だるまよ転べ(まりも様2万HIT)


ある夏の日の事だったろうか、何度も彼も彼の祖父もエンジュへ自分の住んでいた家に訪れていたものだからいくつの頃の思い出かはよく解らないがそれでも特別な事柄だったとは記憶している。こんな晴れた青空の涼しい風の吹く午後の出来事、発端は彼――ミナキ君の一言だった。


「マツバ、この前からなぼく、へんな人にひっぱられるんだ」
はなれの縁側で足をぱたぱたと揺らしながら何ぞ気無い風に報告してくる友人にマツバの肝は急激に冷える。まるでここに来るまでにポケモンの群れに会ったんだと言う世間話の一つのふうに口にしてるがとんでもない事だと幼い自分でも解る事だ。
「ミナキくん、だいじょうぶなの?ジョーイさんにはいったの?」
「それがおかしいんだ、ぼくいがいの人に言ってもそんな人いないって言われるんだぜ?あんな真っ黒な人がみえないなんておかしいよ」
おじいさまも見えないって言うんだ、でも
「ぼくのみまちがいとかじゃない、きのうも夕方あそんでたらうしろに引っ張られたし真っ暗な所にいれられかけたんだぜ!」
だからびっくりしてにげたんだもん、ハネッコだって見てるしうそじゃない。
尻すぼみになる言葉と共に俯きながら半ズボンを小さな手で握りしめるミナキを見つめるマツバは考え事をする様に首を傾げつつも、ミナキの言葉を肯定した。
「ぼくはミナキくんの言うこと信じてるよ」
「マツバっ」
「あまり一人でお出かけしないほうがいいよ、エンジュにいるあいだはぼくの家にいるといいと思う。お父さん達もさんせいしてくれると思うし」
「マツバの家にお泊りしてもいいのか!」
「旅館のほうがいい?」
ぼくはエンジュ生まれだし旅館は入ったことないけれど、ミナキくんとおじいさんはエンジュにくる時はいつもそこに泊まるからすてきなところなんだろうな。そう思っていたからきいたらミナキくんは首を力いっぱい左右にふって旅館よりマツバの家がいい!と大きな声を出した。
「おじいさまもきっとよろこぶからぼく、旅館にもどったらおじいさまにお願いするぞ!」
なハネッコ?マツバのゴースと戯れていた自分のポケモンに声をかけ手招きして自分の膝に乗せると、ミナキは嬉しそうにハネッコを愛でる。
「エンジュにくるのも旅館に泊まるのもたのしいけど、ほんとうはマツバの家でお泊りしてごはん食べてべんきょうして、ねるときたくさんお話ししてってするのがすきなんだぼく」
「……ふーん?」
「あ、しんようしてないなマツバ!ぼくはうそはつかない男だぞ!」 
「うんうんそうだねミナキくんは正直者だね、ポッケにばくちくいれてないぞって言いながら転んだときばくちく飛ばしてくる正直者だね」
「マツバ!この前のアフロじけんまだ怒ってるのか!?それはごめんねしたじゃないか!!」
「おとなの人たちみんなに未だにアフロこうりん!って言われるぼくの身にもなってよ」
「アフロこうっばぶっ!」
アフロにしてしまった友人の姿を思い出したミナキは一瞬たりとも耐えきれずに噴き出し腹を抱えて笑い転げる。対してされた当人は全く面白くもなんとも無いと言う思いをこめてミナキの脛に鋭いローキックを放った。すぱん!と小気味よい音が間断なく繰り返されるにつれミナキは立つ事も儘ならなくなるがそれでもマツバは蹴るのを止めない、ミナキが謝るまで!蹴るのを、止めない!
「ごめ、いだだだだだいだいですマツバいたいですごめ、あだだだだだだごめんなさいごめんなさい!!もう笑わないからおしりおしりがわれるっあだだああああ!!!!」
「ミナキくん、おしりはとっくに割れてるよ!」
そんな主達のやりとりに興味が無いのか日常なのか、手持ちのポケモン達は横目でちらりと見てまたすぐ眠ってしまう。お前等助けてよーと言うミナキの悲鳴は長閑な日和にとかされ聞こえないものとされていった――

友人との楽しい時間はあっという間に過ぎ、赤々と染まる夕日を背にミナキは帰路を急ぐ。おじい様はもう旅館にお戻りになっているのかな?今日の夕ご飯はなんだろう?明日もマツバと遊べるのかな?遊べるなら追いかけっこがしたいな。取り留めのない明日の予定と言う楽しい未来で頭がいっぱいだったミナキの視線の先にふと黒いものが掠めそれと同時に背中をさーっと悪寒が滑り落ちるのを感じる。
見たくない、でも眼だけはその嫌な黒い影の方へ動いてしまう、その黒いもの――黒い人が自分の方へ来ないか不安で堪らない。ポケモンも黒い影を睨んで唸ってる、だから早くお宿に帰らなきゃいけないのに目が離せない足が動かない。動かなきゃ帰らなきゃ、ミナキが自分に言い聞かせている内に黒い人は緩急をつけて一歩ずつ近づいてくる。
そしてそれが手の様な何かをミナキに伸ばしその細い腕に黒いものを巻きつけて暗がりに引っ張り始めたではないか。先日のあの真っ暗な驚く程に冷たい場所を、そこに押し込められそうになった恐怖を瞬間的に思い出したミナキの体は硬直が解けまるで火がついたかの如く泣き出す赤ん坊の様に大きな声で鋭く叫んだ。
「はなせっはなして!!」
死に物狂いで黒く怖気が走る程冷たい手を振り払い、ミナキはポケモンに前後を挟まれながら走り続け必死の思いで宿に辿り着き縺れる様に部屋に飛び込んだ。部屋で読み物をしていた祖父は何事かと顔を上げて自分を見つめてきた。
その祖父の姿に安堵しそれと同時にあの恐怖が襲ってきてこわい、こわいと祖父に抱きつく。どうした?怖いものでも見たのか?また引っ張られたのか?優しい問いかけに答えられず唯唯恐怖を薄める為に祖父の腹に頭を押し付けこわいこわいと呻き続ける。ここにあの黒いのが来たらどうしよう、ポケモンや祖父まで襲われたらどうしよう。不安が不安を呼びこの日は祖父の布団で一緒に寝たがほとんど寝られなかったし次の日も祖父の傍から離れられなかった。一人になったらまたあの黒いのが自分を何処かに連れていこうとするんじゃないかと思うと恐怖でミナキは竦み震えあがる、カントーに帰るか?と祖父に聞かれてもそれにすら頷けなかった。
旅の途中で襲われたら?自分はおろかあまつさえ祖父やポケモン達も襲われてしまったら?誰にも気付かれずあの真っ暗に取り込まれてしまったら?恐怖は様々な妄想をミナキにもたらし、心を不安一色に染め上げる。日に日にミナキは恐怖と悪夢に縮こまりエンジュどころか旅館の中から出る事も怖がるようになった、祖父が何度聞いても理由を口にせず唯こわいから外にはいかないの一点張りでポケモン達も何かを警戒しているが誰にもその正体がつかめないまま徒に時間は過ぎていく。
ミナキが部屋に閉じこもりだしてから三日ほど経っただろうか、部屋の隅で膝を抱え祖父の帰りを唯只管待っているミナキの元に三日前迄毎日の様に顔を合わせていた人物が姿を現した。
「ミナキくん」 
「ま、マツバ!どうしたんだ?しゅぎょうはいいのか」
家の決まりかなにか、マツバはあまり出歩かない。本人に聞いても濁しはぐらかされるのでミナキにはよく解らなかったがそんなマツバが自宅から離れた場所にある旅館に顔を出すなんて初めての行動は目新しく特別で、何かあったのではないか?と言う疑念を抱かせるがマツバは何時も通り日々の出来事や取るに足らない話をしてからねえミナキ君、とまるで秘密を打ち明ける様にひっそりとミナキを誘う。それも本当に些細な、子供心に浮かれるやりとりの一つでしかない小さなお誘いだったがそれを聞いたミナキの心はこの数日が嘘の如くぱあっ!と光射し明るさに満ち溢れたる。
「きょう、うちでご飯食べていってよ」
「いいのか!?マツバのお家はそーいうのきびしいんだろ?」
「ミナキくんはいいって言ってたよ、それにミナキくんのおじいちゃんもいっしょだって」
「そうか、じゃあおじゃまになるぞ!」
マツバとごはんを食べていいなんてはじめてだ!マツバのお家ならきっとあの黒いのもこないし大丈夫だよね?久しぶりにわくわくドキドキしてうれしいな、数日塞ぎこんでいたのが嘘の様にミナキは明るさと元気を取り戻しだしはしゃいでいる。
「じゃあいこう、ぼくの部屋でいっしょに遊ぼう」
うん行くぞ!はしゃぎながら手を繋いでマツバの家まで駆けていく二人の道中には確かにミナキの恐れた黒い物の姿は無く、はしゃぎ疲れて眠ったまま宿に連れて帰られたのもあってか悪夢にうなされる事無く次の日を迎えた。
ミナキが目を覚ました時日は大分上がっており時計は10時を回っていた、飛び起きて布団をたたみ着替えを済ませたミナキは調度部屋に入ってきた祖父へおはようございます、遅くなってしまいましたと年に似つかわぬ気遣いを見せるミナキに祖父は笑いながら切り出した。
「ミナキ、今日からマツバ君のお家にお世話になる事にしたからな、支度をしておきなさい」
「いいの!?」
「ああ、次からもマツバ君のお家でお泊りさせてもらえる事になったからな。お利口にするんだよ」
うんできる!元気のいい返事に祖父はまた笑みをこぼすとお昼を頂戴したら旅館を出るからまだだぞと、ぱたぱた忙しない動きをするミナキの背に声をかける。返事をしながらもミナキの動きは落ち着かないまままるで駆け足の様に昼食を済ませ旅館を後にする。旅館からの短い道程の間興奮し祖父と手を繋いでいた事もあったのか黒い何かがまとわりつく気配も感じず、ミナキは楽しい気分のままマツバの家に到着し出迎えてくれたマツバと楽しい一日を過ごした。夜もあっと言う間に眠りにつき数日ぶりのすっきりした朝を迎えまるで黒いあれ等が姿を現す前に戻ったみたいに何事も無い一日が終わり始まる事がどれだけ素晴らしい事だったか、口には出来ずとも不安の無い二日を過ごしたミナキは目に見えて落ち着きを取り戻し元の明るさと溌剌さを取り戻していった。その姿に祖父も安堵したのか自分の研究に身を入れ直す事が出来たし年頃よりも随分大人びたマツバもそのミナキにつられ年相応の子供らしさを表す様になり家のものを安心させる。
それから更に数日経っただろうか、昼食も済ませ午後の勉強も一段落した午後二時過ぎ。この時間はマツバの家のお手伝いさんやお坊さん達と勉強したり遊んだりして過ごしているミナキの元にマツバがひょっこりと姿を現した。連日早朝から夕方まで修行の日々を送っているマツバがこの時間帯に自宅に戻ってくるのはとても珍しくミナキは声に出して驚いた。
「どうしたマツバ、忘れものか?」
「ミナキくん、今から一緒にあそんでくれる?」
「え?今日のしゅぎょーはいいのか?!」
「うん、今日のおわったんだ」
「あそぶ!マツバ、なにをする?ぼく遊びたいことたくさんあるぞ」
「よかった、着替えをしてくるからミナキくんはまってて」
うんまつぞ!ほろりと花びらがほどけ中から香りが飛び出した向日葵の様にぱあっと顔を輝かせながら笑うミナキに薄く笑いかけマツバは障子を閉める。ぐるりと縁側を巡るように遠回りしながら突然マツバは一言呟いた、それは子供の声とは思えない程冷たく深い拒絶をこめられた言葉だった。

「ついてくるな」

声をかけられたものは庭の奥、木々の隙間に佇みマツバを見つめている。人の形はしていたがそれは人ではなかったそれは真っ黒だ、夜闇の黒でも鴉の黒でも美しいと褒めそやされる黒髪の黒でも墨の黒でもなければ色紙の黒でもマジックペンの黒でもない、見た事のない程の吸い込まれそうな恐怖を抱かせる真っ黒が徐々に形を変えていく。まるで溶けていくアイスクリームの如く頭は落ち肩は腕は脚は失われ黒いものは溶け残った蝋の塊の如く木陰が落とす鮮やかな影すら吸い込み唯唯真っ黒なままそこにいる。動く事は、何故か出来ないようだ。

「お前たちはだめ、くるな」
追い討ちをかけるマツバの言葉に口もないそれはだだをこねる子供の様に喋りだしたがその声は決して愛らしくもなければ柔らかでも鈴の転がる心地好いものでもなく、まるで地の底から響く風の如く嫌な耳障りと胸騒ぎを覚えさせる声で訴えた。

ずるいずるい、あのキラキラしたこがほしい ぼくたちもキラキラなりたいあのこといっしょにいてキラキラになる いっしょにあそぶんだおまえもいっしょにつれていってあげるよ だからちょうだい

「だめだよお前たちにあげない、ぼくもお前たちとは遊ばない」

いじわる いじわる 

更に何か続けているがマツバは無視して自室へ向かう、想像より大きいしあれ程ならさすがに怖かっただろうなミナキくん……目蓋に焼きつく黒いものの姿を冷静に思い起こすマツバは大人に相談しなければならない事、内緒にしなければならない事がまた一つできたなと年頃よりは大人びた眼差しを巡らせながら自室の障子に手をかけ中に音もなく消えていった。





エンジュのとある古びた民家の縁側で座禅を組む青年がいた。彼は早朝、明け方と言ってもいい時刻から夕暮れ時になろうとしている今までずっと縁側から身動き一つせず業に取り組んでいるのだろう。幼い頃から続けてきた修行の一つであるが幼い頃と違うのは今青年の周囲にはモンスターボールがいくつか散らばっている事とエンジュのポケモンジムリーダーと言う仕事に就いている事だろう、呼び出しがあれば赴かなくてはならない。今日の様にまとまった時間を修行に費やす日数はあの頃に比べたら格段に減った、仕事があるから仕方ないと言えばそうだけれどだからと言ってどちらも疎かに出来ないのがつらいし両立も実はつらい。
ふ、と閉じかけていた目蓋を開く。一瞬気が飛んでいた、少し根を詰めすぎたかな?数回、状況を確認する様に瞬きを繰り返すと幼い頃からかわれた藤色の瞳が蝶の羽ばたきの際の輝きにも似たちらつきを見せる。大人びた眼差しを言われていたそれは年相応になったが更に先に向かっているなと周囲に苦笑いされる程達観した何かを宿していた。宿る光は力を持っていた、その力と光が人生を足元を照らしたが時折宿命めいた使命の所為で明滅し足元すら覚束ない事もままある。生きるとはそう言うものだろう、人生の役目を見出し果たした老人みたいな事を脳裏に描きながら青年は気の飛んでいた一瞬に甦った記憶をなぞる様庭の奥に目を向け――さして面白くもなさそうに瞑目し静かに目を開くと奥にいるものに目をやった。思い出の片隅にいたそれはまだそこにい続けていたのだ。
何もかも飲み込まんとする闇よりも深い黒、長く長く伸びる影は手のつもりだろうか妖しく蠢き、おどろおどろしい怨嗟の声を上げているが余人には木々の隙間を通る風の音にしか聞こえないだろう。そうであれば良い事だとマツバはなんとなく思ってそれと対峙した。

ずるいずるい、おまえばっかりいつもあそんでずるいずるいずるい、ぼくたちもあのことあそびたい

「うるさいよ、静かにしてなよ」
ぴしゃり、と声を制する声音はあの頃よりもうんと低く、更に冷たさを増してそれ等を拒絶する。お前達が騒いで万が一目に触れてしまったら彼が怖がるだろう?
胸のうちで呟き庭の奥を睨めつける青年、マツバの耳に聞き覚えのある足音が聞こえてくる。幼い頃より重量も力も付きせっかちな性格はそのままに育った筈なのに足音だけはとても静かな昔馴染みがエンジュに到着すると連絡を受けてはいたが想像より早かったな、久方ぶりに会う知人への感想があっさりしたもので済まされているとは露知らぬ当人は玄関で大きな声を張り上げ勝手知ったる風に引き戸を開き靴を脱いで通路を足早に進み縁側が目に入る角度でまた大きな声を出した。
「マツバ!寝てるのか!?」
「起きてるよミナキ君」
「久しぶりだなマツバ!元気だったか……いや、元気ではないな」
「なんだい薮から棒に」
「お前の事だからどうせ朝から今まで修行をしていたんだろう?顔が真っ青だ」
今年はあまり日焼けしていないだけだよと返すと屁理屈と言い訳はいらん!寝ろ!なんて自分の事を棚にあげてまるでお母さんの様な事を口にする、何時もは僕が君の世話を焼いてるのにどうしたんだか。
やけに張り切っている彼に泊まっていくかい?と訊ねると勿論!と元気な返事をし布団をひいてくるから待ってろと外套も脱がずにミナキ君は縁側を通り抜けていく。その時、ミナキの後ろに着いていたポケモン達が踵を返し縁側に戻ってくるや否や庭の奥の影に向かって唸り声を上げる。ああ、見えているし覚えていたか……ならミナキ君も思い出してしまうかもしれないそれはまあ、困る。
「大丈夫だよ、先にミナキ君と部屋に行ってて」
敵意を剥き出しにしているポケモンを自分の手持ちと共に部屋に向かわせそれを見送った目線を先程の奥へと戻すとその場所にそのまま黒いのは佇んでいる。子供の頃と変わらずその場から進むも退くも出来ない黒いものは悲鳴にも似た訴えをマツバに投げかける。

まった、たくさんまった あのこがほしいキラキラのあのこといっしょならキラキラなれるさびしくないここからかえれる もうかえりたいだからあのこがほしい ちょうだいちょうだい ちょうだい

「何年待っても駄目だよ、ミナキ君はお前達にあげない」
僕だって欲しいのに、どれだけ欲しいと願っても待っても僕のものにもなってはくれないのにお前達にだなんてあげられない。本当に帰りたいだけなら何時でも出ていけるのに、出ていけないのはそう言う事だ。ミナキ君を諦めない限り誰かを連れて行くのを止めない限りこの庭から出る事は叶わない、あの時からそうしてある。
「解ってるだろう?どうすれば帰れるかなんて、動けるかなんて」
マツバの差し出す答えに黒いものは是と言わず唯唯、だだをこね癇癪を爆発させる幼子の様に不満を漏らし続けた、もうそれ等にはミナキを連れていく事しか頭にないのだろう。

おまえばかりずるいずるいぞ、ぼくたちとおんなじなのにあのこのそばにいるなんてずるいずるいずるい! おまえもいっしょ こっちといっしょなのになんであのキラキラといっしょずるい!

「黙れ」
一際、低く、恐ろしい声が短くでも力のある言葉をそれに叩きつける。言霊の力か威圧感かマツバの力に因るものかは定かではないが黒いものは息をのみ風は凪ぎ鳥の囀りは何処からも聞こえず庭は静まり返る。
その世界から切り取られた空白地帯の如き庭に、残酷な宣言がなされた。力を持つ言葉は呪いに等しい、その呪いは黒いものを絶望させるには十分すぎる強さを持っていた。
「お前達はずっとそこにいろ、僕もミナキ君も他の誰もお前等の道連れにはならない」
お前達が諦めない限り、永遠にこの庭から出られない

まるで死刑宣告を受けた囚人の様に黒いものは荒れ狂い咆哮をあげマツバへの恨みつらみ、よくない言葉を叫び続けていたが何を言われても呼ばれても、マツバはもう庭の奥へ視線をやらず背を向ける。
マツバ、支度が出来たぞ休め!障子を開きマツバを呼ぶミナキに黒いものは何かを叫んでいるが口から飛び出した瞬間声は掻き消えそよ風よりも弱い空気の流れの一つになっていく、自分の声が声になっていない事すら解らぬそれの悲鳴を後ろに、マツバは至極穏やかに今行くよと返事をして部屋へ向かう。

空はあの日と同じくよく晴れ渡り清しい。マツバの首の後ろをちくりと刺すのは日差しか音にならぬ怨みか、何かは解らないが取り敢えず眠い。寝物語に彼の道中の話でも聞くとしようか、さり気無く首筋を擦りながら障子に手をかけマツバはまた音を立てずに部屋へと消えていく。部屋から聞こえてくる話し声に相槌を打つよう木の葉が揺れ風は庭を清める様に通り過ぎる、その様を庭の奥の木々の隙間から何かが見つめていた。ずっとずっと、永遠に。





16/9/1

リクエストは『神隠しに遭うミナキ君を助けるマツバさんの話』でした。
まりもさん大変お待たせいたしました!





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