早くてうまくて量が多い、そんでもって安いが売りの弁当屋なのである。
その上配達までやっている。
アトミック侍さんの道場はお得意様なのである。
駐車場のいつもの場所にバンをとめた。
運転席から降りて、名前はうんと背を伸ばした。武道場からは男くさい打ち合いたたき合い気合いの発し合いが響く。実に威勢良い。
白い体にカッティングステッカーで店名に住所に電話番号に「おなかいっぱい!とスマイル!をお届け(あろうことか最後にハートマークが入っている)」という頭の悪いキャッチフレーズが貼られた車の尻扉を開いた。大量のコンテナと、その中の更に大量の弁当が詰まっている。
引きずり出して「うんせ」の一声で一気に持ちあげた。
玉砂利と飛び石の一本道が正面玄関へ続くが、勝手知ったる常連配送先で名前は道から外れてずかずか庭に入る。打ち合いたたき合い気合いの発し合いの方へと進み、雨戸も障子も開けはなった長くてドデカいに縁側から、
「こんにちはー毎度ありがとうございますまんぷく弁当ですー」
声をかけた。
庇の下からは板張りの道場がはじまっていた。
あっちで乱打ち、こっちでは一対多の集団打ち。
いくつか分かれた集団で、各組を取り仕切り稽古をするのはテレビでも姿を見ることの多いA級ヒーローだ。
それにしても。
着流し浪人はわかる。侍っぽい。
スカートってどうなの。プリーツスカートだから一瞬袴にも見えるのだけれど。
西洋甲冑ってジャンルが別じゃないの。背後の掛け軸や生け花から違和感増し。竹刀を持っているところで違和感さらに増し増し。
剣術集団のボス侍がようやく名前に目を向けた。白い綿毛がくっついた竹棒で耳をほじりながら、
「おう来たかお嬢ちゃん」
「そんな年じゃありませんよ、アトミック侍さん。受け取りサインお願いします」
縁側にずどんと弁当コンテナを置いた。いや重たい。道場全員分の腹を満たす分量だ、ものすげえ肩にクる。
おお、とあごをかきながら、
「俺は今手が放せねえなあ」
耳かき片手でしれっとのたまう。
なぜ、めちゃくちゃにやにやしているのか。
「イアイ!」
一対多に声をかけた。
多――四方八方から一本を狙う袴達の乱れ打ちをことごとくいなす一――イアイアンがアトミック侍に答える。スキありとばかりの背中狙いを片腕だけででたやすく払いのけて、
「はい師匠」
「任せる」
「……」
イアイアンが名前を見た――睨んだ。目の下に皺が寄っている。眉もないのに眉をひそめる。
竹刀を左の手に。刀身を腰へ。
片膝を落としたイアイアンに、門下生の一人は今から自分達が一撃で倒されることを察した。
「イ、イアイアン殿それはっ」
セリフまで切る居合い切り。
走らせる鞘さえないのに、十分すぎる速度で抜刀された竹刀が回る。
有象無象のBからA級の袴がぶっ飛んで床板に転げた。防御もゆるさない攻めと受け流しもできない守りはまるで日朝の子ども番組だ。力の差がありすぎるせいでやらせじみて見える。
「各自自己反省のち型の確認だ。手を抜くな」
こわー。
口に出しちゃいないというのに、イアイアンはギロリと名前を見た。
こっわー!
しかし名前はまんぷく弁当なのである。「おなかいっぱい!とスマイル!をお届け」なのである。
「こんにちはーいつもお疲れさまです! こことここにはんこかサインお願いします!」
伝票と一緒に、自画自賛したくなる営業用スマイルを差し出した。
「……」
まったくの無反応、無言。
こわ!
「……はいこちらお客様おひかえでございますご確認お願いしまーす」
「……」
イアイさんは受け取り伝票の青い字を確認しようともせずにじっと見てくる。
眉間にあらん限りのしわを集めて。
なにやら言いたげな顔で。
だから、こわいって!!
「に、」
「に?」
に、二、2、煮、荷。
……なんだ?
「……にくじゃががうまかった」
にくじゃが。
配達しているのは日替わり弁当で、昨日記憶をほじくれば確かに肉じゃがが入っていたような気がする。
なにはともあれお褒めにあずかった。
「ありがとうございます。じゃあ今度また入れますね」
「……ああ」
帰ったら調理のおばちゃんに伝えよう。喜ぶだろうなー。
くるりと背を向け名前から離れるイアイアンに颯爽とオカマイタチが近づいていく。やはりにやにやしている。
なにやら二言三言話して、オカマイタチが急にこちらを向いた。
ばちこん☆ とウィンクの一撃を貰う。さすがの名前も笑顔がひきつる。
○
「イアイにしてはがんばったわね」
「うるさい」
「でも配達担当でしょあの子。お弁当作ってるのは別の人なんじゃないの」
「……!」
「ふふ、甘いわね。さっさと花でもプレゼントして甘い言葉でも一発伝えてきなさい、女の子はそれでイチコロだわ。……ちょっとイアイ、目力ヤバいわよ」
「うるさい」
「あ、あの子コケた」
「なにっ!?」
○
「いった、」
ちょっと足がもつれた。
良い年して転ぶなんて恥ずかしい。いえ別になんでもありませんよという顔で名前はさっさと立ち上がる
「大丈夫か!」
「え」
……つもりだったのだけれど。
ひらりと縁側を降りて甲冑がっちゃんがっちゃんさせながら駆け寄られた。
虚をつかれた名前はひざを突いたまま身動きがとれず、ものすごく焦った顔のイアイアンを見上げた。
「怪我はないか。とりあえず上がれ、手当しよう」
「え、いえあの、大丈夫です別に血が出てるわけでもないですし」
ほら、とついた手のひらを挙げて見せた。砂で汚れているものの、すりきずひとつない。
「……そうか」
やっぱりヒーローだなあ。
感心する。勝手にコケた一般市民を気にかけるなんて。
なにやら一瞬の逡巡ののち、手まで差し伸べてくれた。
余裕げに見えたが一対集団はやはり体力を消耗するのだろうか。
随分あたたかい手だった。
「ありがとうございます」
名前は笑う。
イアイアンはぐっと、物でも詰まらせたような表情をする。顔まで逸らされた。
営業用スマイルは嫌いなのかも、と思う。今のは本心から出たんだけれど。
「その、」
顔を逸らした先、たまたまそこに生えていたからというただそれだけの理由でツツジが一本折られた。
花どころか葉までついた、結構でっかい枝だった。
差し出された。
「?」
「……」
くれるんだろうか?
受け取る、が、意図が読めない名前はもの問いたげに首をひねらせた。
酸欠の赤金魚のようなイアイアンの背中、いつのまにやら縁側に集結した門下生から「がんばれー!」と野次が飛ぶ。
「っ! 休憩はまだだぞお前達!」
逃げるように振り返ったイアイアンの一喝で、門下生達は笑いながらも大急ぎで修練場へ走り戻る。
イアイアンは背を向けたままで名前の方へ顔だけ向けて、
「名前、さん」
「えっ」名を知られているなどと思わなかった。「はい?」
そっぽを向いて、言う。
「……花が、似合う」
走らず急がず、イアイアンは落ち着きはらった歩みで縁側へ上りそのまま去っていく。
「………………!?」
枝ごとのつつじを片手に、混乱する名前だけが残された。
○
「おいイアイよ、最近元気ねえぞ。どうした」
「やだドリルったらイアイの話題で私を嫉妬させようって腹なの?」
「切っていいか?」
「……」
「ツッコミもねえ」
「重傷よ。なにせお弁当のあの子が笑いかけてくれなくなっちゃったんだものねえ? 前は目が合う度ににっこりしてくれたのにね? イアイったら目力やばいったら」
「……顔を洗ってくる」
「……イアイは鈍いな。いい兆候なんじゃねえか」
「ふふ、そうねー」
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