卒業と解放と約束と




今日は朝から快晴で、卒業日和とでも言えるような陽気だった。

いつものように制服を着て、いつものように母親の用意した朝ご飯を食べ、いつものように家を出る。


「あ、大くん」


玄関のドアに手を掛けようとした時、母親が声を掛けてくる。


「何?」

「卒業式…行けなくてごめんね」

「別に…」


ドアを開ける。


「あ…」

「…何?急いでるんだけど」

「…ごめんなさい……あの…」


もじもじとしてる母親の様子にイライラする。


「用があんなら早くして」

「…その………卒業…おめでとう」

「…そんだけ?」

「あ…うん」

「…行ってきます」


まだ何か言いたそうにしていたが、無視して家を出る。

昨日までの寒さが嘘のように暖かい日差しが、玄関でのやり取りを和らげるように優しく降り注ぐ。


やっと…解放される…


そう思うと、歩く速度が自然と速くなった。




学校に着くと、校庭も玄関も廊下も教室も、人人人で溢れかえっていた。


「おーはよー」


呑気な挨拶に振り返る。


「俺らもやっと卒業か〜」


制服の左胸に紅白のリボンを付けた吉田が、ガッと肩を抱いてきて、小声で話し始める。


「なぁ、第二ボタンの予約って入ってんの?」

「ねぇよ」

「マジ?」

「マジ」


体を離され、哀れむように肩を叩く。


「…何?」

「お前、最後までモテなかったな〜」


ムッとして言葉を返す。


「お前もだろ?」


叩く手を振り払う。


「いやぁ…残念だけどー」


ニヤリと笑う。


「先に卒業しちった」

「はぁ?何言ってんの?」


わけのわからないことを言う吉田に呆れる。


「バカなお前が卒業できんなんて…奇跡だな」


いつもなら言い返してくる筈なのに、なぜか返ってこない。

ただヘラヘラ笑ってるだけで、かなり気持ちが悪い。

ギリギリでも卒業できるってことが、更にバカ度に拍車をかけたのかと思ってしまう。


「…保健室…連れてってやろうか?」

「ん、なんで?」


まだヘラヘラしてる吉田に溜息を吐き、今度は俺が肩を叩く。


「良かったな、卒業できて」

「おう、ありがとな!」


ガバッと抱きついてくる。


「うわ!やめろ!」


吉田を引き剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。


「大〜、俺、卒業してもお前とは友達だかんな!」

「あ゛ー、わかったから離れろ!」

「大〜」

「キモいから!」


卒業式だからって変なテンションになんなよ…


「うぜー」


力づくで引き剥がし、逃げるように廊下へ飛び出す。


「だい〜」


教室から聞こえる声に、溜息を吐く。


「災難だな」


また肩を叩かれる。


「…見てたんなら助けろよ」


隣に立つ高橋を睨む。


「助けたら巻き込まれるだろ」

「薄情なヤツ」

「まぁ、吉田も彼女ができたんだ。多少のウザさは見逃してやれよ」

「え?」


彼女?何それ


「二年の子だって」

「聞いてねー」

「知らなかった?」

「知らねーよ。来て早々、変なこと言い出して、んで抱きついてきたから…」


卒業って…そういうことか…


「何、先越されてショック?」

「別に」

「あー、大って女に興味ないんだっけ?」

「ちげーよ。ガキは嫌いなだけ」


高橋が笑う。


「ガキが何言ってんだよ」

「俺がガキならお前もガキだろ?」

「はは、そうだな。でも、同じ歳も良いよ」

「…それって自慢?」

「そう聞こえたなら、それで」


飄々と言う様にイラっとするが、ぶっちゃけどうでもいい。

俺にもちゃんと…いるから。


「それより、卒業式終わったらどーするの?」

「あー、俺行くとこあるからパス」

「ふぅ〜ん、そう」

「どうせまた集まるんだろ?」

「まぁ…そうだけど」

「そん時、声掛けて」

「あぁ」


何か聞きたそうにしている友達を無視して、意味もなく校内をウロウロする。


無駄にざわついている廊下

3年も同じ校舎にいたのに知らない顔

慌ただしくしている先生

意味もなく浮き足立ってる後輩

今日は出番無しの特別教室

特別な思いがあるわけではないが

なんともいえない感情が湧いてくる


『間もなく式が始まりますので、卒業生、在校生共に教室へ戻ってください』


適当なアナウンスが流れ、言われるまま教室に戻る。

そして俺は、つまらない高校生活に終止符が打たれるのを、静かに待った。




友達の誘いを断りながら、学校を後にする。

最寄り駅に向かい、電車に乗る。

何回か電車を乗り換え、目的の駅で降りた。

歩いて10分程のところにある高校の前で足を止める。

卒業式が終わってから時間が経ったせいか、校門には誰もいない。

制服のポケットから携帯を取り出し、メールを打ち、返信を待つ。

ぶるぶると震える携帯を開き、受信したメールを開く。


「…公園って…どこだよ…」


苦笑いしながら、携帯で近くの公園を検索する。

学校から一番近くに表示された公園に向かって歩く。

ものの数分で着く小さな公園は、ベンチと水道しかない、公園と言うよりも休憩所と言った方が合ってる気がした。

とりあえずベンチに座る。

ふと空を見上げると、先程まで広がっていた青空が、灰色の雲で覆われていた。


天気…悪くなるって言ってたっけ?


強い風も吹き始め、今にも雨が降り出しそうな天気に不安になる。


最悪…無理やり押しかければ…いっか


そんなことを思っていると、公園に入ってくる人影が視界に入ってきた。


「急に連絡してきて…」


少し怒ったような口調で近付いてくる。


「前もって連絡したら、会ってくれないだろ?」

「…そんなこと…」


ベンチから立ち上がり、口ごもる女に近付く。


「俺、卒業したから」


卒業証書の入った筒を見せる。


「…おめでとう」

「それだけ?」

「……………」


無言で俯く女の身体を抱きしめる。


「!ち…ちょっ…」


抵抗するのを無視して、言葉を続ける。


「卒業したら…彼女になってくれんだよね?」


柔らかい黒髪に顔を埋める。


「俺…3年…頑張ったよ」


鼻先に漂う良い香は、3年前のあの日と同じ香がした。




ざわざわと木々を揺らす風

青空を埋め尽くす灰色の雲

ぽつりぽつりと落ちる雨粒

二人の上に降り注いでいる


強まる雨風と冷える躰

触れる箇所だけは

ほんのりと暖かく

抱きしめる力を強めた


交わした約束

卒業までの長い時間

耐え続けた俺への

卒業祝いとなる返事を

激しい雨が降る中

ただ黙って

待ち続けていた
















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