小説 | ナノ





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テーマは「プロポーズ」


・ギマレン

迂闊な事を言ってはいけないと、俺は今痛烈に後悔している。

「花束も駄目、指輪も駄目、素敵な場所でのロマンチックな告白でも駄目、耳に囁く愛でも駄目、駄目、駄目…ねぇレンブ?どうしたら君は俺のプロポーズを受けてくれるの?」

受けるか、そもそも男同士だぞ?恋人同士ではあるし違法行為でもないが俺は女じゃない。そんな事じゃ心を動かさないって解ってるだろ?
だからお前のしてきたお決まりの「花束とプロポーズ」「指輪でプロポーズ」「サプライズプロポーズ」「夜景とディナーでプロポーズ」「二人きりの密やかな時間にプロポーズ」等など……それ等をバレーボールのアタックの如くはたき落とす事に微塵の罪悪感も遠慮も無かった訳で。

「女性にすれば二つ返事でオッケーな展開だったと思うんだけどな〜」
「残念だったな、でも俺は無理だ。寧ろ少し引いた」
「酷っ、引くって酷くない?かなり考えて行動してたんだけど?!」
「そもそも、結婚と言う形に拘る必要があるのか?今の儘でも十分だと思うんだが…」
「無理、何時君がどこぞの誰かに盗られるか解ったもんじゃないのにこの関係をズルズル続けるなんて無理!」
「誰が俺を狙うと言うんだ!!」
「君だって解ってるでしょ?!君男にモテルんだから!」
確かに異性より同性にもでる傾向が俺にはあるけれど!それを恋人であるお前が言明しなくたっていいんじゃないのか?!

「何時何処で、どんな男達に何をされるか…想像でも怖ろしいにも程がある!!」
「変な妄想するな!自分の身くらい護れるしポケモンいるし、そもそもお前以外の告白を受けた事は一度も無いだろう?」
「ほらデレた!そのデレが付け入られるんだよ、そんな可愛い君を野放しにしてたらまずい事この上ない。やっぱり法的な関係を結んだほうが安心感が湧くと思うんだよ私は!」
お前以外で、俺がデレる、なんて些細な表情変化に気付ける人間は中々いないと思うし安心するのはお前だけだ、色々言いたいが何を言っても無駄な気がする…正に「ノレンに腕押し」と言う状況か…
「せめて私のプロポーズを聞いてくれる気にならない?受ける受けないはこの際、非常に不本意でも、問題に上げないから」

此処のところその話になると強制的に話をシャットダウンしていたからな、ギーマにしてはとても譲歩した形でプロポーズの話を進めてきた。
確かに、唯無碍にし続けるのも気が引けるんじゃないかと聞かれれば気が引けるかな?と言う程度に胸には引っ掛かる。
「そうだな…条件があるがそれでもよければ」
「なに?」
そう聞き返してきたギーマに俺は自分でもコレは一寸と思う、無茶な条件をつきつけた。

「師匠にポケモンバトルで勝てたら、お前のプロポーズを再び受けよう」

………

「本当にそれでいいのかい?」
「ああ、ルールは二人に任せる。取り敢えず、師匠に勝てたらだ」
師匠はもうチャンピオンを引退してはいたが、己の身の鍛錬もポケモントレーニングも怠ってはいないので現役当時の儘の腕前だ。
俺もギーマも師匠に勝てた事がないので、この条件はかなり意地悪なものだ。寧ろ態と吹っかけたんだ、ギーマもこの条件が如何に難しいものか理解しているだろう。
俺と違いギーマは無意味な労力を嫌う、だからのって来ないと思っていた。

思っていたのだが…

「……想像よりシンプルな勝負を持ちかけられて、驚いたよレンブ」
「は?」
「その勝負、受けて立とう」
受けて立つな、俺と戦うんじゃないぞ?師匠だぞ?ポケモンリーグチャンピオン最年長記録、最長在任記録、トレーナー連覇記録未だ破られずとかとか、色々伝説打ち立ててる人だぞ?お前の勝つ見込みは果てしなく低いんだぞ?もっと他に道を考えようとか思わないのか?

「あの人との決着、何れはつけたいと思っていたんだ…実に好都合!」
「…冗談だギーマ、本気にするな」
「レンブ、私が自分から乗った勝負から、一度でも下りた事があると思うかい?!」
「いや、無い。でもな、それでもこれは無謀と言うか俺なりの意地悪と言うか…」
「恋人の意地悪?実に結構!滅多にしてこない君のSMプレイと受け取ろう!!」
「止めろ!SMプレイとか言うな、本当にそう言うの止めろ!」
「ならば我が儘かな?おねだりかな?益々男としては叶えなきゃならないじゃないか!!恋人のおねだりや我が儘を聞く程度の度量、このギーマ兼ね備えているよ!」
「話を聞けっお前と言う奴は賭け事となるとどうしてそう目の色を変えるんだ…」
この男が生粋のギャンブラーだと、日常の端々で常に思い知らされてきたがまたどうして、こんな事でヒートアップするんだ…
聞えよがしに溜息を吐いた俺にギーマは何時もの調子で、言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

「ねぇレンブ、賭け事は私の人生と深く繋がっていて私の未来にも不確定ながら関わっている。コレがなければ君とも出会えなかった訳だし、冗談でも其れが己に食指に触れたのなら、私は如何なる勝負でも受けて立ってしまうよ」
「しかもその賭けと勝利の結論として得られるのが君だと言うのなら、私がその勝負を受けない謂れは何処にも無いだろう?」
「俺は景品か、」
「数億円の宝くじなんかよりも余程価値のあるね?」
あ、もう駄目だ、完全に目が本職の時のモードになってる。これはもう無理だ、絶対意見曲げないぞこいつ。暴走する恋人を止める術が、最早無いのだと気付いた俺はがっくりと肩を落としてギーマのしたい様にさせるしかなかった。

「そうと決まれば早速対策だ、ちょっと鍛えなおさなきゃね。後メンバーも入れ替えて」
無茶するな、しないで下さい。お前が結婚を諦めるように仕向けたのに、結果は火に油を注いで煽ってしまっただけな気がする。凄く嫌な気分だ…
「必ず迎えに来るからね、待っててくれよ俺のお姫様」
誰が姫だ!寧ろ何処に迎えに来るつもりだお前は!もう戻ってくるな!否、仕事中だろ帰って来い馬鹿!
静かに暴走しまくるギーマはその後の呼び出しにもなかなか応じず、師匠に連絡しても師匠もなかなか捕まらず俺は胃をギリギリさせながらシキミとカトレアとアイリスに説明基い言い訳をして回る羽目になった…


それから数ヵ月後、久し振りの休日だからと街に買出しに来ていた俺はポケットから聞こえるメロディーに足を止め、ポケットを探る。

画面に映し出された名前は、何とも残念な独占欲と行動力を俺に発動中の恋人だ。屹度今日も今日とて師匠の所に通いポケモン勝負に勤しんでいるんだろう…

「ハロー?」
『レンブ?私だけれど』
「解ってる、どうしたんだ?」
『今アデクさんの所に居るんだけれど』
ああ、どうせまた負けたんだろ?失礼な言い方だがあの人に勝つのは並み大抵の事ではないのだからこの予想は間違ってない筈だ。実際何度も負けているし、そう思い次の言葉を待っていたが
そんな不謹慎な想像をしていた俺は、俺の予想は最悪の形で裏切られる事になった。

『勝ったよレンブ!』
『はっはっは、レンブよ、儂ギーマに負けてしまったぞい!!ギーマは矢張り面白い男だの!!』

はしゃいだ様に息を切らせ嬉しさを抑えきれないと言ったふうなギーマの声と、呑気な師匠の声が遠く聞こえる。


迂闊な事を言ってはいけなかったと、今俺は猛烈に逃げ出したかった。



・デンオ

「お前の味噌汁が毎日飲みたい」
「三日あけずに飲んでんだろ?ほれ、おかわり」

「お前と一緒に住みたい」
「半分そんな感じだろ?ほれ、洗濯物」

「毎晩イイコトしようぜ?」
「………変態発言はもっと色気のある時に言って下さいデンジ君、ほれさっさと風呂入る」
「一緒に入ればいだろ?今更恥ずかしがる仲じゃあるまいし」
「おれはまだする事がありますー」

「〜〜〜♪」
「其れなんの歌?」
「どっかのバンドの曲」
「お前英語の歌詞うたえんだ、すげーな、俺聞いても全っ然解んねー」
「………」

「…………はー」
「なんだよ、あからさまなワザとらしい溜息吐いて」

「………俺の彼女、めっちゃ鈍くて俺ちょっと傷つくわー」
「俺はお前の彼女じゃねー!」
「え…」
「いや…彼女、だけど、さ…何か言いたい事あんのかよ」

「マジで解ってねーの?」
「マジで解んない」

「………プロポーズ」
「…は?」
「だからプロポーズだったんだよ馬鹿!」
「はーーーー?!ぷ、ぷぷぷプロポーズっておま、デンジっえ?」

…………一応、脈なしって訳じゃなさそうだけど、マジ凹むわ。なんでこんなアフロなんだろうなー。でもこんなアフロじゃないと駄目な俺は相当末期な状態だ


「俺、次から直球でプロポーズするわ」
「まじ勘弁して下さいデンジさん」
「俺今からお前にプロポーズするわ!」
「言ったそばからお前と言う奴は!!」



・マツミナ

「君と出会って結構時間たったよね」
「そうだな!もう十五年にはなるな、いやー思いの外続くもんだな人付き合いって」
「本当にそうだね…僕もこんなに特定の人と付き合い続けられるなんて思いもしなかったよ」
お前人付き合い悪いもんな!と全く悪気の無い笑顔と言い方で言われ、傷付いたフリでもしてやろうかなーなんて思ったけど面倒だから止めた。
「君に言われるのは一寸心外だ」
「なんでだ?私はお前より社交性あるぞ?」
「君は協調性ゼロだし」
「う、か、活動的なんだぜ私は!」
「オマケに自由人で、」
「だ、だってスイクンは移動するんだぞマツバ!?」
「尻も腰も軽いし、寧ろ根無し草だし」
「根が生えてるよりましだ!って、なんか私が不貞を働いてるみたいな言い方はよしてくれ!お、おまお、お前以外と関係した事は一度も」
「そのくせ嘘が下手糞で、根っから正直で根明で空気読まないし間も悪いし無遠慮だし」
「マツバ、この前味噌を間違えた事をまだ怒ってるのか?だけど私は白味噌より信州味噌派で、お前にも信州味噌と赤味噌の良さを解ってもらいたくてだな」
別に味噌を怒ってる訳じゃないんだけど、何を勘違いしてるんだいミナキ君?ま、いいけど

「―思考も一周回ってるみたいだし、ちょっとズレてて僕と付き合い長いのに未だに幽霊もホラーもオカルトも全く駄目で、それなのに怖い所やまほど回ってきてくれるし余計な手間増やしてくれるし」
「私なに拾ったの?なあマツバ!私ナニ拾ッタノ!?」
好い所も見習いたい所も、掬われた所もあるけれど、其れを相殺してしまいかねない程の個性に纏めていいのか悩む無自覚な悪癖。あまりにも個性に満ち溢れた君だ、でも

「そんな君に付き合えるのは、僕くらいなものだよね」
そう思える程に、君は僕の人生の中に当たり前に組み込まれている様だ

「旦那さんが在宅の仕事して、家事をして、奥さんを待つのもいいのかもしれないね」
「そう言う家庭もあるだろうな!」
「僕、大した努力も払わずそんな関係になれる自身あるよ。寧ろ今其の儘だしね」
「そうだな、私も家にいるより出回って稼ぐ自身があるぜ!」
「うん、じゃあ精々稼いできてね、お嫁さん」
「よし任せろ!」

……………

ノリに任せて勢いよく言ったけど、アレ?若しかして…
「っマツバ、今のって告白か?プロポーズか?」
「さあね〜」
「もう一回、マツバもう一回言ってくれ!」
「さて、買い物行かなきゃ」
等とそっぽ向きながらマツバは縁側から腰を上げ離れようとする。
「マツバはぐらかすな!」
「白味噌買いに行かなきゃ」
「好い加減白味噌から離れろマツバ!じゃなくてもう一回!」
「今日は何作ろうかな〜」
「マツバ、私の顔を見てもう一回いってくれ、なぁマツバぁあ〜〜」



・アーハチ

「一生、貴方の絵を描きたいなぁ…」
日々老いていく貴方を、追いかける様に老いていく自分がそれを絵に留めていく事が出来るなら、なんと贅沢だろうか。

なんてセンチメンタルに考えていただけで、それをついうっかり口から出しちゃって、モデルを快く引く請けてくれたこの人がその様な冗談を好まないのをすっかり忘れていたボクは慌てて、おどけた様に
「な〜んちゃって、冗談です……」
よぅ…と、おどけ茶化した語尾が口から床へへたり落ちていった。

キャンパスの向こうには椅子に腰を下ろしたボクの好きな人、真っ赤な顔をしたハチクさん、そんなハチクさん初めて見ましたよ

「…と、突然その様な事を言われても、こ、心の準備が」
え?心の準備?一生モデルして下さい、なんて大層な専属契約を持ち出したけれどやっぱり口頭じゃダメだよねぇ〜…うん?

何か可笑しくない?モデルの話ならもっと違う言い回しがあったんじゃないのかぃ?例えば「貴方をずっど描きたいので専属になって欲しい」とかさん?
今の言い方、一生貴方の絵を描きたいはモデルになって欲しいとか貴方の絵を描いて腕を高めたいとかそう言ったニュアンスに取られるのは明らかに少数派で―
大多数の捉え方は…生涯傍にいて絵を描かせて欲しいってニュアンスだよねん?

つまりはそれだけの期間この人と共に居てもいいだろうかと尋ねていると同義…じゃなかろうか?

つまりつまり―プロポーズしたんだ、よ、ね?ボク

うわ、わ、わ、あわ、わあーーーー

「………すまん、恥ずかしい勘違いをした…忘れてくれ」
益々赤くなって俯くハチクさん、そしてボクのお気に入りの木炭は最早ボクの手となり指となり動いてくれなさそうだ…まるで言う事を聞かないで、ぐちゃぐちゃ、ずるずるーとキャンパスを汚していく、嗚呼違うんです。

貴方の勘違いではないんです、多分、屹度、いや、本当に!
勘違いにしないで、待って待って!あー、放り投げちゃったよ木炭、ごめんお気に入り木炭。木炭とオクタンって響き似てるよね?下らない事に逃げてる場合じゃないよね?珍しく照れて慌ててパニック起こしてる暇は無いよねボク?のんびり屋さんのボクでも決める時はキメなきゃね?

「しゅいません…さっきの撤回出来ましか?」
「…は?」
頭の中で格好よさ気に考えてたくせに全く駄目じゃんボク、でも言わなきゃ、チャンスはある時に掴まなきゃね?すっごく恥ずかしい、みっともないチャンスの捕まえ方だったけれどね

「ハチクさん」


「貴方の傍で、一生貴方の絵を描かせて下さい」



・カミヤコ

「おっさん、プロポーズして」
「はあ?!」
何時も通り正体もしてないのに事務所に突撃してくるイッシュの名物モデル様は、出してやった茶を啜りながら頭の螺子が数本嵌ってなさそうな言葉を俺様に言いやがった。

「…何、下らねー事言ってんだテメーは」
「私まだプロポーズされてない」
「そりゃしてねーからな」
「待ってるのに、全然してくれない」
「おいっ俺の意思は無視かよ!」
「だっておっさんの意思確認待ってたら、おっさん死んじゃうもの」
「どんだけ俺を優柔不断にしてーんだテメーは!」
「あら、事実じゃない」
「んだとコラ」
「だってヤーコン、私が他の男と結婚して、絵に描いたみたいに幸せになれば良いって思ってるんだもの」
「………」
障害が無い、なんて言うもんじゃない。寧ろ障害だらけだ、俺はこいつと一回り以上は歳が離れてて、こいつはイッシュで顔を知らない奴は居ない程の有名人で、そんなのと俺みたいなおっさんが釣り合うなんて毛程にも俺様は思っても考えてもいねー
だから、もっと広い視野で関係で新しい見方で、もっと若くて気の合う男を見繕えばいいとこの女をはぐらかし続けていたのは事実で。でも気付かれているとは思わなかった、驚いたもんだ、まだまだガキだと思っていたのに

「ヤーコンが私を大切に思ってくれる気持ち、凄く嬉しい」
噛んで含めるように一文字ずつ区切らんばかりに万感を込めた言葉は、耳を擽る。その後の言葉は余計な事を考えさせない様になのか、やけに駆け足だ。

「でも、私にだって、理想がある。好きなタイプがあるしその人の事だけを考えて胸をドキドキさせる自由もあるわ。ソレがぴったり当てはまるのは貴方だけよ?」
「私には旦那様を選ぶ権利がある、そしてその人を振り向かせるチャンスも、その為の努力をする事も私の自由と権利だと思う」
だからヤーコン、一人で考えないで?
「ねぇヤーコン、まだ私は貴方の中でお嬢さんかしら?」
俺様の見ていた世界のお前より、そのフィルターを外したお前は随分といい女に成長していたようだな、俺様も耄碌し始めたもんだ情けねーったらありゃしねぇ

「………っけ、一端の物を言うようになりやがって」
「だって貴方に見合う女になりたくて頑張ったのよ?ねぇヤーコンどう?初めて会った時より、随分大人になったと思わない?」
「ふん、よく言うぜ」
キィ、と鈍い音を立てながら椅子を回して腰を起こし、こっちに来い、と言う風に手招きしてカミツレを呼ぶ。自然に且つ優雅に歩く姿に、その真っ直ぐな姿勢に本当に年月の経つ速さに感嘆を覚え、またそんな事を考える程に歳を取った自分に瞑目しながらも
「一回しか言わねーからな」
と最後の防波堤の強情、と言う名の羞恥心が口を吐いた。

静かに取る手は自分のと比べ随分小さく華奢だ。壊れ物を扱う様、この国で初めて掘り上げた鉱石を触れた時の様にそっと取り上げ、軽く見上げた先の青く透けた瞳が若干潤んでいるのを、キラキラと燐を放つ睫毛が何度も瞬きをするのを見ながら、全身から集めつくした誠意を以って生涯唯一度の言葉を口にした。

「          」

それを言い切った後に強烈に襲ってくる羞恥心から逃げ様と、カミツレの手を自分で掴んでおきながら乱暴に振り払おうとしたが思いもよらぬ力でそれは叶わなくなってしまい更なる羞恥心に襲われる。

「嬉しい、有り難うヤーコン、大好き」
「調子乗ってんじゃねーぞ」
「愛してる、もう世界中で一番愛してる!」
「だから一回しか言わねーっつっただろ?」
「でもその言葉以外を言わないなんて言ってないわ、ね?ヤーコン」
揚げ足取りやがって!嗚呼クソ、言うんじゃなかったぜ!!
「勝手にしろ!おら、仕事の邪魔だ。離れな」
そう声を荒げれば駄々を捏ねるかと思ったカミツレは大人しく離れ、そしてまるで小さな女の子の様な顔いっぱいにはにかんで微笑んで、くるん、と軽く回って見せた後未来の目標を俺に報告した。

「私、貴方の素敵な奥さんになるっ」



・ズミガン

「私の奥さんになって下さいませんか?」
「ズミ殿…言う相手を間違えておるのではないか?」
「いいえ全く。正しい相手に伝えています」
「全く以って間違えておるように思えるのだが?」
「…的外れか」
そう言いながら、ズミ殿は携え我に向けていた小さな花束を足下に置いた―

*

「言い方が露骨だったでしょうか?」
「うむ、確かに直球ではあったが」
「今の如何ですか?」
「如何…と言われても、我言われた事無いしそもそも言う方だし」
「この浮気者めが!」
「はい?!ズミ殿落ち着かれよ!」
浮気?なんで?我誰とも付き合ってないよ?
「誰にでも彼にでも愛を囁いているんですか貴方は!」
「違うから!我は男故ご夫人に愛を囁く側だという事を言いたかったのであって誰にでもその様な睦言を囁くと言う事を言った訳ではない!そもそも、誰にもまだ言った事ないから!!」
「そ、そうでしたか…失礼致しました、取り乱しました」
「まず落ち着いて…その様な顔で告白しては、上手くいくものもいかなくなると言うもの。リラックスして、優しく言うべきである」
ズミ殿は相変わらずの美丈夫故、その顔で何時もの痴れ者発言をする顔なんかしたらおっかない事この上ないのに、何故その顔でご婦人や奥方、お嬢さんを口説こうとしてしまうのだろうか…
「そうですね…言い回しも些か単純すぎましたね」
「簡潔で宜しいと言えば宜しいが少し硬いと思われる、もう少し柔らかい言い回しの方が言われるご婦人も心に響きやすいのではないか?」
それでも構わない!なんて兵や武士は少数である、それにもっと優しく囁いた方が良いだろうに正面切って言うのは彼の正直さゆえなのかそれとも物を知らぬ無知がなせる業なのか…

「では…私の妻になって下さいませんか?」
「ズミ殿、単語変わっただけ!益々堅苦しいから!」
ちっ、駄目か。
チッて…ズミ殿激しく舌打ちしながら手元の花束投げ捨てたよ

「なかなか難しいですね…本やネットを見て少し勉強したつもりでしたがまだまだだった様です」
「勉強されたのか其方…」
「料理以外は全くのからっきしですので、」
これでも勉強した方だったとは…どうしよう、本当にからっきしだこの御仁。今迄どうやって恋仲と共に過ごしてきたの?どんな言葉を囁いて恋仲との縁を育んだの?寧ろ恋仲のご婦人居なかったの?料理そのものが人生の伴侶とか言う気なの??
解らぬ、ズミ殿が全く解らぬ!!等とガンピが懊悩しているとは露知らず首を捻りながらズミが次の手を考え出した。

「ぅむ…ではこうならばどうでしょうか?」
そう言いながらまた無の空間から花束を取り出したズミは

「私の生涯のパートナーになって下さいませんか?」

と優しく耳元に囁く様に、ガンピに言ってのけた。その言葉に同性でありながらもガンピは好感触を抱いた。おお、ズミ殿。男前である、言えるではないか!
「先程よりは宜しいのではないか?清々しく、男前であるな!」
してこの花束、先程から湧く様に出してきておるが一体どこから取り出しておるのやら…
「この様な感じで良いでしょうか?」
「我は良いと思う、言葉を飾るのは後々覚える事も出来るのでまず誠実に簡潔に且つそれでもきつく無く相手に伝えられていると思われる」
ああ、良かった。と安堵の息を零すズミに、ガンピはつい何時もの調子で
「で、どの様なご婦人に言うのであるか?」
と日頃のズミのアピールを忘れ去った様な一言を放ってしまう。しかも無自覚で

言われたズミも「アンタだよ鋼馬鹿!」等と日頃のテンションならぷっつんするところだが、何故だか今回は不思議と堪えが利いたし何だか気分も良かったのでガンピの無遠慮な言葉には返さず、自然に言葉を続けてこう言った。

「勿論、目の前の鉄壁装備の鋼色の淑女です。ガンピさん、私と一生涯、共に歩んで下さいませんか?」
滅多に見ない柔らかい笑みを湛えつつ、新たに取り出した花束をガンピに差し出しながらズミは、今迄の中で一番の口説き文句を放ったのだった。