short stories | ナノ


はじまりの日


パチンと鳴った音と共に訪れる暗闇の中、目の前に座った彼女は手を差し出し、どうぞ、と俺に促した。

それに応えるように、ゆらりと揺れる炎をゆっくり吹き消す。

「琉夏くん、誕生日おめでとう」

窓からわずかに差し込む月明かりを正面に受けた彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

「今年も祝ってくれてありがとう、美奈子」

うん、と頷き、何度もおめでとうと繰り返す彼女の笑顔が胸をきゅうっと締めつける。

苦しいけど、ずっとずっと続いて欲しいこの切なくて甘い甘い痛み。

ーーあ、また。

不意に訪れる涙腺の緩み。最近、必ずと言っていいほどその痛みと共に起こる現象に、少し不安になる。

辛いわけじゃない。
悲しいわけじゃない。
なのに、なんで泣けてくるんだろう?

「ん?琉夏くん、どうかした?」

彼女に悟られないようにと、髪をかきあげながらそっと涙を拭ったのをしっかり見られていたらしい。

「んーん、ちょっとロウソクの煙が目に入って染みただけ」
「そう?大丈夫?」
「うん。ちっこいのになかなか侮れないね、このロウソク」
「わたしが張り切って琉夏くんの年の数だけ並べちゃったからね」

ごめんね?と目元をなぞる彼女の指の柔らかさに、またも涙が溢れそうになった。

いつからこんな泣き虫になってしまったんだろう。
本当にちっとも辛くなんてないのに。
悲しくなんてないのに。

むしろ、こんなにも俺はーー。

ああ、これだ。

以前の俺ならば、口にすることはおろか、思い浮かべることすら避けてきたその言葉が、涙の原因だったんだ。

その言葉を当たり前に素直に感じることの出来る今の俺があるのは、彼女のおかげだ。

「そろそろ電気つけよっか」

そう言って立ち上がろうとする彼女を引き寄せ後ろから抱きしめた。

「琉夏くん?」

腰に回した手に手が重なる。
それだけでじんわりと胸に広がる温かいもの。
ずっとずっと、消えてほしくない、消してはならない大事なもの。

「……ね、美奈子。さっきさ、ロウソク消したときさ、俺が何を願ったか知りたい?」

知りたいって言って。
今ならオマエに全部伝えられるから。

重ねられた手に力が入る。

「うん、聞かせてくれる?」
「ちょっと長くなるけど……あのさ、気付いてたと思うけど、俺、美奈子とこういう関係になるまで、いや、なってからもさ、心のどこかで幸せになっちゃいけない、幸せって感じちゃいけないって思ってたんだ」
「……うん」
「だけどさ、オマエとさ一緒にいて、笑い合ったり喧嘩したり美味しいもの食べたり抱き合ったりしてるうちにさ、当たり前のように幸せだな、って感じるようになって。でも心のどっかでそんな風に思う自分がいちゃダメだって……」
「うん」

言葉を紡ぎながら、自分の声がどんどん涙声になっていくのが分かる。
それを気付かれたくなくて、彼女に強くしがみつき、背中に顔を埋めた。

「……でもさ、分かったんだ。違うって。自分を守りたいがために自分を責めて逃げて、美奈子といる今とこれからをダメにしちゃいけないんだって。そんなんじゃ誰も幸せになれない。誰より一番幸せになってほしい美奈子を幸せに出来ない」
「うん……うん」

美奈子が頷くと同時に重なり合った手に落ちる涙。

泣かないで。
声にならない声を伝えるために、顔を上げ震える首筋に一つキスをする。

「……俺の願いはね、美奈子とずっと一緒に生きていきたいってこと。明日も明後日も一年後もその先もずーっとずーっと」
「琉夏くん……」
「それが、俺のたったひとつの願いで一番の幸せ。……だからさ、俺とずっと一緒にいてくれる?」
「そ、そんなの、」

腰に回した腕が解かれ、顔に手が添えられる。
その力強く繊細な指先は、目尻から零れ落ちる涙を拭った。

「そんなの、当たり前じゃない。っていうか、わたしは琉夏くんじゃなきゃ幸せになれない」
「美奈子……」

目の前にいる愛しい人の頬を流れる綺麗な涙。
今まで拭いたくても拭えなかったその涙に口づけた。


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