小説 | ナノ





if i pull useless press.






It never rains, but it pours.の続き



ギーマが俺を口説くようになってから、もう二月は経っただろうか。相変わらず、彼奴は俺を口説く。もう諦めたらいいじゃないか、十分に手は尽くしただろ?そう言って労って、諦めさせたい。何度どう愛の言葉を重ねられても、未だに俺はギーマを恋愛対象として見る事が出来ない。固定観念とは恐ろしい物で、俺の目に映るギーマと言う男はあくまで【同僚】のギーマなのだ。

嗚呼、だが流石と言うかギーマだからと言うかこの二ヶ月で気付かされたと言うべきか。あの男、かなりしつこい。
しかも持っている手管、手札の数が半端じゃなく多い、今迄の期間の口説き文句と睦言と行動のバリエーションから見ても其れは明らかだった。
あの手管や手段全てを駆使して、今迄様々な女性を口説き落としてきたのだと考えれば、それはそれで凄い特技なのではないかと連日のギーマの襲撃で疲弊しているレンブの精神は、違うところへ不時着しそうになっていた。
その特技を、何故俺に披露しようと言うのだろうか?披露する相手が違うんじゃないのか?
それ等を総動員して何故、俺を落とそうと考えるのが全く理解の範疇外だ…理解も思考も放棄してしまいたい、でも何か一部分でも隙を見せたら其れこそギーマの思う壺、其処に付け入れられるに違いと、また気を引き締める。

今日は何処から出てくる?どんな言葉を掛けてくる?どんなセクハ…基いスキンシップをとってくる?等と今日も無意味に気を張り意識を集中支えているレンブの頭の中を占拠し始めている男は、リーグのポケモンセンターの影にそいつの姿を見た。あちらの目につかない内にと足を速めたレンブの視界に、チャンピオンリーグでは見慣れない人影が写った。

そいつ、件のギーマは一人ではなかった、
ギーマはOLだろう制服姿の女性を熱心に口説いていた。結構距離があったのに口説いていると解ったのは恥ずかしながらも二ヶ月も告白や口説きをされ続けていればいくら鈍い俺でもその場の空気がどの様なものか理解する事が出来る。

つまり…俺は暇潰しだったんだろう、随分と息の長い手の込んだ暇潰しであるがあの男だ、それくらいならやってのけるだろう。ああつまり、

………

なんだ、矢張り冗談だったんじゃないか。

暫しの沈黙と共に己の中で導き出した結論に納得のつもりで胸の裡で吐いた言葉は何故だか落胆を連れていた。何故落胆するんだ?

ちく、………?

しかもなんだ、この胸へのちりっとした痛みは。

ちりちりと胸の奥と言うべきか喉奥と言うか、何とも言えない微妙な場所に湧き上がるこの感情はなんだ?
訳が解らない、兎に角この場に居たくないと言う気持ちが強くなりさっと踵を返し持ち場へと急いだ。


*

「…お時間とっていただいて有り難うございました」
やれやれ、やっとお引取りいただけたか。折角仕事前に済ませてしまおうと思った私服の一時が、随分とズレ込んでしまった。

肩を落とし、沈んだ感情を背中から醸しながら帰っていく女性を目の端で見送りながら、ギーマは懐に手を入れ先程押し込んだ掌サイズの柔らかい紙箱を取り出し、箱の底を指で叩いて押し出されてた一本を指で摘み唇に挟んだ所を、今度は同僚に襲撃された。
「あら〜ギーマさんじゃないですかぁ〜」
なんだよ、今日はやけに一服の邪魔が入るじゃないか。渋々煙草を懐に戻しわざとらしい声で声をかけてきたシキミの相手をする。
「ギーマさんモテモテですねぇ〜」
「おや覗き見かいシキミ?随分はしたないなぁ」
「こんな所でやるギーマさんもギーマさんじゃないんですか〜?」
これは先手を打たれた、とおどけて見せるギーマに「もっとムードのある場所で告白なり口説くなりすればいいのに〜」と忠告すれば告白?まさか!と何時もの人を食った顔の儘否定した。

「私がこんなところでそう言う事をする考え無しだと思うのかい?」
「じゃああれはなんだったんですか?どう見ても告白モードでしたよ〜」
そりゃそうだ、告白の場面に違いは無い。でも、『此方』ではなく『彼方』からの告白、である。
「告白は告白でも向こうさんからの告白さ。お断りに時間がかかっただけで、此方は何もしてないよ?」
あれは逆ナンパだったか、流石ギーマさん。モテるなぁ、なんて月並みの感想を頭の中で呟きながら口は別の事を聞いている。
「あれ?断っちゃったんですか?綺麗な人だったじゃないですか、胸も大きいし」
「シキミ、男が胸しか見てないと思ったら大間違いだよ?」
「え?じゃあ脚ですか?」
「………」
「…すみません、外見は7割ですもんね…残りの3割を見定めてるんですよね」
「君も漸く大人の見方が出来る様になって、私もほっとしたよシキミ」
どうやら、世間一般の成人男性より、ギーマさんの性的嗜好は複雑な様です…脚か胸、お尻で6割くらいいくって調べついてたのに、うーん、難しいなぁ

「まったく、一体何処から私がフリーだと言う話が伝わっているのかな。喧伝も言い触れた事も無いんだけどな、少し、否かなり迷惑だよ。シキミ、君誰かに言ったりした?」
言いませんよ、宣伝したらこの通りあっと言う間に騒がしくなるじゃないですか!私は静かに執筆したいんです、余計な騒動はネタに詰まるのと同じ程度にお断りですよ!
「ふふ、そんなに必死に釈明して。本命でもいるんですか?」
等と冗談交じりに、茶化す風に問えばさらっと、度肝を抜く発言で返されてしまった。

「…ああ、いるよ」
本当にさらっと、自然に返して下さりやがりましたよこのイケメン!
「え?」
「あれ?聞こえてなかった?私今、本命の人がいるんだ」
否、二度も言ってくれなくて結構です!
「誰ですか其れ!私も知ってる人ですか?年上ですか年下ですか美人ですかイッシュの人ですか?」
「全部ナイショ、相手に迷惑かけたくないからね」「益々珍しい!何時も押せ押せのギーマさんが押さえ気味だなんて!」
「私が押すしか能の無い男みたいないい方するのやめてくれないかな?押して駄目なら引く、引いて駄目なら引っ張る。それでも駄目なら少し離して様子を窺う。やり方なんて相手次第だよ」
「女垂らしならではの言い方ですね!で、どんな人なんですか?二股上等!なギーマさんが一人に絞って真面目に落とそう何て、一体どんな女性なんですか!?」
話を聞かないフリも立派な交渉手段、態とらしくない程度の空気を読まない、これも取材では必要です。私との付き合いの長いギーマさんはそんな私の手の内なんか解ってるけれど、私の顔がからかいのものじゃないと気付いたのか、ほんの僅かに肩を竦め、困ったように笑った。どうやらほんの少しだけ胸の内を明かしてくれるようだ。

「立派な志を持ってる、仕事にも自分の人生にも誇りを持てる素晴らしい人だ。でも内面は凄く恥ずかしがり屋でナイーブなんだ、優しいし、何だかんだ言って困ってる人は見捨てられないし私が困っていても最後は手を差し伸べてくれる。それを隠すように表面は強がりで、頑固だ。でも其処が可愛らしいよ、歳は―多分私よりは下かな?」
はい此処迄、なんて意地悪っぽく打ち止めにしたギーマさんからもう少し引き出してやろうと手帳から顔を上げた私の目に映ったギーマさんの表情に、私は唖然と・呆然と・俄然吃驚!と言う三連チャンを喰らった。

「…ギーマさん、変なものでも食べましたか?」
「君、酷い言い方しないでくれる?」
「だって、そんな顔して惚気るなんて今迄のギーマさんじゃ有り得ませんよ!!」
「失敬だな、君私をなんだと思ってたの?!」
「タラシに決まってるじゃないですか!女の人との噂の切れないギーマさんが今回に限ってそんな顔してるなんて…唯事じゃないですよ!」
「…君の私への印象と今の私の台詞への解釈は好きに判じてくれて構わないけど、言い触らしたりしないでくれよ?そんな事されたら全部おじゃんだ、流石に恨むからね」
「大丈夫!シキミちゃんの口はゴルーグの封印ばりに堅いんですから!」
「……それ、全然大丈夫じゃないんじゃ」
「もっと情報くれたら、もっと堅くると思いますよ?ささ、もう一声」
「さて、持ち場に行くかな」
あー!態とらしすぎる!なんて子供みたいに騒ぐシキミを置いて、ギーマは自分の持ち場へと足を向けた。今日はどんな手で意中の人を口説こうかな、等と考えながら手持ちのカードやコインを確認するように今迄のレンブの表情や仕種を頭の中で反芻した。


*


「レンブさんレンブさん、ニュースですよニュース!大ニュース!!」
徐に昼休憩に入ろうか、などと思った頃、リフトを駆け上がらんばかりの勢いで南東の間に突撃してくるシキミにレンブは慣れたような態度で
「シキミ、リフトじゃなく裏口の階段を使え」
と当たり前の業務的注意をするがシキミは意に介さない。
「そんな事より!聞いて下さいよー」
ああ、今日も駄目か。シキミが一度この状態になると一通り話を聞かないと、シキミは落ち着けないのだ。まるで親に話を聞いてもらいたがる子供のようだ、だがシキミはいい歳した大人だ。もう少し落ち着きが出てもいいと思うんだが…と、年寄り臭い事を考えるレンブの沈黙を了承と取ったシキミは大ニュースを話し始める。

「なんと、あのギーマさんが今恋人の一人も全く作っていないって言うんですよ!!これって凄くないですか?!」
シキミのゴルーグ張りに堅いと言う口は、どうやら糊付けの浅いポテトチップスの袋の口程度の固さだった様だ。つまり、言う程ではない堅さの事だ。だが、言った相手はレンブ、なかなか冗談の通じないタイプだ。
「…そんなの彼奴のお得意の嘘謀りだろう?」
と、シキミの情報源の不審さから話を本気に取ろうとしない。
「信じてない!酷い、シキミちゃん速報信じてくれないんですか!?」
何時の間にそんな速報を作ったんだシキミ…
「…お前の速報の出所は兎も角、あの異性との付き合いを切らさないギーマがそんな事する筈が無いだろ?」
現にこの前だって…駄目だ、折角忘れていたのに、思い出してしまった。胸がムカムカしてきた…なんだって俺がこんな気分にならなきゃいけないんだ。
レンブの胸中を知らないシキミは、首を傾げながらも
「あれ?知らないんですかレンブさん。最近のギーマさん本命の人がいるらしくて、告白もお誘いも全部断ってるらしいんですよ?って言うか断ってました」
と自分の見た事実をレンブに教えた。その言葉にレンブは正直意驚いて反射的な声を上げる。
「見たのか!」
見ちゃいましたー、バッチリ!と親指と人差し指でわっかを作りオッケージェスチャーをしてくるシキミに、信じられないとレンブが頭を振るが、シキミは続けた。

「最初は口説いてると思ったんですけど、逆だったんです。ギーマさんが告白されてたんです、私がこの前見たのは胸が大きくて髪がウェーブで綺麗な顔のOLさんでしたけど」
胸の大きい…ああ、思い出したくないが思い出した。俺が見た女性だ、凝視した訳じゃないがあれは遠目から見ても目立つ特徴だった。
「その胸の大きくて綺麗な顔のOLさんをギーマさんお断りしてたんです!その後も何回も何回も、色んな女の人に告白されても真面目に断ってました!」
「何回もって…お前覗きなんて趣味が悪いぞ?」
「偶々ですよタマタマ…ええ、偶然ですよ?」
「………」
「すみません、本当殆んど偶然なんでそんな冷たい眼差しで見下ろすの止めて下さい…かなり傷付きます」
「高潔であれ、とは言わないしお前に偉そうに言う資格も権利も俺には無いと思うがシキミ、それでも誠実さは美徳であり美点だと思うぞ?」
「はい、調子に乗りましたすいませんでした…で、それでですねレンブさん!」
まだ続けるのか…速報と言う割には随分溜め込んでいたネタのようだな、とレンブは最早咎めるのを諦めて唯聞き手に回る事にした。

「それでその後何度か本人に聞いちゃいました、ギーマさん誰が好きなんですかって。そしたら」
「そしたら?」
「ナイショって言われちゃいました」
ナイショって…子供か彼奴は。想像に難くないギーマの仕種にレンブはついうっかり顔に出してげんなりしてしまった。どの面下げてそんな事してんだ彼奴は
そのレンブの心中を察した、基い表情に出ていたのをしっかり読み取ったシキミは、更なる追い打ちをレンブにかけた。

「でもその人の事本当に好きみたいですよ?惚気られちゃいました」
「の、惚気?!」
「はい!本当にちょっとしか教えてくれないんですけどね、多分イッシュの人だけど人種は違うし趣味も趣向も性格も全く違う。でも素敵な人だって、っ立派な志を持っていて自分の仕事にも人生にも誇りを持ってる素晴らしい人だって。でも内面は凄く恥ずかしがり屋でナイーブで、優しい人だって。すごい顔で惚気てましたよ」
「すごい顔って…どんな顔だよ」
全く想像付かん、と正直に告げるレンブに、シキミは思い出したのか
「恋に恋してる物語の主人公の様な顔してました。最初変なものでも食べたんじゃないかって疑ったんですけれど、あんな顔してたら女の人寄ってきちゃいますよねー!」
とニヤニヤしながらギーマの表情について報告してくるが、レンブには全く想像の域を超えていたようで。
「……どんな顔だ?」
「解りませんか?!」
「さっぱりだ」
「レンブさん鈍すぎです、」
首を傾げ続けるレンブに、シキミは呆れたように一瞬の隙も無い言葉のストレートを投げつけた。流石お国柄、イッシュ地方に言葉のオブラートはなかなか売っていない様だ。
「………返す言葉も無い」
「じゃあ見に行きましょう!」
「は?」
「百聞は一見にしかず!解らないもので、確認が出来るものなら確認しちゃえばいいのです!迅速に、速やかに、」
そう言いながらレンブの筋肉の付いた太い腕を華奢な両腕で引っ張って連れ出そうとするシキミを、レンブは落ち着かせようとするがこの細い体の何処からその力が出るのか、レンブは僅かずつ引っ張られていく。
「し、シキミ落ち着け」
「はい、レッツゴーレッツゴー!」
「レッツゴーじゃない!今俺は昼飯を」
「リーグ周辺を一周して見つけられなかったら一緒にしましょう!さぁレンブさん!善は急げ、急がば回れですよ!」
「遠回りしたら益々時間がなくなるだろ!」
「流石レンブさん、冗談通じないですね」
シキミが若干諦めを滲ませたような顔でレンブを見上げながらそう言うと、またレンブは首を左右に傾げながら今のは冗談だったのか?と考えるがシキミの言葉の何処に冗談が隠されていたのかいくら考えてもレンブには解らなかった。

正直言って、ギーマへの告白シーンに出くわせるとは考えていなかった。
寧ろそんなのに積極的に出くわしたいと思わない、あんなの偶然一回見ただけでも十分過ぎる程不快だったのにどうして好き好んでそれを見る為に探そうと言うのか。建設的ではない考えを頭の中で巡らせつつもレンブはシキミに腕を引かれながらギーマの姿を捜した。リーグの中、施設の周り、チャンピオンロードの中、ゲートの外へと下っていくがギーマの姿はおろかこの場に似合わない女性の姿も見えない。今日はギーマへの告白は無いんだ。屹度そうだ、それか別のところでしてるんだ、ギーマだって馬鹿じゃない、もっと場所を考えるだろう…等々そう思いこもうとしていたレンブの予想はチャンピオンロードに戻る際にさらっと、外れてしまった。

「レンブさん、ギーマさんまた告白されるところですよあれ!」
どうやら俺達と入れ違いだったようで、ギーマはチャンピオンゲートの前迄呼び出されていた。呼び出した相手は明らかに挑戦者ではないOL風の制服姿の若い女性だった、またOLかよ。等と下世話な事を一瞬だけ思ったレンブは「隠れますよレンブさん!」と声を潜めたシキミに引き摺られるまま近くの岩の陰に身を潜め、ギーマたちを伺い聞き耳を立てた。
「昨日も告白されたばかりじゃなかったのか彼奴は?」
「そうですね、流石ですねリア充め!」
シキミ、リア充ってなんだ?レンブさんは知らなくても大丈夫です!
「どれだけモテるんだ彼奴は」
「そりゃモテますよギーマさんは」
「そうなのか?」
「四天王でイケメンでってつけばある種ステータスをぶら下げて歩いているのと一緒ですからね、モデルと一緒ですよ?そんな人がフリーだったら、気のある女性なら黙ってないと思います」
「そうか、そう言うものなのか」
そういう男に俺は毎日言い寄られていたのか、いやいや、彼奴は冗談かバツゲームかなんかで俺に対してあのような戯言を言っていただけで、決して本気じゃない筈だ。しかしでも…彼奴は決して馬鹿じゃない、それどころか彼奴は頭が切れるしすごぶる回転だっていい。そんな彼奴が二ヶ月もかけてどんな冗談の為に俺にあんな事をするのだろうか?
今迄彼奴がちょっかいをかけてきた事は何度もあったがそれだって程ほどのタイミングでネタばらししたり冗談だよとケリをつけてきていた。長くても一週間くらいの間隔だったし、こんな長い期間からかわれ続けた事なんて一回もなかった。何故?何が目的だ?どうして…
疑問を頭の中でふわふわと湧かせている内に、口が勝手にシキミへ質問を繰り出していた。

「シキミ…」
「なんです?」
「こんな時に聞くのも可笑しいかもしれないんだが…ギーマは、冗談が好きなのか?」
「……は?」
なんだそれ?と言わんばかりに此方を向いたシキミに俺は続けたが、次の言葉を発した時流石に勘付かれるんじゃないかと焦った。
「いや、冗談で異性を長々と口説いたりする奴なのか?」
「へえ?」
益々訳解らんと首を傾げるシキミに、内心大いに慌てながらも出来るだけ平静を保ち言葉を選び、聞きたい答えを引き出そうと四苦八苦する。
「その…彼奴はもてるんだろ?」
「まぁ、嫌味な程もてますよ?」
「そんな彼奴が交際を受け容れてもらえない相手がいると言うんなら、それはギーマが冗談めかして口説いたりして相手に伝わってないんじゃないのかと…考えたんだが」
「ああ、そう言う事ですか!確かに、ギーマさんがなかなか落とせないって有り得ないですもんね普通なら」
どれだけ彼奴恋愛に関して無双状態なんだよ…

「でも、こう言っちゃなんですけれど、ギーマさんって恋愛事はゲームやギャンプルと一緒って口にしながらかなり真面目ですよ?」
「っそうなのか?!」
また有り得ない真実を聞いてしまった。アレの何処が真面目なんだろうか?どう見ても恋愛をゲームの一種に見立て楽しんでるようにしか見えないのだが…そう考えている内にシキミが話し続ける。
「出会い方とか口説き方は千差万別だし、時たま子供には見せられないよ劇場な展開もあったみたいですけれど概ね紳士なんですよね〜、二股してたけど」
「二股!?」
「でもその二股がバレた事って、私がギーマさんと仕事で一緒しはじめてからはなかったと思いますよ?どちらとも円満にお付き合いしてましたし円満に別れましたし」
「それって…真面目なのか?!」
「一人一人とのお付き合いしている期間まちまちですけれど、その間浮気しないし別れる時だってそうそう揉めないし」
「おい話を聞け、流すな!…信じられん、色んな意味で色々信じられん。そもそも二股の時点で浮気じゃないのか?その上で浮気して無いって矛盾じゃないのか?」
「まぁ、それはおいといて。それでも、ああ見えて硬派と言うかストイックと言うか、ちゃらくないんですよねギーマさんって」
「二股の時点でチャラ男じゃないのか?」
「なかなかしつこいですねレンブさん」
「この国は法的に一夫多妻を認めてないからだ。二股は浮気だ」
「く、法律を出しましたか。流石頭固いですねレンブさん」
頭が固い、柔らかいの前に法律を護るのは国民の義務だと思うが…

「あ、レンブさん、しっ!何か言いますよアレ!」
そうシキミが声を出し、それにつられる様に俺もギーマの方を見ると俯いていた女性が顔を上げ、頬を染めはっきりと言った。

「私…貴方が好きです、お付き合いしてください!」
これはなんともシンプルだが直球に行ったな…
「貴女の気持ちは嬉しいけれど、お付き合いは出来ない」
こっちも直球且つ即行お断りしやがった!何故だギーマ、俺は冗談なんだろ?俺に遠慮する必要な元々無いんだから喜んで告白を受ければいいじゃないか。容姿も申し分ない女性じゃないか、スタイルに関しては下世話になるから言及しないが顔も素敵な人じゃないか、何が不満なんだ?お前が頷けばかなりの美男美女のカップルが誕生する程の相手なのに…否、これは個人の趣向の問題だから他人がとやかく言う事じゃないし

「何でですか?今誰ともお付き合いしてないんですよね?じゃあ、いいじゃないですか!私、駄目な所は直しますから!」
ほら相手にも言われた、付き合っとけギーマ。それで俺にカミングアウトしてくれ、「今迄の悪ふざけ、マジ御免」とか。許すから、一発殴って許すからそうしてくれ。俺の精神衛生の為にも是非頼む!なんて俺の心からの願いは、どうやらギーマには届かなかったらしい。

「そうじゃない、貴女は十分魅力的な女性だ、でも私は今好きな人がいてね、その人を口説き落とすのに夢中なんだ。今はその人以外の事は考えられない、だから君の告白を受ける事は出来ない」
なんだそれ、勘弁してくれ。今迄のアレを冗談にしようとしている俺に追い打ちをかけるな。寧ろギーマの言ってる相手が自分だと思う時点でかなり痛い人間、と言う奴じゃないか俺?俺が隠れ蓑で他の本命を必死に口説いてるかもしれないだろ?レンブ、希望を捨てるな。二人の会話に意識を集中させろ、若しかしなくても何かヒントを拾い上げられるかもしれない。そう、俺が隠れ蓑でギーマに他の本命がいるかもしれないと言う俺の仮説が正しいと言う証拠が!

「そんな…わ、私の方が屹度イイ女です!こう見えて私かなり着痩せタイプで、そのぬ、脱いだら結構凄いんですよ!?」
「…残念だけれど、私にはあの人以上の人は今はいないんだ。諦めてもらえないだろうかお嬢さん?」
「どうしても…駄目なんですか?」
「どうしても、だね。正直に言えば今も私の目蓋の裏はあの人でいっぱいだ。誠実で、仕事に生き方に誇りを持っているあの人で胸に愛しさがこみ上げて、溢れんばかりだ」
「っそんなに、好きなんです か?その人の事」
「…ああ、すごぶる愛してる」

愛してる、その言葉を口にしたギーマの顔と声音に背筋が震え、擬視感を感じる。あの声は顔は…いやいやいや!気をしっかり持てレンブ。これじゃ証拠を掴むには掴むが自分の推論どおりの証拠ではなく一番嫌な仮定を証明する証拠が挙がってしまう。それは不味い、凄く不味い…
等と俺が懊悩しているとは知らないシキミは、得意顔で
「ね?レンブさん、ギーマさんすっごい顔でしょ?後あの真面目さ、有り得ないですよね!」
等と尋ねてくるが、俺は意識半分で
「…ああ、確かに真面目だし程入れ込んでるな。あんな顔初めてだ、」
と呟いた。

でも嘘だ、嘘を吐いた。初めてじゃない、最近よく見る顔だ、あの顔であの声で…ギーマは俺を口説き、俺に睦言を囁いた。二ヶ月前も、先月も、先週も昨日も、今朝迄も!!
「あれで惚気たんですよあの人、ボールペン破壊してしまいそうな気持ちになりましたよ!アレがリア充って奴ですよレンブさん……リア充滅んじゃえ」
「シキミ、俺の足をペンで引っ掻くな!!地味に痛い!今度何か作ってやるから!落ち着け!!」
「やったぁあーー!何かな?何かな〜」
タルト?パイ?マフィン?ケーキ?プリン?何お願いしようかな〜等とまた俺への無茶振りを想像してにやにやしているが、俺は引っ掻き傷の様に深いミミズ腫れの付いた足の甲を擦るのに意識を割いていてギーマと女性の動向をから目を離していた。顔を上げた時二人はまだ何言か話を続けてる様だが、何度彼女が訴えてもギーマが折れないらしく遂に女性が
「解りました…諦めます」
と肩を落としていた。ギーマ、本当に好い加減にしてくれ…素敵な女性じゃないか、お前と似合いだと思うぞ?良いじゃないか、俺だって応援するぞ?と女性の肩を持っていた俺だったが、すっと顔を上げた女性がギーマに大きな声で口にした
「でも一つだけお願いしたいんです。諦める代わりに…抱き締めてキスしてください!」
と言う言葉に度肝を抜かれた俺は、押さえていた声をつい荒げてしまう。

「なっなんだそれは!?その取引は何故どうして発生するんだ!」
「しっレンブさん静かに!」
レンブにしてみたら、凄まじい衝撃を食らった女性の発言に、レンブは声を荒げて、暴れる胸中を正直にシキミにぶつける。
「っ…世の女性は皆あんな交換条件を出して迄思い出作りをするのか!?」
「一部です、全部を一緒にしないで下さい!私ならしません、寧ろ失恋を紙にぶつけます」
シキミらしいがそれでいいのか?
「そしてそれをコンクールや雑誌に応募します!失恋した女性が新しい恋への一歩を歩む話、その失恋から立ち直る為にポケモントレーナーの頂点を目指す話、仕事に打ち込み、会社のトップに上り詰める話…ネタは尽きません!」
「相変わらずの創作意欲…恐れ入るぞシキミ…そう言えばこの前の話、なかなか面白かったぞ」
「有り難うございます!」
等とやり取りしていたその時、俺の携帯がけたたましい音を立て始め、俺はポケットを押さえシキミは声を荒げそうになった口をを慌てて押さえる。
「!?」
「れ、レンブさん携帯が!マズイですよ」
「色んな意味でまずい、挑戦者が来ているらしい」
「えっ!好い所なのに〜」
「…今カトレアが相手をしているらしいが、なかなかの腕前だそうだ。俺は戻る、お前も程ほどにして戻ってきてくれ。ギーマも連れてな」
とシキミを残し足早にリーグへ向かう。その間、無駄な事は考えなかった、何も考えず唯早く持ち場に戻らなければと足を速めつづけた。


リーグに戻った時、カトレアと挑戦者はまだバトルのしているのか通路からでもポケモン達の技による激しい炸裂音や何かを切り裂く音が聞こえてきた。持ち場で挑戦者を待ちながら、先程のギーマと女性のやり取りが目蓋に浮かびそれを振り払う。

屹度、ギーマはしてやったんだろう、何だかんだ言って女性には優しい男だ。あんな涙ぐんだ女性を無碍に出来る訳ない…そう言う男だ、良いじゃないか。俺には彼奴への恋愛感情はない、調度良いじゃないか、若しかしたらそう言う事をしたら彼奴の想いがあちらへ傾くかもしれない。
それで良いじゃないか、だって俺は彼を愛していないのだ。彼の言祝ぎ、囁き呟く愛を恋情を受け容れた事がないのだから彼の恋愛へ口を挟む事なんて………してはいけない、解っているのに

……なんだ、このモヤモヤ、ムカムカは。

気分が悪い、凄く気分が悪い。仕事中に私情を挟むなんて、何たる未熟な心だ精神だ!惰性じゃないか!いかん、修行が足らん!!今直ぐ修行したい、だが職場を離れる訳には…筋トレか正拳突きでもして心を落ち着けなければ!
気の乱れは心の乱れ、己の未熟を制するのは更なる修練と鍛錬、己の弱さを拳で正す!

その後挑戦者がほうほうの体でカトレアを制し、気合を入れてレンブの部屋に入ってリングに上がった時、鬼気迫る顔で正拳突きを続けるレンブに暫く気脅され声をかけられなかったらしい…と、挑戦者と話し込むレンブから他の四天王は説明を受けたとか云々。

そして、とうのギーマとOLの女性は、レンブの想像し得ない形の結末を迎えていた。


*


「申し訳ないけど、それは出来ない」
「なっなんで?一回だけでいいんです、貴方の思い出が欲しいんです!」
「私の最愛の人は、こう言うのが大嫌いなんだ。思い出作りに、と言って不埒な事をしたのがバレたら一気に嫌われてしまう。それは嫌なんでね、本当にごめんね?」
と肩を竦め茶化すように笑いながら、ギーマは女性の願いを却下した。その言葉に彼女は流石に声を荒げた。
「そんな…ば、バレなきゃいいんでしょ?」
「人の口に戸は立たない、噂が広まる可能性もあるし貴女が何かしらの折についうっかり漏らしてしまう可能性だって否定出来ないだろ?携帯のツールで広がってしまうかもしれない、現に私が今恋人が居ないこの状況が広まっている。私も同僚も親しい人間も、誰も公言していないのに、だ」
「っそれはネットの掲示板にそう書いてあったから!嘘か本当か解らないけれどチャンスがあるなら伝えたくって、私…」
「やっぱり、そう言うツールでバレたかぁ、ややこしいな〜どれだけ拡散してるか解ったもんじゃない」
バレたら呆れられちゃうよ、と少しおどけた様に宣うギーマに、思い出すら許されないと突きつけられた彼女は勿論いい顔なんかせず、じゃあ、
「じゃあ、私からしてもいいですか!」
強硬手段に出ようとギーマに詰め寄るがそのギーマは柔らかに彼女を押し留めながらも、
「其れもお断りだよ、お嬢さん」
と拒絶の姿勢を崩さない。
「気も無い女性にそんな事をさせたなんてバレたら嫌われちゃうからね、」
そのギーマの態度に益々彼女は言葉を荒げていく。

「そんな人、貴方に釣り合いません!第一、貴方が自分を抑えて迄相手に合わせなきゃいけない道理なんか無いと思う!」
「それはある、その道理はあるんだ。今迄私はやんちゃが過ぎたからね、疑られて当然なんだ。私は身の潔白を証明しながら愛を伝えなきゃならない。だから、貴女方麗しい女性達の愛を何事も無く、それこそにべも無くお断りしなきゃいけないのさ」
と優しげに女性に語りかけるギーマの眼差しは、その声とは裏腹に冷め、冷たさを帯びているように冴え冴えと輝いている。その眼差しを受けた彼女は自分の恋心が叶う可能性がほぼ無いと言う事を、悟った。
「…どうしても駄目、なんですね」
「そう、だから諦めて欲しい、すっぱりと」
「……貴方がこんなに冷たい人だと思わなかった!」
「それはどうも、周りにそう伝えてくれても構わないよお嬢さん?」
「っさようなら」
そう言って、まるでドラマの出演者の様に涙を堪えながら走り去っていくOLを、ギーマさんは見送るでもなく懐に手を入れて煙草を取り出し、一吸いすると深い溜息を吐きながら
「…疲れる」
と零し俯いて頭を振っていた。そのギーマを岩壁の影から見ていたシキミは愕然としながらも思いの丈を其の儘、正直に口から出していた。

「……ギーマさん、本気過ぎるっ」






今更でも真面目になるギーマにぐらっときてるレンブ。と言う感じかな?振り回されっぱなしともいう。
前と大分時間が空いてしまいましたがあがりました!

14/7/16