▼ 13

 いつから。
 雉島の、好きな奴。
 十年に及ぶ片思い。

 雉島は、烏間君だよ、と言った。

 それは、いつから自分だったのだろう。

 雉島は、終わりにする、とも言った。

 意図がよくわからない。
 俺はまだ返事をしていないのに。
 どう返事をすればいいのか、思いついてもいないというのに。

 雉島が好きなのは俺らしい。確かに雉島の好きな奴の話はぴったり烏間に当てはまっていた。
 でもそんな、自分だなどとは思っていなかった。

 なんで俺に俺の話をしていたんだ。
 そこがわからない。ずっと意識をぐるぐるさせている。







 迷いはあった。思い返せば自分は恋愛相談など雉島以外にしたことがない。そもそも相談だってさほどしない。されたことはあるけれども。

 体育の授業にかこつけた。


「一人片づけを手伝って貰おうか」


 学級委員二名を筆頭に、何本かの手が即座に上がった。好意と積極性だけありがたくいただいておこう。
 烏間の狙いはとっくのとうに決まっている。


「一人でいいんだ。そうだな……今、」


 腕時計を確認するポーズ。今何時何分かなど自分の体内時計を正確に駆使してわかっていたくせに。


「二十二分か。出席番号二十二番。残ってくれ」


 3年E組の出席番号二十二番、前原陽斗はええっという顔をして烏間を見上げる。







「ということがあったんだが、前原君、君ならどうアドバイスする」


 殺せんせーボールが一杯に詰まったコンテナ二箱をかついで体育倉庫へ向かう途中で切り出した。
 同じコンテナを一つ抱えて、烏間を見る前原の目にはどこか胡乱気な色合いがある。


「……や、まー。彼女いたんでしょう、あー……その男性には」


 その男性、が指すのは無論烏間のことだ。が、知り合いの部下から受けた相談を又話ししているという提で話を進めている。
 あんまりみっともなくて本当のところなど話せやしないのだ、正直なところ。


「そいつだって良い年だ。多少の経験はあって不思議はないだろう」
「遠慮してたんじゃないすか。っていうか、その女の人が近くにいるのに彼女作ったから脈がないってずっと思ってたんじゃ」
「それはあいつがずっと好きなやつがいるなんて言うから……!」


 しまった。
 背中にイヤな感じの汗が流れる。
 自分のことのように反応してしまった。いや自分のことだがあくまで知り合いの部下の相談という、そういうことにしておきたい。


「とそいつは言っていたが」


 微妙なタイムラグがあった。
 梅雨の件だって二股まがいをかけていたくせに、前原の反応は予想よりも誠実だった。


「その女の人の気持ちを受け入れられないなら、ちゃんと断ったほうがいいと思いますよ。俺は」
「……疎遠になるんじゃないか」
「疎遠になって困るなら付き合えばいいじゃないですか」
「その気もないのに不誠実な真似はできない」


 タイムラグと背汗再び。


「違う。不誠実な真似はさせられない」


 好きと言われてつき合う。
 思い返せば自分の恋愛はいつもこれだ。つき合ってみて、それなりにうまくやっているつもりなのにいつの間にか関係は悪化していていつの間にか別の男ができている。
 雉島とそんなつきあいをするのは絶対にごめんだ。雉島にまで裏切られてみろ。余生、女を信じることなど不可能になるだろう。間違いなく。


「ていうか、」


 雉島だって言っていただろう。「好きでいて貰いたいなら好きになった人とつき合わないと」と。

 好きになった人と、

 のどに物が詰まったような違和感があった。
 雉島。


「から……こほん、男性の方だって、その女性のこと好きなんじゃないんですか?」


 先回りで言葉にされてて、あと一歩のところで転ぶところだった。取りこぼしかけたコンテナ二つをバランス崩した体勢から見事にキャッチする。

 烏間は目をしばたたかせている。

 あくまで涼しい顔は崩していないつもりらしい。が、前原の呆れきった視線にも気づいちゃいない。

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[ サレ臣 ]



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