没の部屋 | ナノ

リクエスト没


・柔らかな丘に

「僕はミナキ君を甘やかしすぎている気がしている」
と、ジムリーダーの定例会議の連絡を何故か他のメンバーの分まで押し付けられ回していたハヤトは、此処に居ないだろう友人の話を唐突にしだしたマツバに、ただ気の無い返事をするしかなかった。
『はあ』
「スイクンスイクン五月蝿くても最近お茶漬け投げないしヘッドロックも逆海老もアルゼンチンバックブリーカーもかけないし…」
『そんな事したんですか!?』
流石に気の無い返事では済ませられず、つい声を上げたハヤトにマツバはなんでもない風に
「だって五月蝿いししつこいしやかましいし」
と口にすると、日頃マツバに対してあまり突っ込んだ対応をしないハヤトがポケギア片手に身を乗り出してまで
『友達なんですよねその人』
電話向こうのマツバに確認する。それに対してマツバは変わらずに平坦な口調で返す。
「うん、幼馴染くらい古い付き合い」
『それって凄く付き合い長いじゃないですか!』
『まあ、そうかなあ?』
そう言われてマツバは改めて考えて納得した、ミナキは人間として付き合いは長いのかもしれない、と。
あまり人付き合いが無いマツバにとって、確かにミナキは凄く長い付き合いのある人間になる。因みにマツバが一番付き合いの長い生物はポケモンだったりするはそこは別段語らなくてもいいだろう。
『マツバさんその人と一緒に居るの、嫌なんですか?』
「いや、そんな事は無いんだけれど今迄していた事をしなくなった自分の心境変化が解せない」
この人、本当に話に出てきているミナキと言う人と友達なんだろうか…ハヤトは他人事ながら心配になったが、先輩ジムリーダーに偉そうな口を聞く事は出来ないし―と僅かに眉間に力を入れてあーでもないこーでもないと考え、言葉を選んでいたがふと思い付いた事をそのまま口にした。
『それ、マツバさんが馴染んだんじゃないんですか?』
「はい?」
なんのこっちゃ、と言わんばかりにマツバが声音を崩したを耳で確認してからハヤトは
『マツバさんがその人に慣れて、気にならなくなったんじゃないんですか?』
とマツバに尋ねた。慣れとはある意味恐ろしいものだ。自分の習慣すら変えてしまう力がある。マツバのミナキとやらに対する態度が軟化したのもそのミナキの態度や行動に慣れたのではないか?とハヤトは直感的に感じたのだが
「それとバックドロップしなくなったのは繋がらない気がする…」
『普通はそんな過激な友情表現はしませんよ!』
マツバの何とも言えない返答にその直感を疑いたくなった。この人、そのミナキさんをぶっ飛ばしたいだけなんじゃないのか?
「何時も技かけたり卒塔婆で叩いたりとかする訳じゃ無いよ?あまりにも辛抱ならん時にしてただけで、あっちが自重しているかと言われるとそんな訳じゃないし」
『相手が自重できなくても半端ないハイテンションでも卒塔婆はヤバイですよ!マツバさん、ジュンサーさん呼ばれたりと火そう言うのは止めて下さいよ!!』
「大丈夫、証拠を残すようなヘマはしないから」
『そんな完全犯罪の目論みを期待しているんじゃないです!!!』

*

「友情表現かあ…」
散々ハヤトをからかったマツバはハヤトの言葉を反芻しながら通話の切れたポケギアを見下ろしている。
間違ってはいない、間違っちゃ無い言葉だ、全くその通り。なんだが
「…ちょっと違うんだよねえハヤト君」
「何が違うんだマツバ?」
と背後から声をかけてくるミナキになんでもない、と言いながら
「レポートと論文終わったの?」
ミナキに向き直りながらそう尋ねた。視界に納まるミナキは、目の下に隈をこさえ髪はぼさぼさだった。うん、大層な修羅場を越えたようだ。
「ああ、もうくたくただ。徹夜だよ、もぅ…エンジュに着く迄も殆んど寝てなかったのに……泣きそうだ私」
「自業自得だよミナキ君」
「冷たい奴だな」
「そもそも、スイクン追いかけながらちょっとずつまとめておけばいいものを溜めておくから」
書類溜めるなんて有り得ない、とそう言う事務手続きはまめなマツバがあからさまに嫌な顔をすると苦笑いしながらミナキは後は郵送するだけだから配達員さんにお願いしてくるぜ!と、マツバのつっかけを引っ掛けて走っていった。そのミナキを見送りながら部屋の片付けでもするかとミナキに使わせていた部屋に進む。

部屋は修羅場の後にしては綺麗に物がまとめられており、机の上にはこっそり差し入れたおにぎりの皿とお茶を入れていたポットと湯のみがお盆の上に並んで置かれていた。下げるか、とお盆を持ち上げようと手を伸ばした時、皿の上に半分に折られた紙が乗っているのを見つけ先にその紙を取り上げ中身を改めた。
そこにはまさに寝惚け眼で書かれたようなお世辞にも日頃と比べて上手いとは言いがたい文字で「マツバ、何時も有り難う。美味しかった」と書かれていた。
味な真似を…と思いながらも手はその紙を大切に握り、ポケットにそうっとしまうと緩み始めた口許に力を入れながら盆を持ち上げ部屋を後にした。

手紙の余韻を胸に縁側でぼんやりしていると
「配達員さんに頼んできたぜ!」
とつっかけの音激しく帰ってきたミナキ君におかえり、と言うと疲れた、寝る!と宣言してきたミナキ君は何故か僕が腰を下ろす縁側にどっかり腰をおろすとこれまた勢いよく僕に寄りかかって、あっと言う間に寝息を立て始めたではないか。
「ちょっと、ミナキ君?」
声をかけても最早遅く、細い寝息を立ててミナキは眠ってしまっているし起きる気配も無い。
「部屋で寝なよって…ねえ」
再度無駄と知りつつも声をかけるマツバは諦めの溜息を一つ零すと仕方ない、と自分に言い聞かせるような言葉を吐いた……

ってこれだよこれ!なんでこんなに甘やかしてんのかな僕は!!
前なら起きなよって起こしただろうに…いや、前も屹度起こさないよね僕?
ああもう、解ってる、本当は解ってるよ。此れは友情じゃないんだって、ミナキ君に対する愛情から湧き出る甘やかしなんだって。
解ってるからこそ性質が悪い、自覚したらもう負けなんだ。よく言うじゃない、惚れたが負けって。
もう駄目だ、自覚しちゃったじゃないか。違和感をそのままにしておいたと言うのに、何て様だ。

屹度僕は、更に彼を甘やかしていく事になるんだろうな、なんてミナキの寝顔を見ながらマツバは自分の持て余す情動にまた溜息を吐く。





マツバが振り回されてるだけと打ち終わってから気付いたよ!





back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -