Quod erat demonstrandum.(ダツジン)




※ジンダイさんやもめ設定あり



趣味と言うか実益を兼ねていると言えばいいのか、バトルピラミッドの内装は正にピラミッドのそれでありあまり乱暴に歩かれたり走られたりすると敷き詰めた石が悲鳴を上げるから部下や助手にはよく言い聞かせてあるし頻繁に訪れるあの男にも何度も伝えてある筈なのだが、どうやら聞いていなかったようだとジンダイはまるで苛立ちを隠しきれない、隠すつもりもないような足音に口の中でだけ溜息を零すとノックもせず乱暴に扉を開ける男の顔を見た。
想像通り、その男はとても機嫌が悪い様で赤い帽子の下から覗く眼は吊り上がり今にも火がつきそうな程の怒りを灯しているが敢えてそれには何も言わずジンダイは唯の感想を漏らす。
「…えらい機嫌が悪いようだな」
ダツラ、と男の名を呼ぶ前に低く唸るような声でとぼけんじゃねえよと噛み付かれた。これは余程頭に血が上ってるように見える。
「さっき飯ん時に言った言葉、どう言う意味だ」
「それも解らん程馬鹿になったか、哀れだな」
どの程度血が上ってるか確かめようと軽く煽ってやればからかってんじゃねーよと今にも牙を剥かんばかりに吠えかかってきた。これは相当だ、久し振りだなこんなに頭にきているダツラを見るのは。なんて、まるで他人事のように頭の中で諳んじるジンダイだったがその原因に思い当たる節があった。あるからこそとぼけているし白を切ろうとしているのに頭に血の上ったこいつには伝わっていないのだなと、僅かな噛み合わなさを胸の奥に感じるが些細な事とそのわだかまりを無視してジンダイは可能な限り素気なく端的に伝えた。

「随分似合いだと、思ったぞ?」
一瞬主語の無い言葉の意味が解らないような顔をしたダツラだったが、虚を突かれた事により若干血の下がったらしい頭が日頃の優秀さを思わせる働きをしはじめ合点がいったのかああ、と力の抜けた相槌を打ちながら嫌そうに返答する。
「エニシダさんに頼まれて仕方なく会っただけだって何回言わせる気なんだ?」
一週間ほど前にどうしても会うだけでもいいからとオーナーからごり押しされた所謂お見合い、しかしタイミング悪くバトルファクトリーには久しぶりのダツラの心を躍らせるトレーナーが訪れておりエニシダの指定した場所に時間までに行く事が出来ず急遽相手方をフロンティアに連れてきて迄顔を合わせる事になった。何か利益でも生まれるのか、随分なエニシダの力の入れようにこの話は瞬く間にブレーンは元よりフロンティア関係者に広まりがその日から毎日ダツラはブレーン達や職員から揶揄われ続けたのだ。毎日の揶揄に嫌な気しかしないし相手もなんで自分なんかと思ってしまう様なお嬢さんでダツラにはただ疑問ばかり残る顔合わせに終わっていたつもりだったのに、それを蒸し返されては機嫌も悪くなると言うものだし相手がジンダイなら尚更だ。心穏やかにしていろと言う方が難しい関係なのだ、ダツラとジンダイは。
「遠目から見ただけだが素敵なお嬢さんだったじゃないか」
「冗談でも止せよ、本気なら益々止めてくれ」
解ってんだろ?と言外に含めたお互いの関係を盾に話を打ち切ろうとするダツラから視線を書類に移し直したジンダイはまた先ほどと同じ語調で一言告げる。
「一度は所帯を持つのも悪くない、」
それに対し落ち着いてきていた筈のダツラの口調がまた熱を帯び始める。
「ゲームや小説じゃねーんだぞおっさん、気軽に言ってくれんなよ。一回持っちまったらどんだけ続くか解ってんだろうが」
ダツラの言葉に否、とジンダイは何時もより緩やかな語調で反論する。
「どうなるかなんて解らん。私は長く続かなかった、早くにアレは遠くに行ってしまったからな」
書類を見ているようでジンダイの目は遠くを見ている。あまり多くは尋ねず、あちらも語ろうとしなかった過去に思いを馳せているのかそれとももう嵌めていない指輪の相手を思い出しているのか―…どれかなんてダツラには解らない。
どう切り出したものかとダツラが言葉を選らんでいる間に書類から目を離さないジンダイは言葉を重ねる。

「人生は何が起こるかなんて誰にも解らん」
沈黙を破る言葉は至極真っ当で、ダツラが決して追い付く事のできない年月の積み重ねであり彼が生きた年月で得たものそのものの様に紡がれる。
「遺跡に行った私が帰らない事もお前が何かに巻き込まれ戻らない事もあるかもしらん。誰がどうなるかなんて誰にも解らないし決められない」
だからダツラ、私はさっき、
「私と別れて結婚しろと言ったんだ」

そう、確かに言われた。昼食の後、道ですれ違ったジンダイにダツラは挨拶と取り留めのない話の延長にある様でまったく関係なく唐突に切り出されたのだ。いい加減お前は私と別れて結婚でもするべきだ、と。その言葉にダツラの頭は一瞬真っ白になった。
調子はどうだ?最近のトレーナーなかなか強いのいないななんて日常会話をしていたと思ったら思い出した様にそうだダツラ、と切り出された別れ話だ。並大抵の相手なら恋人にこの様に切り出されたら普通硬直するし頭は働かなくなる。
その後まだなにかジンダイはダツラに言っていたが心ここに在らずなダツラに耳には届いておらず、最後に考えておけよと付け加え踵を返したダツラの姿が見えなくなり暫くしてから漸くダツラの思考は再起動し一方的に告げられた別れ話の様な一言を脳裏で反芻して――じわじわと思考が沸騰し、一気に噴き上がった。兎に角、取り敢えず、是が非でも問い詰めてやらなければと無作為に浮かび上がる言葉に突き動かされダツラはジンダイの執務室へとやって来たと言うのにまた同じ言葉で硬直し何も言えないでいる。

「……意味が解らない、と言った顔をさっきもしていたな。屹度お前の事だ、続きも聞こえていなかっただろうから同じ事を言うぞ?お前の未来を考えれば簡単な天秤だ、どちらに傾けばお前にとってより良い未来になるか等…天秤に乗せて計る迄も無い」
お前は賢い男だろう?ならば正しい選択をできる筈だ、お前の人生により良いのはどちらの道かどちらをとればいいのか……ポケモンのデータを取り見比べるよりも造作ない筈だろう?そう言い連ねて更に追い打ちをかけようと口を開いた瞬間、ジンダイは初めての声を聞いた。まるで、押し留めたマグマが噴き出したような熱く深い怒りを湛えた低い低い押し殺した怒声を、ダツラの本当の怒りを。
「――ふざけるな」
「っ、」
「あんたのもっともな言葉なんかうんざりだ、そんな強がりに説得力なんかねーよ」
おっさん気付いてないだろ?いくら顔に声に出さない様にって頑張ったっておっさんの手の中の書類は皺だらけでぐしゃぐしゃ、力の籠りすぎた手は細かに震えて指先は真っ白だ。そんなあんたを放り出してどうやって生きていけって言うんだよ?
「あんた無しの人生で幸せなんか謳歌出来る訳ねーだろが」
何回言やあ伝わんだあんた、俺はあんたが好きだからいろんな話蹴ってるしこの前のお嬢さんにだってちゃんと謝ってんだよ。好きな人がいるからもう会えないって。なのに、なに勝手に人の人生決めてんだよ。
「なあジンダイさんよ」
俺の為だ何て言うなら身を翻してくれないで、その背を豆粒みたいにしか捉えられないところに行かないでくれよ。あんたのその握り込んだ手を掴ませてくれよ、確かにあんたに会うまではあんな華奢で包み込んでやりたくなる様な手を取るもんだと俺だって考えていたさ。でもさ、あんたに出会ってあんたが好きだって解ってからはそんな事思いもしなくなった。考える様になったのは固く握り込まれたその男らしい厚い手を取って先に進みたいって事だけだ、結局目的は一緒さ大した差なんかねえ。
「俺の為なんて言ってくれるなら、俺を連れて行ってくれよ」
漸く捕まえたんだ、どんばデータよりバトルよりポケモンより得難いあんたとなら何処へだって行くぜ?おっさん、
「俺、あんたと一緒に人生の先ってやつに行きたいよ」
湧き上がる情動のまま椅子に腰かけたジンダイを上から覆いかぶさる様に抱き締めたダツラは日頃のジンダイなら抵抗するよなとやや身構えたが想定したモーションは一切なく、ジンダイは書類ごと手を太腿に落としゆっくりとダツラの胸に頭を預けた。想定外の動きに緊張するダツラの鼓動が部屋に響いてもいい程の静寂の中どれくらいの時間が経ったろうか、ジンダイが深く長い溜息を吐き、静かに胸の内を零す。

「…………お前は大馬鹿者だ」
「わーってるよ」
「私はお前に何も残せないし何もしてやれないんだぞ?」
「ガキじゃねーんだ無いものねだりなんかしねーよ。おっさんにはおっさんがあるだろ?それで十分じゃねーか」
「……こんなおいぼれに付き合う義理など、ないだろうに」
「いいじゃねーか、固い事言うなって。俺だって付き合いたい奴くらい選ぶって事だよ」
「本当に、どうしようもない奴だ……お前は」
「解ってんじゃねーか、俺はあんたの前じゃどうしようもねー奴なんだよ。だからあんたがどうにしかして……ああ、おっさん一つ証明できたぜ?」
「?」
俺があんたに本気だって証明、あんたいっつも疑ってたからこれでやっと信用してくれるだろ?もう駄目だあんた抱き締めてたら嬉しくて好き過ぎて心臓が破裂しちまいそうだよ。
そう声は冗談めかしているが確かに額を預けた胸からは激しく脈打つ鼓動が響いてくる。今まで気付かなかった、胸が体がくっついてしまう程背を髪を腰を掻き抱いて来る事なんて何度もあったのに互いそれなりに年を食ってると言うのに、今の今迄己の緊張に気が回りすぎて相手の鼓動の早さなんて解らなかった。恋に恋する子供じゃあるまいしなんて、なんて
「馬鹿だ、本当に……」
「だから、馬鹿でいいんだって」
俺はあんたにしか愛の存在証明なんかしたくねーんだよ、だからなんて交換条件は言えないけれど

「あんたも出来たら俺を愛してるって俺に証明してくれよ」
それで今回のチャラにしてやっからよ、等と生意気を言ってくるダツラの胸は相変わらず早鐘を打ち続けているものだから格好なんて全くついていない。人の事は言えないが、それでも今はその生意気が強がりがとても愛おしかった。
だからジンダイは太ももに預けた手を持ち上げ、そろりそろりとダツラの白衣を伝い静かに背に腕を回す。体がぴたりとくっつき僅かにずれた早鐘が重なり相手に伝わっていくのが心地よかった、意識すれば胸が暖かくてむず痒くて勝手に言葉が口から溢れた。

「私もお前が愛しいぞ、ダツラ」

愛と言う名の見えない存在証明を






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