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Heads or tails






イッシュ地方ポケモンリーグ内北東の間で今、挑戦者と四天王の一人、ギーマのポケモンバトルが繰り広げられていた。序盤は挑戦者が有利だったが其処は四天王。一度流れを掴めばあれよあれよとその流れを自分のものにし、挑戦者を追い詰め、遂には敗北へと追い込んだ。

「残念だが、私の勝ちの様だ。コインは私の手の内だ」

「っくそ!」
この挑戦者はなかなか悪タイプを熟知しているようだ、詰めは甘かったがもう少し精進したらこちらを楽しませるトレーナーになってくれるだろう。そう感じたギーマは講評と称した会話をしようかと口を開こうとした時、挑戦者の罵声にも似た怒鳴り声に声を出すのを止めた。

「お前等の所為だ!」
挑戦者はギーマに目もくれず、手持ちのポケモンを労いもせず怒鳴り散らす。
「お前等、俺の言うとおりに動けばいいっつっただろ!何であそこで避けたんだ!!お前等の怪我なんか後で簡単に治せるんだ、言われたとおりに突っ込めばいいんだよ役立たずめ!」
お互いのポケモン達は大なれ小なれ怪我をしているし、バトルをする為に鍛えられているとは言え大前提に生き物である。本能的に避けてしまうと言う行動を責める事は出来ない筈だ。しかし、挑戦者はそんなのお構い無しに自分のポケモンを責め続ける。
「俺がお前等を使ってやってるんだぞ、誰のお陰で生きていられると思ってんだ。今更お前等は野性に帰れない半端ものなんだぞ?生かしてやってるんだ、恩返しの一つもして見せろよこの―」
「……実に不愉快だね」
「は?」
聞くに耐えない、といった具合に頭を振り静かにソファーに腰を降ろして足を組む。もうこの挑戦者に誠意を持って接する義理も必要も無いだろう、そう言った感情を言外に態度に含め慇懃無礼な言動をちらつかせた。
「君はトレーナーに向いていない様だ、少し身の振り方を考えたほうが良い」
「何言ってんだあんた、バッジを8個全部揃えた俺がトレーナーに向いてない訳ないだろ?今のだって俺の指示をちゃんと理解出来ないこいつ等が悪いんだ!もっと言う事を聞くポケモンだったらアンタにも、他の四天王にも、チャンピオンにだって勝て―」
「君の見苦しいその態度も聞き苦しい自論も、私は聞く気なんかないよ。さぁ、敗者は舞台を下りるべきだろ?さっさと尻尾を巻いて逃げるといいよ、負け犬め」
「っ!?」
「ポケモンを貰いたての子供ですら解る事を忘れてしまった君に私達四天王に勝てる道理は無い、見ているだけで不快だ。出直してきたまえ」
「―覚えてろよ、絶対お前を滅茶苦茶にしてやる。お前を叩きのめしてやるからな!」
ちんけな捨て台詞を吐いて去っていく挑戦者の姿が見えなくなると溜息を吐いて、無用なストレスに無意識の内に懐の煙草を掴んでどうしようかなと思案していると何時の間にか大分時間が経っていたようで、随分温くなった指を懐から引き抜き空気に晒す様軽く振っていると背後の通用口からノックが聞こえて、反射的にどうぞ。なんて言った自分の無防備に苦笑した。おいおい、万が一不審者で刺されたらどうするんだよ。
と対して面白くもない想像なのにニヤニヤしていたら、背後の通用口から回ってきた同僚のレンブが不審な顔をしながら私を見ていた。随分冷たい眼差しじゃないか、酷いなぁ

「やあ、どうしたの?」
そう尋ねれば、躊躇いも何も無く直ぐに
「少し、対応が厳しいんじゃないのか?」
と主語の無い言葉放ってきて、それに対しすぐさま閃く頭が我ながら憎い。ま、冗談だけれど
「おや、覗きかい?良いご趣味じゃないか」
「下迄まる聞こえだった、お前にしては声がデカかった」
「随分品の無い奴だったからねぇ」
そりゃ此方の態度もそれに比例してしまうというものだ、決して私の所為じゃない。そう言うかな、言っておいたほう無難かな?等と考えていたら先にレンブが口を開いた。
「し、」
「し?」
「すぐさま私のところに来た」
おやまあ、随分と頭の悪いトレーナーだな、ポケモンは便利な道具じゃないと言ってあげたばかりなのに
「手持ちは此方の弱点を突いて来るタイプばかりだったが、」
しかもボックスから即入れ替えかよ、愛情も思いいれも拘りもへったくれもないな。あれ、でも、がって?
「が?」
「…お粗末なものだった」
「はい?」
「構成は悪くないし的確な指示である事に間違いは無かったんだが…ポケモンの方があまりパートナーを信頼していないようで、十分な力は発揮されていなかったように思う」
真面目で相手に礼節を尽くす彼が此処まで言う程って…どれだけだよ、彼のところでもとんでも発言したのかな?そう思って少し聞いたら何かは叫んだ様だがあまりのお互いの信頼の無さに軽く説教したら逃げ帰ったと言われた。彼の小言か…屹度あの見かけもあって相当に恐いだろう。いい気味としか思えないけれど
「ああ、じゃあ私の行いは間違いじゃないね。これで少しは懲りたってもんでしょ」
「…それにしても少しきついんじゃないのか?」
「何故?君は自分の手持ちの所為にして、自分の力量を改めないトレーナーに温情を与えてやる程のお人好しかい?」
「それは…」
「ああ言う輩は一度でも痛い目に遭わないと頭に乗った儘なのさ。ポケモンの為にもならないし、あんなのとバトルしても価値の有る勝負に挑む事も勝つ事も出来ないだろ?」
「どの道お前も相手を負かす事以外考えてないんじゃないのか?」
「勝負の勝敗以外に何か拘りがあるのかい?」
「バトルによって解る事象もあると思うが?」
結論が敗北と言うのは翻らないだろう、しかし、それだけではない筈だ。レンブはそう言った、そう、その考えも一つだ。
「君の言う事は間違いではない、間違い、ではね」
しかし、世界の真理はそこではない。

「それだけじゃ駄目だ」
掴めなければ、この手に残らなければ、幸せにはなれない。「手に入らない」と言う事は「手に入れられなかった」と同じ、つまり、敗北なのだ。
そんな敗北なら、私は要らない。

「レンブ、私は現実が欲しい」

ああ、この男の目は人間を信じていない目だ、現実―勝ち負けと金銭、目に見える世界以外求めない亡者一歩手前の人間だ。ギーマの目を見たレンブは何故か瞬時にそんな事を思った。そんな目だ、酷い目だ、現実に打ちのめされ夢を忘れた人間の暗い昏い闇を湛えた様な眼だった。

「生きていく為には精神論だけじゃ駄目だよ、そんな奇麗事じゃ世界は回らない」
そんなもの、信じられない。信じられるのは自分とポケモン、形のある世界のみだ、夢も幻も、何の役にも立たない。だから見ない、夢も、幻想の中にある幸福論とやらも、魂の安寧を約束している神とやらも唯のまやかしだ。
「世界を廻すのは事実と現実だよ、それ以外は飾りで機能を持たない歯車と一緒だ」
信じない、信じるものか。そうやって生きてきた年数はもう、人生の半分を超えてしまった。私は飾りの歯車にはなりたくない、歯車でも居たくない。私は廻す側に居たい。
「夢も、希望も、 要らない、私が欲しいのはそんなものじゃない」
夢を見たのも希望を胸に抱いたのも遥か遠い子供の時分の頃だ、それも子供の間に潰えた。私の小さな世界は私を子供にしておかなかった、唯唯私に現実を突き付けその真っ黒な現実に私を放り込んだ。そんな世界を、私は自分から捨ててやったんだ、もうそんな子供騙しのまやかしの世界なんかこっちから願い下げだねと砂をかけたんだ。
だから今、私の欲しい世界は形のあるものだらけの世界だ、そう、
こんな世界を望んでいるんだ。
「目に見え手に触れ形に解る、そんな物質と愛が欲しい」

あ、愛とか言った。金じゃないんだ、物質に含んでるのか?女とも言わないのか―レンブは廻りの悪くはないがギーマ程の速度では回転しない思考で、考えを廻らせる。屹度、師匠的に言えば「まだ救いがある」と言うんだろうか、俺には解らない。そもそも、こんな俗物的で物質社会と結婚してる様な男を救おうなんて…他人を救おうなんて烏滸しい事、俺には出来ない。だから、現実的な指摘しか口から出て行かなかった。
「愛は形が無いじゃないか、矛盾してるぞ」
「愛はポケセンでも買える時代さ、君古いよ」
「リアリストめ、即物的にも程がある」
「褒め言葉として受け取っておくよ、君こそ理想主義のアナクロニズムなんじゃないの?」
真の強さとかって何の話だ、真髄を極める等と夢想だ。しかしこの男は言って聞きはしないだろう、歩みを止めない、理想に到達せんともがく様は…暑苦しい以外何者でもないがまぁ、何もせず唯謳ってる奴等よりかは何倍もましだ。
「それこそ誉め言葉だ」
「意外だ、君冗談通じるんだね」
「師匠で懲りた、いちいち真に受けてたら身が持たん」
あの人の冗談も腑に落ちずまともに返せた試しは無かったが、この男には憮然とした態度以外、返せる気がしない。
「あの人は冗談が好きな人だ、しかも笑える類の冗談がな。だがギーマ、お前の冗談は笑えないし不快だ」
「そうかな?」
「誰も彼もがお前と同じに現実だけを見つめ愛していると思ったら大間違いだ、私は認めない」
「別に君に認めてもらわなくたって構わないさ、唯私の主義はこの通りで君の主義は正反対のものであると言う事。それだけだ」
なんと言う平行線か、何と言う真逆の思考か。どちらもそれに歩み寄ろうとはしないだろう、今迄のお互いの発言がそれを知らしめている。単純じゃないか、

「君は理想を追い求め、」

「私は現実を欲している」

なんて両極の思想だ、全く交われそうにも無い。
「それだけだ、実にシンプルで根深い違いだ。でも、それでいいじゃない?思想の違い、宗教の違い、主義主張の違い、そんなの当たり前じゃないか。それくらいの事、一緒に働くのに何の支障にもならないさ」
そうだろうな、とレンブは私の話を肯定した。おお珍しい、何か反論されるかと思ったのに、結構素直なのかな?こいつ、と思っているとレンブは続けた。

「だかそれでも、唯お前を好き勝手させる訳にはいかない、その精神論は何時か四天王の結束をバラバラにしてしまう」
「あの人の留守を4人で預かっている以上、そんな事を唯黙って見過ごす事は出来ない」
「だから…なんとかしなきゃならないと、私は考えている」
なんと幼い精神論。なんて拙い打開策を打ち出そうとする言葉!だが、それで俺に立ち向かおうと言うのだ。彼は賢しくは無い、が、馬鹿でもない。殴れば気が済むだろうに、しかしそれもしない。思いの外理知的である。厳つい見た目の割りになんて可愛らしい抵抗と思考じゃないか、実に愉快だ、先程の不快と不愉快を引っ繰り返す程にとても心地良い愉悦感に、私はくつくつと喉を鳴らして喜び笑った。

「思い通りにならない、ま、其れも一興だろ?人生は楽しまなきゃ」
そう言いながら何が面白いのか、くつくつくつ、と喉を鳴らし潜め笑う男の部屋を奇妙にざわめく腹の内を抱え後にする。通用口もワープゾーンに戻る気になれず柵を軽い弾みをつけ飛び越える。赤い絨毯を模したエスカレーターを逆走するのも面倒で脚に力を籠めその儘飛び降りた。胴着の裾が炎に掠りそうだと思い体を捻ったら捻りすぎて頭が下になった。「あっ」何て少し切羽詰った声が聞こえたがそんな酷く高低がある訳じゃない、踵落としをする要領で爪先で宙を掻けば済む事だし実際何の労苦も無かった。数秒もせず、足はエスカレーター前の踊り場を踏みつけるだろう。
ひゅうっ、と僅かな時間の間、風が頬を切る様に駆け上がっていくけれど意識的に切り替えた頭で肝は冷えもせず、何時ぞや崖から落ちた事もあったなと在りし日の記憶をぼんやりと脳裏に描くだけだった。





実は最初期に考えたBWだったりする。を手直ししてみた。まだギマレン!とか腐向けな思考をポケモンに抱いていない時期でした…
重症な程の現実・即物主義のギーマと、頭の固い時代遅れで理想を追い求め続ける理想主義なレンブ、正反対って言う事は表裏って言う事。四天王戦での台詞を考えると本当に正反対の事言ってるなーと思って、

現実と夢、享楽と禁欲、有神論と無神論、現物主義と理想主義、物質論者と精神論者。主義主張と否定で何時まで経っても平行線。
ギーマは基本、人を信じてない、ひねくれ上がってる。レンブは基本古いタイプだけど根が真っ直ぐ。お互い信念拗らせてる。

14/6/20