小説 | ナノ





春雷に懐中の思い出(ネジ→クロ)






雪深いシンオウ地方、バトルフロンティアも例外なく雪に埋もれ自然災害の洗礼を受ける。
名ばかりの春が訪れそうか、と言った頃合いの夕暮れ、空の奥から低く唸るような音が響いてきた。ああ、と何に納得するでもなかったが雷だな、と考えその唸りと地響きの間隔が狭まってきている事に若干電気関係の不安を抱きながらなんとでもなるなとも思い、クロツグはぼんやりと窓の外を見上げていた。
近付いてきた音と共に甲高い悲鳴がクロツグに耳に入り、はて?と辺りを見回せは廊下の隅にその悲鳴の発生源を見つける事が出来た。その発生源とは―同僚?部下?のバトルファクトリーのファクトリーヘッドのネジキだった。ネジキは頭を抱えて床に蹲っていて、はて?はて?何故こんなところに??とクロツグは益々首を傾げた。
「ネジキ、どうした?転んだのか?蹴っ躓いたか?」
「………いえ、な、なんでも」

だがネジキは続きを言う事が叶わず、代わりにとびきり強い光と轟音に負けない程の悲鳴を上げた。

「っぎゃああああああ!!!!」

……………

徐々に遠退いていく雷電に雷光をちらりと見遣ってから、クロツグは今にも震え出しそうなネジキの傍に歩み寄り、屈むと今更確認するでもない事実を尋ねる。

「…お前、雷が怖いのか?」
「……………」
沈黙は肯定だろう、でも、それはちょっと可笑しくないか?ともクロツグは思う訳で。
「え?だってポケモンの技であるじゃないか雷、エレキブルに使わせたりするだろ?」
ファクトリーヘッドのネジキは自分の手持ちをバトルに使う事はしないが、レンタルの中にはでんきポケモンもいるし、でんき属性でなくてもかみなりを覚えたポケモンが入っているから、時と場合によりそれを使う事もある筈だ、否ある。それなのにこんなに怯えていたら…
「あれは…凄く我慢してるんです…………、ポケモンバトル中にそんなみっともない姿、み、見せられません」
「そ、そうなのか?我慢って言っても唯音と光がデカイだけだろ?」
相当運が悪くなければ当たらないし、と自分の経験を思い出してるクロツグの耳に蚊の鳴くような声が、ふよふよ、と頼りなく飛んでくる。
「………昔」
「?」
「10歳にも満たない頃に…作っていた機械に、雷が………目の前に、落ちて」
「あー、そりゃ怖いな」
「あれ以来…遠くの稲光は平気なんですが近付かれると……体が竦んで………わーお、僕情けな」
強がって見せるネジキだが全く声に力は無いしそもそも頭を抱えたまま床から起き上がろうとしない。寧ろ起きれないのかもしれない、
うーん、これは相当怖い思いをしたんだろうな。等とネジキの過去を慮りながらもクロツグはその姿に己の息子を重ねて見始めた。

アレはこんな重症ではなかったが、小さい頃は雷や地震、台風が大の苦手で音が鳴れば飛び跳ね、揺れと共に喚き、台風が来れば自分のベッドの中にすっ飛んで潜り込んで来たものだった。
そんな息子に怖いのか?と聞けば声も無く何度も頷き、ママのとこに行こうか?と聞けば、ダディがいい、と日頃言わない事を言って懐にしがみ付いた。ダディのがつよいから、かみなりもたいふーもどっかいくと、泣きそうな声でしっかりと服を握り締めるあの子の姿が―今、目の前の少年に僅か重なって、不謹慎とは思いながらクロツグは一つ提案した。

「ネジキ、私の部屋くるか?」
「………へ?」
「今日は天気が悪いから、フロンティアの施設全部を早仕舞いする事にしたんだ。今晩はずっとこんな天気らしいし、一人だと―あれだ、淋しいだろ?」
寧ろ心細いだろ?と口に出しそうになって頑張って飲み込んだ。いくら歳若いとは言え彼はフロンティアブレーンの一人、面と向かってこんな事を言ったら彼の沽券に関わる。…多分、の話だが
そう考えながらネジキの返答を待っていると、僅かに頭を上げながらやや掠れた声音でつかえながらネジキは答えを出してきた。が、
「……く、」
「ん?」
「クロツグさんが淋しいなら…行ってあげますよ」
その答えが普段どおりの素直じゃない物言いだったものだから、不意を突かれたクロツグは我慢をするのを忘れて噴き出した。
「…っぶ!」
ぶっははははは、わっはわっは、はははははは!

薄暗い通路に、クロツグの馬鹿でかい笑い声が響き渡りそれを聞いて流石に復調したのかネジキが叫びだす。
「わ、笑わないで下さい!」
だが笑うなと言われても我慢出来ない、本当に、本当に申し訳ないが息子とまったく同じ反応をするんだもの。笑わずにはいられない、可笑しくて可笑しくて、懐かしくて―……少しだけ淋しい気持ちも思い出した。
こうやって息子とやり取りをしたのは、一体何時ぶりの事だろう?息子と会話をしたのは?息子を見たのは?自分の我が儘の所為とは言え、かなり時間が経っていた。目蓋の裏に思い描かれ、不謹慎にも目の前の少年に重ねた我が子の姿は屹度今の姿よりも幼いだろう。
それに思い至り笑い声が湿りそうで…クロツグは意識的に話を不自然なく摩り替えた。

「いや…はは、なんだ意外と元気そうだな、じゃあ今晩は大丈夫だなネジキ!」
「それは…っクロツグさんのご飯が心配なので行ってあげます!」
最近また食べていないでしょ!と逆に痛い所を突かれ床から立ち上がったネジキに見上げられ真っ直ぐの瞳に自分の顔が映りこむのを何となしに見遣った。
嗚呼、息子の自分そっくりな橙色の瞳にもこうやって自分が写っていたんだよなとクロツグは何度目か解らない過去を思い、今に意識を向け直す。

「そうと決まればファクトリーの戸締りをしてきます、クロツグさんは?」
「ん、おお。私も見回りしてから自分の持ち場の戸締りをしてくるよ、ケイトやダリアにはもう言ってあるから」
「解りました、僕がそちらにお邪魔しますので待っていて下さい」
「ん?迎えに行かなくていいのか?雷鳴るぞ?」
「それくらい我慢できますので、」
そう言い残し踵を返したネジキの後姿を一頻り眺め、クロツグも身を翻した。少年に重ねた息子の残像は未だ目蓋に、胸のうちに霞みもせず鮮やかに残っていた。





雷の怖いネジキ君とそんなネジキ君にジュンの事を重ねてみているクロツグさんと言うお題を頂いて書いたものです。
ネジキ君の事は全然意識してないクロツグさんで申し訳ない感じです


14/11/17