小説 | ナノ





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「七夕」
・マツミナ

スイクン!

エンジュシティに飾られた大きな竹に何十枚も吊り下げられた短冊の中で、短冊いっぱいに書かれたこの四文字と一つの感嘆符が目に入り、僕は今至極残念な気持ちで胸がいっぱいになった。
「ミナキ君、習い事の上達や学業の祈願をする祭りに何己の欲望丸出しの事書いてるの」
「私は自分の欲に忠実なんだぞマツバ!」
斜め後ろに居た短冊の作成者は悪びれもせずに胸を張って答えた。別に偉くないからね、君

「そういうお前は何書いたんだ?どうせお前もホウオウに会いたいとかそう言ったのだろ?」
「君じゃないんだから、そんな下賎な願い書かないよ」
下賎って言うな!そうがなりながらミナキはマツバの手元に未だ包まれている短冊を覗き込んでくる。文字に調度よく重なり、全体が見えない短冊を見る為背後から負ぶさるようにマツバに寄りかかったミナキは、短冊を持つマツバの指を一本ずつ意味も無くゆっくりと剥がし、短冊の文字を目で追い頭の中で読んだ。
読んで―少しどきっとした。どう言う意味のどき、かはミナキにもましてやマツバにも解らない。

ミナキ君がこの後一年間、無事に大きな怪我も病気もなく過ごし、元気にエンジュに帰ってこれますように

「………お前」
「この程度なら、ジラーチや織姫彦星もお目こぼしくらいしてくれるでしょ?」
習い事も学業も全く関係ないけれどさ、大事な人の道中祈願くらいは物の序でに聞いてくれても良いじゃない。一年に一度の逢瀬に、そんな無粋な頼み事をしようなんて考える駄目な人間だけれどさ、この気持ちは汲んでもらえると思ってる。屹度解るでしょう?年にそう多い回数逢う事の出来ない仲の相手を想う気持ちなんだから…

「…………気をつけます」
「道中はしゃがずに行っておいでね」
「はい……っも、もう一枚書こうかな私」
「人の短冊覗いたんだから、偶には僕の目を見て、正直に正面から喋ってみようかミナキ君」
「いやいやいや、私は何時も正直だぜ!?」
「…なら言い方変えようか?短冊なんかに書かないで、言いたい事は直接言ってご覧?」
「ま…マツバ、あの」
「なに?ここじゃ言いにくい?しょうがないなミナキ君は、無用に照れ屋なんだから」
「マツバ、何だその棒読みの台詞は!マツバ?おい聞いてるのか?」
「じゃあ帰ってゆっくり聞いてあげるから、家に着くまでにちゃんと纏めておいてね?」
「マツバ?マツバさん?マーツーバー!?」
有無を言わさずにミナキの肩に腕を回して、自宅に連行していくマツバに騒いでも喚いても最早なす術も無く引き摺られた短い道中も喚きっぱなしだったが、家が近付く毎に足下が軽やかになるマツバの様子を見て、ミナキは括りたくも無い腹を括らざるを得ない事を悟った。


「夏の一コマ」
・デンオ

「あっちぃなー」
「んー……」
「生きてっかーデンジ〜」
世話しに来てやったんだ、死なれちゃ困る。そもそも、体調管理も出来ないジムリーダーかっこ悪すぎる。なんでまたジムにこもってしかも冷房付け忘れて作業するんだ。夏のナギサが暑い事知らない訳無いだろうがナギサっ子のくせに。

「暑苦しいから喋んなオーバ」
「うっせぇな、何の為に俺が此処にいると思ってんだ!熱中症寸前のデンジ君をレスキューする為に呼ばれたんだろうがこの炎天下に!感謝される筋合いは合っても邪魔にされる筋合いは」
「それが暑苦しい、俺ポケモンじゃないからキャプチャされねーぞ。特にその頭が暑苦しい、もう剃れ、剃っちまえその頭。丸めろ、夏の間だけ出家しろ」
「オーバさんのトレンドマークのアフロに対してその言い種酷すぎる!出家したら二度と会わねーからなテメー!」
売り言葉に買い言葉、何時もの調子で返したその言葉が何故か今日に限っては違う追加効果を発現させた。

「………え?」
「あ?」
「出家すんのお前?」
「ものの例えだって」
「うっそ、嘘嘘…何俺に黙ってそんな事しようとしてんのお前」
「デンジ君、大人しく寝てような?今クーラーの冷房を更に強烈に」
「形見にアフロ以外のもの五体全て置いていけ馬鹿オーバ!!」
「それって俺全体の事だよねデンジ君?」
「お前のアフロの出家は認めるが本体の出家は認めない」
「勝手に俺をアフロ卒業させんな!あー、言うつもり無かったのにあっちー!」
「あっちー言うな、こっち迄暑くなんだろうが…出家すんなら俺も連れてけ。出家先は勝負どころ迄だからな」
「それは出家じゃねー、出張だ」

結局夜迄ぐだぐだしてた。


・ズミガン

「脱げ」

「……は?」
何だか不穏な言葉が聞こえた気がするが、屹度気の所為だ。この暑さ故何か聞き間違えたのだろう。うん、そうだそうに違いない。だってそうじゃなきゃズミ殿がそんな事言う訳―
「聞こえなかったんですか?脱げと言ったんです」
あ、聞き違えじゃなかった。不穏そのものだ、今日のズミ殿は不穏と不安の権化だ。

「い、いきなり何を藪から棒にズミ殿」
「この炎天下、真夏日、猛暑の最中!その様な不適切な格好を見せ付けられるのは不快です、然るべき格好をするべきです。公衆衛生と精神衛生上の問題で」
「ふ、不適切とは失礼な!この姿は我が騎士である為には適当且つ適切その物の格好であるし甲冑を着るのは騎士のつと」
「寄るな!照り返しが暑い!寧ろ熱い!」
「て、照り返し?何の事か我はさっぱり…それにズミ殿格好も我にしたら暑い」
「今直ぐ脱ぐか、切り裂かれるか、選びますか?」
ズミ殿、本気である。両手に包丁持ってそんなに睨まれたら、誰でも怯えてしまうと言うもの。しかしそのズミ殿の頬や額や首元には無数の汗が滴っている。確かに彼も暑いのであろう。

「……仕方ない。だが、脱いでも変わらない場合でも文句は言わないで頂きたい」
そう言いながらガンピがハッサムに手伝わせ、甲冑を脱ぎ払うとその下から現れたのは

暑苦しそうなギャンベゾン(黒)

「…」
「……」
「なんでまたそんな暑苦しいもの着込んでるんですか貴方は!」
「だから言ったのにー、我が甲冑を脱いでも変わらぬと先程お伝えしたのに!因みにこれでも今日は軽装である、フル装備の日はこれに鎖帷子もセット故」
「脱いでも暑苦しいとは性悪な!」
「我だって暑いもん!暑いの我慢して着ているのである、暑いの其方だけじゃないのである!そこんところ大人になって欲しいものである」
「………矢張り切り裂いた方が私と世界には優しいようですね」
「ズミ殿冗談ばっかりである!そして我に優しくない!!」
と言い捨てガンピは一目散に逃げ出した、甲冑の無い体は軽く何時もの3倍は動けそうだ。でも実際は1.3倍くらいだ、しかし背後を恐ろしい勢いで追いかけてくるズミ殿は日頃の三倍の速度に違いない、何て取り留めの無い事を考えたのかそうでないのかも定かじゃなくなってきた。嗚呼暑い、なのになんで我走らなきゃなんないの?
訳が解らないである!

・マツミナ

「ミナキ君、デートしようか」
突然のマツバの申し出に、考える素振りを見せながらもミナキの答えは決まっているし、つまらなそうな声音を使いながらも内心は真逆だ。恋人にデートに誘われ嬉しくない恋人なんて居ないものだとミナキは思っているのだから。
「…どうせのスズネの小道だろ?行くけ」
「コガネシティでも行かない?」
想定外の場所を提案され、ミナキの上手くない演技はあっさり終了する。エンジュ以外のところでマツバと出かけられる?なにそれ、奇跡?!
「っエンジュ出てもいいのか?!」
「うん、もう出ても良いんだ」
「大丈夫なのか?後で怒られたりしないのか?だってお前はエンジュをあんまり離れたらいけないんだろ?」
「うん、大丈夫。もうダイジョウブ」
「っそうか、じゃあ行こう!早く速く!」
「はしゃぎすぎだよミナキ君」
「だってお前と他の街に一緒に行けるんだぞ?!凄い事だ、凄く楽しみだ!」
「子供じゃないんだから、ミナキ君…」
はしゃぐミナキに急かされ手を引かれるマツバの体温があまりにも冷たい事に、ミナキはまだ気付かない。

何時も傍にいる筈のポケモンがいないと言う事も、玄関の脇に立てられた黒枠の札にも部屋の隅の仏壇に飾られた真新しい遺影にも何もまだ…ミナキは気付いていない。

『マツバ…お主』
『まだミナキ君には内緒にしてよ?お盆だからまだバレないから』
『でも何時かバレるんじゃぞ?それなら早い内に告げた方が』
『ちゃんと自分で言うから…今日だけは、一緒に出かけてくるよ』
『最初で最後の遠出だからね』


その後、私は自分の能天気さを本当に後悔した。

・ギマレン

「暑いな…」
「ほんとにね…誰だよ、リーグの冷房壊したの。シキミとカトレアだよ!」
「言うな…減給で許されたんだから」
「金で解決するならこの不快感も解決しろよ、爪が甘いんだよ」
「扇風機は…コンセント届かないしな」
「ジャケット脱いだ程度じゃどうにもならないこの熱さ!如何してくれる!!」
「がなるな、余計に暑いだろ…」
ふぅ、と喉の奥から細い息を吐いたレンブが顎から滴り落ちる汗を拭う。それを目の端で追いながら、私の頭はかなり熱でやられているのか普段口に出す訳の無い言葉を容易く吐いてくれる。

「…やらしいなぁ、君」

「はあ?!」
「その汗が滴っていく様が無性にやらしい」
「冗談は止してくれ…」
その汗追いかけながら舐めたいって言ったらブン殴られるんだろうなぁ、でも舐めたいなあ。その鎖骨にいちいち引っ掛かって一拍、間をおいてし滴るその汗も綺麗に浮き上がるその鎖骨もしなやかで張りのある胸板の膨らみも、

ああ、暑い暑い。何時もより無防備な君のその首筋に噛み付いて暑い所為だなんだかんだと意味も理由も無い屁理屈重ねて、なし崩し的に君にいやらしい事がしたい。

本当にしてしまいそうな程、熱さは無慈悲に理不尽にまともな思考を、頭の回転を蝕んでいく。


嗚呼、あつい。


オマケ
・サブマス

「ノボリー」
「何でございますかクダリ」
「…………あつい」
「奇遇ですね、私もでございます」
「僕よりも日差しを吸収する色合いでなんでそんな涼しげな顔してんの、何、速乾シャツでも着てんの?ずるい、一人でずるい、」
「妄想で僻むのはお止めなさいまし、何もしていません。我慢しているだけです」
「その割りに顔が涼しげ。お腹に冷えピタでも貼ってんの?ずるい、ずるいずるい」
「貴方の顔も何時も通りで涼しげですよ、そして貼っていません」
「うっそ〜、こんなに暑いのに、暑いあつい」
「連呼はお止めなさいまし。暑さが増しますよ、車両点検中に暑いのは仕方ない事でございましょう?」
「………にーちゃんあついよ〜、休憩しようよ〜」
「子供帰りもお止めなさいまし」
「ノボリお止めなさいしか言わない……まさか、大分あつい?」
「先程から私も暑いと申し上げておりますが?目がくるっくるのくらっくら、カミツレ様も羨む程の回転速度でございます」
「ノボリ、休めば?それ絶対やばい」
「仕事中に腰を下ろす等なりません」
「倒れるとダイヤ乱れる、自己管理大事って何時も言うくせに」
「……………」
「本気ダイジョウブ?他の人呼んで来る」
「っは!何でもございません」
「みんなーノボリ立ったまま気絶してるー手伝ってー」
「クダリお止めなさいまし………」
点検作業中はクールビズが決まったよ、クダリの日記より