いちまんヒットフリーおきば | ナノ

マツミナ


・ふぢなの約束

「ミナキ君、なんで結婚すると指輪をするか知ってる?」
テレビの画面に映るのは結婚式場のPRのCM、幸せそうな笑顔で純白のドレスを翻しながら新郎の手を取る新婦さんの姿に、マツバは何となくと言った風にミナキに問うた。
「二人の愛の証だろ?」
それは最近の話だよ、と湯飲みを置きながらまるで本を読んでいるようにマツバは言い始めた。

「昔、女性は男の所有物で、同等の対価と交換されていたんだ。その昔手に入れた女性には家畜と同じ様に焼印が押されていたけれど焼印は足輪や首輪になり、鎖になり、ついには指にはまる程の小さな輪になって名残を残した」
それが結婚式の指輪の元ネタ、そういい終えたマツバがミナキの顔を見るとまあ、想像に難くない表情をしていた。

「気分が悪そうだねミナキ君」
「そんな話をされたら誰でも気分が悪い」
「人文学的には興味を持つ話じゃないの?」
「私の専門は人文学でも人間の歴史でもなくポケモン民俗学だ」
ポケモンと人間の関わりが専門なのだから、人間の歴史そのものは専門外なのだ。
「私は人類学よりも精神論の方で指輪の交換をする話を勧めたいよ」
へえ、精神論なの?と色んな意味で違う方向に擦れている古馴染みは私の言葉を信じていない。だがそんな生温い視線くらいじゃ私はめげないぞ!
「女性の隷属期間が終わったのに何故結婚式で指輪を交換するのか、そんな慣例廃れた地域もある、でもまだまだカントーやジョウトじゃ一般的だ。それは何故か?」
永遠の仲を誓い合う、それもだ、輪と言う切れ目の無い、角も無い繋がりを自分たちの未来に準える。それもありだ。でもマツバ、私が言いたいのは其処じゃないんだぞ?

「結婚指輪って、互いの繋がりを確認するためのものなんじゃないのか?」
「繋がり?」
「離れていてもお互いが繋がってるって、大事な人と一緒なんだって実感する為につけるんだろ?そうじゃなければ邪魔で仕方ないじゃないか」
「邪魔なのかいミナキ君」
「指輪なんか邪魔に決まってる。手袋の下でごりごり、ゴツゴツするし着いている石は他の指に擦れる。お洒落だ嗜みだと言われて付けさせられた事もあったけど、私は指輪よりもポケモンが欲しかったよ」
ああ、そうか。こう見えてお坊ちゃんだったねミナキ君、そりゃ考え方も庶民とは違うわと穿った考えを描いているマツバにミナキは問う。

「マツバはそう思わないか?」
「離れている間、お前の存在を感じる事が出来たらどれだけ心強く、安堵出来るだろう」
「?」
「指輪なんか無くたってお前との縁が切れないのは知ってるし、ポケモンと一緒だから一人じゃないって言うのも解ってる。それでも、時々、本当に偶に考えるんだ。自分で望んだ生き方だけれど、寂しいなって」
「……」
「そんな時お前がくれた何かがあれば寂しくないのかな、とか哀しい気分になんかならないんじゃないのかなって考えるんだ…ま、私の勝手な考えだけれどなっ」
「………」
何か湿っぽいぞ、何か言えよマツバ。と視線だけでマツバに問いかけながらミナキはすっかり温くなってしまったお茶を一息に煽り、微妙な空気から逃げようと「お湯を持ってくる」と腰を上げた。が、マツバの溜息の後の一言に中途半端な位置で腰が止まる。

「相変わらずロマンチストなんだから、ミナキ君は」
そういい捨てたマツバは縁側から庭に降りると、庭の片隅から何かを手折りつっかけの音を碌に立てない距離の部屋に取って返し、私の左手を心なしか緊張した風に取った。もう片一方の手にはなにやら小さな花が握られている。
「いい花が咲かない時期に君は言うんだから」
そう言いながら器用にくるくると茎を指に巻きながら、マツバは私の薬指に黄色い花を咲かせて
「そう言う風に君が思ってくれるんなら、吝かじゃないよ」
と気恥ずかしそうに私に告げた。

「こんなものしか今無いけどさ、」
君は独りでも大丈夫な人だと思っていたけれど、偶さかにでもそう感じたと言うのなら、
「君がどんなに遠くにいても、僕を想い感じてくれると言うのなら」
重荷になるのではと言う僕の懸念は、取り越し苦労と考えてもいいよね?ミナキ君

こんな風に、形のある約束をしてもいいのだろうか?

「君が遠くにいても、僕は君を想っていると言葉にはしていたけれどその言葉だけで心許ないと君が思うのなら」
僕と君の絆の一つとして、これを持っていて
「僕との約束の品が何時も君の傍にいて、それで君が淋しくないのなら…形のある約束も悪くないのかもしれないね」
そう言って茎を結び終えたマツバは、本物は今度にしてねと鮮やかな黄色が咲くミナキの手を愛おしそうに撫で包み込む様に握った。じわりと滲むマツバの体温が気持ちが嬉しくて温かくて、ミナキは心の儘に叫ぶ。
「大事にするぞマツバ!」
「直ぐ萎れるよ」
「押し花にでもするさ!」
「おばあちゃんっぽいよミナキ君」
「じじくさいお前に言われたくない!」

………ふはっ

一瞬の間の後、面映い気持ちを隠せずに肩を竦めながらどちらからとも笑い出す。それが落ち着く間もなく二人で何気ない事を話しながら時間が過ぎていく間も、近い未来に指に咲くであろう輝きを想像し、ミナキの胸はまたじわりと熱を持った。





back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -