初めての約束


初めて付き合ったのは中学の時

同じクラスの女の子で

吹奏楽部でフルートを吹いていた

部活が終わると一緒に帰るだけの

手も繋いだことがない付き合いだった

別々の高校に進学が決まり

卒業と同時に別れた


次に付き合ったのは

隣の女子高の子

電車でよく見かけていた子で

夏休みに入る前に告白された

そこそこ可愛いかったけど

趣味が合わなくてすぐに別れた


次に付き合ったのは

バイト先のお姉さん

俺より7つ年上の

綺麗な大人の女の人で

女の身体の柔らかさを

初めて教えてくれた人

まだ純粋だった俺は

彼女にのめり込んでいった

俺の他に3人の男がいることを知った時

やっと遊ばれていた事実に気づいた

そして俺はバイトを辞めて

連絡を取らなくなった


次に付き合ったのは

大学のゼミで会った同じ歳の子

友達の延長のような気楽な付き合いは

大学を卒業しても続いていた

このまま結婚するかと思っていたが

他の男との浮気がきっかけで

彼女はその男との子供を妊娠し

5年もの付き合いは呆気なく終わった


それからの俺は

付き合うことが出来なくなっていた


所謂トラウマ


同僚から誘われる合コンに参加しても

ただ連絡先を交換するだけで

俺から連絡をすることはなかった

中には積極的に連絡をくれる子もいたが

時間が合った時にメシに行くだけで

なんの進展もなかった


学生時代からの友達や会社の同僚達が

次々と結婚する中

俺は彼女も作らず独り身のままでいた


そんな生活を続けていれば

いつの間にか一人が気楽に思えて

彼女の必要性を感じなくなっていた




三十路を過ぎた頃、ほとんど帰らなくなっていた実家から、珍しく電話が来た。

電話の向こう側からは、中学の時の担任が亡くなった、と悲しげな母親の声が聞こえる。

当時のクラス委員長がわざわざ実家に連絡をくれたらしく、告別式に来て欲しいとのことだった。

告別式の日は土曜日で、タイミング良く…と言ってはいけないが、有給を使わずとも金曜日の仕事が終わってすぐに地元へ帰れば行くことができた。

かれこれ15年以上も会う機会がなかったクラスメイトと顔を合わせることは、なんだか複雑な気持ちになるが、わざわざ連絡をくれたクラス委員長に悪いよな…と思い、電話を切った後、出張用の鞄に黒のスーツとネクタイ、着替えを詰めた。

次の日は、いつものビジネス鞄と一緒にもう一つの鞄を持って出社する。

同僚からは「あれ、出張?」なんて言われたが、曖昧に笑ってごまかしていた。

特に隠すことでもないのに、なぜか言いたくなかった。

定時に仕事を終えると、真っ直ぐ東京駅に向かって新幹線に乗り、地元に帰る。

社内販売で、ビールと駅弁を買い、簡単な夕食を済ませた。

再び通路をワゴンが通り、もう一本ビールを買う。

窓の外は真っ暗で、時折見える街の灯りは新幹線の速さであっという間に通り過ぎ、すぐにまた暗闇が広がる。

ちびちびとビールを飲みながら、昔の友達のことなんかを思い出していた。

そして…初めて付き合った女の子のことも。

俺は普通の公立へ、女の子は私立の女子高と進み、それからの女の子の行方はわからないままだった。


もう…結婚してんだろうな…


都会に出れば、三十路を過ぎても独身女性は当たり前のようにいるが、田舎では売れ残りと変な目で見られるから…と帰省を拒む同僚の女は言っていたのを思い出した。

手を繋ぐこともなかった…淡く青い初恋。

今では過去の…恥ずかしくも綺麗な思い出。


彼女も…来るのか…


そんなことをぼんやりと考えながら、ビールが空く頃には、地元の駅に着いた。

駅には母親が迎えに来ていて、文句を言いながらも車を走らせる。

10年近く帰らなかった実家は、今では両親しかいない…ひっそりと寂しい雰囲気を醸し出していた。

出て行ったままの俺の部屋は、ベッドと机しかない殺風景な部屋で、鞄を置き上着を脱ぐと、すぐにベッドへ横になる。

洗濯したばかりの良い香がした。

なんだかんだ文句を言いながらも、表には出さない母親の優しさが、俺の胸をギュッとさせる。

そしてそのまま…眠ってしまった。


目が覚めるとベッドの中にいた。

徐に体を起こし、鞄から着替えを持って風呂場に行く。

簡単にシャワーを浴び、黒のスーツに白シャツ、黒のネクタイを締めてリビングに向かう。

両親は既に起きていて、無口な父親はソファーに座り新聞を読んでいて、母親は文句を言いながら俺の分の朝食を用意する。

相変わらず質素で地味な朝食は、昔は嫌いだった筈なのに、妙に美味しく感じた。

朝食を済ませて時計を見ると、告別式の時間にちょうど間に合う時刻で、母親に車を出してもらい、会場へと向かった。

帰りは自分で帰るからと、母親を帰す。

入口には沢山の人が並び、その列の中から昔の面影を残すクラスメイトを見つける。


「お、久しぶり」

「久しぶり」


そんな軽い挨拶を交わすだけで、15年もの空白の年月が一気に埋まる気がする。


「お前も委員長から連絡来た?」

「あぁ…」

「突然でびっくりだよな〜」


そんな会話をしながら会場に入っていく。

中にも何人かクラスメイトを見つけ、その中に委員長が一人だけ目を真っ赤にしているのが、なぜか面白く…そして…相変わらずだな…と思った。


「来てくれてありがとな」


そう言いながら握手をする委員長は、自分の目が赤くなっているのも気にせず、クラスメイトが集まっている席に案内する。

席に座ると、ものの数分で告別式が始まった。

静寂の中に時折鼻をすする音が聞こえ…担任との記憶を思い出しながら…俺達は担任の最期を見送った。


告別式が終わると、居酒屋を経営しているクラスメイトの店に移動した。

そんなに大きくない店内は、喪服姿で溢れかえっていて、それぞれが席に座ると、委員長と店主が前に立ち、挨拶を始める。


「突然の訃報に驚きを隠せませんが、これも先生がバラバラになった俺達を集まらせる為の最期の………」


そう言いながら涙ぐむ委員長の肩をポンポンと叩き、店主が変わりに挨拶を続けた。


「委員長、堅苦しい挨拶はいいから。皆、今日は一日貸切だから、先生の思い出やら近況報告やらで、気兼ねなく飲み明かそうぜ!んじゃ…グラス持って…献杯」

「献杯」


グラスを軽く掲げ、それぞれがグラスに口を付ける。

出てくる料理をつまみながら、担任の話を始める。


「しかしさ〜、もう15年以上も経つんだな〜」

「なんか気づいたら…おっさんになってたって感じじゃね?」

「そうそう」

「そりゃ先生も…」


急にシンとなる。


「まぁ…あの飄々として歳のわりに俺達より元気だった先生も、歳取ったってわけで…俺達も歳取ってるってことだよ」

「なに当たり前のこと言ってんだよ。相変わらずお前、バカだな〜」

「んだよ…バカでもちゃんと父ちゃんやってるぞ」

「んじゃお前の子供、将来は決まったな」

「どういうことだよ?」

「バカの子はバカ」

「うるせー、余計なお世話だ」


それまでの暗くて重い空気が一気に変わる。

くだらない会話で盛り上がり始めると、ただの飲み会になっていた。

クラスメイトのバカな話に笑いながらビールを飲む。

不意に空いたグラスにビールを注がれる。


「お久しぶり」

「あ…久しぶり」


普通に返事をして気づく。


「卒業以来だね。元気?」

「あぁ…そっちは?」

「元気だよ〜」


近くにあった瓶ビールを取り、空いた彼女のグラスにビールを注ぐ。


「今、何してるの?」

「俺?東京で普通のサラリーマン」

「へぇ〜、私も東京だよ」

「そうなんだ。何してんの?」

「学校の先生」

「え!マジ?」

「うん、マジ」


意外な職種に驚く。


「東京なら、今度一緒にご飯でも食べない?せっかく再会できたんだから…ね?」


そう言って微笑む彼女は、昔の面影は残しながら…女の子ではない大人の女になっていて…俺の胸は大きな音を立てた。

気づかれないように、普通を装って答える。


「別に…いいけど?」

「んじゃ、連絡先の交換〜♪」


携帯を取り出し、お互いの携帯を近づける。


「あーそこ!何やってんだ〜」

「そう言えばお前ら付き合ってたよな〜」

「なになに〜復活愛〜?」

「うるせー!そんなんじゃねー!」


騒がしいクラスメイト達に笑いながら、彼女が俺の耳元にそっと口を寄せる。


「約束ね」


そう言って彼女はクラスメイトに酌をしに行った。

そんな彼女の左手の薬指を盗み見る。

何もないことを確認してホッとした。




一人が心地良いと思っていた俺に

偶然の再会を齎した帰省は

止まっていた俺の時間を

ゆっくりと動かし始める


「約束ね」


彼女との初めての約束は

東京での食事

青くて甘酸っぱい思い出は

甘い大人な香に包まれていく

何かが少しずつ変わる

そんな予感がした







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