▼ 21


 どこもかしこも油染みたラーメン屋だ。元は白かったはずのコピー紙に手書き文字のメニューはすっかり茶色い。真っ赤に塗られたカウンターにどんぶりを仲良く二つ並べて、烏間と雉島もカウンターの丸い座席に尻を並べている。


「十年ため込んでたから、そりゃあね」


 雉島の居直りはいっそ見事だった。レンゲで醤油スープを飲みつつ昨日の天気について話すようななんの気なさで、


「烏間君はまあ大体誰かの恋人だったり別れた直後だったりしたワケだし、下手なこと言って意識されちゃったりしてさりげなく距離置かれちゃったりするくらいなら黙るよ、そりゃ。烏間君が彼女に浮気されて落ち込んでる時とか、よっぽど言いたくてしょうがなかったわ。一挙一動格好良い。良すぎる、困る」


 太縮れ麺をことさら勢いよくすすりながら、烏間はその弁明になんらリアクションを返さない。というか、反応できない。困るのはこっちだった。


「わりばしを丁寧にまっすぐ割れる几帳面さが好きだよね」


 ぐっとのどに詰まった。
 だよねじゃない。なぜ同意を求める。

 横目遣いに見やるとこちらと同じように麺をたぐっている。もぐもぐ噛みしだきながら耳から流れ落ちた髪を邪魔くさそうにかきあげた。
 なんだそのしれーっとした顔は。

 先日の一件以来雉島はすっかりばか素直になってしまって、隙を見てはやれどこがかっこいいのどこが好きだの、びっくりするほどさらりと口にするのだった。
 友人としてそばにいながら烏間への好意を膨れ上がらせ、しかし迷惑を気にして十年もの間感情をため込み続けて、恋人になるという大規模異動が起きたものだから歯止めが聞かなくなったらしい。ダムが決壊したということか。


「あ、烏間君野菜水餃子食べときなさい。緑黄色五種だってさ、ほら」
「お前はやたら野菜を食わそうとしてくるな」
「烏間君の食生活絶対めちゃくちゃだもん。時間気にせずインスタントとコンビニでしょ。で、炭水化物とタンパク質ばっかであとサプリでしょ」
「……」
「手見ればわかるよ。ささくれだらけだ」


 雉島の推理はばっちりその通りだ。インスタントとコンビニ、ついでにハンバーガーを主力として活動している。


「私あれだから」
「なんだ」
「烏間君を長生きさせ隊の隊長だから」
「なんだ!?」
「お野菜食べんしゃい」
「……そういう雉島はどうなんだ」


 競うような子どもじみた口調で、雉島の食生活のアラを探す。深夜のラーメンに付き合ってくれるくらいだし酒もよく飲むのだ。実際の所は似たり寄ったりなんじゃないのか。
 が、


「いや、私自炊するからね」


 初耳だ。


「烏間君の深夜ご飯に付き合った次の日なんか、エセ精進料理よ。そもそも普段から野菜いっぱい食べてるからね」
「得意なのか、料理」
「人並み」
「知らなかった」


 そんなことも知らなかったことに実の所ちょっとショックを受けていた。


「言ってないもん」
「なんでだ」
「見込み無い片想いの相手に料理できますアピールなんて、みっともなすぎてできないよ」
「……」
「やっとこういうことも言えるのよねー。今度ご飯作りに行きたい。行かせて。行きます。行くとき、行けば、行け」
「活用するな」


 冗談めかせた口調の根元が不安なのがわかる。またぞろ、迷惑じゃないかだの負担になってないかだの思い悩んで探りをいれているんだろう。
 精一杯装った平静に乗った。


「こっちから頼みたいくらいだ、来てくれ」


 身構えるような緊張をほどいて、その流れのようにやはり涼しい顔で、


「うん。ああ、烏間君好き」


 ぐっとのどに詰まらせた。

 カウンターの向こうで店のおやじがにたにたしている。見回さなくても他の客だって何人かは確実にバカップル丸出しの会話を聞いているに違いなく、恥ずかしいからやめろと止めたいのも本音だ。
 とはいえ、ストレートど直球になってしまうまで我慢に我慢を重ねさせたのは他ならぬ烏間なのだ。今まで随分雉島には苦しい思いをさせてしまった。罪滅ぼしというつもりはないが、この程度の恥ずかしさ、甘んじて受け入れよう。

 熟年カップルじみた風体でその実つきあい始めて一ヶ月も経っていない二人が、実に息のあったリズムで麺をすする。


prev / next

[ サレ臣 ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -