没の部屋 | ナノ

拍手7(ズミガン)


「賛美歌」

何か、音がする。

誘われるように音の鳴る方へと意識は向き、惹かれる様に調理場を後にしチャンピオンリーグ内部を歩き回る。

たどたどしくはない、寧ろ典雅でもある響きだ。音の鳴る方へ方へと足を向け辿り着いたのはあまり使われていないと言われている奥の部屋。中は日当たりがよく天窓から差す光が美しかったのは印象的ではあったが常日頃開放される場所ではない筈だ。
扉に手をかけようと―して、横からその手を差し止めたのは上司と言うよりは少し地位の高い同僚と言った風情で何時も接してくる彼女だった。
「カルネさん」
「見つかるとすぐ止めちゃうの。だからもう少し静かにして?お願い」
しぃ、と人差し指を唇に当て
「時々?と言うより偶にしか弾いてくれないの、」
主語の無い話に首を傾げていればさらにこっそりと耳打ちするように
「これ、ガンピさんが弾いてるの」
とまるで楽しい内緒話の様に打ち明けてきて、酷く驚いた。
「…は?あの人が?」
うん、あのガンピさん、と何故か誇らしげに同僚の名前を繰り返すカルネさんは大きな瞳を嬉しそうに細め
「今日は歌も歌ってるし、運が良かった。今日いい事ある気がするわ」
と歌うように諳んじる。
「大袈裟では?」
と心の儘に言えば、ガンピさん凄いのよ?と聞きもしない彼の昔話を教えてくれる。
「子供の頃聖歌隊にいたんですって、でも声変わりが来た後ピアノ習ってたから暫くオルガンも弾いてたって」
「ピアノに聖歌隊…全く柄じゃないですね」
ズミ君もパキラも意地悪ね、ドラセナさんもからかっちゃうし。もう!と少女の様に拗ねたカルネさんは
「本人もそう言って恥ずかしがって弾いたり歌ったりしてくれないの。私の歌の先生よりも上手なのに、もうずるいわ」
と弾き手への不満を口にする。何が狡いんだ何が、

「もっと堂々と歌ってくれたっていいのに、誰も笑ったり馬鹿にしたりしないもの。私こんなに幸せな気持ちになれる歌と声と演奏、すっごく久し振りなの」
「はあ」
相槌のような興味の無い返答に料理ばっかりなんて勿体無いわよ、と珍しく年上らしく嗜められ
「料理の世界を極め、その世界で枝葉を伸ばしたい貴方の気持ちも考えも理解出来るけれど、もっと他の世界も覗いた方がズミ君の世界は光溢れ輝くと思うわ」
貴方の自由だし意思だし、強要はしないけれどね。と一言添えつつ彼女は名残惜しそうに場を後にする。その後姿に
「考えておきます」
と言うつれない言葉しか投げかけられなかった事に何故か胸の底がざわめいたが、そのざわめきの理由が解らぬ儘彼女を見送り扉の前に私は取り残された。
そんな私を拒絶も享受もしない音は声は依然朗々と響き、理由の知れない仄温かい何物かが胸の奥に灯ったがその理由も訳も解らず、唯音を歌に聞き入り続けていた。





上げ損ねてました…タイミングを損ねたネタだったので此方に。





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