お子さまですか」
「すまない」
「いざ戦闘体勢に入ったら外す間もなくてでも一般市民を守るために急いで焼却砲放つ必要があったんでしょう」
「すまない」そこでジェノス君はハタと、「待ってくれ。なんでそんなことまで知ってるんだ。まさかとは思うが……見てたのか!?」
「なはずないでしょうが! 見なくてもジェノス君がなにしちゃったかくらい察し尽きます! それより、そんなことで私が怒ると思っているんですか」
「……」
「そこだけです腹が立つのなんか! 怒るはずないでしょ!」
「怒ってるじゃん」


 サイタマさん横やりやめてください。

 持ち込んだ紙袋をどかんとちゃぶ台にのっけます。と、ごろんと飛び出してきたのはオレンジ色の毛糸玉でした。


「……いいんですよ。何回でも作ります。今度はもっと上手に作りますから」

 ジェノス君が目をまん丸びっくりにしました。猫のようです。

 紙袋の中には選びすぎで選べなすぎて山とあふれた毛糸があるのでした。
 今度はきっと、もうちょっとましな手袋を作ります。

 ジェノス君の手をつかむと一瞬静電気にぴちりと打ち付けられました。冬をたっぷり蓄えた手のひらでした。


「私は、ジェノス君と手を繋ぎたかったから手袋を編んだんです」


 無抵抗に引っ張られて採寸されるジェノス君の顔は、なんだか泣いてしまいそうに見えました。


「それなのに会えなくなっちゃうんじゃ、意味ないじゃないですか」


 いいんです。手袋くらい。
 汚しても無くしても壊しても燃やしても。
 何回だって、作りますよ。


「……すまなかった」
「うん」
「つーかさ、」


 あっサイタマさんいまちょっぴり良いムードなので茶々は勘弁してください。


「ジェノスじゃなくてお前が手袋はめてりゃ済む話しなんじゃね?」
「はっ!」はっじゃありませんジェノス君。「さすが先生。名案です!」


 ……この二名に乙女心を解せというほうが無茶なのはわかります。
 が。
 ほんと、まったく!



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