肉食べたい人、集合ー。

 名前の一言は電話線を抜けてメールパケットとして送り出されSNSの吹き出しに姿を変えて駆け抜けていった。

 そういうわけで。
 花見の季節でもないのに河川沿いの公園はずいぶん人が多い。サッカーの試合に使えそうな広い公園を占拠して、そこいらじゅう折り畳みのテーブルやらレンタル品のバーベキューグリルをどっかんどっかん設置して、暑苦しい煙の中、むさくるしい男がげっらげら笑って肉を食って酒も飲む。
 こんなんでいいのか。
 正義のヒーローが。
 たまにはいいんじゃないか。
 特に理由もない催しで、この場に集まった総勢38名誰の誕生日というでもない、まさしくなんでもない日だ。バンザイ。
 のうてんきなくらいに快晴。


「名前、今日はすまないな」
「ごちそうになりに来たわ」
「おう、なんだこの大所帯。A級全員集まってんじゃねえのか」

 遅れてきたのは3人組で、もちろんA級ヒーローで、誰あろうイアイアン、オカマイタチ、ブシドリルのアトミック侍の弟子達だ。
 名前はかぶりついていたスペアリブの溢れる肉汁をこぼさないうちにジュッと吸い込んで、もぐもぐしながら紙の皿において、指先をなめつつ、

「おっす三剣士さんいらっしゃい。アトミック侍さんは? 来ないかった?」
「誘いはしたんだがな」

 それは残念。

「これ食べてちょうだい」

 オカマイタチが差し出したのはピクニックバスケットサイズのでっかいプラスチックケースで、上から緑ピンク黄色の三段箱の中には三角が整然と並ぶ。
 おお。

「おにぎりだ。握ってきてくれたの?」
「イアイがね」

 い、意外……!

 イアイアンがオカマイタチを肘で小突いた。言わなくていいとの言葉をつぐみこんだ、赤くてちょっと恥ずかしさが根っこにある険しい顔つき。

「やん痛い。私からはこれね、野菜」
「ありがとう。お肉じゃんじゃん食べて!」
「俺は手ぶらな!」
「よしドリル帰れ!」
「すまない名前、許してやってくれ」
「むう、イアイに免じて許す。お肉食べるといいよ」
「言われなくてもそうするぞ」
「よし帰れ!」
「……なんだかんだで持ち寄りパーティー状態だな」

 その通りだった。

 本当に肉を食うためだけに来た奴もいるが、大多数はなにかしら持ってきている。大して多くないテーブルにはペットボトル飲料やケースごとのビールやワインなんかのアルコール、クーラーボック詰めのゼリーは、誰が持ってきたのか手作りだ。
 ありがたくおもたせを広げて、いまや騒がしさは膨らみきって収集つけがたい。

 ので。

 面倒くさいやつらはしっかりした人たちに任せて、名前は喧騒と肉から離れたテーブルを陣取っているバネヒゲとスネックのナイスミドル会にそっとお邪魔することにした。

 椅子に座るとごく当然のようにバネヒゲに頭をなでられた。スネックが渡してきたのはテーブル中に散らばる酒のたぐいではなく、わざわざとなりにくっつけておいた卓から引き寄せたりんごジュースだ。

 とても子ども扱い。
 ……いや良いけど。

「名前さんはたくさん食べて来ましたか? 我々なんかはもう、肉をたくさん食べると翌日大変なことになりますからね」
「胃が、な……」
「スネックさんこないだの健診でもひっかかってましたもんね。誰が持って来てくれたのか知りませんがアルカリイオン水は胃に優しいそうです。どうぞ」
「名前くん……」

 ペットボトルをほいと渡されただけだというのにじぃん、と感激するあたり、スネックは結構呑んでいる。

「ああ、このあたりの飲み物はヘビィコングさんが持ってきてくださったんですよ」

 あやうく紙コップを落とすところだった。
 首を回して姿を探せばいつものジャングルルックじゃない、エプロン姿のレアすぎるへビィコングが見つかった。
 普段の見た目とは裏腹すぎる細やかな気遣いで、肉が一局集中しないよう立ち回って色んな所で焼いてくれている。主催者でもないのにピットマスターを引き受けてくれたらしい。
 すっげーいい人!

「食後に誰か飲むかとカモミールのティーバックも持ってきてくれています」
「じょ、女子力!? さっきのイアイと言いA級意外と女子力高い!」




 突然後ろからのしかかられた。
 それも二人に。

「いえーい名前食ってるか!? タケノコ焼いたぞ食うか!?」
「呑んでんのかー!?」

 返事をするより先に焼きタケノコねじ込まれた。しゃくしゃく噛みしだく名前は、絡まれた時点で平穏の享受を諦めている。

「こっちは男子力高いのね」

 男子力というか男児力というか……ダンスィ……!

「えっ、んだよ男前だってか」
「んなこといってないよスティンガー」
「まあまあお前もビール飲めよ。チューハイ? 甘い酒はあんまりないがなはははは」
「イナズマックスはもうその辺でやめなさいあっ新しい缶開けやがって」
「うぇーい!」

 うぜえ。
 ナイスミドル組みと名残惜しくお別れして、手を引かれるままにグリルの前へ連れてこられた。焼き色のついたあらゆる種類の肉が、油をきらめかせながら取り上げられるのを待っている。タレたっぷりの甘辛な香りが充満していた。

 食え呑めでかくなれと次々に盛り上げられた肉の皿を左、ビールとジンジャエールををちゃんぽんにした紙コップが右、こんなてきとーに混ぜただけのドリンクジンジャーガフとは呼ばせねえぞ。っていうか箸が持てないから食えねえよ。

「んじゃ今日は肉の日ってことで!」
「あーはいはい」
「かんぱあーいッ!」

 スティンガーの音頭でむりやりな乾杯が執り行われた。2方向からぶつかってきた紙コップに、名前のちゃんぽんドリンクがふっとんでこぼれてそれを見た二人がけたたましく笑う。おいそんなおもしろくないぞ。

 あれそういえば。

「トリオザバカ1人足りないけど。死んだの?」

 笑いは収まらず、収める気などそもそもなく、スティンガーは腹を抱えこんだまんまひーひー息をひきつらせながら

「んだよトリオって! 4人だとカルテットだぜ!」
「あっ私巻き込むの勘弁していただけませんかね」

 イナズマックスが後を継いだ。指差す先には芝生があってそこにちっちゃい男がうつぶせに転がっている。
 雷光ゲンジが、

「死んでる!?」
「イッキしたからなー」

 なるほど倒れながらしっかり握っているのは確かにピッチャーだ。

「ちょっとあんたそれ今パワハラで訴えられる奴だぞ!?」
「ちっげーしからかってたらゲンジが勝手に飲んだんだよ」
「オレンジジュース飲んでたからお子ちゃま扱いしてたらキレた」
「ああっこいつらデリカシーがねえ! ゲンジにちびっこネタは原則禁止だろう!?」
「それは名前もだろー」

 アルコールくさい息を上から吐き散らして、イナズマックスが名前の頭を撫でた。というか手のひらでぐりぐり押した。ちっちゃいちっちゃいという手つき。

「うっせーばーかやめろ!!」
「おいこらお前らいい加減にしろ。名前が困っているだろう。名前もだ。言葉遣いは気を配らないか」

 見るに見かねて助け舟が2艘来た。
 ブルーファイアとテジナーマンだ。どうやらアルコール分は摂取していない。素面と言うだけで頼もしくてしょうがない。

「よかった良識ある人たちだ」
「なんだよー名前俺たちは非常識だってのかー」
「生意気いいやがってー」

 のしかかったスティンガーにつぶされて、名前は「ぎい」と泣き声を漏らした。すぐさま背中が軽くなる。めんどくさい奴はブルーファイアが引っぺがしてくれたらしい。

「おい」
「ひょわ」

 おもしろい悲鳴を上げたスティンガーに、身の毛もよだつお説教タイムが始まろうとしている。同情の余地など一欠片もない。


 2艘目の船は目元を隠していてもわかるにこやかさで、

「名前さんお招きありがとう。ゲンジなら今フンドシが横になれる所へ連れて行ったよ」
「あー助かるー。あ、そうだせっかくだしテジナーマンさんなにかやりません? そこかたせばステージみたいにできますよ」
「いや……」

 テジナーマンにじっと見つめられ、名前はその意図の読めない視線に困った。
 ふいに差し出されたのは手のひらで、やはり意図が読めず困る。

「受け取って」

 手品?

 横にいたイナズマックスに両手の紙食器をおしつけた。ごちゃごちゃなにか言ったが無視を決め込んで、名前は空いた手を差し出す。なにかな、ちょっとわくわくする。

 テジナーマンの手は空で、たしかに何もついていなかったのに、

「!」

 まるきり魔法だ。
 目だって逸らさなかったのに、すばやく動いたテジナーマンの指先には小さな花を一輪咲いていた。つぼみから開き始めた赤い花はまだ弁を重ねていて、握りこんでいたはずなのにしおれてもいなければしわだってない。
 もちろん受け取った。

「すごい」
「まだまだ」

 両手で花を掴んだ名前の手の真下、花の茎から、テジナーマンの手を後ろへ引く。
 紐つながりの国旗がずるずると引き出されてはためいた。
 
「おおお……」

 覗きこむイナズマックスがうめくような感嘆を漏らした。
 最後まで国旗を出し切ってにこりとするテジナーマンに、名前だって笑顔になる。なんだこれ、種もしかけもいかにもあるけどすごい。
 テジナーマンが指を鳴らすと最後の魔法が起きた。
 ぽんっとはじける音を立てて、つぼみが花に咲いたのだ。

「わあ!」


 ひざをおってかしずくテジナーマンは、驚いた後うれしそうにどことなくくすぐったげな笑い顔になった名前へ向けてほのぼのとほほえんだ。

 余談ながら、イナズマックスも顔にくぁwせdrftgyふじこlpと書いて驚いている。酔っ払いはなんにでも驚く。




 ところで。

「なんで急にバーベキューなんだ」
「あータンクトップベジタリアンさんにはきついですかね、すんません」

 野菜のパワーで戦うらしいが、タンクトップ下の隆々な筋肉は動物性たんぱく質の力を一切借りずに作り上げられたのか。だとすれば相当すごい。

「まー別にいいぜ。焼き野菜もサラダもあるから」

 呟きながら焼きのとうもろこしをいともたやすく手で割った。半分を名前に差し出してもう半分をがぶっと食らう。
 名前も倣う。手のひらについたしょうゆの焦げさえ香ばしい。
 こそげるように歯を立てる。芯から外れるコーンの1粒ずつに、熱々のあまい汁がぎゅっと詰まっていた。仁王立ちのムキムキのとなりで、一緒に仁王立ちでもしゅもしゅ噛む。甘しょっぱい。

「昨日怪人倒したんですけどお肉やさんで暴れてて。でも残念ながらお店の冷蔵倉庫は壊されたあとで……お肉ダメになっちゃうからって」
「くれたってのか、得したな」
「いえ買いました」
「!?」

 タンクトップベジタリアンが目を剥いた。そりゃびっくりするだろう。
 名前だって「買ってくれ」と言われたときにはそれはもうびっくりした。が、おっさんの涙目に勝てなかったのだ。
 ちなみにカードクレジット署名をする手はぶるぶる震えた。怪人と戦うときより遥かにぶるった。

「うん、まあ、うん。……うちの冷凍庫じゃあ限度があるしね。じゃんじゃん食べてくださ……あ、」
「悪いな、ベジタリアンで、マジで……」

 そんなにしょんぼりしなくてもいい。




「こんなに集まるなんて思わなかった」

 そろそろ夕日に沈む狂乱を眺める。貰った一口サイズのお団子をもぐもぐする。
 別にお供探しにもってきたわけではないらしいきび団子を自分でも食べながら、モモテリーもうんとうなずき、

「見事A級ばかりでござろう。我らの派閥を超えた仲間意識は素晴らしい」
「こういう風に揃ってみんなで〜ってやってるの私らA級ぐらいみたいだもんね」
「ああ……C級は人数が多すぎるからか」
「ノルマもあって忙しいもん。B級だとフブキ組はフブキ組のくくりで仲良しみたいだけど、それ以外はね」
「うぬ」
「S級は個人主義が多いし」
「しかし我らの仲とて、名前殿というきび団子なしには結びつかないだろう」
「やっぱりそうだよねー」

 名前はわざとらしくおどけて、でもバレバレな位に照れている。ちょっとだけ入っているアルコールも夕日も関係なしにほっぺたが真赤だ。





 公園の外に長くて黒い車が停まった時点で察しのよさを見せた者も何人かいた。揃って嫌な顔をする。

 しかして、ベンツから降りてきたのは野外で肉を食う集まりには似つかわしくないスーツにストールに輝く革靴の、


「アマイマスクさん来てくれたんですかっ!?」
「たまたま近くを通ったものだから。久しぶり、名前」

 思わぬ1位の登場に場の空気ねじくれた。

(おい誰だよあいつに連絡取ったの)(知らん、っていうか誰だアマイマスクの連絡先知ってたの)(俺知らない)(拙者も)(私もです)(俺もだ)(俺も)(あいつ名前だけに連絡先教えてやがったな……!)

 その通り。

 たった一人てらいなく尻尾をふる名前に、いかにも面白くなさげな視線が向けられた。

「ふふ。名前、口元」
「えっ!」

 食事をしていて口元との指摘。指すのは『食べかすついてるぞ下品だな☆』の一つ限り。
 急に女じみた顔をして、わかりやすく恥ずかしそうに顔をこすった。

「今の今まで汚れなんて一切に気にしていなかったくせにな」
「だいたい手で擦ってる時点でダメだろ。ハンカチ持ち歩いてないのももろバレだぞ」
 外野のダメ出しはもっともだ。

 イケメン仮面はその上を行く。

「そっちじゃない、顔をこちらへ向けてくれ」

 わざわざ。
 近づける必要もないくせに顔を寄せて、あごまでつかんで、誰の目にもマジでキスする5秒前。
 赤面する名前の唇の下を親指で擦った。
 拭った指先をわざわざ舐めて、

「ごちそうさま」

 えろい。あまりのえろさに抵抗性のない名前がぶったおれそうに目を回す。

「たくさん食べて強くなるんだ」
「は、はあ……!」

 そして。
 さらにわざわざ、イケメン仮面は名前の腰に手を回し引き寄せると、さっきまで近づけていた顔ではなく、つむじに唇を一つ落とす。

 いかにもこともなげに、すいと身を離した。

「じゃあ僕はこれで」

 つむじを大事そうに押さえて余韻にうつむく名前は気づかない。
 2位から38位までに笑みを回すアマイマスクの、いかにも挑発的なその顔つき。
 そしてそれに返されるまちまちの、およそプラスとはいいがたい感情のこもった2位から38位までのあらゆる目、及び目、そして目。





「やっぱかっこいいよ〜生だと迫力がぱないよう〜!」

 後ろから肩をがっとつかまれて、

「おい名前」

 いやな予感がする。
 名前はオイル不足なロボットの動きでぎしぎし首を回す。
 後ろにぴったり寄り添った、実に嫌な笑顔のスティンガー。

「胴上げだな」
「なんで!?」
「うるせえ胴上げだ胴上げ! 肉のお礼だ胴上げだあ! そーおれい!」

 ほんとうに持ち上げられて放り上げられた。
 いつの間に起きたのかわからない雷光ゲンジやゴールデンボールや、その他色々な手が便乗してぼうんぼうんに放り投げられた。

「ぎゃあーやめろ下ろせ!! イアイ助けて! あれなんで目そらすの!? じゃ、じゃあカマさーん!」
「ちゅー良いわね」

 うらやましいと呟くオカマイタチはむしろ少数派なのに、当の名前はそんなことわかりやしない。

「あれそういう!? みんなアマイマスクさん大好きすぎる!!」
「違うってバカ! ほおれたかいたかーい!」
「うぎゃー!!」





「はー今日は疲れた。それにしても胴上げは怖かったな……あれ、デスガトリングさんなにやってるの? 皆もう帰ったよ」
「なに、ゴミ掃除だ」
「あ、マジなゴミ掃除の方だ比喩じゃない。流石イケメン」
「……」
「デスガトリングさん?」
「名前は」
「はい」
「罪作りだな……」
「なにが!?」



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