▼ 23
仕方がないことだ。
だってちょっと前まで本当にひどかったから。
「烏間さん、太りました?」
軍法会議ものの質問である。園原雀の問いにはこれという悪意こそ見えない。見えなければいいというもんでもない。
烏間だって真意を計りかねた。謀反か。いい部下だと思っていたのに急に後ろから刺された。なんじゃこりゃあ。
「……は?」
ただの一文字の返答にあらゆる感情がこもっている。ようやく自分がなにを言ったのか自覚が沸いてきた園原の顔面に斜線が走った。上官に対する不敬の罪で営倉行きに処す。なお烏間をデブ呼ばわりした罪を上乗せして、ここは一発銃殺刑。
真っ青な顔が慌てに慌てて、書類をまとめたブリーフケースをひっくりかえしかける。ものすごい勢いで頭を下げて、
「もっ、申し訳ありません失礼なことを! 烏間さん一時期に比べて顔色が良くなられましたし頬コケやささくれも収まっているので食生活に変化でもあったのかという意味で!」
「……」
げんこつ一発で勘弁しては貰えないだろうか……。
これ見よがしに差し出す脳天に、拳はいつまでも降ってこない。怒鳴りもしないしその他のあらゆる反応もない。
おそるおそる顔を上げた。
「烏間さん?」
驚いた。
笑っている。
なにかいいことでも思い出しているような、身の内の幸福感がどうしても押さえきれずに染み出してしまったような微笑を浮かべている。
言い換えれば、すごくにやけてる。
太ったなどという失言、てっきり怒られるものとばかり。
「もしもし」
「今終わった」
「おつかれー」
車に乗り込みながらスピーカーフォンをオンにする。キーを差し回しライトを着けた。
「ごはんは?」
「あるのか」
「あるとも」
またぞろ、雉島はボールを拾ってきた犬の顔をしているんだろう。
「貰う」
「合点だ」
「なにがあるんだ?」
「昆布とかの煮物」
「ああ」
「水菜と豆腐のサラダ」
「ああ」
「肉」
肉。
「のなんだ」
「やっぱ肉には食いつくなあ……一応チキンステーキだけど」
「そうか」
「食べるの?」
「当たり前だ」
「こんな夜中なのになあ。太るぞー烏間君。……え、ちょっとなに笑ってるの」
「いや」
されたばかりの指摘を思い出す。
太ったと言われたのに、むしろちょっと嬉しかった。
「かまわない」
「私はかまうよ?」
ハンドルを切った。
prev / next