小説 | ナノ





襲ね色好し(ズミガン)







※ガンピさんがやもめで息子がいる前提です。それでも宜しい方のみスクロールどうぞ。



















木枯らしが吹く時節になり、道行く人々やポケモンの足取りも自然と早まる。無論連れ立った私とガンピさんの足も俄かに早歩きではあったが、会話をするには支障の無い速度であった。
「今年は寒くなるのが早いですね」
「そうであるな、邸に戻ったら暖炉の手入れをしなければ…」
世間話に花を咲かせていた筈の彼が突然立ち止まり何処かを凝視している。
「どうしました?」
ガンピさん、と名を呼ぶが彼の意識は全くこっちを向かず、何事かと彼の視線の先を辿ると通りの向こうのカフェのテラスで、カップルであろう二人の男女の動きを追っているようだった。
二人は楽しげに話をしていたが男の方が突然真面目な顔をしたかと思うと、やにわに掌に納まるほどの小さな箱を取り出し、女性に差し出しながら箱を開けてまた何事かを言っている。それに女性は大きな悲鳴の後、まるで口から魂が抜けないようにと両の手で口を押さえながら頬を赤く染め、涙を零している。
周囲からはからかいの口笛や拍手が巻き起こり、ああ、あれはプレゼントで、彼女のは歓喜の悲鳴かとあくまで他人事の様に考えながらも視線をガンピさんに戻せば
「ズミ殿も…我以外の方をお慕いすればあのような幸福を授かったのだろうか?」
等と寝惚けた事をほざいてくれた。

「如何言うことです?今ズミが不幸だと仰りたいのですか?」
喧嘩は一秒も掛からずに返すのが信条、ズミの沸点は低めの常温以下だと付き合いが長くなってきたと言うのに、またこの人はついうっかりで忘れたのだろうか?なんたる痴れ者め!
ズミ本人も自称する沸点の低さと苛烈な反応、力の籠り始めた眦と気配に勘付いたのか、ガンピは慌てて否定の言葉を吐き出す。
「い、いやそうとは言わぬ。だが…我と一緒に居ては知らぬ世界も多かろうと思って」
「貴方の言う知らぬ世界は、もし貴方と違う方といたらと言う仮定においても知らぬ世界は依然として存在しますが?!」
「確かにそうだがもっと視野と世界は広がったかも…」
「視野が狭いとはよく言われますが、世界が狭いといわれるのは心外ですよ!!」
「ズミ殿、そう怒らずに、我は唯」
「唯!?」
力と怒気の籠る声でズミがにじり寄ると、若干青みがかった目元になったガンピが早口で
「ただ…我の様な元既婚者ではない者と過ごした方が……先程の若者達みたいな未来を描く幸せもあったのではと」
と俯きつつ零せば
「なんだ、そんな些細な事を気にしていたんですか?」
とさも呆れたようにズミが溜息混じりに零し返す。それに対してガンピは咄嗟に顔を上げ何と申されるか!と叫ぶ。
「さ、些細ではない!男にとってとても大切な事であるぞズミ殿」
「互いに初めての体験を共有すると言う事のみが幸せだと?考えがテンプレート過ぎますよガンピさん」
「でも、我は一度あのような事を体験しておる故……ずるいではないか」
ずるい?何が?と尋ねてももごもごと口ごもるばかりでガンピの返答ははっきりしない。
胡乱な視線を投げかけているとその視線と問いから逃げるように通りを抜けていこうとしたので、ズミはそれを早足で追いながらその背中に核心に迫る一言を投げつけた。

ガンピさん、貴方は
「奥様の事を言ってらっしゃるんですか?」

それはドンピシャだった様で、人通りの少ない道に踏み込もうとしたガンピの足はぴたりと止まり暫しの沈黙の後
「…我は一度、あのように妻に指輪を差し出し求婚した。その時の事は今でも目蓋に鮮やかに思い浮かべられる」
だからと、ゆっくりと顔を上げながらガンピは恐る恐るといった風に口にした。何を恐れているのだろうか、ズミにはその恐れを汲み取る術が無い。

「だから、貴殿と共にある間も時折我は貴殿に対して心苦しい」
何を以って心苦しいなどと感じているんだろうか?私とガンピさんの奥様ははっきり言って共通点を探す方が難しいくらい、全く似ていないし違う点ばかりで……成る程、ああ、違うから、か。
得心したズミはその納得した理由をその儘口にだす。
「貴方は奥様と私との差を感じていらっしゃるんですか?」
馬鹿馬鹿しい、と言葉を口に出さずに飲み込めただけ自分は進歩したとズミは実感した。出会って間もない頃ならはっきり告げただろう、告げたらもう其処で会話は終わり、言葉のキャッチボールなんて到底不可能な迄にお互いの間に深い溝を作っていただろう。
今はそんな恐ろしい事は出来ない、だから考える。ズミよ言葉を選べ、彼を脅かすな、彼はある種ナイーブで一度怯えると暫くその余韻で混乱してしまう。解っているだろう?だから落ち着いて、しっかりと言葉の連なりで彼を落ち着かせて、繋ぎ留めろ。

「私と貴方の奥様が違うの当たり前ですよ?私は男で、貴方より年下でそして料理人でありポケモンリーグの四天王でもあり貴方の同僚であり、友人であった男です。貴方の奥様とは何もかもが違う、比べようが無いのですよ?」
「そう言われるとそうなのだが、でも」
ああ、自分にこんなにも言い聞かせたのに!この男はどうして私の神経を逆撫でる言葉を差し挟んで来るのか?!自分の冷静さを振り切るように口癖の言葉が飛び出しそれを口火にズミの想いが噴出し始めた。
「この痴れ者めが!何時迄もうじうじしないで下さい、貴方が奥様を忘れられないのは、それだけ貴方の愛が深かったと言う証拠です!誰も其れを否定しないし批難も糾弾もしません!勿論私もそうです!それを承知で貴方に告白したのですよ、貴方とお付き合いしたいと」
「し…しかし、ズミ殿。我と其方は…恋仲で、恋人なのに…これは浮気ではなかろうか?」
あの頃よりもほんの僅かに痩せた指、少しだけ動く様になった指輪を無意識にいじりながらガンピは胸にしまいこんでいた言葉を吐き出した。
「この指輪を外せぬのは我の未練で…ズミ殿の想いに応えた時に外さねばと思ったのに出来ず……それが心苦しいのだ」
「全く気になりませんね、寧ろその貴方の心を私は誉れに感じます。その様な情の深くある意味誠実と知っているからこそ、私は言ったのですよ、貴方を愛していると」
此処迄言ってもガンピは否だの、あーでもないこーでもないと納得しようとしない。出来ないのかもしれない、それはそうか。妻を失い、息子と二人で生きてきた中年の男の恋人が一回り近く年下の男でしかもその男は自分の経歴等気にする素振りなどおくびにも出さず、男の本質のみを求めているのだ。男に付随するあれこれに気を払わない態度に慣れないのは仕方ないのかもしれない。
等と他人事の様に考えているズミだがこれは先程のカフェの男女の話ではなく自分と彼の話だ。俯瞰してみている場合ではない、何時迄もガンピのでも、だってを眺めている趣味はズミには無い。しかも生来せっかちのきらいのあるズミは、常ならガンピがこの様な曖昧な態度を取ろうものなら苛立ちを隠さずに怒鳴りつけるところだったが今日に限っては一つ、大きく息を吸うだけに留めて更にはガンピさん、と一言発しただけで癇癪を起こさなかった。
それどころか、目を背け未だもだもだしているガンピの肩を優しく叩き
「此処で少し待っていて下さい。直ぐに戻ります」
こう言い含め、ズミはガンピを置いて何処かへ行ってしまった。日頃見られないズミの態度にすっかり驚いてしまったガンピは何事かと唯その場に立ち尽くし、ズミが戻ってくるのを待っていた。

10分もかかったろうか、ズミはガンピの元に戻ってくる際手に何か握っていた。歩きながらズミはその何かの包みを乱暴に破き、剥がし、こじ開けながらその残骸をコートのポケットに押し込みつつガンピの目の前に立つと何処か緊張したふうに目線を散らしながらガンピの左手を取り上げて、それでも次の言葉を告げる際はしっかりとガンピの顔を見ながらはっきりと言った。

「忘れろとは言いません、外せとも言いません」
だから
「私の分も着けて下さればいいだけです」
そう言いつつ、ぎこちない手付きで傷のついた、古い指輪の上に真新しい輝きが足される。前の指輪と喧嘩せず違和感も少なく、しっくり馴染むデザインの指輪はまるでガンピの為に仕立てられた様にぴったりであった。
一昔前、これを填める側であった己の気持ちを思い出し、今の彼の気持ちを汲み取ろうとする、だが胸がせつない思いでいっぱいになり言葉が胸につかえ喉を競り上がるのは嗚咽にも似た短い間隔で襲うひくつきだ。其れを押さえ込みながら、冷静な振りをし小さな疑問を問う。

「……我の指輪のサイズを何時?」
「触れれば素材の太さくらい直ぐに解ります」
素材って言った…素材扱いされたよ我の指…等とガンピが僅かながらにもショックを受けている間、ズミは張り詰めたようなそれでも何所か角の落ちたような溜息を胸の奥から吐き出すと、謳う様に続けた。
「何時か、貴方に贈りたいとずっと考えていました。貴方の指に触れる度、その指に私の想いも飾り付けてくれないだろうかとずっと夢想していたのです」
敵おうと、追い越そうと躍起になった時もあった。でも本当は気付いていた、敵うものではない、追い越せるものでも覆せるものでもない。彼と彼の奥様の歩んだ時間は季節は私の差し挟まる事が出来るものではないのだ。
それを受け容れ、辿り着いた答えの一つがこれだ。上書き出来ないのなら新たに書き起こせばいい、途切れているなら継ぎ足し、追い越せないなら追いつき並んで歩き、未だ亡き妻の手を携えているのなら残りの空いた手を繋ぎ、その彼の手を離さず引いて行けばいい、覆せないならくるんでしまえばいい。やり様は幾らでもあると、やっと辿り着いた考えだ。

やっと、やっと此処まで来た―!
「やっと叶いました…それとも、私の想いは受け取っていただけませんか?」
貴方の奥様の様にはなれないし、貴方方の時間と同じものを紡ぐ事も過ごす事も、その道をそっくりその儘歩む事も私には出来ない。
だからこそ、私が模索した道が道筋が正しいとは言わない。それでも、私は貴方との未来の形がほしい。
「一緒に行きましょう、貴方を置いてはいかない。私は貴方を道連れに行く、ご子息を慈しみ奥様を今尚愛していらっしゃる貴方をその儘私の道に連れて行きます」
例えそれがどんな絵空事だと人に言われようが構うものか、私は決めたのだ。貴方が抱く想い事、貴方を抱えていくと、それに己と貴方の道筋を書き足していきたいと。

「………その様な我が儘、出来ぬよ…ズミ殿」
ズミの言わんとしている事を悟ったガンピは鼻の頭を赤く染めつつ緩く頭を振る。そのガンピの心情を悟ったズミは柔らか笑みを零しながら私はその儘の貴方がいいのですよ?とガンピを言祝いだ。木枯らしに吹かれ冷えてきたガンピの手を愛しむ様に諸手で包み込むとガンピは堪えきれなくなったのか、到頭その大きな瞳からぽろりぽろりと雫を落とし初めた。その雫は温かく、ズミの諸手の甲を濡らし滴り落ちていく。

「………何故、泣くんですか?」
そんなに嫌だったのですか?と此処迄来て解らない等と言うズミのギャップが可笑しかったガンピは笑み、痞えつつも
「ふ、ふ…だっ て、嬉しいのだ」
素敵な贈り物を、二つも貰えたのだからと、泣き笑う。そのガンピの姿に胸打たれ、居ても立っても居られなくなったズミは往来だと言う事も構わずガンピをきつくきつく抱き締める。
木枯らしはいや激しくなる一方だったが、それも気にならない程ズミの心は歓喜と熱に満ち溢れ、愛おしい恋人を放すまいと益々腕に力を込めたのだった。

オマケ〜
後日、
「ズミ殿」
「なんですかガンピさん」
「もし我も指輪を贈ったら、其方も身につけてくれるのであろうか?」
え?とズミが聞き返す前にガンピは考え直した。
「いやしかし、ズミ殿は料理が生業。指輪をつけていては不衛生極まりないか…他の物の方が」
だがガンピの思索のその先を、ズミは言わせなかった。
「贈って下さるのなら、是非とも頂戴したいです。寧ろ下さい」
「何故?仕事中は着けられぬであろう?」
「虫除けに調度良いです」
「む、虫除け?!」
「言い寄ってくる女性や男を追い払うのにとても好都合です」
「うら若き乙女や淑女を虫呼ばわりとは、ズミ殿。些か以上に口が悪いのでは!」
「貴方以外に寄って来られても迷惑なのです!」
「っ!?////」
「私の小鳥は貴方1人で十分、他の囀りはポケモンのいやなおとにも匹敵します、なら虫扱いで結構。私への愛の囁きを聞きたいのは貴方の囀りだけです、他なんか要らない」
力の籠る視線は相変わらずだが、その想いが自分だけに向いていると自覚した後だと以前とは全く違う捉え方になってしまい、これもまた困った感覚に囚われた。

「……さ、然様か。では受け取っていただけると言う事で宜しいのかな?」
「勿論、楽しみにしています」
その後指輪はネックレスチェーンと一緒に贈られたけれど、そのチェーンについていた石がトンでもない物だったのは別の話だ。と口にしたズミは溜息と共に口を閉ざした。
どうやら首に下がっている指輪の謂れはまだ続きそうだと、ザクロとマーシュはカップを上げ下げしながら友人の善い報せに今しばらく耳を傾けてやるかと居住まいを正してやった。




ここに出てくるズミさんは多分sweet home〜から4〜5年は経った後の、人間としてレベルアップしたズミさんでしょう、前のズミさんとは雲泥の差のビフォーアフター。

14/10/19