六月の花嫁(黒薙さんお誕生日ダイカゲ)


「カゲツ、ジューンブライドの語源を知ってるかい?」
等と脈絡も無く訊ねてくるダイゴの突拍子の無さは今に始まった事では無いし、シティに密着したジムよりも訪れる挑戦者の絶対数の少ないリーグでチャンピオンが暇を持て余すのは致し方無い事だ。季節など関係無しに強く手応えのある挑戦者は常に不足気味だしチャンピオンロードを越えた挑戦者も一番手の俺や二番手フヨウ止まりの事が多々ある中、リーグ最奥で待ち構えるチャンピオンが暇づれに職場を放棄しようがリーグ内を好き勝手にうろつこうがそんなのはどうって事無い。チャンピオンなんだ、好きにしたらいい。
だがちょっとそこ迄の一言も無くふらっと出て行き用のある時に捕まらないダイゴを捕まえる役を常に押し付けられるカゲツは困る。自分の持ち場が片付きさあフヨウを超えプリムを超えなかなかやるなとフヨウと話していてはて、と二人で気付くのだ。我等がチャンピオン様は、このリーグの内部若しくはサイユウシティ内に居るのだろうか?と―…
フヨウの調子がよければダイゴの行き先を視てもらえる事もあるがフヨウの能力は不安定なので基本電話で連絡を取る、だが石を探し掘る為に洞窟内に籠りがちなダイゴの携帯は大概圏外か洞窟内のポケモンに配慮してマナーモードか電源を切っている。最悪当ても無く足を使って探し回らなきゃならないのだ、ダイゴのフットワークの軽さは四天王全員が知っている。ホウエンに居てくれるならまだいいがもし思い立ってホウエンを飛び立っていたら?どっかの洞窟の落盤に巻き込まれて埋もれていたら?本人の安全や無事も一応心配ではあるが骨のあるトレーナーが最高の状態で挑んでくれてきていると言うのにチャンピオンがその様な体たらくでは情けないにも程がある。現に何度かゲンジ迄倒したトレーナーを暫く待たせスタッフ総出で捜し歩いた事もある。何度も犬の脱走みたいに抜け出されていてはこちらも堪ったものではないので四天王全員で考え、満場一致とは言い難くも決まった事がカゲツがダイゴを引き止めると言う事だった。
要するにカゲツは挑戦者が訪れるまでダイゴの暇つぶしに付き合う為に態々椅子をもう一つ、小さなテーブルを一つに簡単な茶菓子と適当な飲み物を用意しダイゴの話に適当な相槌を打って諸々の片付いた午後を共に過ごす事にしたのだ。何故カゲツなのかと言えば一番手の元に挑戦者が現れれば自分の元に来る可能性が出る為ダイゴは持ち場に待機せざるを得ないのでは?とゲンジが提案したからだ。ゲンジの場所に留めてもまだ三人いるからちょっとそこ迄、と席を立つだろうしプリムも同じだろうしフヨウもカゲツが倒すんじゃないのかなと実際に言われ逃げられた事があった。残る一番手のカゲツではそうは行かないし第一厄介事を押し付けられるのを嫌がったカゲツ本人がふらっと居なくなるダイゴを逃がさなかった。勝つつもりはある、でも断定はしない。だからお前は持ち場で待て、勝っても負けてもお前の場所に報告しにいくから何処かに行きたいならそれからにしろとダイゴに言い聞かせ頷かせたのだ。
とは言うものの最初はゲンジ達の提案に難色を示していたカゲツだが、どっかにふらっと行かれて当ても無く駆けずり回って探す手間を考えれば人の持ち場で茶を飲みながらだべってたり石を磨いてくれている方が何十倍もましだとも考え直せたし、ダイゴは基本誠実な男だから自ら頷いた事を反故にしたりはしない。自分が声をかけ席に着けばダイゴは共に席に着き色々な話をする事になった。主に話をするのはダイゴであってカゲツは聞き手に回っているのだが別にダイゴの話は不快ではないし偉そうに講釈弁舌を垂れる訳でもないから聞いていて手負担が無いのもあるがカゲツも初めての日以外はストレスを殆んど感じなかった。若干興味の無い話が長くなってくると飽きてだれてくるが努めて口には出さなかった、どうせ顔には出ているだろうがそれでも話したい話を聞いているだけでダイゴが留まるのだ、聞かないより術はない。
そんな中で問われた言葉に、カゲツは思った儘を口にする。
「ん?ジューンブライドってあれか?六月中に結婚すると幸せになれるって迷信のやつか?」
「迷信じゃないよ、言い伝えだよ」
「どっちも同じじゃねーか」
何時なんどき、何月に結婚したとしても幸せになれる奴は幸せだしどんなに尽力しても不幸せになる奴はなる。そんな迷信や願掛けしたり験を担いだってなんにもなんねーよとぶっきらぼうに言えばカゲツらしい考え方だとダイゴは笑いながら聞いてもいない謂れを語りだした。
「ある神話の女神の名前が神話と信仰と共に別の国に持ち込まれた時にその女神の名前はユーノーと読まれる様になって、英語でそれはジューン、つまり六月の語源になったんだ。その女神は結婚生活の守護神として六月一日に祭られるようになった、ブライドは花嫁の意味があるから六月の花嫁、つまり結婚生活の女神のご加護の月に結婚しあやかり幸せになれるようにって言う意味が語源らしいんだ」
詳しいんだな、興味なさげにも呟いたその言葉が聞こえたのかダイゴは身を乗り出し、言葉に熱を込め更に続けた。
「だってその女神のシンボルには石も含まれているんだよカゲツ!彼女はダイヤモンドの守護神なんだ!!」
その言葉にカゲツはがっくりと項垂れたくなった。ここまで来て石かよ、否逆だ。石関連で話を知識を拾い続けた結果がこれなんだ、ダイゴにとっては女神の話もジューンブライドの語源も石の話のオマケに過ぎないのだろう。相変わらず石の事ばかり考えているんだなこいつは……そこまで考えたカゲツは日頃言葉にならなかったある事の確信を得た。
なあダイゴ、

「ダイゴ、お前の嫁さんになる人は大変だろーな」
漠然とした自分の未来を口にされて虚を突かれたダイゴはきょとん、とした顔で不思議そうに問うた。
「へ?何で?」
「あっちふらふらこっちふらふら、足取りも腰も軽きゃ尻も落ち着かねえ。そんなお前に触れたはれたで結婚してくれって言われても六月の神様のご利益に預かったって苦労しか先に見えねーよ俺にゃあ」
行儀悪く椅子に腰掛け背凭れに仰け反りやれやれと肩を竦め頭を振るカゲツの言いたい事を考える素振りをしながらダイゴは、別段面白いことでも無いのに笑ってカゲツの言った言葉に得心しこの場に居ない友人も含め称した。
「はは、ミクリもカゲツも手厳しい」
「周りが甘すぎるんだよ腰据えてやれなんて言わねーけど連絡くらいは取れるようになれよな、ミクリさんにだってこの前迷惑かけて……」
ああ、そうだ思い出した。話しそれるんだけどさ、ゆっくりと背凭れから起き上がりながらカゲツは今迄の話とは全く違う話題をダイゴに切り出した。
「お前そろそろ誕生日だろ?なんかあっか?」
その言葉に先程とは比べ物にならないくらいに目を見開き本当に驚いた表情をしているダイゴの顔を見ながらカゲツも驚いた。そこ迄驚くような事を言った覚えは無いが何故?そんなに意外な事だったのか??聞くべきかどうか考えている内にダイゴの口から漏れ出る微かな声を拾いカゲツはさも当たり前と思っている答えを取って返す。
「……覚えてたんだ」
「ダチや付き合い長い奴の人の誕生日くらい普通覚えてるだろーが」
お前は忘れるのか?薄情な奴めと言外に含めてやろうかなと思ったがそれは止めた、ダイゴにはダイゴの物差しがありそこに口を挟む程自分はダイゴを知らない。偶々自分がそう言う性質なだけだった、それだけだ。ダイゴが俺の誕生日を覚えていようがいなかろうがそこは気にする事じゃないのと一緒だ。だらしのない姿勢で椅子に腰掛けまた天井を仰ぎながら考え直しているカゲツに先程よりは張りのあるダイゴの声が届く。
「カゲツのそう言うまめな所、僕は良いと思うよ」
「そう言う言い方やめろ誤解を生むだろーが」
こいつの褒め言葉は妙に他人に期待を持たせる声音と言葉遣いだもんだから、無闇に人の気持ちを掻き乱すな自覚を持てと何度も言っているのに一向に直る気配が無い、癖とは恐ろしいものだな。俺も他人を睨む癖を好い加減直そう、ころころと展開する思考を目蓋に乗せながらカゲツは落ち着きを取り戻しだしたダイゴの声を聞き、言葉を返してく。
「何でもいいの?」
「俺の懐を気にしろ、後石や貴金属は無しだからな」
どうせ欲しい石は自分で手に入れるんだしお前のセンスは解んねーから。他のもんにしてくれよと聞いておきながら投げ遣りな返事をするカゲツにダイゴは考える素振りも見せずカゲツが今日初めて息を詰める事になる言葉を返し場の空気が一段、沈み込んでいく気配がした。

「僕はそろそろ恋人が欲しいな、カゲツ」

「……だから俺に出来る事を言えと」
ねえカゲツ。皆まで言わせずダイゴはカゲツの言葉を食い潰すように言葉を覆い被せていく。
「カゲツ、難しい頼みじゃないんだ、僕は」
「話をき」
「目の前にいる僕に物怖じせず、僕がふらっといなくなっても態々しょうがなくても探しに来てくれてしっかり地に足をつけて僕を真正面から見つめ真っ直ぐ立っている人が好ましいと、前から思っていたんだ」
上から上からと覆い被せてくる言葉に挟み込む様に強く低く、カゲツは言葉を差し入れるがダイゴは怯まない。
「……冗談は寝て言え」
「冗談じゃない、本気だ」
「ほざくなよ、何度夢見てんだ」
何度言ったら解る。そう、何度目の問答か解ってる筈だ。その結果も結末も同じになったと忘れてしまったのか?そう投げかけるつもりの声は更に被せられた言葉に遮られ胸の中に戻ってくる。その様がまるで胸焼けみたいでカゲツはじわじわ押し潰れていく胸の気持ち悪さを無視する事が出来ない。
「カゲツにこんな冗談言わないよ、カゲツには常に本音を言うって前に決めたからね」
だから本気だよ。そんな真摯な言葉を紡ぐ声が近付いてきた、そう感じたカゲツは天井から視線をダイゴがいた筈のテーブル向こうへ投げようとして―…思いの外近いその声の出所に釘付けになった。
先程の驚きに満ち、目が零れ落ちんばかりに目を見開いていた表情とは全く違う、勝負の時の余裕も一切感じさせない銀色の瞳がカゲツのハイビスカスの様に鮮やかな色の瞳を真っ直ぐに見つめていた。その視線にぞわり、ずわりと背筋が粟立つ。拒絶のそれではない、気持ち悪さでも無い、場を引っ繰り返し包み込んだ緊張感にカゲツは飲み込まれ気持ち悪さも忘れ息を詰める。
「さっきの誕生日だって本当に驚いたんだ。カゲツは僕の事を好きじゃないと思っていたから、覚えていてくれている訳が無いって思い込んでいた」
でもカゲツ、
「僕が思ってる関係でなくても、君が誕生日を覚えていてくれてとても嬉しかった」
視線を切る事も離す事も出来ない、唯縫い付けられた様にカゲツはダイゴの銀色に輝く瞳を見上げ続ける。視線の中に滲む感情を真意を掬い上げたくなくてカゲツは心に蓋をしたかった。でもあまりに真摯な瞳はそれを許さず、カゲツに事実を訴えてくる。
「だからカゲツ、前にも言ったけれどまた同じ事を言うよ、君だけだ。僕は君を六月のお嫁さんにしたい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ふっ」
ふざけんな!そう吠え様としたカゲツの勢いを削ぐ様にダイゴはあっさりと視線を切り席を立つと、まるで日頃の飄々と掴めない表情に戻り笑いながら
「まだ僕の誕生日まで時間があるから、考えておいてよカゲツ。じゃあ僕は持ち場に帰るから、お茶ご馳走様でした」
ゆったりとでも素早く踵を返し扉に向かう。勢いが空回りしたカゲツは一瞬動けなくなったがすぐさまリーグが揺れ動くんじゃないかと思う程大きな声でダイゴの名前を叫び留め様とした。
だがそんな事では止まらないダイゴは扉の向こうに消えていき扉のしまる音と共に部屋には余韻も掻き消す程の無音が広がり唯唯扉の向こうを歩いているダイゴの靴音だけが幽かに聞こえる。引き止め様と背に向けた腕は役目を果たさず空を切り、力なく垂れ下がり太腿に触れた。中途半端に上げた腰や足には奇妙に力が入っていてダイゴの靴音が完全に聞こえなくなって漸く、まるきり力が抜け落ちる様に腰を下ろすと椅子が激しく軋んだ気がしたが全く気にしてやれない。宙を仰ぎ片手で顔を覆いながら溜息を吐いて、色んな言葉が文字が感情が羅列となって廻る脳内を目蓋の裏に写しながら苦虫を噛み潰し心の中で悪態を吐いた。


彼奴に欲しいものなんて聞くんじゃなかった。





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